3月11日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





【速報】【第三学期部長会開催・S氏 全部長の前で堂々交際宣言】



「ほんっっっっ……とにすみませんでした!!!!!」


玄関前で俺に膝をつく幼馴染を見下ろす。俺はため息を吐いて言った。


「いいよ、大丈夫だよ……。俺はそんなに気にしてないし」


「いや、でもよ……」


「それより、自分で濁してるくせに、何回も『S氏』と『T氏』を間違えてる方が気になるよ」


「それは本当、呆れて何も言えないんだけどよ……」


珍しく、申し訳なさそうな顔をしている康太に俺は首を振る。


「言ったでしょ?噂は噂だし、本当のことは俺と康太が知ってれば十分だって……むしろ俺、こんなことで、康太と気まずくなったり、普通でいられなくなる方が嫌だよ」


「ああ……そうだな」


言いながら、康太が俯く。綺麗に揃った睫毛が康太の目に影を落とす。……ちょっと不謹慎だけど、哀愁を帯びていて、今の康太は格好いいと思ってしまった。何考えてんだろ……俺は息を吐いて、邪念を追い出す。


その【速報】を見たのは昨日の夕方だった。

部長会に出てくるという康太を見送って、先に家に帰った俺は、部屋で課題をしていた……と言っても、部長会で康太がちゃんとやれているか気になって、あんまり手につかなかったんだけど。


それでつい、西山に教えてもらったあの「サイト」──「春聞オンライン」でなら、何か情報が出てるかな、と見てしまった。



──【速報】【第三学期部長会開催・S氏 全部長の前で堂々交際宣言】


3月10日金曜日。春和高校第二会議室にて、第三学期部長会が行われた。


会議には二十一の部活動の部長と、生徒会長ら、生徒会役員三名、オブザーバーも兼ねて新聞部から一名、計二十五名が出席。主に今年度の会計報告と来年度活動計画、及び廃部・新設候補部活動の検討が行われた。


会計報告、来年度活動計画までつつがなく進行していた会議の「予定調和」を打ち破ったのは、先日から校内を騒がす「熱愛報道」の渦中にあるS氏だった。


演劇部の部長として出席していたS氏だが、その演劇部が「廃部候補」として挙げられた際に、突如、自ら例の報道について言及。はじめは「あることないこと書くのはやめてほしい」と言っていたが、他の部長から「(事実無根なので)迷惑しているのか」と聞かれると「彼は何よりも大事で、大好きだ。神よりも信じられる存在です」と報道の内容を大筋で認める趣旨の発言をした。


S氏のこの発言に、会議室は騒然となり、部長会は一時中断を余儀なくされた。全ての議事が終了した頃には、午後十八時を回っており、予定終了時刻よりも一時間以上超過した。


今回の部長会について、出席した運動部系の部長からは「議事から脱線することが多かった。進行も機能していない。個人的な問題は他所でやってほしい。働き方改革にならない」と呆れる声も。また、文化部系の部長からは「報道の件は知らなかったので、よく分かりませんが、二人が幸せならいいんじゃないでしょうか」と祝福の声も上がった。



──正直、どこまで本当なのかは分からないけど。


昨日も、帰ってくるなり「瞬、本当ごめん。俺のせいで面倒なことになっちまった」ってメッセージが送られてきたし、今日も朝、いきなり家に訪ねて来たかと思ったらこれだもんな。よっぽど、自分でも「やらかした」っていう自覚があるんだろう。俺はそんなに気にしてないよって言ってるんだけどな……。


「ほら、いつまでも座ってないでよ。廊下歩いてる人に見られたら、それこそ『何だ』って思われちゃう」


「ああ……ごめん」


そこでようやく、康太は立ち上がる。俺は「とりあえず入ってよ」と康太を中に招き入れる。

が、康太はゆるゆると首を振ってそれを拒んだ。


「ここでいい。これだけ……伝えたかっただけだからな」


「そう?でも、せっかく来たんだし、まあ、お茶くらい飲んでいけば?あ、この前ね、猿島から花粉症によく効くっていう美味しいお茶を貰ったから……」


「今日はいい」


なるべく明るい調子で、何でもないよって感じで言ってみたけど、康太の態度は変わらない。

どこか思いつめたような……暗い顔をしている。


──なんか、俺みたいだ。


俺も最初に「あの記事」が出た時はこんな感じだったのかな。


あの時は、「康太に迷惑をかけちゃった」って大分落ち込んだし……でも、実はそれ以上に。


──このことが原因で、俺と康太の何かが、変わることが怖かったんだよね。


噂のせいで、今の関係にひびが入ることがすごく怖かった。もしかしたら──康太もそう思ってくれてるのかな……それなら。


──康太みたいに上手くはできないけど。


「じゃあ、俺……もう行く。またな」


「ま、待って」


行こうとした康太の手首を咄嗟に掴む。それから、俺は言った。


「お、俺……本当に噂のこと、何にも気にしてないから!こんなことくらいで、俺と康太は何も変わらないし……これからも、一緒がいいっていうか……」


言いながら、考えがめちゃくちゃになっていく。伝えたいことはたくさんあるのに、それが康太に一番届く「言葉」が見つからない。ああ、康太ってどうやっていつも、俺を励ましてくれるんだっけ。もどかしい。もどかしいまま──。


「むしろ、俺は、康太となるくらいなら、全然おっけーだから!」


とんでもないことを口走ってしまった。


「……」


さすがに、康太もどう返していいのか、目を見開いて立ち尽くしている。

そうだよね。いきなりこんなこと言われても困るよね。俺も困る。


俺は慌てて取り繕った。


「い、今のは言葉のあやっていうか……実際、そうはならないって思ってるけど、嫌じゃないっていうか、いや、嫌なんだけど、気にしてないっていうか……あれ?」


「……ぷっ」


すると、おろおろする俺に、康太が噴き出した。それから、康太はひとしきり、しばらく、腹を抱えて笑っていた。何だよ!


「わ、笑いすぎでしょ!俺、康太が元気ないから必死だったのに!」


「いや意味分かんねえって……どっちなんだよって……はは……」


「も、もう!」


ついに、うずくまってまで笑い出した康太の頭をぽかぽか叩く。すると、息を整えてから、康太は俺を見上げて言った。


「要するに、瞬は俺が好きってことだな。付き合ってもいいくらい」


「そ、それは何か違う。ちょっと違う……」


「じゃあ好きじゃないのか?」


「……好きだよ」


「俺もだ」


康太が再び立ち上がる。


「俺も瞬が好きだ。付き合ってもいいくらい好きで、でも……付き合わない、好きだ」


「そっか」


もどかしくて、ぐちゃぐちゃになっていた頭が、康太の言葉で整理されていくのを感じる。


そうだ。


──今は、同じなんだ。


俺は康太に言った。


「俺も同じだよ」


康太はふっと笑うと、「ありがとう」と言って、帰っていった。

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