2月14日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



♡バレンタインデースペシャルルール♡


2月14日に限り、上記条件に代わり、下記の条件を適用する。


1♡ 0:00~23:59の間に、立花瞬にチョコレートを贈ること。手作り・市販品かは問わないが、必ず、立花瞬に手渡しすること。また、立花瞬が「自分に贈られたもの」と認識すること。


2♡ 1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3♡ 1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「年中行事ではしゃぐなよ」


目覚めて一番、提示されたルールに思わずツッコむ。クソ矢は首を振って言った。


「ムショやってクリスマスにはケーキとチキン出るで。イベントごとは積極的に乗らな」


「俺、服役してる扱いなの?」


「まあ似たようなもんやろ」


そうか?と首を捻りながら、枕元のデジタル時計を見遣る。


──2月14日。


そう。今日はバレンタインデーだ。

いつもは学校に行って、クラスの女子達がチョコのやり取りなんかをしてるのを見て「ああ、そういえば」となる程度だが、今年は早速、ひと味違う。命懸けのバレンタインになってしまった。


──まあ、いつもの「条件」よりは楽そうだな。


そのいつもの「条件」でさえも、もはやそう苦労はしなくなったが。今日はまあ、さらに楽できるってことだ。手作り……は無理だから、その辺でチョコを買って瞬に渡せばいい。


強いて、気をつけるべきなのはタイミングくらいか──なんて考えていると、いきなり目の前に白い毛玉がびゅんっ!と飛んで来る。


「うおっ!?」


「わんわん!」


俺が起きたと知って、ベッドに飛び乗ってきたタマ次郎が、ケツを上げて尻尾をふりふりしてくる。

「遊んで遊んで」のサインだ。俺はタマ次郎を抱えて、それを咎める。


「ベッドには乗るなって言ったろ。毛がついて、母さんにお前のことがバレる」


「大丈夫や。こいつの毛とかそういうもんは、身体から離れた後、しばらくしたら消えるようになっとる。匂いもせんやろ」


「……確かに」


試しにこいつのふさふさの毛に鼻を近づけてみたが、いわゆる獣臭的なものは全くしない。敢えて言うなら、新品のぬいぐるみみたいな匂いはする。……なんか都合の良い存在だな、お前。


