3月4日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──かた、かた……。


二人きりのPC室に、辿々しい打鍵音が響く。


「クソ……何でここにこれをコピーすると行間がバカ広くなんだよ……」


「う……ごめん、俺もこういうのはさっぱりだから……」


隣に座る瞬が俯く。俺はデスクトップを見つめながら「元は俺がやんなきゃいけないやつだし」とまあ、フォローをしてみる……実際そうだしな。


瞬は「康太は退部してしまった演劇部員の誰かに騙されて、その気はないのに部長職を押し付けられたんじゃないか」と思っているみたいだ。現実的に考えるならそうだろう。


でも俺は、この件は──十中八九、クソ神どもが関わってると思ってる。


そうでないと、説明がつかないことが多すぎる。起きている現実が、あまりも超現実すぎる。


俺も瞬も、またあいつらのゴタゴタに巻き込まれてるってことだ。


──まあ、瞬を巻き込んでるのは俺だけど……土曜だってのに付き合わせちまったし。


と、いうわけで俺と瞬は、例の「部長会資料」作成のため、土曜日だが学校に来ていた。


野球部とか、運動系の部活は土日もやってるから、学校自体は開いてるし、教員も何人かいる。


俺は職員室で事情を話し、こうしてPC室を借りて、瞬と一緒に「決算報告」を作っているんだが。


「手書きじゃダメなのかよ」


「丁合の手間がかかるから嫌なんだって。俺も手書きの方がよかったんだけど……データじゃないとって言われちゃったから。丹羽に手伝ってもらって作ったよ」


「丹羽を呼ぶべきだったか……」


「そうだね……今から呼ぶのは流石に申し訳ないし、できないけど……」


俺も瞬も、PCには強くない。ワードとかエクセルとかパワポとか、一応、「情報」の授業で触ったことはあるが、実務となると自信がない。


朝の九時からPC室にこもってやってるが、かれこれ二時間……俺達は表一つ挿入するのも四苦八苦してる有様だ。


「他に強い人いるかな……」


「部活とかで来てる奴がいればな……」


俺は運動系の部活に入ってる知り合いを何人か、頭に浮かべたが……どいつも皆、PC系は疎そうだ。


「情報の先生来てるかな?」


「武川か……いれば間違いないんだけどな」


情報の武川は、穏やかでいかにもな好々爺だし、瞬みたいな優等生が頼めば快く教えてくれるだろう……いれば、な。


「俺、ちょっと職員室行って聞いてみる!」


「ああ、悪いな。頼んだ」


瞬が小走りにPC室を出て行く。


「俺も何か……ネットで調べるか」


ブラウザを立ち上げようとマウスを握る、と。


「こんなんもできんの?高校生が」


「うわ!?」


振り返ると、背後からクソ矢がデスクトップを覗き込んでいた……久しぶりじゃねえか。


「リモートワークや」


「ご苦労な奴だな」


「タマ次郎はちゃんと見とるか?」


「ああ……ほら」


俺は机の下に置いてあるリュックを指した。

見てるって言ったって、タマ次郎は神だし、世話がいらないから、本当にリュックに入れて連れてるだけなんだがな。


「それだけで十分や。人間と同じレイヤー上におれば、神様にも簡単には見つからへん」


「意味分かんねえこと言うなよ……こっちは書類だの、PCだの見過ぎて疲れてんだ」


「へえ、まあ大して進んでへんみたいやけど」


クソ矢が憎たらしく、黒縁眼鏡を指で押し上げた。そういや、ブルーライトカットできるんだっけか?それ


「てか、それ貸せよ」


「はあ?嫌に決まっとるやろ。何で貸さなあかんねん」


どうせ触れられないくせに、クソ矢は一歩後退る。チッ……相変わらずムカつく奴だ。


──そういえば。


「おいお前に聞きてえことがあんだ」


「なんやねん。ちなみに『演劇部』の件やったらノーコメントやで。関係あらへんとは言わんけど、お前には教えられんわ」


「チッ」


まあ、そうだよな。こいつが簡単に言うとは思わなかったが……とりあえず「関係はある」ってことが確定しただけよしとするか。


「じゃあせめて、このワードの使い方教えろよ。それか、何か力使って代わりにやれ。てめえらのケツ拭きみてえなもんだぞ、これ」


「ええやん、お前がやれば。就職するんやろ。これくらいできん奴、どこもいらんで」


「……」


