3月6日◎康太の誕生日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。


\\HAPPY BIRTHDAY//

本日は「瀬良康太」の誕生日です。

なお、それに伴う上記「条件」の変更等は一切ありません。





「いや、ここは何かあれよ」


目覚めて一番、提示されたルールに思わずツッコむ。クソ矢は首を振って言った。


「しゃあないやん。儂らからお前にやれるもんなんて何もないわ」


「あるだろ、恩赦とか」


「許す許さんは儂が決めることちゃうし。まあ、バースデーソングぐらいなら歌ってやらんこともないわ」


「じゃあ歌ってみろよ」


そう言うと、クソ矢は平坦な声でバースデーソングを歌い出した。


「ヘァッピィバァーディ ヘァッピィバァーディ」


「そっちかよ」


スティービーの方だった。


「わん!」


すると、ベッドにぴょん、とタマ次郎が飛び乗ってくる。「遊んで」とせがむタマ次郎に、いつもの癖で背中を撫でかけて……手を引っ込める。


──こいつ、中身は「堂沢」なんだよな。


今は「ガワ」を着ているが、こいつの正体は神で、しかも「堂沢」だったわけで……一応元・同級生だった奴を撫でるのは抵抗がある。


てか、一緒に住んでるんだもんな……。


「……お前、元気になったんだったら、どっか別のところに行けよ」


「きゅぅん」


タマ次郎は甘えるような声を出して、お腹丸出しでごろごろしてる。


「犬のフリすんなよ、何とか言え」


「わふぅ」


尻尾をぷりぷりさせながら、前足を曲げて、くりくりの目で俺を見つめる。ふさふさの毛に包まれたあったかいお腹が、小さな息に合わせて上下していた……。


「むちゃくちゃ情湧いとるやん」


「そんなわけねえだろ。俺は別に犬好きってわけじゃ」


「くぅん」


「……」


……ダメだ。邪念を払おう。

こういう時は目を閉じて、瞬のことを考えるに限る。


「限らんやろ」


瞬、瞬、瞬……そうだ、今日は瞬が文芸部室で誕生日を祝ってくれるんだったな。部室ってことは、文芸部の連中も来るんだろうし、楽しい会になりそうだ。


「……起きるか」


ベッドを降りて伸びをする。ふと、枕元にあったスマホを見るとメッセージが来ていた。


『誕生日おめでとう、康太』


──5:32……ってことは起きてすぐにか?


「……早すぎだろ」


思わず、ふっと笑う。同時に腹の底をくすぐるような嬉しさが込み上げてくる。


誕生日か、悪くない気分だ。


俺は、いつもよりも軽い足取りで部屋を出た。


「おめでとう、瀬良。今日も生きてね」


──背後に「奴」の声を聞きながら。





「ふうん……なんとか仕上げたんだね。始めからこうしてくれればよかったのに」


放課後。俺は文芸部室に向かう前に、このクソ野郎──こと、池田の根城である「生徒会室」に寄っていた。目的は、例の部長会の資料を提出するためだ。


嫌味ったらしく目を細めて、確認用に印刷した資料をペラペラ捲る池田に、俺は言った。


「感謝しろよ」


「何で?仮だろうが何だろうが、部長職に就いているならこれは『仕事』さ。そもそも、やって当たり前のことだからね。俺から感謝も何もないよ」


「本当クソ野郎だな」


「よく言われるよ」


全く、誕生日にわざわざ時間作って会うような奴じゃないな。しかし、今日が締切なんだから仕方ない。こうなったら、こんな奴のいる空間からは、とっととおさらばだ。


「何、もう帰ろうとしてるの?」


「あたりめえだろ。てめえのツラなんか一秒と眺めてて気持ちいいもんじゃねえ」


「俺も瀬良の顔なんて別に見たくないけどね。修正があると後で呼び出すのが手間だから、確認が終わるまで待っててよ」


「はあ?ふざけんな。俺だって忙しいんだよ、そんなもん勝手にやってろ」


「そうはいかないよ。俺はどっかの締め切りぶっち野郎とは違って、責任感があるからね。付き合ってもらわないと困る」


「じゃあ秒で終わらせろよ、優等生くん」


俺は苛立ち交じりにそう吐いて、その辺のパイプ椅子にどっかりと腰を下ろす。

壁に掛かった時計を見遣ると、もう十六時半だ。ホームルームもやたら長引いたせいで教室を出るのが遅れたからな……。図書室の使用は十七時半までって決まってるし、早いとこ行きたいんだが……。


