10月14日(土)

【ルール】


・このゲームは二人一組で行う協力型ゲームです。


・特定の行動を行うことで、指定されたポイントを集め、ゲームのクリアを目指します。


・特定の行動とは、ペアである相手に対してする行動が対象となります。

(例:手を繋ぐ、頭を撫でる、抱きしめる 等)


・同じ行動は二回目以降、獲得するポイントが半減し続けます。ポイントの半減措置は、翌0:00に解除されます。

(例:手を繋ぐの場合→一回目 100pt 二回目 50pt 三回目 25pt 四回目 12pt 五回目 6pt 六回目 3pt 七回目 1pt 八回目 0pt…)

・このゲームでは、ポイントは参加者ごとに集計されます。ポイントは行動を起こした参加者に付与されます。

※ただし、クリアに必要なポイントを満たしているかどうかは、それぞれが集めたポイントを合算して判定します。



①二人が獲得したptが合わせて【18,083,150pt】に達するとゲームクリアです。


②9月1日~12月31日までにゲームをクリアできなかった場合、ペナルティとして【その時点での獲得ポイント数が高い方が、獲得ポイント数の低い方を殺してください】


③一日に【1,000pt以上】獲得できなかった場合、ゲームを放棄したとみなし、上記②と同じペナルティが与えられます。



〇攻略のヒント〇


セックスすると【18,083,150pt】獲得できます。


【10月13日現在の獲得pt】

瀬良康太 21,184pt

立花瞬  27,162pt 計 48,346pt


クリアまであと 18,034,804pt


______________



『……康太』


『……おう』


──その日の朝は、『トイレ』でだった。


特別教室が並ぶ管理棟の、始業前は生徒の出入りがほとんどないフロアの男子トイレ。

俺と瞬は人目を避けて、そのトイレへと向かい、中に誰もいないことを確認してから、それでも念には念を入れて、二人で狭い個室へと入る。


そこで瞬と俺は、ほとんど密着するような体勢で向かい合い、お互いに頷き合うと、それを合図に──瞬が少しだけ背伸びをして、俺の首にキスをした。


ほんの一瞬触れた……小さくて柔らかい唇を離した瞬が、ふっと息を吐く。視界の端に【S +1,200pt】という表示を確認してから、俺は瞬に言った。


『別に、昨日みたいに手でもよかったんじゃねえか』


瞬の方が俺よりも背が小さいから、毎回背伸びをするのは大変だろう。だが、瞬は首を振ってこう言った。


『ううん……あんまり同じところが続くと、またレートを下げられるかもしれないでしょ。ただでさえ……毎日、俺からしてるってことが同じだから』


『……っ』


思い詰めた顔で俯く瞬に、俺はまた胸が痛んだ。同時に、どうしようもない悔しさ、やりきれなさがこみ上げる。

今すぐにでも、瞬が抱えていることを何とかしてやりたい──そう思っても、今の俺にはそれを叶えられる力が無かった。


俺は、身体の横につけた拳をぐっと握った……クソ。


『……人がいないうちに、ここを出よう。見つかったら大変だよ』


そのうちに、顔を上げた瞬に背中を叩かれ、俺は我に返り……『ああ』と返事をして個室を出た。



──あの日から三週間が経とうとしていた。



このゲームを終わらせる。


そのために、二人で先へ進む──そう決めた俺達だったが……結論から言うと、それはできなかった。


俺も瞬も、覚悟は決めたつもりだった。これ以上の引き延ばしは無意味で、このままだと、お互いを殺し合うことになるかもしれないってのに……それでも、できなかった。


──『や、やだ……っ、やめて……っ!』


服を脱がそうとする過程で、瞬はその先を拒んだ。お互いに同意して、そこまで進んできたつもりだったが、その陰で瞬は……どうにもならない「怖さ」を押し殺していたのだ。


咄嗟に、俺の手を叩いて拒んだ瞬は、目に涙を溜めて、声を詰まらせながら、俺に『ごめん』と繰り返した。

俺はそんな瞬に、いつかの出来事を思い出して──ただ、瞬を抱きしめた。

そして、瞬が押し殺してきた怖さごと──俺に瞬がそうしてくれたみたいに、『好きだ』と言った。


──しばらくして、落ち着きを取り戻した瞬は、俺にぽつぽつと教えてくれた。


『……中学の時、かな。本当……大したことじゃないんだよ、たった一回くらいのことなんだけど』


『康太は知ってると思うけど……プールの授業の時、俺……肌が強くないから、ずっとラッシュガードを着けてたんだよね。でも、そんなことしてるの、クラスに俺くらいしかいなくて……』


『その頃、俺、クラスでちょっとからかわれたりすることが多くて……でも、気にするようなことじゃないんだよ。いつもはすごく、些細なことばっかりだから。でも、その……その時は、ちょっと、ひどくて……』


『更衣室で着替えてる時に、クラスの子に、言われて……脱いでみろって。俺、嫌だったから、断ったんだけど……そしたら、皆の前で無理に脱がされそうになって……すごく恥ずかしくて、嫌だった……』


