6月19日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「ふん、ふふーん♪」


羽みたいに軽い足取りで、家まで帰ってきた俺は、ドアを開けようと、リュックの中から鍵を取り出す。逸る気持ちを抑えて、鍵穴に挿し込んで捻り、ドアノブに手をかける。


──急いで準備をしないと。これから、康太と二人でご飯を食べに行くんだもんね。


今日は実春さんの帰りが遅くなるみたいで、康太が「夜、あそこのラーメン屋にでも行かねえか?」と誘ってくれたのだ。俺も、今日は家の余り物とかで適当に晩ご飯にしようと思ってたし、それなら康太と一緒がいい。俺は二つ返事でオッケーした。


康太とこんな風に夜ご飯を食べに行くのは、初めてではないけど、そんなに多くはない。

それも、平日の夜にっていうのはすごく珍しいことだから、なんだかいつもよりも、特別にうきうきする。


楽しみだなあ──なんて、さっき別れたばかりの康太のことを考えながら、俺はドアを開け、玄関を潜る。



だから一瞬、何が起きているか全然分からなかった。



「──六月といえば、ジューンブライドですね。


西洋では、家庭の守護神ジュノーの月が六月であることから、六月に結婚した花嫁は幸福になれるという言い伝えがあります。


そして、結婚といえば、もう一つ。結婚式にまつわる慣習──『サムシング・フォー』はご存知ですか?


『サムシング・フォー』とは欧米の慣習で、結婚式で花嫁が身に着けると幸せになれる四つのアイテムのことを差します。


その四つのアイテムとは──。


1.なにかひとつ、古いもの


2.なにかひとつ、新しいもの


3.なにかひとつ、借りたもの


4.なにかひとつ青いもの


伝統、新生活、縁、純潔──それぞれの祈りが込められたアイテムは、この先の未来へと二人を後押ししてくれることでしょう。


そこで今回は、この『サムシング・フォー』にちなんだチャレンジを実施します。


期間は明日から四日間。


期間中は、毎日ひとつずつ公開される『チャレンジ』を達成することでも、【条件】を実行したとみなされます。全て達成すると、素敵なボーナスもありますので、是非挑戦してみてくださいね♪」



「……」


玄関を開けて一番、いきなり提示された【条件】に俺は、ツッコめなかった……というか。


「どうかしましたか?」


いきなり目の前に現れた、その──ゆうに二メートル以上はあろうかという長身の浮世離れした女性に、こう言うのがやっとだった。


「い、いつもの人だ……」





「いやあ、すまんかったなあ。びっくりさせてもうて。ほら、急にこいつ……こっち来るとか言うもんやから、バタバタしとって、瞬ちゃんに言うの忘れてたわあ」


女の人の後ろからひょっこり顔出した澄矢さんが、へらへら笑う。それから俺に向かって、「今日も条件達成、お疲れ様やったで」とサムズアップした。


何か今日はやけに上機嫌だな……俺は、ため息を吐いて──同時に「やっぱりか」とも思う。


──この人は……向こう側の人、なんだよね。


澄矢さんや託弓さんと同じく、一目で「人ならざる者」だと感じるのは、その身長だけが理由ではなく、この人もまた、ものすごく綺麗な人だったからだ。見上げなければならない程の長身から放たれる神々しいオーラに「この人は神様だ」と言われても、俺は疑わない。


「ええ、仰る通りですよ。私、か──」


巫琴みこと。今はそれは内緒で頼むわ」


「え、そうなん?すみちゃんが言うんやったら、そうするけど……」


「すみちゃん」て。


というか……巫琴さん──っていうらしい、この人。


澄矢さんとどういう関係なの?とか、どうしてうちに?とか、ていうかさっきの何?巫琴さんっていつも俺に【条件】を送ってくる人ってことなの?……とか訊きたいことは山ほどあったけど、生憎、今の俺にはそれよりも大事なことがある。


「とりあえず、さっきの……『チャレンジ』?の話は、明日でいいかな。俺はこれから康太とご飯食べに行くから……澄矢さんは巫琴さんと留守番してていいよ。部屋は好きに使って。じゃあね」


「ちょ、待ってや」


「う」


踵を返して家を出ようとした俺を、澄矢さんが「謎の力」で引き留めてくる。俺は金縛りみたいに身体が動かなくなって、そのまま体の向きを、澄矢さん達の方へくるりと戻されてしまった。


「まだ話終わってないて」


「いいよ、もうしなくて……明日からその『サムシング・フォー・チャレンジ』……っていうの、やればいいんでしょ?澄矢さんが綺麗な恋人さんを自慢したかったのは分かるけど、俺だって忙しいんだよ」


