3月5日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「うるさ……」
耳元で鳴るスマホのアラームを止め、時間も見ずにその辺に放る。
今日は日曜だ。例の資料作りも、昨日なんとか終えたし、まだ寝たい。
昼は母親が、テスト勉強のお礼に瞬をご飯に誘うって言ってたし、その頃に起きて便乗すればいいだろ。
というわけで、二度寝だ、二度寝──そう思いながら、ごろんと寝返りを打つ。
と。
「……すぅ……すぅ」
「?!」
──知らない男が俺のベッドで寝息を立てていた。
驚いて身を起こす。二度寝の余韻なんて一瞬で吹き飛んだ。誰だよこいつ!誰、誰誰──。
「てか何で裸なんだよ!」
布団を剥がすと、そいつは全裸だった。
美術の教科書に載ってる彫刻みたいに整った白い裸身が、今はかえって気持ち悪い。というか、顔立ちもよく見たら異常な程綺麗で──あれ、こいつ……。
「ん……あれ、おはよう。瀬良」
「堂沢……?」
ふわあ、と間抜けな欠伸をして、もそもそと身体を起こしたその男は、『堂沢直哉』だった。
☆
「……説明してくれるか。色々なこと」
「いいよ」
あっさりそう答えた堂沢はもちろん、もう服を着ている。というか着させた。
とりあえずだから、適当なグレーのスウェット上下だが、こいつが着るとなんかそういうブランドの広告みたいになるのがムカつく。
……ちなみに下着も貸した。まあ、追々話は聞くが、こいつが「あっち側」なのは間違いないし、返されても困るから捨ててもいいやつにした。
居間には母さんがいるし、二人で話すなら……と、俺の部屋で、今、俺達はこうしてローテーブルを挟んで向かい合っている。
気になることは山ほどある。どう切り出そうか迷いながら、俺は口を開いた。
「……しばらく見なかったじゃねえか」
「回復しかけていた力を全部使っちゃったからね。人の形も保てなかったから、学校にも行けないし……『あいつ』はブチギレてるし」
「うーん……」
ダメだ。こいつは素直すぎて、ちょっと投げかけただけで、情報がぼろぼろ出てきてしまう。気をつけないと収集がつかなくなるな。
──特に気になることから聞いていこう。
「何でうちにいた?てか、どうやって入ってきた?大体何で裸だったんだよ」
言ってから、それら全てに説明がつく、その質問を投げた。
「お前は、神なのか?」
「そうだよ」
──やっぱりか。
それなら、俺の「条件」のことを知ってたっておかしくない。だから、あの日──思えば、堂沢に会った最後の日だ。堂沢は、俺の事情を見透かした上でものが言えた。
いきなり学校中の皆の記憶からいなくなったのも、あいつらならたぶん簡単にできるし、ここに侵入してきたのだって、クソ矢がいつもやってるしな。
それに、素っ裸だったのも、あいつらは人と違う常識で生きてるし、そのくらいは平気な変態どもなんだろう。
「最後だけ雑すぎん?儂は嫌やけど」
「……一人増えてんじゃねえよ」
瞬きの間に、クソ矢は頬杖をついて堂沢の隣に座っていた。堂沢はきょとんとした顔でクソ矢を見つめる。
「瀬良……誰かな?この悪霊」
「お前の身内じゃねえのか?なら気にすんな」
「気にしろや」
はあ、と掠れたため息を吐いたクソ矢が堂沢を指して言った。
「こいつは身内で合っとるわ。せやから儂は死なんように色々やっとるわけで」
「その割には忘れられてんじゃねえか」
「まあ儂の自己満みたいなもんやし……て、そんなことはええわ」
クソ矢が首を振る。俺はクソ矢に訊いた。
「こいつをここに寄越したのはお前か?」
「ずっといたよ」
クソ矢より先に堂沢が答えた。クソ矢が止めないので、たぶん、これは俺に言ってもいいことなんだろう。堂沢はさらに言った。