「うーん……体裁がさあ、微妙に端が合ってないんだよねえ」


「うるせえ、エクセルで作ったら印刷した感じと画面の表示が合わねえんだよ。読めなくないだろ」


「読めなくないけど、作った奴の雑な人間性が透けて見えて不快だね」


「クソ野郎」


「よく言われるよ」


その後も池田は、一ページ、一ページ、紙の繊維まで見ようとしてんのか?ってくらいちんたら確認を進めていった。うるせえ小言と嫌味付きで。

おかげで全部の確認が終わった頃には、もう十七時になっていた。


──途中で瞬には連絡入れたけど……すげえ待たせちまったな。


俺は、はあ、とこれ見よがしにため息をついて、パイプ椅子を立つ。


「じゃあな、池田。もういいだろ」


「何言ってるの?まだ確認だけだろ。これから修正してもらわないと」


「はあ?ふざけんなよ。データならUSBに入れて渡しただろ。内容自体は間違いねえんだから、そっちで適当に直せよ」


「作ったのは瀬良だろ。なら、これは瀬良が直すべきだ。あ、ちなみに生徒会室のPCは役員以外使用禁止だから、やるならPC室でね」


小馬鹿にしたような態度で池田がふん、と笑う。


「……」


──作った奴か、それなら。


「それなら、修正はやっぱり俺じゃないな」


「何でだよ」


「だって、それを作ったのは情報の武川だから」


「武川先生……?何で」


「嘘だと思うなら見てみろよ」


池田が生徒会室のPCを操作し、さっき渡したファイルの作成者を確認する。当然、作成者は──。


「武川、篤史……」


「土曜日に作業しに来た時、武川がエクセルの使い方を教えてくれたんだけどよ。途中で点検が入るとかで、PC室が停電になったんだ。で、一回作ってたデータはパアになったんだけど、会計報告はPCで作る前に、手書きの『下書き』を作ってあったから、武川にそれ見せたら、代わりに作っといてくれるってさ。月曜が締め切りだって言ったら特別にやってくれたんだ。ありがたいよなあ」


「それで……このレベルなのか?」


池田が手元の資料を信じられないような顔で見ている。

……まあ、やってもらっといてなんだが、知識としてこの手のソフトに詳しいってのと、書類を美しく作るセンスとか、几帳面さはまた別の話だからな。武川はその辺「雑」なんだろう。


ま、それは置いといて。


「ダメだなあ、優等生くん。先生をさんざんこき下ろすようなことを言っちゃあ。先生は可愛い生徒のために、ご老体に鞭を打って、休み返上で力を貸してくれたってのに。それを雑だの、不快だのと……ひどい奴だ」


「……やってくれるね、瀬良」


ここぞとばかりに煽ってやると、池田のこめかみにぴき、と筋が入ったような気がする。我ながら安いし、内容も大したことない煽りだけどな。優等生ってのは皆、こうも導火線が短いのかねえ……。


「というわけだ。苦情は武川に言ってくれ。じゃあな!」


「あ、おい……!」


善は急げだ。俺は池田が動揺してる隙に、生徒会室を飛び出して、図書室に走る。


時刻は十七時十分。


昇降口に向かって歩いている生徒達を追い越して、階段を一つ飛ばしで降りていく。

駆けこむように図書室のドアをくぐって、カウンターの司書さんに会釈する。


奥の倉庫のドアをノックして──。


「ごめん、瞬。遅くなった!入っていいか?」


「……」


ドアの向こうからは返事がない。あれ?


「おーい、瞬。いるんだろ。開けてくれ」


「……」


──どういうことだ?


一日間違えた?実は明日だった?


それとも、怒ってもう帰っちまったのか?


──いや、それは絶対にない。


「……開けるぞ」


何が待っているのか──緊張のような、高揚のような……そんなものを胸に俺はノブを捻った。


「暗……」


倉庫の中は真っ暗だった。電気が点いていない──人の気配もしない?


やっぱり、帰っちまったのか──。


隙間風が入ってきたみたいに、心がすっと冷えた瞬間。


──パァン!


