6月20日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



【サムシング・フォー・チャレンジ開催中!】

期間中、毎日ひとつずつ公開される「チャレンジ」を全て実行して、素敵なボーナスを貰おう♪


開催期間:6月20日〜6月23日


○チャレンジ 1日目○

*何かひとつ、青いもの*

〜Something Blue〜


・立花瞬は、何かひとつ「青いもの」を身に着けて、そのことを瀬良康太にのみ共有する。

 他の人間に知られた場合、チャレンジは失敗となる。





「青いものって言われてもなあ……」


朝──いつもより少し早めに起きた俺は、例の「チャレンジ」を実行するべく、部屋のタンスを開けながら、「何かひとつ、青いもの」を探してみてるんだけど……そう簡単には浮かばない。


──そんなに難しくないかな、と思ったけど……これ、結構、難易度高い?


昨日、うちに突然現れた(結局その理由は分からなかったけど)、澄矢さんの「同僚」──巫琴さんから告げられた「チャレンジ」。


これから四日間、毎日出される「チャレンジ」に、とりあえず……俺は挑戦することになった。


まあそれも、巫琴さんに「挑戦するかどうかは瞬さん次第ですけど……でも……ね?」と圧を掛けられ、断りづらかったから仕方なくではあるんだけど。


やるからには失敗はしたくない……と、つい思ってしまうのが、俺の性だ。

それに、チャレンジを失敗することによるペナルティはないけど……これも【条件】の一部である以上、康太の命もかかってるわけだし。


だから、この最初の「チャレンジ」も何とか成功させなくちゃとは思うけど……どうしたものかなあ。


──身に着けるもので、康太以外には知られちゃいけないってことは、ぱっと目で分かるようなものは着けられないよね……。


つまり、アクセサリーのようなものはダメってことだ。そもそも、校則で禁止されてるしね。

ネックレスとかなら、バレないようにすることもできなくないけど……青いネックレスなんて持ってない。


そうなると、あと条件に合うようなものは、アンダーシャツみたいな、目に触れないような場所で身に着けるものに限られてくる。でも青いシャツなんて持ってないし……他には──。


「……」


上から順に開け閉めしながら、タンスを漁っていた手が、三段目の左右二つに分かれた小さな引き出しの前で止まる。ここに入れてるのは……そう。


──パンツ……。


「確かに、条件には合うけど……」


パンツなら、青いものも探せばある……かもしれない。お手洗いに行く時にさえ慎重になれば、まず人目に触れるようなものでもないし、これしかないまである。


ここまで条件に合うものがないとなると、むしろ、この答えに行き着かせるための、悪趣味な「チャレンジ」だったのでは、とさえ思うくらいだ。


──まあ、まずは探してみないとね……?


これがダメだったら、申し訳ないけど、チャレンジは諦めよう……そう思いつつ、引き出しを開けてみる。


半分くらい「見つからなければいいのに」と思いながら、探していると、俺のささやかな期待に反して、それは見つかってしまった。それも……一番、見たくなかったものが。


「こ、これは……」


奥の方から引っぱり出したそれは──青い総レースの前閉じボクサーパンツだった。


「うっ……」


見た瞬間、「これ」にまつわる嫌な思い出が蘇る。


「これ」がうちに来たのは、確か……高校二年生の時の、修学旅行の準備をしていた頃だ。


高校生になって最初で最後の宿泊学習──ということで、「瞬が大人になって旅行に行く時のことも見据えて」と、母さんが張り切って、バッグとか色々を新調して送ってくれたんだけど、その時に一緒に送ってきたのが「これ」だ。曰く「下着も大人っぽいものの方がいいかと思ったのよ」とのこと。


母さんが買ってきたものは、いつもありがたく貰っていた俺だけど、この時ばかりは「これは無理」と突っぱねたのを覚えている。


母さんは「でもすっごく履き心地がいいらしいのよ?」とか「父さんも履いてるわよ」とか言ってたけど、俺は譲らなかった。たぶん、「こっちに残りたい」って行った時の次くらいに、譲らなかった。


