2月15日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「立花くん、可愛いポーチだね。それ」


「あ……茅野さん。うん。昨日貰ったんだ」


「へえ……あ、もしかしてバレンタイン?」


「え?まあ……そうなのかな?俺もよく分かんないんだけど」


「でも昨日貰ったんだよね?それって……そういうことじゃないの?」


「そういうこと?」


「それをくれた人が、立花くんを……好きってこと」


「えー?そうなのかな。まあ、俺も好きだけど」


「え……」


「ちょっと子どもっぽいなーとは思うんだけど、なんか……慣れてないだろうに、急にこういうことするところが面白いっていうか、可愛いよね」


「そうなんだ……じゃあ、両思い、だね」


「あはは。そうかもね……あれ、茅野さんどうしたの?理科室はこっちだよ」


「私、ちょっと教室に忘れ物しちゃって……取りに戻るね」


「う、うん……いってらっしゃい」



「……これは、報告しないと」





「……ふふ」


机の中から教科書を取り出そうとした時、「その子」と目が合って、つい笑ってしまう。


昨日、康太に貰った「犬のぬいぐるみポーチ」だ。


康太曰く「いつも世話になってるから」と、一応……「バレンタイン」として貰ったものだけど。


──それにしても急だよね。


康太といえば、とにかく季節のイベントごとに興味がなくて、バレンタインはもちろん、ハロウィンもクリスマスも、下手したら誕生日でさえも、自分からは何もしないタイプの奴なのだ。


たぶん、康太から「プレゼント」として、何かを貰ったことなんて、十数年の付き合いのうちでも、片手で収まる程しかない。


それが、バレンタインで俺にプレゼントなんて、一体どういう風の吹き回しなんだろう。


机の中から、くたっとした何とも言えないゆるい顔の犬が俺を見つめる。


顔も見てると、ゆるーい気持ちになれるんだけど、康太がこれを俺に買ってくれたって事実が笑っちゃうんだよな……。


──確かに可愛いし、俺はこういうの結構好きだけど……。


女の子とかにあげたら「子どもっぽい」って怒られちゃわないかな?


それにこれ、いつも行くスーパーで売ってるの見たし。康太も買ったとしたら、あそこだよなあ……。

バレンタインのプレゼントをスーパーで買うって、いかにも、思いつきでとりあえずな感じがするし、仮に本命だったとしても、そうだとは受け取られないだろう。


康太にそのあたりのセンスがあるとは思えない。


ホワイトデー大丈夫かな?あんなに貰ってたし、さすがに何かお返しした方がいい気がするんだけど。


『これ……瀬良くんに渡してくれる?』


『康太……瀬良に?』


『うん。何か直接は渡しづらくて……立花くん、仲良いし』


『いいけど……あいつ、こういうのすっごい鈍いよ?』


『いいの。覚悟の上。ていうか自己満……ごめん、こんなの頼んじゃって』


『ううん……渡しとくね』


──モテるよなあ……康太。


まあ、俺は康太のこと知りすぎてるくらい一緒にいるから何とも言えないけど。


なるべく客観的に見たら、康太は……モテるのも分かる。格好いいし、口悪いけど、根は優しいし、意外と素直だし……可愛いところあるよね。


俺もなんていうか、人として、そういう康太が好きだ。だから、分かる。


バレンタインに康太宛のチョコを預かるなんて、毎年だったし──。


毎年?


──あれ、でも俺、それを康太に……どうしたんだっけ。


こめかみが一瞬、ずき、と痛む。


何だろう……何か、俺は、忘れてる……?


もう見つけたと思ったのに。


まだ、何か違うの?


犬のポーチに触れる。柔らかい頬をむに、と掴んでみた。康太が俺に、初めてバレンタインでくれたプレゼント。


『瞬が喜んでるなら、俺はそれで十分だ』


頭の中であの声が響くと、今はない身体の一部が痛むみたいに、どうすることもできない「何か」が、底の方で疼いた。





「よう、モテ男」


「おせーぞ、タラシ」


「何だよ……それ」


先に席についていた西山と森谷が、購買から戻ってきた俺を茶化してくる。


今日は教室じゃなくて、多目的ラウンジで飯を食おう、ということになったのだが。まさか……。


「昨日のことを詰める気か?」


「あたりめーだろ。瀬良がチョコ貰いまくってるって噂聞いちまったらな。教室じゃこんな話できねー」


「ほんと、羨ましい奴だなー、この」


間髪入れずそう答える西山に、口を尖らせて俺の鳩尾を小突いてくる森谷。これは……飯どころじゃなくなりそうだ。


めんどくせえことになる前にまず、俺は先手を打つ。


「言っとくけど、別に本命とか、たぶんそういうんじゃねえやつだぞ。ラッピングはしてあったし、美味いチョコだったけど、手作りでもないし、そういうことも書いてなかったし」