「わふ!」


「じゃあ俺、いい加減支度するから……大人しくしてろよ」


タマ次郎を一度、床に下ろして、俺もベッドから立ち上がる。リュックを持ってきて、再びタマ次郎を抱えると、突然、タマ次郎が険しい顔つきになった。


「ぐぅぅぅ……」


「おいなんだよ、嫌だってのか?」


「がぅぅ」


歯を剥いて、低くうなるタマ次郎。体もぶるぶるさせてるし……まさか。


「進化か?」


「ポケットに入るモンスターちゃうねんぞ」


当然、キャンセルもできないので、俺はどうすることもできず、とりあえずタマ次郎を床に下ろす。

すると、その瞬間──。


「ぅぅ……わんっ!」


「うわ……うわぁ」



──その時、俺の頭の中で湖の上を優雅に滑る小舟の映像が浮かんだ。


何てことだ……あえて「何」とは言わないが、タマ次郎は「粗相」をしてしまった。


「おい……人の部屋で何してくれてんだ」


「ただの生理現象やん。しばらくしたら消えるから大丈夫やで。匂いもせんやろ」


「しねえけど……」


タマ次郎はすっきりした顔でリュックに自ら収まっている。タマ次郎が退いたことで、そいつはよりはっきり、俺の前に姿を現した。


うーん……これは。


「……よりによって、今日はねえだろ。これから嫌って程、チョコを見るってのに」


「まあ、なんちゅうか」


さすがに、少しは同情したのか、クソ矢が頭を掻いてから言った。


「……ハッピーバレンタイン?」


「んなわけあるか」





「うわ、すっげー量だな」


「そう?毎年こんな感じだよ」


朝。いつも通り、マンションの下で落ち合った俺と瞬だが、瞬の方は今日は中身がぱんぱんに詰まったサブバッグを提げていた。中身はもちろん──。


「チョコだろ。手作りか?」


「まさか。パーティーパックとかのちょっとした詰め合わせ」


「そんなに誰に配るんだよ」


「え?クラスの皆の分でしょー、それから西山と、あと森谷……だっけ、と、文芸部の皆と、あと」


「俺?」


「康太は最後ね」


てっきり、今貰えるのかと思ったから、ちょっと肩透かしをくらった気分だった。何だよ。別にいつ渡したっていいのに。


──って、今日は俺も渡さないとなんだよな。


毎年、別に意識してる日でもないし、ましてや瞬は幼馴染だ。

世の中は友チョコとか、そういうのもあるらしいが、俺と瞬は単に友達ってのとは、ちょっと違うし、バレンタインに敢えてなんかやったりはしてこなかった。

瞬が友達に配るついでとかに、俺も貰ったりってくらいだし。


改めて、瞬に渡すってなると、なんかちょっと恥ずかしい気もしてくるな。ていうか、俺……バレンタインに誰かにチョコ渡すって初めてじゃねえか?もしかして。


──軽く考えてたけど、いざとなると何やっていいか分かんねーな……。


条件クリアするだけなら、適当でいいんだろうけど。その「適当」が分かんねえ。

何?チョコって。チョコって何。


「何、康太。どうしたの?そんなに俺を見ても、今はあげないよ」


「は?べ、別に見てねーよ……チョコなんかこれから死ぬほど貰うから、瞬からのなんていつだっていいし」


「……はぁ」


瞬が呆れたような顔で俺を見て、ため息を吐いた。……まあ、死ぬほど貰うは言い過ぎたけど。


──そうだ。学校に行けば、皆チョコのやり取りしてるだろ。それを参考にすりゃいいんだ。


「よし」


俺は拳を握った。やってやろうじゃねえか、バレンタイン。瞬にチョコをやるくらい、さらっとクリアしてやるよ。





「はい、これ瀬良の分ねー」


「おう、ありがとう」


教室に着くと、クラスの女子達が早速、せっせとチョコレートを配って回っていた。

瞬が持ってきたみたいな、パーティーパックの菓子をちょっとずつ詰めて丁寧にラッピングしてくれたのから、中にはクッキーとかマフィンとかをクラス全員に手作りしてきた奴もいた。すげえな。


席に着き、そんな「配給」の様子を眺めていると、机の横に提げたリュックがもぞもぞと動いている。……仕方ねえ。


「ほら」


俺はリュックを少し開け、中に入っているタマ次郎に貰ったクッキーを一枚食わせてやった。……神だから別に食ってもいいよな?タマ次郎は美味そうにぽりぽりと食っていた。まあ、よかったな。


