3月9日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
【お詫び】
3月7日掲載記事「独占スクープ・二年二組男子Sと三組男子T 関係者の証言から見えた──極秘十七年愛の記録」にて、T氏とS氏の説明に誤りがございました。正しくは下記の通りとなります。
(正)
『S氏』は校内でも五本の指に入る「イケメン」で、親しい者以外とでは口数は少ないものの、随所で優しい一面を見せ、過日のバレンタインでは、他クラスの女子生徒からもチョコレートを貰っていたという。
一方、『T氏』は三組のクラス委員も務める秀才。老若男女問わず愛される人懐っこいキャラクターと、昨春から始めた一人暮らしで培った家事スキルの高さで、本紙WEB上で六月に実施した「結婚したい春高生ランキング・嫁部門」で、名だたる女子生徒達を押し退け、見事一位を獲得。そのハートを射止める「未来の旦那様」の存在に注目が集まっていた。
(S氏とT氏の説明が逆になっておりました)
お詫びして訂正いたします。 春聞オンライン
☆
「そこじゃねえだろ」
サイトを開くなり、目に飛び込んできたその「お詫び」に思わずツッコむ。
何が「お詫びして訂正いたします」だ。訂正だらけだろ、あんな記事。
──「PC室で極秘キス」だの、「十七年愛」だの……。
PC室の件は、誰がタレこんだのか知らねえが、たぶん、そいつが見た角度の問題だし、断じてそんなことしてない。「十七年愛」の方も、俺と瞬が出会ったのは幼稚園の頃だから、さすがにそんなに長くはないし、他にも……見れば見る程、色々ツッコミどころ満載だ。
【春和高校・第六十六期生 きょう卒業──激動の三年を振り返る】
【第三学期・部長会 あす開催 渦中の男・T氏 公の場へ】
【注目♡第六十九期生・制服採寸 バストサイズランキング】
「くだらねえ……」
今日は卒業式だったってのに、学校全体を包む厳かなムードとは裏腹に、相変わらず、このサイトはしょうもない記事ばかり上がっている。誰が見てんだよ……こんなの。
──て、俺も見ちまってるけどな……。
一昨日、俺と瞬の「熱愛報道」が出て以来、最初は自分達の記事が気になって開いたこのサイトだが、今はつい……時間が空くとなんとなく覗いちまう。
例えば、今みたいに──式が終わって、文芸部の先輩のとこに挨拶に行った瞬を待ってる間とか。
しょうもない、くだらない、こんなもん眺めてるくらいなら、窓から見える抜けるような青空と咲きかけの桜のコントラストを楽しんだ方が、遥かに健全だって思うんだけどな。
するりと人の生活の中に入り込んで離れない、不思議な引力がこのサイトにはあった。
「……はぁ」
静かな教室で一人、ため息を吐く。俺みたいに三年生に特に思い入れのない在校生はとっくに帰ってる時間なので、今、この教室には俺しか残っていない。でもちょうどよかった。少し考え事をしたかったから。
──誰がこんなの書きやがった。
西山の話じゃ、このニュースサイトの運営は、うちの新聞部がやってるらしい。
だが、新聞部は、表向きは学校行事や生徒主体のボランティア活動、地域貢献活動を伝えることを目的としている、いたって健全な部で通っている。
ということは、その裏に潜んでいる奴を引っ張り出すのは、そう簡単にはいかないだろう。
実際、記事の内容は出鱈目──とは言え、根も葉もない、まるっきりの作り話ではない。
俺と瞬が土曜日に学校に来たことや、バレンタインに「犬のぬいぐるみポーチ」を瞬にやったことは事実だ。それなりの取材力は有していて、しかも、俺や瞬の周辺に気付かれないように潜り込むことができるんだろう。たぶん、相手は一人とか二人じゃない──組織的なものだ。
──一番いいのは、相手に「記事の内容は誤りだった」と訂正させることなんだろうが。
なにせ、「有料記事」にするほどこの件に価値を感じてるみたいだからな。まあ、そう簡単に取り下げることはしないだろう。信頼にも関わるだろうし。
どうする?どうすればいい?