「お前もしかして、本命チョコは手作りでハート型で『すき』って書いてあるやつだけだと思ってんのか?」


「うわ……ないわ」


西山と森谷がドン引いている。西山はともかく、森谷はムカつくな。とりあえず、俺は森谷の鳩尾を小突き返してやった。


「ってぇ!?」


「うるせえな。とにかく、俺がそんなもん、よく知りもしない女子から貰うような理由はないだろ。そんな……騒ぐほどのことじゃねえよ」


「あーこの自覚ないマウント、ムカつくわあ」


「森谷、やめとけ。言えば言うほどお前が憐れになる」


「だよなあ……」


はあ、と二人から同時にため息が漏れる。さっきからよく分かんねえことを、ごちゃごちゃうるさい奴らだ。全く。俺は二人に言ってやった。


「いい加減、目覚ませよ。バレンタインは終わったんだぞ。スーパーを見習え。もう雛祭りとホワイトデームード一色だ」


「あ?俺はもうホワイトデーのお返しを考えるのが大変だぜって言うアピか?」


「森谷、やめとけ。さすがに卑屈すぎる」


俺を睨む森谷を宥めつつ、「それより」と西山が言った。


「瀬良はホワイトデー、ちゃんと考えてるのか?と言っても毎年のことだろうから慣れてるんだろうが」


「は?そんなもんやったことねえよ……あんなの貰ったの初めてだし」


「それはないだろ。去年だって……いや」


西山がそこで言葉を切る。何か考える素振りをしてから「何でもない」と首を降った。何だよ。


「……とにかくだ。相手がどういうつもりかは分からなくとも、凝ったもん貰ったんだ。何かしらやったらどうだ?」


「そりゃあ……まあ、その方がいいだろうけど」


でも、瞬を通して貰ったから、顔も知らない女子もいるしな。うちのクラスの女子もいたけど……そいつだけになんかやるのは気まずいし。


何てことを言ったら。


「それなら、クラスの奴皆に、適当に何か配ればいいだろ。瀬良はバレンタイン何もしてないし、皆にって体にすれば気まずくない。向こうもそれで返事は察するだろ」


「返事?」


「あー……もういい。気にすんな。とにかくそうしたらいいだろ」


「なるほど」


悪くねえ案だ。配るもんは、瞬にでも相談してみればいい。


「ありがとう、西山。森谷はモテなくて当然だが、お前は何でモテないんだろうな?こんなに良い奴なのに」


「はは。まあ、俺みたいなむさ苦しいのは仕方ねえだろ」


「おい」


「あ、今日はこっちなの?」


「瞬」


その時、移動教室の帰りにラウンジの前をちょうど通りかかったのだろう瞬が、俺達のテーブルに駆け寄ってきた。

その少し後ろの方で、女子──茅野さんもいるし、たぶん、瞬のクラスのだ──が三人待っている。瞬はくるりと振り返ると「先に行ってていいよ」と三人に手を振った。何だ。


「俺より瞬の方が全然モテてんじゃねえのか」


「馬鹿だな。あれはどう見ても立花の友達だろ」


「よく分かんねえよ、違いが」


「何の話?」


西山とコソコソ話していると、瞬が首を傾げている。俺は「何でもねえ」と言うと──瞬が「それ」を持っていることに気づく。


「その犬、もう使ってんのか?」


「ああ……うん。リップとか小物を入れるのに使ってる」


「ふうん」


俺は教科書なんかと一緒に抱えられた、犬のポーチを見つめた。昨日、瞬にやったやつだ。こうして使われてるのを見るとまあ……良い物をやれたのかなと、少し嬉しくなる。


「なんだ、瀬良が立花にやったのか?」


「ああ……バレンタインだったからな。いつも世話になってるし、たまには」


それに命懸けだったからな。とは言えないが。


まあ「条件」による強制もあるが、結果的に瞬が喜んでんならいいだろ──少なくとも、嫌がられるよりは、ずっといい。


なんて思っていると、瞬が西山や森谷にポーチを見せてやっている。……あんまり、自慢されると恥ずかしいが。


すると、西山が案の定、ニヤニヤしながら言ってきた。


「なるほどな……これが瀬良の『本命』か」


「何言ってんだ。確かに瞬のことは好きだけど、そういうんじゃねえよ」


「じゃあ何なんだよ……」


森谷が呆れた顔でツッコんでくる。俺は言った。


「これは……いつもありがとう、これからも一緒にいてくれっていうやつだ」


「……本命より重いな」


西山が腕を組んで唸っていたが、ふいに、何かに気づいたのか、眉をぴくりとさせる。


「……どうした、立花」


「え……」


見ると、瞬が少し……難しい顔をしていた。どうしたんだ?


「瞬、どっか体調悪いか?」


「う、ううん……あ、お、お腹空いちゃったのかも、なんて……」


「本当に?」


俯く瞬の顔を覗きこみつつ、俺がそう訊くと、瞬は半ば逃げるように「お弁当持ってくる!」と駆けて行ってしまった。何だったんだろう。


俺と西山と森谷は顔を見合わせてから、それぞれ飯に戻った。





『……なるほどぉ、そんなことが』


『言質は取れました……記事にするには、十分な材料があると思います。噂を広めておきましたから、生徒の関心もあります』


『いやあ……はは、ついにあのネタを出す日が来ましたかあ……』


『発行は来月の頭です。記事、間に合いますよね……?』


『ええ……もちろん。腕によりをかけてっ……最高の記事を書きますぞぉ……んふ……んふふ……』

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