「わふっ」


「うるせえ、大人しくしてろ」


「瀬良」


ふいに声をかけられ、慌ててリュックの口を閉め、顔を上げる。


「西山」


「お前にやる」


「は?」


話しかけてくるなり、西山は、なんともファンシーな小袋を俺を渡してきた。中身は……手作り感あふれるハート形のクッキーだ。


「何だよ、お前もこういうの作るのか」


「妹だ。明日学校に持ってく!って、昨日の夜手伝わされたよ。その余りだ」


「へえ、さすが」


西山の器用さは弟や妹のために培われたんだな、と少し感心していると、背後から森谷が「おい、今の話マジか?」とやってきた。


「……ああ。それが何だ?」


「ってことはだ。俺もさっきそのクッキーを貰ったけど、それは西山の妹が作ったってことだろ?つまり……女子から貰った数にカウントできるってことだな!」


「……」


「……」


「おいやめろ、その憐れむような目」


満場一致だった。満場一致で森谷は今、憐れな奴だった。





「瀬良氏」


「お、丹羽か」


休み時間。今日も堂沢は来てねえか──と、四組を覗きに来た時だった。またしても、丹羽に会った。


「んんっふ。少し久しぶりですがぁ……お加減はもうよろしいのですかな」


「ああ、おかげさまでな。丹羽も心配してくれてありがとうな」


「んふぅ……いえいえ、瀬良氏に大事なくて何よりでした。時に、今日は何を?」


「いや……まあ、ちょっと知り合いに」


堂沢のことは濁しつつ、俺は話題を変えた。


「そういえば、丹羽は……バレンタインとかって何かすんのか?」


「おやぁ、そう言う瀬良氏こそ、バレンタインは渦中の方ではぁ?」


「そんなわけねえだろ。別に何もねえよ。クラスの女子が配ってるやつ貰ったりとか、そんくらいだ」


「そうですかねぇ……まっ、けん制しあってるってとこですかね」


「はあ?」


意味ありげに笑う丹羽に首を傾げていると「そうだ、少しお待ちを」と丹羽が一度、教室の中へと引っ込む。しばらくして、なんだか洒落た小袋を持って丹羽は戻ってきた。


「んっふぅ。瀬良氏にも差し上げましょう。はい、どうぞ」


「何だ……お、チョコか」


袋の中身は、金色の包み紙にくるまれた、いかにも高級そうなチョコの詰め合わせだった。聞けば、クラスの奴とか、文芸部の奴らとかに配ってるような、いわゆる義理チョコらしい。これでか?

さすが丹羽。金持ちは違うな。


「瀬良氏には部誌の件で随分お世話になりましたからなあ。差し詰め、これはお礼チョコってところでしょうか」


「礼ならこの前貰ったってのに。まあ貰うけど。ありがとうな」


「それでこそ瀬良氏ですな。そうだ、明後日の部活は是非、部室にお越しください。部誌の打ち上げ会をするつもりですので。歓迎しますぞ」


「おう、行けたら行く」


俺は丹羽に手を挙げて、四組を後にした。うーん……やっぱ、皆色々用意してんだな。



自分のクラスに戻る途中、三組の前を通りかかったので、俺はなんとなく瞬の様子を覗き見る。


──お、瞬も皆に配ってるな。


クラスの女子達に混じって、持ってきたお菓子を交換し合ったりしている。

瞬のそういう姿は何というか──全く違和感がない。自然すぎる。自然に女子に溶け込んでる。


今どきは男がバレンタインなんて、というのも別にないし、自然って言うのも変かもしれねえけど。

少なくとも、俺はああはなれねえしな。


改めて瞬はすげえ、と思いつつ、その場を去ろうとしたのだが、その時、三組の教室の入り口で誰かが瞬を呼んだ。瞬がそっちへと駆けて行く。


見れば、うちのクラスの女子が、瞬に何やら立派なラッピングがされた小箱を渡している。


──あれってまさか、本命チョコってやつか?


びっくりだな。まさか、瞬がそんなチョコを貰っているとは。


まあ、瞬は良い奴だし。見た目もまあ……悪くないと思うし、頭も良いしな。モテてもおかしくはない。


瞬は少し気まずそうに、ぺこりと会釈をして、小箱を抱えて教室へと戻っていく。

とりあえず、受け取りはしたって感じか。これはこれは。


──あとで質問攻めにしてやろ。


俺は心の中でニヤリと笑った。





放課後。俺と瞬は少し久しぶりに、一緒に火曜市に行った。


最近なんやかんやあったし、こうやって瞬の買い出しに付き合うのはいつぶりだろう。

実際にはそれほど前でもないんだろうけど、すごく間が空いたような気がする。


「えーと、卵は入れたでしょ。あと豚肉と……」


スマホのメモアプリを見る瞬に従って、俺はカートを押す係だ。

瞬が呟きながら、メモをチェックしている間に俺は──横目でスーパーの隅の一角を見る。


──あそこがバレンタインコーナーか。


当日でもまだぎりぎりやっているらしいそのコーナーで、俺は瞬にやるチョコを買うつもりだった。そこで買ったチョコを買い物帰りにでも手渡せば、今日のミッションはコンプリートだ。よし。


