5月11日──夜
「康太に『瞬断ち』するの、やめてほしくて」
──言ってしまった、と思った。
スマホを持つ手が微かに震えるのはたぶん、夜が少し冷えるからじゃない。ふっと息を吐いて、手すりについた砂埃を指先でなぞりながら、康太の返事を待つ。
──『立花は遠慮しすぎだ、いつも』
──『だから──もっと、素直に自分の気持ちを言ってみたらいい。お前らは、お互いにちゃんと信頼を積んできて、それを許し合える関係なんだろうなって……俺には見える。立花が瀬良を信じられるくらい、瀬良も立花のことは信じてるんだ。だから、我慢とか……そういうのするなよ。瀬良のためにも』
その間、頭を巡るのは……昼間、西山に言われたことだ。言われて……ちょっと、はっとした。
俺は……俺と康太の「違い」を感じてるから、時々……康太が俺をどう思ってくれてるのか、少し自信がなくなることがある。そこだけが「違い」じゃないのかもって。
でも、それは行き過ぎたら……康太が俺に与えてくれるものに対する冒涜になるんだ。
出発点は違うかもしれないけど、康太が俺を想ってくれている気持ちは本当だって、俺はそれをちゃんと受け止めて、大事にしなくちゃ。
だから……康太には、俺に対してこっそり我慢してほしくないって思うのも、そこは……康太だって「同じ」だって、信じる。そこは、信じ抜こうと決めた。
それで……こうやって、夜、電話してみたんだけど。
『……瞬』
康太が俺の名前を呼ぶ。その意図は伝わったから……俺は康太に言った。
「その……俺、康太が頑張ってることは本当に応援したいし、何でも力になりたいって思ってる。でもね……その、今日みたいな『瞬断ち』は……ちょっと寂しいなって思って。俺は、康太と普通に、何でもない時も、もうちょっと一緒にいたくて……新しく何かを頑張ってる康太はいいなって思うけど、でも、いつも通りにも、しててほしくて。でも、もちろん、康太には考えがあって、それが今は必要なんだって、そういう風にも思うんだけど……でも、えっと……あー」
色々な気持ちがない交ぜになって、一つ一つ伝えたいのに、それが上手く言葉に乗らない。もどかしい──もういっそ、書き損じた紙をくしゃくしゃに丸めるみたいに、「ごめん」で全部閉じてしまいたいって思った時。
『……ごめん』
康太に、先にそう言わせてしまった。俺は首を振った。
「こ、康太は悪くないよ。違うの、俺がちょっと変だっていうか……」
『変なのは、俺の方だろ』
「え……?」
康太は言った。
『最近の俺はちょっと変だ……って、瞬も思うだろ。俺も、それは分かってんだ。だから、普通になろうってちょっとの間『瞬断ち』したんだ。でも、やめる。余計変だったな……どのみち、今日までって言ってたし。まだ今日は終わってねえけど、もうたった今から、やめだ』
「変って……えっと」
電話口の向こうで、康太がすっきりしたみたいに「はあーあ」と息を吐いた。まだ少し……康太の言ったことを咀嚼しようとしてる俺を置いて。
──確かに、変だったけど。
急に「罵ってくれ」って言ったり、大好きな玉子焼きを断ったり、いつもより気合いを入れて色々頑張ってたり……でも、それは康太の言う「普通」になるためのことで、それよりも前に……康太は自分を「変だ」って思うことが、何かあったのかな……。
「康太──」
それが何だったのか、もしできるなら……康太が抱えてることを俺にも分けてほしい──そう思ったけど、康太はもう「いつも通り」に、俺にこう訊いてきた。
『で、明日は何時だったっけ』
早速?って、つい笑ってしまったけど……とりあえず今は、俺も「いつも通り」にしようと思って。
「六時八分に乗るよ。だから……五時半にはうちを出ないと」
『早えー……マジかよ』
「起こしてあげようか?それとも……康太はもう自分で起きられる?」
『……努力する』
絶対起きられないでしょと思いつつ──でも、頑張ろうとしてるのは、「変」になったのもよかったのかな……と思ったり。
それから、俺と康太は明日のことをあれこれ話して……「じゃあ明日ね」と言って、電話を切った。
──明日は、楽しい一日になるといいな……。
夜空にぽつんと輝く一つの星に、俺は願った。
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