「匿ってくれてありがとう、瀬良。あとは立花もかな。おかげで『あいつ』から逃げられたし、また回復することができたよ」
「回復……?てか、匿ってって……まさか」
「こいつが、タマ次郎の『中身』や」
ほれ、とクソ矢が机の下から、ぐったりと四肢を投げ出して動かないタマ次郎の身体を取り出した。
一見、それは精巧なぬいぐるみのようだが、俺はこいつが生きて、歩いて、飛び跳ねて、吠えている姿を見ている……だから、これはどう見ても。
「……」
「一応言うとくけど、どっかでほんまのワンコ捕まえてきて、こいつ入れとったわけちゃうで。儂がイチから作った『ガワ』や。やから、これはまあ『ぬいぐるみ』っちゅう認識でええよ」
「……見たくない」
俺がそう言うと、「そうか」とクソ矢はタマ次郎を抱えて、どこかへ仕舞った。
──そう言われて、簡単にそう見れるかよ。
それができるくらいなら、俺はタマ次郎をとっくにクソ神に差し出してる。……悪趣味だ。
押し黙る俺に、堂沢が明るく言った。
「まあ、この悪霊が用意してくれた『これ』のおかげで俺は二人に大事にしてもらえたしね。そこは助かったよ」
「悪霊ちゃうて」
「……で、それがお前にとって何かよかったのか?」
「前に話したかもしれんけど」
今度は、クソ矢が口を挟んできた。
「儂らは人の信仰で存在を維持しとる。こいつはそれが足りんくて、しばらく──『神』としての力を失っとった。存在を維持すんのがやっとの状態やったんや」
「それを回復する方法が、これだったってことか?」
「せや。タマ次郎として、お前らに大事にされることで、こうやってまた人の形とれるくらいにはなったわ」
クソ矢が言うには、力を失った神が、回復するために「人に愛されるもの」に姿を変えたり、そういうものに寄せて作られた「ガワ」の中に入って人と交わるのは、よくあることだとか。
神連中がどいつもこいつも、顔の造形が整ってるのも人から信仰を集めやすくするためらしい。
「まあ、正確には、こいつは一度回復した後、大きな力を使うてしもたから、また失ってたんやけどな」
「大きな力って──」
──瞬の「感情」を奪ったことか。
そうだ。タマ次郎の「中身」が堂沢なら、瞬の感情を奪ったのも堂沢だ。
「……俺が、死ぬことを選ぶかもしれないから」
──『お願いだから死なないでほしい。瀬良のその気持ちは尊いよ。でも瀬良がいなくなったら俺は悲しい』
「……どうして、そこまで俺が死ぬことを拒む?」
「悲しい」とは言っていたが、こいつは神だ。そう思うと、字面の通りには受け取れない。
神が俺に拘る理由は何だ?
俺は神が嫌いだってのに。
「瀬良は俺の心臓だからさ」
言って、堂沢が俺の手を取る。離したかったが、身体が動かない……金縛りか。
「心臓……?」
かろうじて声は出すと、堂沢はゆっくり頷く。
「瀬良の『信仰』がなければ、俺はとっくに消えていたからね」
「『信仰』……?俺が、いつお前に」
「瀬良が忘れても、俺は知ってるよ。消えそうになる度に、空っぽの頭で唯一思い出すのは、瀬良のことさ……だから、忘れないように、忘れていても、いつも口に出すんだよ。瀬良が『好き』ってね」
「忘れてる……?」
──夕暮れ、誰もいない神社の境内、鈴の音、ポケットの五百円玉、賽銭箱の縁に当たって吸い込まれていく……それから。
──『俺がやったんだよ』
そうだ。だから、俺はあいつらが──。
「そこまでや」
頭の中で指を鳴らすような音が弾けて、思考が止まる。その瞬間、金縛りが解けて、俺は堂沢から手を引っ込めた。
「……?」
繋がりかけていた糸が切れたみたいに、考えていたことが思い出せなくなる……クソ。
息を吐いて、胸に溜まった苛立ちを逃がすと、クソ矢が言った。
「まあ、サービスはこんなもんやろ」
「……サービス?」