──あとは、瞬が会計してる間にさっと行って買うだけだな。


カートを押してあちこち回る間に、ちらちらとコーナーを見ていたので、買うやつの目星はつけている。

まあ、瞬ならこれがよさそうだなってやつだ。どうせやるなら、喜ばれたほうがいいし。


「康太」


「ん」


なんて、瞬にチョコをやる算段を立てていると、瞬に呼ばれた。まだ何か買うもんがあったのかと、瞬に導かれるままカートを押して行くと、辿り着いたのは──。


「好きなの選んで」


瞬が後ろに組んだ手をぶらぶらさせて言った。ここは──菓子コーナーだ。


「何だよ、どういうことだ?」


「康太が好きなお菓子、かごに入れてよってこと。奢ってあげる。これが俺のバレンタイン……いつも付き合ってくれるお礼」


「おう……」


突然のことに、俺は戸惑う。俺は奢りとかそういうのは、遠慮なく相伴にあずかるタイプだが、瞬が相手となると話は別だ。


瞬は今、一人暮らしだからめちゃくちゃ倹約して生活してるし、そうでなかった時も無駄遣いはしないタイプだ。


だから、俺はそんな瞬に奢られるっていうのは、他の奴と違って、ちょっとむずむずするし、遠慮も多少ある。あるけど……。


「ゴチになります!」


「はい。早く選んでよね」


折角の瞬の厚意だ。今日は遠慮なく受け取ろう。


俺は二人で分けられそうな、袋菓子をいくつか、かごに入れた。





「はー……ただいまー」


「おー……」


やっとの思いで、瞬の家に買ってきた荷物を運び入れる。

特売日なので、毎回荷物の量は多くなるし、火曜市は結構ハードなのだ。


──でも、今日はまだこれからだな。


いつもなら荷物を運び入れたら「じゃあな」というところだが、今日はまだミッションがある。


俺は瞬と色違いのエコバッグの底の方に隠し入れている「それ」に手を伸ばした。

その時。


「康太」


「っ、何だよ」


びっくりして、バッグの中に入れた手を引っ込めてしまう。瞬はそんな俺に目をぱちくりさせたが、すぐに「はい、これ」と俺にラッピングされた小箱と、小袋と……そんなものをいくつか手渡してきた。


「な、何だよこれ。また……チョコ?」


「言っとくけど、俺からじゃないからね、これ。康太宛に預かってきたやつ」


見れば、それは昼間、瞬が渡されていた小箱に似てるような気がした。他のやつは渡されてるとこ見てないけど……あんなことが他にもあったのか。モテるんだな……って。


「俺宛?」


「康太ってほーんと、モテ男だね。毎年こうでしょ?」


「え、そうだったか?」


今までこんなことあったか?瞬に預けられて、俺が貰うって……なかったような。気のせいか?忘れちまっただけか?……まあいい。


「まあ、貰うけど。ありがとうな。預かってくれて」


「ホワイトデー頑張れ」


瞬がわざとらしくにこって笑う。心なしか、ちょっと拗ねてるようにも見えた。


「それより、俺からも。ほら」


「え?」


今度は俺が瞬を驚かす番だ。俺は瞬に今度こそ、バッグの中から出した──犬のぬいぐるみみたいなポーチに入ったチョコをやった。


「なにこれ……可愛い」


「だろ。……瞬には、まあ世話になってるっていうか、だからな」


「ありがとう……でもモテ男なのにこのチョイスはなあ。もったいない」


「瞬が喜んでるなら、俺はそれで十分だ」


俺がそう言うと、瞬はそっぽをむいて「そう?」と言った。




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