3月10日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「──定刻になりましたので、これより第三学期部長会を始めます」


司会は生徒会・会計、二年の池田です。よろしく──用意された長机に頬杖をつきながら、上座の「奴」を睨む。一目で「よそゆき」と分かるムカつくツラで、ペラペラ喋りやがって……。


今日は、以前から言われていた通り、部長会だ。


部長会というのは、学期に一度開催される各部活の部長が集まる会議で、会計報告をしたり、活動計画について話し合ったり、予算交渉をしたりする。らしい。


成り行きで、演劇部の「部長」ってことになっちまった俺は、瞬と一緒にこの会議に出すための資料を作り、こうして、他の部長とも肩を並べてるんだが……。


池田の進行に合わせて、とりあえず、配られた手元の資料を捲るが、小せえ字で小難しいことがいっぱい書いてあって、だるいな……。


一応、部長はこの後、それぞれの部の会計報告を読み上げることになってるが、それまではまだ大分ありそうだしな……。


「んっふ、眠そうですな。瀬良氏」


「……あ?」


つい、目を閉じそうになっていると、隣に座っていた丹羽に脇を小突かれる。文芸部の部長であるこいつも、当然、部長会に出席していた。


──部長で知ってる奴は丹羽くらいだな。


俺は暇つぶしも兼ねて、会議室をぐるりと見渡す。


部長会に参加しているのは、俺を除いて二十五人。


野球部、陸上部、サッカー部、卓球部などを始めとする運動系の部活と、文芸部、吹奏楽部、美術部、料理研究部や茶華道部などの文化系の部活、あとは生徒会から会計の池田と、書記、生徒会長……それと、参加者と言っていいのか分からないが、今日の会議の様子を後ろから写真で撮っている男子生徒が一人。


「丹羽……あいつは?」


「ああ。新聞部の牧村氏ですな。本日の部長会について、後ほど学校のホームページなどに載せるのでしょう。新聞部の仕事ですからな」


「ホームページって……春聞オンラインか?」


「なんですかな、それは」


丹羽が顎とも首ともつかない──首を傾げる。なんだ、丹羽は知らねえのか。……じゃあいい。


「何でもねえ。……牧村は部長じゃねえのか?」


「はい。牧村氏は平の部員です。部長は別におります」


「……どいつだよ。姿がねえけど」


俺はもう一度会議室を見渡す。それぞれの部長の前には名札が立てられていて、どこの部の部長なのかが分かるようになってるんだが、見る限り、新聞部だけがない。そんなわけないはずなのに。


──俺がこのクソつまんねえ会議に来た目的だってのによ。


眉を寄せる俺に丹羽が「んっふふ」と笑いながら教えてくれた。


「新聞部の部長ならちゃんと来ておりますぞ」


「……?どいつだよ」


「あちらですな」


丹羽の視線の先を追う。そこにいたのは──。


「では、次に各部活の部長から、今年度の会計報告をお願いします。ではまず──演劇部から」


「はぁ?!」


俺は思わず、声を上げて立ち上がる。まさか、新聞部の部長って……。


「池田かよ!」


「な、何だよ。急に大声張り上げやがって……」


怪訝な顔で俺を睨む池田に、俺は自分が指名されたことも忘れて、しばらく立ち尽くしていた。





「──以上で、各部長からの会計報告を終わります。次に……」


つつがなく、会計報告を終え、部長会は次の議題に進む。

俺の方もまあ、動揺はしたが、演劇部としての会計報告を何とか終えた。

が。


──まさか、あのクソ野郎が新聞部の部長だったとは。


あいつ、確か生徒会に入る前は野球部だったとか言ったよな?それで、今は生徒会の会計で新聞部の部長──どうなってんだよ。いや、あいつの経歴なんて死ぬほど興味ねえけど。


─だが、ちょうどいい。あいつが相手だって言うなら、あとはとことんやるだけだ。


俺がこのクソつまんねえ会議に仕方なく参加している理由は一つ。


新聞部の部長を捕まえて、例の「熱愛報道」の件について、この場で明らかにすることだ。


あんなプライバシーもクソもないサイト、表沙汰になったら大問題だ。そうなれば、サイトは維持できなくなるし、記事を撤回させることができれば、根も葉もない噂も収まるかもしれない。


西山曰く、あのサイトを運営しているらしい「新聞部」の部長が、全く関与していないわけはないだろう。しかも、その部長が池田だっていうなら、なおさらだ。あいつ、クソ野郎だし。