「ええもん見れたらサービスしたる言うたやん。ほんまは、こいつはもうちょい回復させたかってんけど、お前ら、なかなか頑張っとるからな。もう少し情報やっても損はなさそうやし」
「ふざけやがって」
「でもいくらか分かったことあってスッキリしたんちゃう?」
「しねえよ。今訊いたことも、訊いたからってこの状況がどうにかなるわけじゃねえし……もうどうでもいい」
強いて言えば、堂沢は「あっち側」で、演劇部の一件も、何か「あっち側」の目的があって俺に近づいてきたわけだ。
「怒ってるかい?瀬良」
「別に……ただ」
──少し、がっかりしてる。
そう思ってしまった……言わなくても、どうせ、こいつらにはお見通しなんだろうが。
断っちゃいたが、他人に必要とされて、誘われるっていうのは、まあ、そんなに……悪い気持ちにはなんねえよな。
「……こういうんは人も神も変わらんな」
「神様が元気になるくらいだからね。それくらいすごいエネルギーのやり取りをしてるんだよ。互いに求め合うって」
「……うるせえよ」
かろうじてそう返すと、堂沢はふっと笑ってから、言った。
「さて……あまりこうしていると、また『あいつ』に見つかるね。また『タマ次郎』に戻ればいい?いや、いっそ俺から行って『あいつ』を殺したらいいのかな」
「兄弟喧嘩すなや……ほれ、早く中に入り」
「そうだ」
「……何だよ」
ぼんやりと興味もなく、クソ矢と堂沢のやりとりを眺めていると、堂沢が俺の方を向いて言った。
「これは『サービス』なんだっけ。じゃあサービスついでに、俺からもう一つ教えてあげるよ」
「言ってみろ」
堂沢はにこりと、あの日みたいに微笑んで言った。
「瀬良はもう少し周りに気をつけた方がいい……特に後ろには。この世界は二人だけのものじゃないからね」
「生きていてね」──最後にそう声がしたかと思ったら、後にはもう、クソ矢も堂沢もいなくなっていた。
「わん」
──代わりに、タマ次郎が足元で吠える。
「……めんどくせえ」
俺はそう零してから、あしらうようにタマ次郎の額を軽く撫でた。
☆
「康太」
「ん?」
瞬と母親と、マンションから歩いて十分くらいの近所のラーメン屋に行った帰りだった。
数メートル先を歩く母親の後ろで、瞬と並んで歩いていると、瞬が何故か小声で話しかけてきた。
「……誰も聞いてないだろ」
「そうだけど……なんとなく?」
「で、何だよ」
「明日の放課後、文芸部の部室に来れる?」
「部室?いいけど。何があんだ?」
「えー……秘密」
「ああ、俺の誕生日か」
「何で……分かったの……?」
瞬ががっくり項垂れる。そりゃあ、まあ。丁寧なリサーチもあったからな?
「もうとにかく、明日は絶対部室来てね。忘れちゃダメだからね」
「分かったよ、行くよ。瞬がどんなサプライズしてくれるのか楽しみにしとく」
「それサプライズにならないじゃん!」
「しょうがないだろ、瞬バレバレだし」
「うーん……」
瞬が複雑な顔で唸っている。まあ、一応……何してくるかは分かんないし、俺もできるだけ驚けるようにはするけど。
「別に驚きはなくても、十分嬉しいけどな。瞬が祝ってくれるってだけで」
「それは……まあ、そうだろうとは思うけど?康太は俺のことが、好きだからね……」
「……」
「……い、今のは無しで」
冗談のつもりだったんだろうが、言ってから急に恥ずかしくなったのか、瞬がぶんぶん首を振る。
俺はそんな瞬に、少し笑いながら言った。
「いや……実際そうだし。瞬が好きだから、明日は何があっても良い誕生日になる、と思う」
「ふうん……?それはよかった」
「リボン巻いて来るんだよな、楽しみにしてる」
「しないよ!」
頬を膨らませた瞬に、鳩尾を小突かれた。
……まあ、何が起こるのかは、明日のお楽しみだな。
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