「こ、恋人ちゃうわ。ただの同僚やし」


「うふふ」


珍しく慌てている澄矢さんを見て、巫琴さんが楽しそうに笑っている。俺は、「ああ……やっぱりそういう感じなんだ」と察した。キューピッドも色々あるんだね。康太には早く会いに行きたいけど、俺はほんの少し興味が湧いてくる。


その時、スマホが鳴ったので、見ると、康太からメッセージが来ていた。「家のことやってから出るから、ちょっと待っててくれ」……か。じゃあ、ちょっとくらいなら時間、できちゃったか。


「こうでもせんと、話聞く気にならんからなあ。ほんま、瞬ちゃんはあいつのこと好きすぎやで」


「えっ、今のも澄矢さんの仕業なの?」


「いや、ただの偶然やけど」


「運がいいね……澄矢さん」


俺は諦めて、居間の椅子に腰を下ろす。その向かいに、澄矢さんと巫琴さんが並んで腰を下ろした。


「……で、まずは、えっと」


いざ時間があるとなると、訊きたいことがありすぎて困る。

それでもやっぱり、一番訊いておいた方がいいのは……明日から始まる「チャレンジ」のことかな。


言わずともそれは伝わったらしく、巫琴さんが「では私からお話しましょう」とどこからともなくタブレットを取り出しながら言った。


「瞬さんは、『サムシング・フォー』……は既にご存知ですね?」


「うん。さっきも聞いたから……結婚式で身に着けると幸せになれるっていう、四つのアイテムのことだよね」


「はい。先程も説明しましたが、『サムシング・フォー』とは、伝統、新生活、縁、純潔──それぞれの意味にちなんだ、花嫁を幸福に導くアイテムのことを差します。今回のチャレンジは、その『サムシング・フォー』を基にしているのです」


巫琴さんの説明に、「なるほど」と頷くと、澄矢さんが続ける。


「お前らが夢中でやっとる、なんや、スマホでぽちぽちするゲームでも、ジューンブライドのイベントは力入れるやろ?これもそうや。だからいつもより、期間も長いし、気合い入ってんねん」


「それはよく分からないけど……」


「なんでやねん」


そう言われても、俺はそういうのには疎いから仕方ないのに。内心、むっとしていると、巫琴さんが「まあまあ」と宥めてくれる。


「すみちゃん……澄矢は『外側』を見るのが仕事ですから、瞬さんはあまり気になさらないでください」


「は、はい……?」


『外側』?またよく分からないことが出てきたな……なんて首を捻っていると、「それよりも」と巫琴さんが続ける。


「瞬さんとしては、やはり『チャレンジ』の内容が気になるのではないでしょうか?」


「それはそうだよ。だって、期間中はそれが【条件】の達成ってみなされるんでしょ?康太の命もかかってるから……」


「いえ、これはあくまでも『チャレンジ』ですから、無視してもペナルティはありませんし、通常の条件をこなしても、康太さんは助かりますよ。ですが──」


そこで、巫琴さんが言葉を切る。「ですが」──何だろう?

俺は思わず、唾を飲む。


「せっかくの『チャレンジ』……というか『イベント』を無視するって、ちょっとどうかなーとは思いますけど」


「……それはそうだね」


なんでだかは分からないけど、俺もあまり……無視をするっていうのはよくない気がしている。

正直、「チャレンジが難しそうだったら無視しようかな」と思う度に、何か、強力な圧力を身に感じていた。


そうなると、尚更、どんなチャレンジなのかは気になるところだ。


「一日ひとつずつ公開される……って聞いたけど、最初のだけでも、今聞くことはできる?」


「うーん、どうしましょう。すみちゃん」


「ええよ。瞬ちゃんは特別や。明日の『チャレンジ』教えたってな」


椅子の背もたれに寄りかかって、腕を組む澄矢さんはやっぱり上機嫌だ。巫琴さんが来ているのがそんなに嬉しいのかな。後で、巫琴さんのこと、澄矢さんにもっとつついてみよう──そんなことを考えている間に、巫琴さんがタブレットを俺に見せてくる。


最初の「サムシング・フォー・チャレンジ」は──。



『何かひとつ、青いもの』



「最初のチャレンジは『サムシング・ブルー』……純潔のチャレンジです。


瞬さんは明日、『何かひとつ、青いもの』を密かに身に着けていただき、そのことを康太さんにだけ共有してください。康太さん以外の人にバレてしまったら失敗です。


健闘を祈ります」

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