6月21日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



【サムシング・フォー・チャレンジ開催中!】

期間中、毎日ひとつずつ公開される「チャレンジ」を全て実行して、素敵なボーナスを貰おう♪


開催期間:6月20日〜6月23日


○チャレンジ 2日目○

*何かひとつ、借りたもの*

〜Something Borrowed〜


・立花瞬は、瀬良康太から、何かひとつ、借りたものに、自分の印を付けてから返す。

印を付けたことを瀬良康太に気付かれた場合、チャレンジは失敗となる。





「ねえ、志保。三組の古賀さ……さっき見たらピンなかったよ。やっぱ三浦と付き合ったってガチなのかなー?」


「言われてたもんねー。クラスでもやたら距離近いって。三浦が付けてたらガチでしょ」


「やばー……マジ、今月何組目って感じ」


──今日はどうしようかなあ……。


休み時間。楽しそうにお喋りしてる湯川さんと坂本さんとの会話も上の空で、俺は「今日のチャレンジ」について、思案を巡らせていた。


朝、いつも通りのやり方で、俺に提示された「チャレンジ」は、昨日と同様……一見簡単そうだけど、やってみようとすると、意外とそうでもない。


──康太から何かを借りて、それに俺の印を付けろっていうけど……気付かれないように、付けないといけないんだよね。


「借りる」って聞いて、真っ先に浮かんだのは「ノート」とか「教科書」だけど……使用頻度が高いものに、気付かれないように印を付けるのは難しいだろう。ちょっと前の康太なら、いけたかもしれないけど、最近の康太は、授業も真面目に受けてるし。第一、クラスが同じなのに、教科書やノートを借りるのはちょっと不自然だ。


かと言って、他にいいものも浮かばない。借り物の定番といえば、あとは「ハンカチ」とか?