痛いとこ突くじゃねえか……。


「まあ、ゆっくりやったらええやん。休みの日に、二人きりで学校で課題なんて素敵やん。精々、青春を満喫しい……せや」


ふいに、クソ矢は掛けていた眼鏡を取って、それを俺に差し出して来た。


「何だよ」


「気ぃ変わったわ。貸したる」


「はあ……?」


俺は恐る恐る眼鏡に触れてみる。


──触れる。


「……どういう風の吹き回しだ?」


「別に。お前らが仲良うしとるんは儂にとっても、誰にとっても得やしな。今日はこれでちょっとイチャイチャしてみいや」


「イチャイチャはしてねえよ」


「そう思うてるんはお前らだけやで。ま、ええもん見れたらちょっとしたサービスくらいはしたるわ……頑張り」


──ガラガラ。


「武川先生いたよ!後で来てくれるって」


「マジか」


ドアが開いて、息を弾ませて瞬が駆け寄ってくる。その間にもうクソ矢はいなくなっていた。


フルリムの黒縁眼鏡だけ残して。


「あれ、どうしたの?眼鏡なんか持ってた?」


「あ、いや……」


とりあえず机に置かれた眼鏡を手に取ってみる。

見た目はまあ、普通の眼鏡だな。


しげしげと眼鏡を眺めていると、瞬が身を乗り出してくる。


「ね、ちょっと掛けてみてよ」


「はあ?何でだよ……」


「よく分かんないけど、康太のなんでしょ?だったら掛けたら?似合いそうだし」


「掛けたらどうなるか分かんねえだろ。どうすんだよ、俺が鬼畜になったりしたら」


「そんなのありえないと思うけど……それに、康太は俺に酷いことはしないと思う」


「そうか……?」


「うん、絶対」


まあ、そうだ。俺は瞬を傷つけたくない。

その鉄の意志があれば、眼鏡なんかに負けないはずだ!


「別にそんなことにはならんけどな。普通の眼鏡やで」


どこからか天の声がする。まあ、いい。


俺は思い切って、眼鏡を掛けてみた。


「……どうだ?」


「……」


瞬が驚いたように目をぱちぱちさせている。


「何だよ、その反応」


「え、いや。なんていうか……」


「馬鹿だから似合わねえってか?」


「違う!むしろ……その、格好いいから……」


「そうか……?」


鏡……と思ったが、もちろんこの部屋にはない。代わりに瞬の瞳を覗きこんでみる。


「うーん?」


「ち、ちょっと!近い。スマホがあるでしょ」


瞬がスマホを取り出して、インカメラにする。カメラの枠に入るように、スマホを持つ瞬に寄ると、瞬はウザそうに視線を逸らした。


「ほら……」


「自分じゃよく分かんねえ」


「格好いいんだよ。自覚して」


瞬はスマホを仕舞おうとして……ふいに思い出したみたいに、俺にまたスマホを向けた。


──パシャ。


「撮んなよ!」


「ふふ。後で皆に見せちゃお」


「見せんな」


「じゃあ、俺だけにしとく」


「全く……」


俺はいい加減、眼鏡を外して、今度は瞬に掛けてやった。


「わ」


「へえ、似合うな。ますます頭が良さそうに見える」


「そ、そう?」


瞬が眼鏡の端を、揃えた手でくい、と押し上げてみせる。クソ矢がやるとムカつくが、瞬がやるなら──。


「可愛いな」


「え?」


「……」


言ってから、自分でも「これはないだろ」と思う。野郎に可愛いって。


「そう……?」


──まあ、瞬の方は満更でもないみたいだけど。


「も、もう外す!」


やっぱり恥ずかしくなったのか、瞬が眼鏡を外そうとする。俺は「ちょっと待て」と言い、急いでスマホを取り出した。


──パシャ。


「あ、ちょっと撮らないでよ!」


「仕返しだ。誰にも見せねえよ」


「そう言って見せてたじゃん」


「……」


否定はしない。

代わりに俺は言った。


「まあ、俺はいつもの瞬の方が好きだな」


「えー?」


「あんまり頭良く見えると……なんか瞬が遠くなるし」


「どこも行かないよ」


瞬があはは、と笑った。俺も笑った。


「青春してるねえ」


「うわ!」


背後から聞こえる声に振り向くと、情報の武川がニコニコしながら立っていた。

「あんまり仲が良さそうだから、いつ声をかけようか迷っちゃったよ」と言われ、俺と瞬は声を揃えて「すいません……」と平謝りした。

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