『もうずっと前のことだし、いちいち気にするようなことじゃないって……そう思うんだけどね。でも、どうしても、今でも……思い出すと嫌だなって……』


『康太が相手なら、大丈夫だって思ったんだけど……ごめん、俺、やっぱり、できなかった……ごめん、本当に……』


俺の腕の中で、瞬は声を殺して泣いた。


俺は──悔しかった。苛立って、やりきれなくて、どうしようもなく、悔しかった。

瞬が一人で抱えてきたことに、想像さえ及ばなかった自分が許せなかった。


起きたことはなかったことにできないし、時間も前には戻らない。

俺が今の瞬にできることは、本当にこんなことくらいしかなくて──。


──やりきれない悔しさが形を変えて、俺の中で固まるのは早かった。


そんな俺の密かな決意とは別に、その日から一つ、変わったことがあった。


それこそが、この朝の習慣だった。

あの日まで毎日交互にしていた「キス」を、あの日からは──毎日、瞬の方からすることになったのだ。


『こうなったのは、俺のせいだから……そうさせて』


俺は瞬の提案を飲んだ。本当は、瞬に負担を掛けさせたくなかったが、今は……それで瞬の気が済むのなら、俺はそれを受け入れようと思ったのだ。それに、今までに獲得したポイントも、瞬の方が少なかったからな。もちろん、そうなるつもりはないが、万が一……のことを思うと、俺としては、そうしてくれた方がいいとも思った。


キスは大体、学校に行く前にした。

朝、俺が先に家を出て、瞬の家に行くか……母さんが早番で俺よりも早く家を出た時は俺の家か、どっちかでした。

朝バタバタしていてできなかった時は、学校で……人目につかない場所ですることもあった。真面目な瞬は、そのことに少し罪悪感を感じてたりするのか……と思ったが、初めてそうなった時も、瞬はあっさりと『そうしよう』と言った。


……それほどまでに、瞬はあの日のことに負い目を感じているようだった。


──……絶対に、俺がなんとかする。


そんな瞬を見る度に、俺は拳を握って決意を固めた。



固めた……んだがな。





「……」


「康太……大丈夫だよ。今度は絶対上手くいく。俺、康太ならできるって信じてるから」


「……そうだな」


俺の部屋で日課のキス(ちなみに今日は首【1,200pt】だ。昨日が頬と額【各500pt】だった)を済ませた後。


床に突っ伏して絶望的な気分になっていた俺を、瞬が優しく励ましてくれる。

一体どうして、俺が絶望的な気分になっているのかというと──。


「一社目は康太の運命の相手じゃなかったんだよ。明日受ける会社こそ、きっと、康太が行くべきところだった……って思おう?」


「そうだな……そうだな……」


そう。情けないことに、俺は数週間前に受けた会社の採用試験に落ちた。

記念すべき、初「お祈り」だ。祈るくらいなら、御社で採用してくれとつい言いたくなるが……瞬の言う通り、これはもう運命じゃなかったとでも思うしかないだろう。武川にも似たようなこと言われたし。


とはいえ……まあ、ショックはそれなりだった。それとこれとは違うことではあるが「俺がこの状況を何とかしてやる」と息巻いていたところに来た不採用通知だからな。「まず自分の進路をどうにかしたら?」と言わんばかりだ。どっちもどうにかしないとはいけないんだが……。


とりあえず、俺は明日、候補にしてた三社目(校内選考で落ちた会社も含む)を受験することになっている。

今週はその準備に明け暮れていたので、正直かなり疲れた……日課以外で、瞬とゆっくり一緒にいるのはちょっと久しぶりかもしれない。


俺はなんとなく、ごろごろと床を転がって、瞬に近づいた。すると、綺麗な正座で床に座る瞬が、そんな俺を見下ろしてふふっと微笑む。


「また膝枕する?」


「いや……明日試験だからやめとく」


「どういう理屈?」


「ここで甘えたら自立心が失われて社会に出られなくなる」


「よく分からないけど……頑張れ?」


わしゃわしゃと瞬が俺の頭を撫でる。その瞬間、うるさい表示がまた視界にちらついて【10pt】とわざわざ知らせてくる。俺にとっては一兆ポイントくらいだと言ってやりたかった。膝枕も、毎日してるキスも……低すぎる。


冷たい床に頬を押し付けて、はあとため息を吐くと、瞬が「あ、そうだ」と言った。


「何だ?」


「うん……康太、明日の試験は午前中からお昼まででしょ?終わったら、ご飯でも行こ。気分転換」


「飯か……」


悪くないと思った。悪くないどころか、憂鬱な気分がぱっと晴れてくような冴えた提案だった。

俺はおもむろに床から身体を起こして、瞬に「いいな」と言った。


「じゃあ、決まりね」


瞬の方もにっと笑った。ここ最近の瞬は、朝の思い詰めたような顔しか見てなかったような気がするから、俺はその笑顔になんだかすごくほっとして──こんな風に、何でもないことが尊い日々を絶対に取り戻すと、改めて誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る