でも、ハンカチみたいなものに、どう印を付ければいいのか思いつかないし、そもそも、康太がハンカチを持っているかはかなり怪しい。


──せっかく、昨日はクリアできたし、今日も頑張りたかったけど……。


方法が思い浮かばないなら、仕方ない。少し、モヤっとはするけど、「チャレンジ」はここで諦めて──なんて、思いかけた、その時だった。


「立花?」


「え、あ……ごめん。何?」


ふいに、名前を呼ばれて、俺は意識を会話に戻す。湯川さんが「どうしたの?」と首を傾げていたので、俺は首を振って言った。


「ちょっと、ぼんやりしちゃって……考え事みたいな」


「え……マジ?大丈夫?」


「うん。大したことじゃないから……それより、ごめん。何の話だっけ?」


俺がそう訊くと、すかさず坂本さんが教えてくれる。


「最近さー、付き合ってる同士で、彼氏のネクタイピンを、彼女がリボンにつけるっていうのが流行ってるって話」


「ネクタイピンを……?」


俺は思わず、自分の制服のネクタイを見つめる。そこにはもちろん、ネクタイを先の方でぱちっと留めているネクタイピンも付いているけど……。


「そうそう。で、そっから、ネクタイピンが付いてない男子……要するに、彼女持ちのことを『ピンなし』って言うの。まあ、気になる人できたら、まずはそこ見とくよね」


「そうなんだ……」


本当、そういう話には疎いから、全然知らなかったな……。でも、ちょっと面白い話だ。

俺の場合だったら、ピンを二つつけることになったりするのかな……なんて、妄想をしていると、まるでそれを読んだみたいに、湯川さんが言った。


「立花が瀬良と付き合ったら、ピンを交換し合えば?」


「佳奈。それじゃ見た目、全然変わんないじゃん」


「でもさー、考えてみ?ぱっと見は分かんないけど、二人の間でだけは分かってるみたいな。超エモい」


「あー……まあ、それはアリかも。ピンにこっそりお互いの名前とか入れとくみたいな?」


「いいじゃん!」


──ピンに……名前……。


「それだ!」


「「──っ!?」」


いきなり、声を上げて立ち上がった俺を、二人が目をぱちぱちさせながら見つめる。

俺は慌てて「ごめん」と言ってから、また椅子に腰掛けつつも──今日の「チャレンジ」のため、ある作戦を考えた。それは──。





「康太、あの……ちょっとお願いがあって」


「何だ?」


お昼休み……購買に行こうとする康太を引き留めて、俺は早速──作戦を実行する。


「これから、進路指導室に用事があっていくんだけど……今日、ネクタイピン忘れちゃったみたいで。康太のをかしてくれる?」


不自然に思われないか、内心ドキドキしつつも、俺はできるだけ普通にそう言った。大丈夫。このために、ネクタイピンは外して、もうリュックの中に仕舞っておいたし。

進路指導室に入る時は、身だしなみを整えて行かないといけないことになってるから、口実としても、無理はないはずだ。大丈夫。大丈夫──。


「え?瞬……朝、ネクタイピンしてなかったか?」


「えっ」


しかし、康太は、俺のことよく見ていた。どうしよう、何とか言い訳しないと……。


「お、落としちゃったみたいで……」


「ふうん……そうか」


釈然としない……という顔の康太。でも、すぐに、康太はネクタイからピンを外して、俺に「これ」と渡してくれた。優しいな……。


「ごめん、ありがとう」


「いいって。じゃあ、俺、昼買ってくるから」


「うん。後でね」


教室を出て行く康太に手を振って、その背中が見えなくなってから、俺はほっと息を吐く。

まずは第一段階、クリアだ。


──あとは……印を付けて……。


俺は前もって、丹羽から借りておいたカッター(漫研にいる知り合いから借りてきてくれたみたいだ)で、康太のネクタイピンの目立たないところを目掛けて、刃を立てる。


──ごめんね、康太……。


心の中で手を合わせながら、ピンに傷をつける。


『T.S』


──これでいいかな……?


よく目を凝らさないと分からない、だけど、確かにそこに刻まれた……俺の印。


借りたものにこんなことするなんて……という良心の裏で、俺は、身体の奥が少し、ぞくりとするような、何とも言えない、昏い喜びを感じていた。





『ね、さっきの見た?瀬良くん……ピン付けてなかったんだけど』


『嘘!もしかしてついに?』


『あの二人も、ああいうことするんだー』


『てか、マジで相手……立花くんなのかな?』


『立花のピン見れば分かるんじゃない?』



──どうしよう……。


康太にああ言った手前、一応、「進路指導室に行った」という事実は作っておこうかな……と、廊下を歩いていた時だった。一体、この短い間にどこから広まったのか……どうやら、「康太がピンなしで歩いていた」という情報が拡散されているらしい。


おかげで、廊下を歩いている俺に……というか、俺の「ネクタイピン」に、視線を注がれているのを感じる。


『あ、立花くん……』


「ご、ごめん!ちょっと急いでて……あとでね」


さっきから、こんな風に知らない生徒に話しかけられることも少なくない。たぶん、ピンのことを訊きたいんだと思うけど……答えるわけにはいかない。


ネクタイピンは見られたところで、康太のかどうかは分からないだろうし、印も、俺のイニシャルだから大丈夫だろう。でも、そのことがこんな風に広まって、康太の耳にまで届いたら、「チャレンジ」は失敗してしまう。ここまでの苦労が水の泡だ。それは避けないと。


俺はなるべく人気のないルートを通って進路指導室の前まで行き、それからまた、同じルートで教室に戻ろうとする。するんだけど……。


『ねえ……』


『立花くん、それさあ……』


『なあ、立花』


──それにしてもなんだか、やたら狙われてるような……?


なんだか、周りの熱量が異常にも思えるし、もしかして、澄矢さん達の仕業なんだろうかと疑いたくなる。

帰ったら、問い詰めよう……。


俺はもう返事もせずに、皆を振り切るように廊下を駆け抜けた。


──あと少し、あと少しで教室だ……。


その時だった。


「──っ!」


俺はいきなり、後ろから手首を掴まれて、抵抗する間もなく、側のトイレへと連れ込まれてしまった。


「だ、誰──っ?」


「俺だ」


振り返ると、そこには康太がいた。俺はほっとして、力が抜けた。


「よかった……もう、びっくりしたよ……」


「悪い。でも、何か追われてるみたいだったから……」


康太が俺から手を離して、頭を掻く。俺は「助かったよ」とお礼を言った。


「何かあったのか?っていうか……俺もやたら、視線を感じてはいたんだが」


「えーと……」


まず、どう説明しようか……と迷ったけど、とりあえず、俺は騒ぎの元凶である「それ」を康太に返すことにした。ネクタイからピンを取り、康太に手渡す。


「いいのか?もう」


「うん。用事は済んだし……というか、康太が見られてたの、これが原因だったかも……ごめんね」


「ピンが?何でだよ」


首を捻る康太に、俺は教えてあげることにした。


最近、カップルの間で、ネクタイピンを交換するのが流行ってること。


そこから、ピンを付けてない男子は、「ピンなし」と言われていて、彼女持ちだって思われること……を。


「だから、康太もそういう風に見られたのかもね」


「そういうことかよ……」


俺の説明を聞くと、康太ははあ、とため息を吐いた。呆れてるみたいにも見えたので、俺は康太に尋ねる。


「……康太は、こういうの、好きじゃない?」


「好きじゃないっていうか……めんどくせえっていうか」


「そっか」


まあ、康太らしい反応だ。俺は康太に「教室、戻ろう」と促した。


「……」


「康太?」


「……あ、ああ。悪い、すぐ行く」


康太は自分の手元に戻ってきたピンを見つめていたけど、頭を振ってから、俺の後をついてきた。

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