そうして、もちろん修学旅行……どころか、その後も出番なく、タンスの中で眠っていた「このパンツ」なんだけど──まさか、今更、出番があるとはなあ……。


俺は、相変わらず視覚的に強烈な……大事なところ以外、レースの透け感たっぷりなそのパンツを、矯めつ眇めつする。


「背に腹は代えられないか……」


敢えてそう口にして、覚悟を決める。大丈夫……トイレも、体育の着替えも、個室でさっと済ませればいいんだ。あとは──康太に、これを共有しないといけないんだよね。


昨日、「チャレンジ」のことを巫琴さんに聞いたときに、教えてもらったけど、この「共有」っていうのは、康太に「俺が身に着けている青いもののこと」を知られさえすれば、どんな方法でもいいらしい。


つまり、別にこの「パンツ」を康太に見せなくてもいいのだ。


それなら、俺は康太に、ただ口で伝えればいい。


そう、口で伝えれば……。





「康太」


「ん、何だ?」


チャイムが鳴り、休み時間になる。椅子に座ったまま伸びをしていた康太の肩を叩くと、康太は俺の方をくるりと振り返った。


「あ、あのね……」


「おう」


俺はなんとなく、周りをきょろきょろと見回す。休み時間の教室は、賑やかで、誰も、俺達のことなんか気にしてない……と思う。


──朝は、偶然、西山に会って言えなかったもんね。


その西山も、今は他の男子と喋っているし、他に、俺や康太に話しかけてきそうな人だと……森谷は、足早に教室を出て行ったばかりだ。つまり、言うなら……今がチャンスだった。


俺は心の中で「言うぞ、言うぞ……」と唱えながら、ふっと息を吐く。こんなに緊張するの、ちょっと久しぶりかもしれない。最近は康太に「好き」って言うのも、大分、当たり前になってるから……ある意味、初心に返る思いだ。


「その……康太にだけ、言いたいことがあって……」


「おう……何だよ」


それでもなかなか言い出せない俺に、康太が首を傾げる。俺はまだ少し躊躇ってから……康太を手招きして、もっと近くに呼び寄せる。


康太が小声で言った。


「……内緒事か?」


「うん……あ、あのね。本当、康太にだけ、知っててほしくて」


「……場所変えるか?」


「こ、ここでいい。だから……ちょっとだけ、耳、貸してくれる?」


そう言うと、康太が俺の顔に耳を寄せてくれる。俺は両手で筒を作るようにして、そこに顔を寄せ──意を決して、康太の耳元で囁いた。



「……今日、俺は……青いレースの……パンツを、履いてます……」



俺から離れた康太は、目を見開いて、俺を凝視していた。言葉こそなかったけど、完全に引いていた。


ややあってから、康太は微妙な顔で、俺に言った。


「そう、でしたか……」


そりゃあそうだよね。いきなり幼馴染に今日履いてるパンツを打ち明けられても困る。


ふっと冷静になった俺は康太に「忘れて」と言って、机に顔を伏せた。





「えー……ですから、これは──であって──」


「……」


授業をする教師の声が、通過電車みたいに頭の中を流れ、耳から抜けていく。


上の空っていうのは、今みたいな状態のことを言うのか……なんてぼんやり考えながら、俺は、瞬に言われたことを考えていた。


──『……今日、俺は……青いレースの……パンツを、履いてます……』


──何だったんだ……あれ……。


もう十数年、瞬とは一緒にいるが、あんなことを打ち明けられたのは初めてだった。

いや、何度もあっても困るが……。


しかし、それだけに、さっきの出来事はかなり衝撃がデカかった。


付き合いの長い俺でも、瞬が青いレースのパンツを何故持っているのか、何故履いているのか、そして、何故それを俺に言ってきたのか、まったく見当がつかない。当たり前だ。青いレースどころか、瞬が他にどんなパンツを持ってるのかさえ知らないのに、いきなり、あんなことを言われたって困る。


ていうか、青いレースってなんだよ……男モノで、そんなデザインのやつあるのか?まさか、瞬は女性モノを愛用してたりするのか?女性モノって男が着けても、色々と……ポジション的な不快感とかはないのか?てか、レースって、なんか……かぶれたり、痒かったりとかはないのか?あのあたりのとかはどういう造りになってるんだ?瞬はその辺も込みで敢えて履いてるのか?いつもそういうのを履いてるのか?


