3月8日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





【独占スクープ・二年二組男子Sと三組男子T 関係者の証言から見えた──極秘十七年愛の記録】


枝先で芽吹きの時を待つ桜の蕾も目覚めるような、春の陽気にも負けないホットなニュースが飛び込んできた。


春和高校・二年二組在籍S氏と同学年三組在籍T氏の交際が、本紙・記者による取材で明らかとなった。


校内の交際事情の動向に注目が集まったバレンタイン翌日、記者の取材に対しT氏が「両思いということになると思います」とS氏との交際を仄めかすような発言。


バレンタイン当日はどのように過ごしたのか、という質問には「(犬のぬいぐるみを模した)ポーチを貰いました。可愛いくて気に入っています。プレゼント慣れしていないと思うけど、急にこんなことをするところが愛おしいし、そんな彼のことが好きです」とはにかんだ。


T氏とS氏は学年では知らぬ者がいない程の仲睦まじい幼馴染。


T氏は校内でも五本の指に入る「イケメン」で、親しい者以外とでは口数は少ないものの、随所で優しい一面を見せ、過日のバレンタインでは、他クラスの女子生徒からもチョコレートを貰っていたという。


一方、S氏は三組のクラス委員も務める秀才。老若男女問わず愛される人懐っこいキャラクターと、昨春から始めた一人暮らしで培った家事スキルの高さで、本紙WEB上で六月に実施した「結婚したい春高生ランキング・嫁部門」で、名だたる女子生徒達を押し退け、見事一位を獲得。そのハートを射止める「未来の旦那様」の存在に注目が集まっていた。


そんな、まさに「理想の幼馴染カップル」を体現する二人の交際については、かねてより噂されていたものの、関係を決定付けるものはなかった。


ところが、三学期になってから、この二人が一緒にいるところは各所で目撃されるようになる。人目も憚らず、S氏がT氏に愛を囁いていた場面を目撃した者や、ごく親しい友人達には以前から関係を明かしていたとの情報も。


「二人は幼稚園以来、十数年近く付き合いのある幼馴染です。ぶっきらぼうですが、根は素直で、健気に自分への気持ちを伝えてくれるS氏に『これからもずっと一緒にいたい』とT氏が思うようになるのは時間の問題でした」と二人にごく近い知人は語る。


また先週土曜には、休日にもかかわらず、二人でPC室で課題に取り組んでいた姿が目撃されている。


さらに、それだけではない。


同日、部活動のため学校に来ていたS氏の知人である卓球部男子生徒Mは「休日だったが、SがTと一緒に来ているのを見た。課題でもやりに来たのかと、部活終わりに差し入れにPC室に寄った。すると二人がキスをしているように見えたので驚いた。唇を重ねた後、Tが慌てて離れたので、Sの方から不意打ちだったのだと思う。結局、声は掛けられず、二人に気付かれる前にPC室を出た。その後、PC室に向かう情報のT教諭を見かけたので、見つかっていないか少し心配だ」と語ってくれた。


バレンタイン以前からも、二人が校内外を問わず仲睦まじく過ごす姿は他にも目撃されている……。



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「ふ……っざけんなよ!」


馬鹿にしたようなその表示に、思わず声を上げて、机にスマホを放る。

教室中の視線が刺さるが構わない──もはや今更だ。


『いわゆる──『春聞砲』ってやつだな』


昨日。西山に教えられた、非公認学校ニュースサイト──「春聞オンライン」。


どこぞの週刊誌みてえな、校内のきな臭いネタ──いわゆる「ゴシップ」ばかりが集まるそのサイトに、俺と瞬の「熱愛報道」がすっぱ抜かれた。


もちろんそんな記事は事実無根の出鱈目で、正直「誰がこんなの信じるんだよ」なんてちょっと思ってはいたんだが……案外そうでもないらしい。


実際、記事が上がった昨日から、俺と瞬は学校のどこにいても好奇の視線に晒された……ような気がする。


まだ直接何か言ってくるような奴はいなかったが、一緒にいると妙に視線を感じる気がするというか、周囲でこそこそ噂されているような気がして落ち着かない。


──気にしすぎかもしれねえけど。


とりあえず、昨日はなんとか普通を装って過ごしたが──今日はダメだ。


『瀬良、何怒ってんだろ……』


『ね。てか、今日一緒に登校してなかったよね……喧嘩とかしたのかな』


『まさかあ。だってあんなに……』


『PC室でキスしたってガチ?やばいよね……』


『やっぱ瀬良が左なのかな……』


「チッ……」


抑えようと思っても舌打ちしちまう。今朝は、瞬がクラスの仕事があるって言うから、一人で学校に来たんだが、それが余計に人目についたらしい。「喧嘩?」だの「別れた?」だの、嫌でも聞こえるくらいあちこちで言われまくってる……。


割とこういうのは耳につかないタイプの俺でさえ、気になるくらいだから、瞬なんてもっと酷いんじゃねえか。あいつ、耳いいしな。


──俺はこんなの適当にスルーできるけど、瞬はそうはいかねえだろ。


俺との間で「こういうの」を想像するのは嫌だって言ってた瞬にとっては、苦痛で仕方ないだろう。


記事はないことばっかりだし、瞬の発言だって切り取りか、もしくは、そもそもでっち上げって可能性もある。何とか否定して、せめて瞬だけでも解放してやりたいんだが……。


──こうなると、今は会うのも難しいよな。


今すぐ、瞬と会って話をしたいが、会えば、またどんなことを書かれるか分からない。

うかつに動けば、瞬が余計に苦しむ。なら、家に帰ってからの方がいいか?どうしたもんか……。


──とりあえず、飯買いに行くか。


俺はため息を吐き、立ち上がる。

朝から苛立っていた俺に気を遣ったのか、西山はどっか別のところで飯を食ってるみたいだし、瞬のとこには行けねえし……どっか、人のいねえとこで一人で食おう。


そう思いながら、俺は購買に行き、適当に余っていたパンを買って……できるだけ人の少ない管理棟の方を選んで廊下を歩いていると、ふいに、すぐそばの部屋のドアが開く。


「瀬良」


「猿島?」


「しー」


人差し指を唇に当てがった猿島が俺を手招きする。中に入れってことか?

