3月7日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「あ、梅の花だ」
朝。いつもの通学路を瞬と並んで歩いている時だった。ふいに、宙を見上げた瞬が声を上げる。
「ああ……本当だ。咲いてる」
瞬が指す方を見上げれば、細い枝の先で薄ピンクの花びらが、にわかに開いている。一つ目につくと、それは二つ、三つと芽吹いていることに気付く。
「春だな」
「春だねー」
のほほんとそう言った瞬が、今度は「くしゅん!」とくしゃみをする。
「うぅー……花粉も飛んでるよ……」
瞬はティッシュを取り出して鼻をかみ、マスクを着ける。今日は随分あったかいからな。
春を感じたり、花粉症に参ったり、瞬は忙しい奴だ。
「ほい」
「ありがとう」
俺は瞬が持っていた丸めたティッシュを取り、手近にあったゴミ箱に捨ててやる。ついでに、マスクの紐に絡んでいた髪の毛を指先で払ってやった。
「あー……また、ありがとう」
「世話が焼けるな」
「持ちつ持たれつでしょ」
「そうだな」
すると、瞬が今度は「っくしゅ……っくしゅん!」と二度くしゃみをする。
茶化すように俺は言った。
「噂でもされてんのか?」
「えー迷信でしょ?噂になるようなこと、何もないし……普通に花粉症だよ」
「どうだろうな?二回くしゃみは悪い噂って言うぞ」
「じゃあ悪い噂って何?康太は俺にどんな悪い噂があると思う?」
マスクの下ではたぶん、唇を尖らせているんだろう瞬に訊かれて「うーん」と考え込む。
瞬の悪い噂か。
「食べすぎるらしい……とか」
「それ悪い?」
「いや、悪くない。美味そうにいっぱい食ってる瞬、好きだしな。あとは……クソ真面目とか」
「それも悪い?」
「いや、悪くない。何にでも真剣に向き合えるのは素直にすごい。疲れたりしないかは心配だけど」
「……他には?」
「あー……何だ?あとは……瞬の悪いところだろ。分かった、意地っ張り」
「そんなに意地っ張り?」
「ああそうだ。一回腹決めたら、簡単に折れたりしないだろ。まあそういうところも込みで、良い奴だよな……瞬は。そういうところも俺は好きだ」
「おい、悪い噂はどこ行ったんだよ……」
「うお」
突然、背後から声を掛けられて驚く。振り向くと呆れ顔の西山がいた。
「おはよう、西山」
「おう、おはよう立花。瀬良も、誕生日おめでとう」
「昨日な」
「ああ……ゆうべは随分お楽しみだったらしいじゃねーか」
「うるせえ」
「うん、すっごく楽しかったよ。西山も来れたらよかったんだけどね」
「……そうだな」
ピュアな顔でそう返す瞬に、西山は罪悪感を覚えたのか、胸を押さえている。自業自得だ。
……ちなみに、西山も昨日の誕生日会に呼ばれていたらしいが、家の用があるからと断ったらしい。もしかしたら、あの輪に入るのを遠慮したのかもしれない……と俺は少し思っている。
と、そんなことよりも。
「いつから俺達の話聞いてたんだよ」
「『康太は俺にどんな悪い噂があると思うの~』ってとこからだな」
「結構聞いてんな」
「全く……朝っぱらから、よくもまあ往来でイチャつけるもんだ」
「イチャついてねえよ、別に普通だ。なあ?」
「うん、まあ……康太はもう、最近ずっとこんな感じだよ。毎日恥ずかしいことをさらっと言ってくるの」
「恥ずかしいと思ってたのか?」
「ちょっとね。もう慣れたけど……悪いこと言われてるわけじゃないし、嬉しくないってわけでも、ないけど……」
「瞬……」
「おい、二人きりになるな。俺を置いて行くな」
はあ、と西山がでかいため息を吐く。
「こんなんだから、すっぱ抜かれたんだろうな……」
「はあ?何だよそれ」
俺がそう訊くと、西山がぼそりと呟く。
「黙っとこうかと思ったけどよ……こりゃ、言っといた方が良さそうだな」
「西山?」
不思議そうに首を傾げる瞬。西山は「ちょっと待ってろ」と制服のポケットからスマホを取り出した。
そして何やらスマホを弄ると、俺と瞬に「ほれ」と画面を見せてくる。
そこに表示されていたのは、黒を基調とした、いかにも怪しげなデザインの……ニュースサイト?
「春……おい、何て読むんだこれ」
「『
「そんなのあったのか?」
俺も瞬も、ネットとか、そういうのは疎いから全く知らなかった。
西山曰く、そのサイトは学籍番号と生年月日、氏名で認証できた人間しか見られない……いわゆる、うちの生徒専用のサイトなんだとか。
「誰が運営してんだ?」
「うちの新聞部だな」
なるほど。「
「の、割には随分いかがわしい見た目だけど」
「見た目はな。実際、学校非公認だし……でも中身は案外そうでもない」
確かに見た目は怪しげだが、西山が見せてくれた画面では、中間・期末テストの範囲表とか、各クラスの時間割とか、まともな情報も載っていた。
まあ、「も」ということは、当然そうじゃない情報も載ってるわけで。
「今までここから燃えたやつだと、バスケ部の泥沼三角関係とか、文化祭のバンドでの泥沼ボーカル争いからのバンド分裂、そこからの兼任ドラム担当のバンドを跨いだ二股発覚とか……生徒指導の舘野の極秘婚疑惑とかだな」
「うわあ……」
臭すぎるラインナップだ。……俺は咄嗟に手で瞬の耳を塞いだ。
「何にも聞こえないよー、何?」
「聞くな」
「いや、もう遅いだろ」
要するに、この「春聞オンライン」とやらは、学校の「臭い」噂をどこぞの週刊誌みたいに大量に集めた、西山みたいなゴシップ好きにもってこいのサイトってわけだ。
「で、その『春聞オンライン』が何だって言うんだよ」
「これを見ろ。今朝方上がった記事だ」
西山がその記事を見せてくる──タイトルは。
【独占スクープ・二年二組男子Sと三組男子T 関係者の証言から見えた──極秘十七年愛の記録】
【バレンタイン♡家デート、校舎裏で壁ドン、休日公園デートで隠し子疑惑──放課後、多目的室で密会・一体何が……】
【休日・二人きりのPC室で極秘キス♡目撃】
「待て待て待て待て待て待って……?」
「な、何?どうしたの?」
「見るな瞬」
「……」
遅かった。画面の上でいかがわしく踊るその文字列に、瞬の目は釘付けだ。
外は春らしい陽気であったかいってのに、背筋に冷や汗が伝う。何だこれ。
「西山……?」
何と言っていいか分からないまま、西山の顔を見上げると、西山は頭を掻きながら言った。
「いわゆる──『
それが、俺達を背中から撃った銃の名前だった。
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