「うわぁ!?」


「……っ?!」


目の前で弾けた破裂音と……よく知りすぎた奴の驚く声と、身体がぐらついて、床に尻を打つ感触。それから一瞬で部屋で眩しくなって──。


「はっぴばーすでーとぅーゆー、瀬良」


ぴゅう。


派手な三角帽子を頭に載せ、吹き戻しを咥えた猿島が、目の前にしゃがんでいた。

……俺はそれで、自分が床に座り込んでいたのだと気がついた。


「お誕生日おめでとうございます、瀬良さん」


「おう……志水。なんだそれ」


「これが誕生日パーティーの正装だと猿島さんが教えてくれました」


猿島の後ろから、やはり金ぴかの三角帽子に、こちらはヒゲ眼鏡の志水が近寄ってくる。

それから、そんな二人の後ろから、ニヤニヤ顔でスマホをこっちに向けている、ぴかぴか三角帽子の野郎がもう一人。


「おい撮んな、丹羽」


「これは……んっふぅ。傑作が撮れましたなあ……サプライズ大成功ですぞ」


「それはどうかなー……」


「てか、瞬はどこにいんだよ」


「そちらです」


志水が指す方に視線を遣ると──。


「う……あの、えっと」


「……ぷっ、おい、瞬」


──そこには、顔をクリームまみれにした瞬がへたり込んでいて。


俺は耐え切れずに笑ってしまう。


「どうしたんだよ、それ」


「ご、ごめん!俺、自分で皆にサプライズしようって言ったのに、クラッカーが鳴ったら自分でびっくりしちゃって、それで、なんかに足を引っかけて、躓いたらケーキも崩れちゃって……」