何もなけりゃ、ほとぼりが冷めるまで、学校では瞬と距離を置くんだがな。
俺にはどんなことがあっても瞬と離れられない理由──「条件」がある。
この状況下で、学校で「条件」をクリアするには、昨日みたいに誰もいないところとかでもないと無理だ。火に油を注いじまう。そうなれば、余計に燃え上がって、瞬が苦しむ。
かと言って、毎日、毎日、家まで訪ねるのも──登下校中だって人の目があるし。
「あー……マジで、こっちもどうする……どうもなんねえ……」
かつてないほどの弱気に襲われ、机に突っ伏した。その時だった。
「こーうた!」
「うわ」
いきなり、耳元で呼ばれて顔を上げる。
「瞬」
びっくりして目を見開いている俺を、瞬はくすくす笑いながら言った。
「終わったよ。帰ろう……もうだいぶ人捌けたよ」
「おう……」
机の横に掛けたリュックを取り、おもむろに立ち上がる。
瞬の言う通り、校舎内にはもう、ほとんど人が残っていなかった。
なんたってもう、昼を回っている。三年生は夜の打ち上げとかに向けて、ぼちぼち帰るだろうし。
「先輩に会えたか?」
「うん。最後は皆で部室に集まろうって話になってたから……ちょっと寂しくなるね……」
「何だよ、泣いてんのか」
「泣いてないよ」
そう言いつつ、瞬の目は少し赤かった。感受性の強い奴だし、先輩からもらい泣きしたんだろうな。
瞬はすん、と少し鼻を啜ってから、言った。
「あー……なんか信じられないなー……来年は俺達があっち側になるんだよ。全然実感ない」
「そりゃ、まだ一年あるからな。今は……目の前のことで手一杯だ」
「そうだね……」
人のいない校舎を、昇降口に向かって、しばらく黙って歩いた。
ふいに、瞬が口を開く。
「康太と、同じ学校に通うのもあと一年なんだね」
「……ああ、そうだな」
瞬は県内の大学に進学する予定だし、俺は一応、就職ってことで今のところ、進路希望を出している。
瞬とは十数年、同じ道を歩いてきたが、ここで初めて枝分かれすることになるのか。
「……別に、一生別れるってわけじゃない、けどな」
「それはそうなんだけど……でも、康太とこうやって学校生活を送るのはもう最後だし。なんていうか……
『高校生』の康太とは一生お別れなんだなあって」
「……」
そう考えると、確かに……言いようのない気持ちになる。俺も『高校生』の瞬とは、ここで別れになる。
「俺……」
「ん?」
瞬は少し躊躇ってから、俺の目を見据えて言った。
「高校生の康太といる時間を、無駄にしたくない……と思った」
「……ああ」
「だから、康太の言った通り、余計なことは考えない。どんな噂が広まっても……本当のことは、俺が見失わなかったら、なくならないし、ここにちゃんとある。俺と康太は知ってる」
一歩先へ進んだ瞬が、俺を振り返って笑った。
「だから、だから……大丈夫!これからも、学校でも、今まで通りにいたいよ。俺は」
「瞬……」
──俺も、それがいい。
そう思った。さっきまで頭を巡っていたあれこれが吹き飛んで、俺も腹が決まった。
──瞬が「今まで通り」を望むなら……俺は、それを守るためにできることは、何でもやってやる。
俺は瞬に頷いた。
「分かった」
校門へと続く道の途中。並木の枝の隙間から空を見上げると、薄桃色の蕾とふわりと開いた花弁が、澄んだ青をバックにちらほら見える。
「瞬」
「何?」
呼びかけに振り返る瞬の頭にはどこで付けてきたのか、桜の花びらが載っていた。俺はそれを取ってやりながら言った。
「……さっきの、助かった。ありがとう。俺、やっぱ瞬好きだわ」
「幼馴染でよかったって思う?」
「思う」
二人して笑った。
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