6月12日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





放課後。


「今日はPC室の利用予定がないからいいよ」と、武川の厚意で、部屋を開けてもらい……俺は週末の資格試験に向けて、PC室で一人、パソコンで模擬試験を受けさせてもらっていた。


俺が受ける試験は何かすごくて、本番は会場に一人一台用意されたパソコンを使って受験するらしい。

「その場で即採点されて、結果も当日出る上に、高校生でこれ持ってるとちょっと『おっ』と思われるし、瀬良くんには向いてるよ」というのが、俺にこれを勧めた武川の言だ。


──まあ、何かゲームみたいで面白いしな……。


学校のテストみたいに、紙に向かって、がりがり書くよりも、確かに、俺にはこれが向いてるらしい。


サイトで公開されてる模擬試験も、すぐに結果が分かるし、弱点は、はっきりデータで分かるから、勉強の計画も立てやすい。


短期決戦なら、とにかく過去問を解いて、できないところをあぶり出して、そこを潰す……っていうのを繰り返すのが一番手っ取り早いからな。分かりやすく結果が出ると、やる気も出るし、続ける気にもなる。


要するに、俺はこの試験勉強が……少し、楽しくなってきていた。


──瞬に言ったら、びっくりするだろうな……。


でもすぐに「康太、すごいね!」とか「康太、えらいよ」って言ってくれる気がする。


──あとは、「頑張ってる康太が好きだよ」とか……。


ついそんなことを考えた自分に気付いて、頭を振る。最近の瞬は特に、そういうことを恥ずかしげもなく言ったりするから、想像は妙に現実的で、クリアにできてしまった。そのせいで、今ここに瞬がいるわけでもないのに、勝手に顔が熱くなって──。


「お、やってるね」


「うお!?」


すぐそばに来ていた武川にも、全く気付かなかった。俺は椅子をくるりと回転させて、武川の方を向く。


「面談終わったのかよ……」


「うん。ちょっと予定より早く終わったからね。そろそろ部屋も閉めないといけないし、様子見だよ」


「そうかよ……」


ほっと息を吐くと、武川がパソコンの画面を覗き込む。ちょうどさっきやった俺の模擬試験の結果が表示されていて、武川はその点数に「いいねえ」と言った。


「一週間前にこれだけ取れてればいいんじゃないかな。まあ、当日何が出るかは分からないから、欲を言えば、ここの分野でもうちょっと点があると安心かな」


「ああ……そうだな」


まだ少しぼんやりした頭で、ディスプレイを見つめて、適当に頷く。すると武川が首を傾げて言った。


「どうしたんだい?試験が不安?」


「いや……そういうんじゃねえけど」


「立花くんに会いたい?」


「おい」


俺が睨むと、武川は朗らかに笑った。毎回、PC室に瞬が迎えに来るのを見ているからか、最近は、武川まで、こんな調子で揶揄ってくるから困る。全く……これ以上言われる前に、とっとと部屋を出るか。


今日は俺が瞬を迎えに行こう──と荷物をまとめて椅子を立つ。すると武川が「まあちょっと」と俺を引き留めた。


「本当に、何か心配事とか、悩み事があるなら、話くらいは聞くよ」


「いいよ……勉強見てもらってるだけで十分だ。それに、これは俺が自分でどうにかすることだし」


「そうかい」


「ああ」


俺がそう言うと、武川は少し考えるような素振りをする。ややあってから、口を開いた。


「瀬良くんは」


「何だよ」


「結構、かっこつけだね」


「はあ?」


思わず聞き返すと、武川は笑いながら言った。


「そんなことしなくても男前なんだ。もっと、色々……さらけ出してみてもいいんじゃない?それができる、許してくれる存在がそばにいるんだからさ」


「……」


そんなことを言われて浮かぶ存在は、一人しかいない。俺はそいつのことを考えながら、PC室を出た。





「今日はどうだった?」


図書館に瞬を迎えに行って、それから二人でいつもみたいに帰る途中。


これまたいつも通りに、瞬がそんなことを訊いてくるので、俺もいつも通り「ぼちぼちだな」と答える。


「試験って朝、早いの?」


「まあ、結構早いな。この前の講習と同じくらい」


「そっか。試験時間どれくらいなの?」


「二時間くらい」


「じゃあお昼には終わるんだね」


「おう、結果もその場ですぐ出る」


「じゃあ実春さんとお祝いの準備しないとね」


「受かんなかったらどうするんだよ」


「受かるよ。あんなにいっぱい頑張ってるんだもん。絶対受かる」


にっと笑う瞬に、俺はいつか──確か、高校受験の時かなんかに、瞬に言ったことを思い出す。あの時も瞬は「康太が落ちるわけない」って言ってくれたんだよな。


──あの時から、もしかして瞬は……。


そんなことをふと思って、それはすぐに言葉になった。


「瞬は……」


「何?」


「いつから……どれくらいの間、俺を……そう想ってくれてたんだ?」


「え?」


瞬が戸惑うような声を出したので、俺はすぐに言った。


「いや、悪い。何か、変なこと訊いてたら、本当ごめん……嫌だったらぶん殴ってもいい」


「嫌じゃないよ、別に。うーん……そうだな」


瞬は宙を見上げて少し考えてから、言った。


「もう、すっごく前から……好きだったよ」


「う、生まれた時か?」


「それはさすがに……ていうかまだ会ってないし」


「じゃあ、小学生の頃か?」


「今思うとそうなのかなあ……でも、実際に気付いたのはもうちょっと後かも」


「どうやって、気付いたんだ?」


「そ、それも訊くの?」


瞬が目を丸くして、それから恥ずかしそうに、俺から視線を逸らす。でもしばらくしてから、瞬は教えてくれた。


「中学生の時に……」


「おう……」


「……」


「……」


「……っ」


「……どうしたんだよ」


そう訊くと、瞬は「……やっぱり言えない!」と首をぶんぶん振った。

まあ、ちょっとデリカシーがなさすぎたな……。


俺は瞬にもう一回「ごめん」と謝った。すると瞬は、ちらりと俺を見て、それから言った。


「康太は……康太のペースでいいんだよ」


「俺の?」


「この前も言ったけど、康太は、康太が思ったように、俺に接してくれればいいから。俺は、それを受け止めるし……それで、勝手に嬉しくなったり、好きになったりもするけど」


──『もっと、色々……さらけ出してみてもいいんじゃない?それができる、許してくれる存在がそばにいるんだからさ』


武川の言葉に瞬が重なる。


その時、俺は……今なら、瞬に言えるような気がして、口を開いた。


「瞬、あのさ」


「うん、何?」


瞬が俺を見つめる。俺は言った。


「前に……瞬の家で朝まで映画見た時あったよな」


「あー……あったね。それで朝、結局二人で寝落ちしちゃって……」


「あの時──俺、瞬のこと、勝手に抱きしめて、寝たんだ……そうしたくなったから」


「……え?」

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