3月30日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
真っ白な画面の端でカーソルが明滅する。俺の指はキーボードを叩いては止まり、カーソルはずっと行きつ戻りつを繰り返してる。ベッドにうつ伏せみたいな姿勢で、スマホのメモ帳を開いてから、かれこれ三十分は経っていた。
「……ダメだ。全然進まない」
はあ、とため息が漏れる。手に持っていたスマホを投げ出して、枕に顔を埋めた。
──また、間に合わないかなあ……。
……というのも、昨日、文芸部のグループチャットに部長の丹羽からメッセージが入っていて。
『丹羽:せっかくの春休みですし、来週あたり、皆で集まりませんかな?恒例の読書会をやりたいと思いますが……ご都合はいかがでしょう?』
『猿島:いいねー』
『志水:是非参加したいです。家の者に予定を確認します(´・ω・`)」
『菅又:了解しました』
『立花:たぶん大丈夫です!今回はどんなテーマで持ち寄るの?』
丹羽が言った「恒例の読書会」っていうのは、文芸部で不定期に開催されてる集まりで、その回によって決められたテーマに「合うと思う」本を各自で持ち寄って、読み合うのが目的なんだけど……今回のテーマはいつもと違っていた。
『丹羽:今回は、各自で書いてきた短編小説を読み合うのはいかがでしょう?先日お届けした部誌も大変盛り上がりましたし、是非、また皆さんの作品が読みたいですぞ!』
『猿島:面白そうだねー書くのは大変だけど』
『志水:なかなかハードルが高そうですが……頑張らせていただきます(´・ω・`)』
『菅又:了解しました』
『立花:分かった!頑張るね!小説にテーマとかはあるの?』
『丹羽:そうですな……では皆さんの【好き】をテーマにしましょうぞ。各自好きなジャンルのものを書いてよし、もっと言葉自体の意味に迫ってみるもよし、アプローチはお任せします!』
『猿島:おっけー』
『志水:なるほど!頑張ります(´・ω・`)』
『菅又:了解しました』
『立花:うん、やってみます!』
──なんて言ったけど。
一度放ったスマホを拾い上げて、真っ白なままの画面を見る。全然できてない……。
父さんに文芸部での活動の話をしてみたら、「紙に書くのもいいが、スマホのメモ帳に書くのはどうだろう?楽な姿勢で執筆ができるし、隙間時間でも原稿に向きあえるからね。今はいろいろなメモ帳アプリがあるから、使いやすいのを探してごらん」ってアドバイスを貰った。それで、挑戦してみたんだけど……これが合わないのかなあ。
俺、スマホってちょっと操作が苦手だし。
──それにずっと画面を見てると、何か眠くなっちゃう……。
部屋にいても感じるくらい、今日はいつにも増して暖かくて気持ちいい。花粉が入るから窓は開けられないけど、その代わりカーテンは開けている。空は青いし、陽の光が差して、ぽかぽかして……。
。
。
。
──『……瞬を、抱きしめてもいいか?』
──『……ゅん、しゅん……っ!』
こうた?
──『……よかった、いきてて……おれ、どうしようって』
こうた、いたいよ……
──『もうだいじょうぶだ……これからは……』
──『おれが、しゅんをまもるから……』
こうた……
。
。
。
「──っ!」
はっとなって、目を開く……俺、ちょっと、うとうとしてたのか。
──すごく……昔の夢を、一瞬見た気がする……。
頭の中の引き出しのうんと奥にしまっていたものを、うっかり見てしまったような、そんな気分だ。
でも、それがいつのことで、どんなことだったのかは思い出せない。それでも一つだけ覚えているのは……。
──康太の腕の中は温かくて、安心して……それで、俺……もう一つ安心したことがあって……。
頭がずき、と痛む……スマホの画面、見すぎたかな。俺は眉間を軽く揉んでから、身体を起こして伸びをする。夢で思い出したことのせいか、急に……肌が寂しいようなそんな気がする。
──また、してもいいのに。
「……っ」
そんなことを考えた自分に、自分で驚く……何考えてんだろ。
──俺は、何かがおかしくなってる。
いつから、こんな風になった?
このまえの「こどもビール」のせい?それとも、「サボり」の時?寝てる時に康太が抱きしめてきた時?急に「抱きしめていいか」なんて聞かれた時?いや、それよりも、もっと……ずっと前から……。
──『好きだ、瞬』
俺は、康太が……ただ、好きなんじゃなくて……そうじゃなくて、もっと……。
頭の中で、急かすみたいにカーソルが明滅する。
その時、頭の中で声が響いた。
『……これは少しだけ、預かっておくよ。また必要になったらいつでも言ってね』
──必要だよ。
その声には何故か抗えなくて、導かれるように俺は部屋を飛び出していた。
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