2月16日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





放課後。俺は学校の図書館に来ていた。

カウンターにいた司書の先生に軽く挨拶して、その奥にある小部屋のドアをノックする。


「俺だ。邪魔するぞー」


中から「ほーい」と間伸びした返事があって、ドアが開く。


「お、瀬良じゃーん。なんかおひさ?」


俺を出迎えてくれたのは、いかにもチャラそうな──およそ「文芸部」っぽくない風貌の男、俺と同じ二年の「猿島さるしま」だ。


「猿島……よくそれで頭髪検査引っかかんないな」


俺がそう言うと、猿島はサラサラの茶髪の毛先を指で弄んで見せる。


「だって色は地毛だし。ま、長さはごちゃごちゃ言われるけどー……うち緩いしね」


「まあ、そうだけど」


猿島の言う通り、うちは近隣の高校に比べれば校則はうるさくない方だろう。


それでも学期の始めには毎回頭髪検査があるし、それが結構面倒くさい。緩い割には、教師は何やかんや、結構ねちねち言ってくるし、だるいんだよな。


とりあえず、猿島に「入んなよ」と促され、俺は文芸部の部室である図書館奥の倉庫みたいな部屋に足を踏み入れた。長机を囲むパイプ椅子の一つに腰を下ろす。


「てか、今日瀬良来ると思わなかったわー。丹羽に誘われたの?」


「ああ。部誌の打ち上げ会やるからって。まあ、暇だし、来た」


「へー」


「お茶でいい?」と猿島が部室に備えつけられた電気ポットを使って、茶を淹れてくれた。……何げにいい設備してんだよな、ここ。


一年の春に、瞬が文芸部に入った時から、この文芸部室には、それほど多くはないが、遊びに来たことはある。居心地悪くないしな。


俺は改めて、部室をぐるりと見渡す。

それほど広くはないが、その分、必要なもんが手に届く範囲に全部あるって感じだ。


例えば、壁際には文芸部らしく、小難しそうな文庫本が並んでる棚がある。が、アレは実は、棚がスライドできるようになっていて、奥には漫画本が大量に入ってるやつだ。

主に猿島の趣味で定期的にラインナップが変わってるので、遊びに行った時は毎回、覗かせてもらってる。


あとは立派なデスクトップPCがあるな。確か、丹羽が生徒会に交渉して、予算もぎ取って買ったとか言ってた気がする。俺はああいうのは詳しくないし、使い方はさっぱりだが。


それから、一番いいのは小型の冷蔵庫があることだ。司書の先生のもんも少し入ってるが、大体は部員が買ってきたデザートとか飲み物が入ってるらしい。夏場はアイスを貰ったこともあるな。