……なんて、要するに今の俺の頭はもう、「瞬の青いレースのパンツ」のことでいっぱいになってしまっていた。いや、こう言うと、あまりにも語弊がありすぎるが……でも実際そうだから仕方ない。


ただ、決して、瞬に対して邪な目を向けてなどはいない、とは補足しておく。どこに向けてかは分かんねえけど。


俺はちらり、と後ろを振り返る。


「……っ」


すると、たまたまなのか、瞬も俺のことを見ていて……ばっちり視線がぶつかってしまった。

俺も、瞬も、なんとなく……ぷい、と視線を外す。俺は身体を前に戻した。


──瞬は今も……履いてるんだよな……。


「──っ!」


そんなことを考えかけた自分の頬を軽く叩く。ダメだ。一体なんてことを考えてるんだ……これじゃ、森谷へんたいと同レベルだな。


──何でもいいじゃねえか。瞬がどんなパンツを履いてたって……。


俺はまた、こっそり、後ろを振り返る。瞬はノートを一生懸命書いていたから、俺の視線には気づいていない。さっきは、あんな風に視線を逸らしたりして……俺、ちょっと感じが悪かったよな。


もしかしたら瞬は……勇気を持って、打ち明けてくれたかもしれないのに。


この授業が終わったら、瞬に「俺は瞬がどんなパンツを履いていてもいいんだ」と言おうと決めた。





「じゃあ、立花のほくろの数を教えてくれよ」


「教えるわけねえだろ。てか知らねえよ」


こいつに頼んだ俺が馬鹿だったな──と後悔する。


昼休み。今日は購買に行こうと、俺はリュックの中から財布を出そうとしたんだが、なんと、その財布を家に忘れてきたことに気付いた。つまり文無しだ。


このままだと、俺は昼、何も食わないまま過ごすことになっちまう──危機感を覚えた俺は、久しぶりに「取引」で昼飯にありつこうと考えた。取引といえば、俺には格好のカモがいる。森谷だ。


そんなわけで俺は森谷に、「俺が持っている情報をやる代わりに、購買でなんか奢れ」と取引を持ち掛けてみたんだが──。


「瀬良から引き出したい情報なんて、立花のこと以外ないだろ。ほくろがダメなら、毛は薄めなのか濃いめなのか、部位ごとに教えてくれよ」


「取引はなかったことにする」


残念だが、こいつとはもう取引できないな。まあ、俺の自業自得みたいなもんか……俺は森谷に手を挙げて、その場を去ろうとすると、森谷が「待てよ」と俺を呼び止める。


……最後のチャンスくらいやるか。


「何だ?」


「じゃあよ……これならどうだ?」


「言ってみろよ」


「立花もパンツの色を教えてくれ」


知るか、そんなの──と返そうとして、俺は思いとどまる。


──知ってるな……今の俺は。


なんてったって、さっき打ち明けられたばかりだ。


まさか。


──瞬はこれを見越して、自ら犠牲になってくれた……のか?


荒唐無稽な話だが、最近の瞬の察しの良さというか、エスパーぶりを考えるとありえなくない話だ。


それなら、むしろ、活用した方が、瞬のためなんじゃないか……そんなことを考えた俺の頭の中で瞬の声が響く。


──『その……康太にだけ、言いたいことがあって……』


「……知るか、そんなの」


「何だよ!」と騒ぐ森谷を置いて、俺は足早にその場を去った。


この話は俺にだけ、なんだ。瞬がどんなつもりなのかは知らないが、そう簡単に言いたくないからな。

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