3月7日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「あ、梅の花だ」


朝。いつもの通学路を瞬と並んで歩いている時だった。ふいに、宙を見上げた瞬が声を上げる。


「ああ……本当だ。咲いてる」


瞬が指す方を見上げれば、細い枝の先で薄ピンクの花びらが、にわかに開いている。一つ目につくと、それは二つ、三つと芽吹いていることに気付く。


「春だな」


「春だねー」


のほほんとそう言った瞬が、今度は「くしゅん!」とくしゃみをする。


「うぅー……花粉も飛んでるよ……」


瞬はティッシュを取り出して鼻をかみ、マスクを着ける。今日は随分あったかいからな。

春を感じたり、花粉症に参ったり、瞬は忙しい奴だ。


「ほい」


「ありがとう」


俺は瞬が持っていた丸めたティッシュを取り、手近にあったゴミ箱に捨ててやる。ついでに、マスクの紐に絡んでいた髪の毛を指先で払ってやった。


「あー……また、ありがとう」


「世話が焼けるな」


「持ちつ持たれつでしょ」


「そうだな」


すると、瞬が今度は「っくしゅ……っくしゅん!」と二度くしゃみをする。

茶化すように俺は言った。


「噂でもされてんのか?」


「えー迷信でしょ?噂になるようなこと、何もないし……普通に花粉症だよ」


「どうだろうな?二回くしゃみは悪い噂って言うぞ」


「じゃあ悪い噂って何?康太は俺にどんな悪い噂があると思う?」


マスクの下ではたぶん、唇を尖らせているんだろう瞬に訊かれて「うーん」と考え込む。

瞬の悪い噂か。


「食べすぎるらしい……とか」


「それ悪い?」


「いや、悪くない。美味そうにいっぱい食ってる瞬、好きだしな。あとは……クソ真面目とか」


「それも悪い?」


「いや、悪くない。何にでも真剣に向き合えるのは素直にすごい。疲れたりしないかは心配だけど」


「……他には?」


「あー……何だ?あとは……瞬の悪いところだろ。分かった、意地っ張り」


「そんなに意地っ張り?」


「ああそうだ。一回腹決めたら、簡単に折れたりしないだろ。まあそういうところも込みで、良い奴だよな……瞬は。そういうところも俺は好きだ」


「おい、悪い噂はどこ行ったんだよ……」


「うお」


突然、背後から声を掛けられて驚く。振り向くと呆れ顔の西山がいた。


「おはよう、西山」


「おう、おはよう立花。瀬良も、誕生日おめでとう」


「昨日な」


「ああ……ゆうべは随分お楽しみだったらしいじゃねーか」


「うるせえ」


「うん、すっごく楽しかったよ。西山も来れたらよかったんだけどね」


「……そうだな」


ピュアな顔でそう返す瞬に、西山は罪悪感を覚えたのか、胸を押さえている。自業自得だ。

……ちなみに、西山も昨日の誕生日会に呼ばれていたらしいが、家の用があるからと断ったらしい。もしかしたら、あの輪に入るのを遠慮したのかもしれない……と俺は少し思っている。


と、そんなことよりも。


「いつから俺達の話聞いてたんだよ」


「『康太は俺にどんな悪い噂があると思うの~』ってとこからだな」


「結構聞いてんな」


「全く……朝っぱらから、よくもまあ往来でイチャつけるもんだ」


「イチャついてねえよ、別に普通だ。なあ?」


「うん、まあ……康太はもう、最近ずっとこんな感じだよ。毎日恥ずかしいことをさらっと言ってくるの」


「恥ずかしいと思ってたのか?」


「ちょっとね。もう慣れたけど……悪いこと言われてるわけじゃないし、嬉しくないってわけでも、ないけど……」


「瞬……」


「おい、二人きりになるな。俺を置いて行くな」


はあ、と西山がでかいため息を吐く。


「こんなんだから、すっぱ抜かれたんだろうな……」


「はあ?何だよそれ」


俺がそう訊くと、西山がぼそりと呟く。


「黙っとこうかと思ったけどよ……こりゃ、言っといた方が良さそうだな」


「西山?」


不思議そうに首を傾げる瞬。西山は「ちょっと待ってろ」と制服のポケットからスマホを取り出した。


そして何やらスマホを弄ると、俺と瞬に「ほれ」と画面を見せてくる。

そこに表示されていたのは、黒を基調とした、いかにも怪しげなデザインの……ニュースサイト?


「春……おい、何て読むんだこれ」


「『春聞しゅんぶんオンライン』……ま、うちの高校のニュースサイトみたいなもんだな」


「そんなのあったのか?」


俺も瞬も、ネットとか、そういうのは疎いから全く知らなかった。

西山曰く、そのサイトは学籍番号と生年月日、氏名で認証できた人間しか見られない……いわゆる、うちの生徒専用のサイトなんだとか。


「誰が運営してんだ?」


「うちの新聞部だな」


なるほど。「春和はるわ高校新聞部オンライン」──略して「春聞オンライン」ってわけだ。


「の、割には随分いかがわしい見た目だけど」


「見た目はな。実際、学校非公認だし……でも中身は案外そうでもない」


確かに見た目は怪しげだが、西山が見せてくれた画面では、中間・期末テストの範囲表とか、各クラスの時間割とか、まともな情報も載っていた。


まあ、「も」ということは、当然そうじゃない情報も載ってるわけで。


「今までここから燃えたやつだと、バスケ部の泥沼三角関係とか、文化祭のバンドでの泥沼ボーカル争いからのバンド分裂、そこからの兼任ドラム担当のバンドを跨いだ二股発覚とか……生徒指導の舘野の極秘婚疑惑とかだな」


「うわあ……」


臭すぎるラインナップだ。……俺は咄嗟に手で瞬の耳を塞いだ。


「何にも聞こえないよー、何?」


「聞くな」


「いや、もう遅いだろ」


要するに、この「春聞オンライン」とやらは、学校の「臭い」噂をどこぞの週刊誌みたいに大量に集めた、西山みたいなゴシップ好きにもってこいのサイトってわけだ。


「で、その『春聞オンライン』が何だって言うんだよ」


「これを見ろ。今朝方上がった記事だ」


西山がその記事を見せてくる──タイトルは。



【独占スクープ・二年二組男子Sと三組男子T 関係者の証言から見えた──極秘十七年愛の記録】


【バレンタイン♡家デート、校舎裏で壁ドン、休日公園デートで隠し子疑惑──放課後、多目的室で密会・一体何が……】


【休日・二人きりのPC室で極秘キス♡目撃】




「待て待て待て待て待て待って……?」


「な、何?どうしたの?」


「見るな瞬」


「……」


遅かった。画面の上でいかがわしく踊るその文字列に、瞬の目は釘付けだ。

外は春らしい陽気であったかいってのに、背筋に冷や汗が伝う。何だこれ。


「西山……?」


何と言っていいか分からないまま、西山の顔を見上げると、西山は頭を掻きながら言った。


「いわゆる──『春聞砲しゅんぶんほう』ってやつだな」


それが、俺達を背中から撃った銃の名前だった。

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