瞬があわあわしながら言葉を継ぐが、次第に声は詰まっていく。


「ケーキが、それに、康太も巻き込んで、シャツにもクリームが、床にも」


「あー、あー……」


「ごめん……ほんとに、ごめん。ごめん……」


言いながら、瞬がぽろぽろ泣きだす。俺は片手で瞬のクリームまみれの頬を拭ってやった。

すかさず、猿島が「ちょっとちょっと」と言いながら、ボックスティッシュを持ってきてくれる。俺はありがたく、ティッシュで瞬の顔を拭いてやった。


「泣くなって」


「うぅ……だって、勝手に、涙が出てくるから……」


「はいはい」


クリームまみれになってしまった手をティッシュで拭いてから、瞬を軽く抱きしめて、背中を優しくさする。昔から、泣いた瞬をあやす時はいつもこうだ。


「ケーキは表面以外はしっかり生き残ってるから大丈夫だからねー」


「チョコのプレートも残ってますしね」


「んふ。蝋燭をまだ立ててなくて、よかったですな」


「ほら、大丈夫だって。座ろうぜ」


「うん……」


鼻を啜る瞬に手を差し出して、立ち上がる。いつものテーブルに、いつもの並びで座ったら、パーティー再開だ。


志水がケーキに蝋燭を立てて、猿島が部屋の灯りを再び消してから、ライターを取り出す。丹羽はカメラ担当だ。


テーブルの上の少し崩れたケーキを全員で見つめる。真ん中には「ハッピーバーズデイ こうた」のプレート付きだ。猿島が蝋燭にライターを近づけながら言った。


「ケーキボーイは瞬ちゃんでいいよねー?」


「ケーキボーイ?」


首を傾げると、瞬が教えてくれる。


「蝋燭の点いたケーキを主役に差し出す人なんだって」


「主役にとって一番大事な人が務めるんだそうですよ」


「じゃあ、瞬、頼む」


「見せつけるねえ」


薄暗い部屋の中、猿島が蝋燭に火を灯すと、そこがぶわぁっと明るくなっていく。

自然と、誰もが口を閉じ、その神秘的な、儀式めいた光景を見守る。


等間隔に並んだ五本の蝋燭すべてに火が灯ると、瞬がケーキの載った台紙をそっと持ち上げる。


──ろうそくの灯りが照らす瞬の横顔は、息を飲むほど美しかった。


「はっぴばーすでーとぅーゆー」


ケーキを持った瞬が俺の方をむきながら、そう口ずさむ。


「はっぴばーすでーとぅーゆー」


猿島と志水がぱちぱちと手拍子でそれに乗る。


「はっぴばーすでー、でぃーあ……康太ー」


そこで瞬はすっと息を吸うと、笑顔で最後の一節を歌った。


「はっぴばーすでーとぅーゆー」


──言いようもない嬉しさが、胸に溢れた。


瞬は、ケーキを俺の前に差し出しながら言った。


「はい、康太。お願い事して」


「……願い事?」


「これからの一年のこと。神様にするのが嫌だったら……俺にでもいいよ。通じたら、叶うかもね?」


「そうか……」


それなら……瞬に願う事なんて一つしかない。


──どうか、瞬が幸せに過ごしますように。


そして──できたら、これからも……それを近くで見守れますように。


俺は目を閉じて、瞬にそう祈る。


それから、蝋燭の火をふっと消した。





「なんてお願いしたの?」


司書さんの厚意で、部室の使用時間を延長してもらい、その後、大いに盛り上がった、瞬主催の「俺誕生日会」の帰り道。いつもの通学路を二人で並んで歩きながら、瞬が訊いてきた。


「ん、通じなかったか?」


「さすがにエスパーじゃないし。何?不労所得とか?」


「頼んだら養ってくれんのか?」


「や、養わないよ!康太みたいなヒモ予備軍」


「ひでえな」


瞬と二人、笑い合う。それから、瞬は冗談めかして言った。


「どうせ養ってもらうなら、俺じゃなくて、もっと……他にいい人がいるんじゃない?」


「そうか?そんな奴いないだろ」


「い、いるよ」


「誰だよ」


「知らないけど、いるよ!じゃないと、俺が一生康太の面倒見る羽目になる」


「いいじゃん」


「よくない」


瞬が、ぷい、とそっぽを向いてしまった。

道沿いのフェンスの向こうで電車ががたごとと音を立てながら走り去っていく。


音が止んでから、今度は俺が瞬に訊いた。


「で、いつの間にこんな会企画してくれたんだよ」


「えーっと……本当に、ちょっと前かな。金曜日くらい?」


「へえ……文芸部の奴らにも、瞬が声掛けてくれたのか?」


「うん。ちょうど、活動の日が誕生日だったし……皆にお願いして。その、色々考えて、康太の誕生日は部活の皆でお祝いしたいと思ったから」


「何か、理由があんのか?」


瞬が「うん」と頷く。


「康太、前に『演劇部に入る』って言った時、『自分も何かやってみたいと思ったから』って言ったでしょ?だから、部活とか、そういうの憧れてるのかなあって。でも、ほら……演劇部は、実際はもう活動してなかったから。だから……そういう、俺が持ってる『楽しさ』みたいなの、康太にも分けたくて」


そこで言葉を切ると、瞬は俺の方を見て言った。


「俺、文芸部入る時、康太が背中を押してくれたの、すごく感謝してる。おかげで今すっごく楽しいから。だから、今からでも康太もどう……?皆もいいって言うと思うんだけど」


「ありがとうな」


俺は首を振って、そう言った。


──それはできねえ。


「瞬が今楽しいのは、自分で居場所を作ったからだ。俺はただの、ちょっとしたきっかけかもしれねえってだけで。俺は……たまにそこに混ぜてもらえるだけで十分だ」


あいつらにはあいつらが、ここまで築いてきたもんがある。そこに割っては入れねえ。


「それに、瞬とは別にそれ以外でも一緒にいるし。そういう意味でも十分だな」


「何それ」


くすくすと笑う瞬に俺は言った。


「なあ、本当に今日は……ありがとう。俺は、やっぱり、瞬がそこまで考えてくれたってことが嬉しかった……瞬のそういうところが、俺は好きだ、と思う」


言ってから、ちょっと瞬から視線を外す。

……もう毎日言ってることなのに、今日は妙に恥ずかしかった。


「……はいはい」


言われた瞬も照れ臭くなったのか、また顔を逸らした。

ふいに、瞬の顔に、髪に隠れて見えなかったクリームがまだ付いていることに気付く。


「……えっ?」


俺は何気なくそれを指で掬って、舐めた。

瞬が目を丸くして、それを見つめる。


「……何だよ?」


「何だよじゃないんだけど……」


唇を尖らせた瞬が、そっぽを向いて「馬鹿」と呟いた。

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