俺は、何となく周囲を見渡してから促されるまま、その部屋に入った。


──情報準備室か。


部屋は、PCのソフトのパッケージみたいなのが並んだ棚と、よく分かんない機材がちょこちょこ積まれたダンボールと、長机があるだけの、この学校によくある小さな会議室みたいな部屋だ。


猿島がパイプ椅子に腰掛けながら言った。


「色々おつー、瀬良。ここは俺と瞬ちゃんしかいないから大丈夫だからねー」


「瞬?瞬もいるのか?」


思わず、きょろきょろとあたりを見回すが瞬の姿はない。そんな俺を猿島がへらへら笑いながら言った。


「今はちょっとトイレ行ってるよー」


「なんだ…そうか」


「なんかやばげなことになってんねー、二人とも」


手近にあった水筒から紙コップにお茶を注ぎながら猿島が言った。そして「どうぞー」とお茶の入った紙コップを俺に差し出してくる。


「ありがとう……てか、猿島もやっぱ知ってんだな。あのサイト」


「まあね。俺もああいうの割と気になる方なんだけどー、知り合いが撃たれたのは初めてかなー?」


「そりゃそうだろ」


普通に暮らしてりゃ、学校中で噂になるようなことなんて滅多にない。ていうか、俺と瞬だって「普通」にしてたつもりなんだがな。


「正直、こんな騒ぎになるんだなってびっくり。瞬ちゃんはクラスでは別に気にしてない風だけどー、ちょっと浮き気味っていうか。さすがに見てらんないから昼誘っちゃった。瀬良は動けないだろうしね」


「すまん、助かる……」


俺は猿島に手を合わせた。西山にしろ、猿島にしろ、俺は知り合いに恵まれてるよな。

というところで、俺は気になっていたことを訊く。


「で、この部屋はどうしたんだ?使っていいのか?」


「ダメだよー」


「いや、じゃあダメだろ」


「いいんじゃない?ほら、この学校ってさ一応昔、情報科とかなんちゃら技術科とかもあって、結構マンモスだったのが生徒数減で普通科だけになっちゃったわけじゃん。その名残で使ってない部屋がいっぱいあんだよね。ここもその一つで、ほぼ物置って感じだし鍵もないから勝手に使い放題みたいな?」


「みたいなじゃねえだろ……」


まあ、今みたいな状況の時はありがたいけど。

訊けば、猿島は時々、ここで志水とかと昼飯を食ってるらしい。今日は志水が委員会の仕事に行ったらしいから、瞬と二人だったみたいだが。


「瀬良もほとぼり冷めるまで使えば?」とありがたい申し出をもらった。マジありがてえ……いや、猿島の部屋じゃないけどな、別に。


「あれ、康太」


そんな感じで、しばらく猿島と二人で駄弁っていると、ハンカチで手を拭きながら瞬が戻ってきた。


「おう、瞬。……その、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。平気だよ。ほら、別に悪口言われてるわけじゃないから」


瞬は俺に笑って見せてから、席に着く……思ったよりは元気そうだが、さすがにちょっと疲れてるみたいだな。


「康太も猿島に?」


「たまたま瀬良が通りかかったの見えてさー、さっと捕まえちゃった」


「俺は虫かよ」


「まあ、康太って、しぶといところは虫みたいかもね」


「瞬ちゃんって結構辛辣なこと言うよねえ……」


言いながら、猿島は瞬にもお茶を振舞ってやっていた。瞬が美味しそうに茶を啜る。


「はあ……なんか、ほっとするよ」


「朝からうるさかったしねー。お茶は花粉症にも効くからガンガン飲んでよー」


「うん。ありがとう」


俺も瞬と猿島の極めて平和的なやり取りを眺めながら、茶を呷る。熱い緑茶が喉を通ると、瞬の言う通り、自然と心がほっとする。


「ふぅ……」


つい、息を吐くと、俺を見つめる瞬の視線に気付く。


「ん、どうした?」


「あの……康太、ごめんね」


「何が?」


「だって、あの記事……俺もちょっと読んだんだけど、たぶん、俺が取材って気付かないで変なこと喋っちゃったからこんなことになったんだよね……康太にも迷惑かけちゃったし」


瞬が俯く。俺は首を振って言った。


「何言ってんだよ。あんなのがあるなんて、知らなかったんだからしょうがねえだろ。瞬のせいじゃない、絶対」


「でも、俺、ちょっと……最近康太に近すぎたかもって思ってて。康太がどう見られるとか、全然考えてなかったから……ごめ」


「馬鹿だな」


「いた」


俺は瞬の眉間に軽くデコピンをした。


「俺が好きで瞬といるんだから、余計なこと考えるなよ」


「……」


瞬が眉間を押さえながら、目をぱちぱちさせる。

言ってから──ああ、これは俺もそうか、と思った。


「むしろ……瞬が、どう見られるかって方が俺は気になる。だから、まあ……騒ぎにならないように、一緒にいる方法……考えてくれよ」


──瞬が、俺といるのが嫌じゃないならな。


なんて、口にしなかった少しの弱気を吹き飛ばすように、瞬が「うん!」と頷いてくれる。


「……うーん、とりあえずここは明日から使用料取ろっかなー。なんだか儲かりそうな気がする」


それまで傍観していた猿島がぼそりと呟いた。

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