ひとしきり、部室を眺めてから、俺は、向かいで茶を啜りながら、本を読んでいた猿島に尋ねる。


「丹羽は?」


「まだだよ。俺が一番乗りだった。志水は家の用ができたから帰るってー」


志水しみず」というのは、同じく二年の男で……瞬に負けず劣らずクソ真面目な奴だ。まあ、会えば分かる。


菅又すげまたは?」


「今日は休み。てかサボり?あんま来ないんだよねー……一応、部誌は書いたけど」


「ふうん……」


そして「菅又」というのは、この文芸部唯一の一年生で、俺は一、二回くらいしか会ったことがないが、無口で無愛想な奴だった。

今の二年が抜けたら、文芸部はあいつ一人になると思うと、少し可哀想だが……こればっかりはどうにもなんねえしな。


猿島も何かを察したのか、極めて軽い感じではあるが、言った。


「やばいよねー?来年は部員五人だから、ギリいけるけど、マジで新入生入んなかったら、菅又一人だし」


「ま、俺その頃にはもう卒業してるし、何でもいいけどねー」と猿島が手をひらひらさせる。


薄情な奴……に見えるが、猿島は猿島なりに文芸部の行く末を案じてはいるんだろう……と、俺は思う。


「ん?ってことはつまり……打ち上げ会は?」


「俺と瀬良と丹羽と瞬ちゃんしかいないねー。ま、延期かな。来週はテスト前だから部活ないし、再来週とか?」


「何だよ……」


何か、丹羽あたりが持ってきた美味い菓子とか食いながら駄弁るのかと思って来たのに。


「そう残念そうにしないでよー。だから、俺今すっげー暇だったし、二人が来るまででいいから付き合ってよー」


猿島にそう言われて、少し考えたが……まあ、いいか。俺もどうせ暇だったしな。


俺は「分かったよ」と返事し、おもむろに椅子を立った。それなら、あの棚から漫画でも借りて読むか。


俺が棚を物色してると、「そういやさ」と猿島が言った。


「瀬良、瞬ちゃんと来なかったの?てっきり一緒かと思ったんだけど」


「瞬はクラスの仕事あるから先行ってろって」


「やっぱ迎えに行ってんだー。さっすが彼ぴ」


「猿島……お前もかよ。だからそういうんじゃねえって」


西山は前からだけど、最近、俺と瞬について、どこ行ってもこういう風に茶化されるんだよな……全く。


「俺と瞬はただの幼馴染だって。何でそんなことになるんだよ」


「あんだけ一緒にいるとこ見てたら、ちょっと、お?って思うじゃん。瞬ちゃんは満更でもない感じだしー」


どこが。

瞬は俺に「好き」って言われるのキツいって言ったんだぞ。俺とそういうのを想像するのは嫌だって。それが満更でもない感じってことはねえ。


──だからこそ、なるべく自然に、そういうんじゃないぞって感じに、毎日言うように心がけてんのに。


周りにそんなこと思われてたら、意味がない。


「想像が過ぎるだろ」


俺がそうあしらうと、猿島は「そうかなー」と首を捻る。


「ま、とにかくさ。瀬良と瞬ちゃん、めっちゃ仲良いよねー。バレンタインまであげちゃってさ。末永く爆発しろって感じ」


「うるせえな……って」


今、聞き流せないことがあったな。


「バレンタイン……って、何でそんなこと知ってんだよ、猿島」


俺は棚から猿島に視線を移す。猿島は目をぱちくりさせて言った。


「何でって、皆知ってるけど」


「何で」


「え?だって噂になってるし。瀬良とか瞬ちゃんがそう話してるの聞いたって」


噂?どうしてそんなことに。


俺の疑問に答えるように、猿島はさらに言った。


「瀬良も瞬ちゃんも、無防備に人がいるとこでノロケすぎなんじゃなーい?」


「う……」


言われてみれば確かにそうだった。

ラウンジとか、教室とか……そこそこ人がいるとこで、他のテーブルの話なんかいちいち気にしないだろって思って、ペラペラ喋りすぎたかもしれない。


しかし、俺はやっぱり納得できず、言い訳めいたことを言ってしまう。


「でもよ、だからってそんな騒ぐことじゃねえだろ。俺と瞬はどう見てもただの幼馴染だし、大体、野郎同士で仲良くしてるだけの何がそんなに面白いんだよ」


「仲良いってのは認めるんだー?」


「そりゃあ、まあ、十数年近く一緒にいるんだ。嫌だったら続かないだろ」


「まあねー?」


猿島が机に頬杖をつく。少し考えるような素振りをしてから、言った。


「それってつまりさー……瀬良は瞬ちゃんのこと好きってこと?」


「す」


言いかけて止まる。

いや、待てよ?ここで「好き」って言ったら、猿島の思う壷じゃないか?


かと言って、たとえ嘘でも、この場にいなくても、瞬を「嫌い」とは言いたくない。


──言葉を選んだ方がいいな。


迷った末に、俺はこう言うことにした。



「俺は、瞬のことを……お慕いしてるだけだ」



「武士か」


その時、瞬がドアを開けて、部室に入ってきた。


苦笑しながらツッコむ瞬に「要するに『好き』ってことね」と言われて、俺は何と言っていいか分からず、とりあえず頷いた。


猿島は冷めたような目で俺と瞬を交互に見てから、「あーあー……やんなっちゃうね」と肩をすくめた。

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