──口を滑らせるまではいかなくても、サイトのことをここで話題に出せば、多少は動揺するはずだ。


昨日はつい弱腰になっちまったが──瞬が「日常」を望むなら、俺もそれを取り戻すために、相手がどうだろうと、やれることはやってやる。そう決めた。


「──というわけで、来年度の廃部候補部活動は、現状、部員数の足りていない演劇部のみとなります。よろしいですか?瀬良『部長』」


「……ん」


突然、池田に呼びかけられ、反応が遅れる。咄嗟に、丹羽が「演劇部が廃部候補となってるという話ですぞ」と教えてくれた。俺はひとまず、「復讐」のことは忘れ、目の前の議題について考える。


廃部か──まあ、堂沢ももういないし、そうなるよな。


俺自身、こうなっている以上、もはや演劇部にいる理由はない。せっかく入った部活を、何もできずに閉じるというのは、未練がないわけでもないが……仕方ないだろう。粘ったところでどうにもできないんだし。


それでいい──そう答えるより先に、池田が口を挟んできた。


「困るね。きちんと話を聞いていないと。それとも何か余計なこと──恋人のことでも考えてたのかい?」


くすくす。


会議室のどこからともなく、笑い声が漏れる。


──それがゴング代わりだった。


俺は手を挙げて、椅子を立つと池田に言った。


「俺にはそんな存在はいねえよ。いるのは神より信じられる幼馴染だけだ」


「ふうん、それは結構。それより、今の質問について答えてくれますか?まあ、答えは『はい』以外ないだろうけど」


池田が鼻で笑う。俺も鼻で笑って言い返した。


「そうだな。演劇部の廃部については別に構わねえよ。俺も成り行きで入ってただけだからな。だが、演劇部『のみ』廃部とするってのは承認できねえ。他にも廃部にするべき部活動があるだろ」


「へえ、それは?」


「新聞部」


池田が眉を寄せる。会議室が静まり返り、さっきまでのどこか、全て予定調和といった雰囲気が、にわかに緊張する。俺は言った。


「今、校内で話題になっている噂──池田『さん』も当然知ってるよな?」


「さあ、何のことかな」


「そうか。じゃあいい機会だから教えてやるよ。その『噂』ってのはな、俺が、さっき言った『神より信じられる幼馴染』と付き合ってるらしいっていう噂なんだよ」


「そうか、それは良かったね。おめでとう。でも議題に関係のないことは控えてくれますか?」


「それが大ありなんだよ。この噂がどこから広まったか知ってるか?──『春聞砲』だよ……学校の許可なしに、生徒のプライバシーを駄々漏らしにしやがって。知らねえわけないよな?」


「知らないね。だから、関係ないことはやめてくれるかな」


池田はふてぶてしく首を振る。クソが……俺は苛立ち混じりに、机を叩いて言った。


「しらばっくれんな。あれは新聞部の奴らのせいだって聞いたんだよ。ならてめえも知らねえわけねえだろ。あることないこと書きやがって……俺も瞬も迷惑してるんだ。いい加減にしろよ!」


すると、池田はやれやれと肩を竦めて言った。


「あることないこと言ってるのは、瀬良の方だろ。いや、ないことだらけだね。新聞部はそんなサイト、関与してないし」


「そんなわけねえな」


「どうして、そんなこと言える?」


「たった今てめえがボロを出しただろうが……俺は『春聞砲』が『サイト』だなんて一言も言ってねえからな」


「……」


ふう、と息を吐いた池田のこめかみに、この前みたいに筋が入る。ふん、こんな手に引っかかりやがって……馬鹿な奴め。こうなったら、あとは「サイト」について、徹底的に糾弾して、記事の撤回に持ち込んでやる──そう思った時だった。


「……何が迷惑だって言うんだい」


「はあ?」


ふいに池田が口を開く。池田はさらに言った。


「君と、その幼馴染が付き合ってるって噂が流れたとして、どんな迷惑があるのかな。だって実際、そう思われても仕方ないくらい、君達は仲が良いだろう?それとも──本当はそうじゃないのかな」


「……どういうことだよ」


「君は幼馴染と仲が良いって言われて迷惑なのかな?本当は彼がずっと疎ましくて、嫌いだから。とか」


「そんなわけねえだろ!」


──言われた瞬間、頭に血が上るのを感じた。血液が沸騰するみたいに熱くなって止められない。

気がついたら、俺はこう口走っていた。


「俺は瞬のことが何よりも大事だし、疎ましく思ったことなんてねえよ。大好きだ!!」


「……」


会議室が静まり返る。


やがて、波が打ち寄せて来るみたいに、部屋中が騒がしくなって、俺の言葉はたちまち、【速報】となって世に出回った。


……ごめん、瞬。

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