11月17日(金) ②


「おう、遅かったな。瀬良、立花」


「もう火、起こしちゃったよー」


「ああ……悪い。ありがとう」


「ごめんね、遅くなっちゃって」


丹羽と多嘉良に連れられて平屋の裏手まで来ると、いち早く俺達に気付いた西山と猿島が駆け寄って来る。

学校から直でここに来たのか、二人は制服で、シャツを腕まくりして軍手を嵌めている。猿島が言ってたが、たぶん、この二人でコンロに火を起こしてくれたんだろう。辺りには炭火の匂いが漂っている。


「では、瀬良氏はここにお座りください。焼き上がるまで、ここで見ているといいですぞ」


「……すまん」


俺は丹羽に案内され、コンロから少し離れた席に腰を下ろす。キャンプ用っぽい折り畳み椅子だ。でも、不思議と腰が楽というか……座り心地がいいやつだった。背もたれに背中を預けると、それを見た瞬が俺に笑いかけた。


「今日の康太は王様だね」


「しょうがねえだろ……まあ、何か悪い気はしねえけど」


「ふふ。じゃあ、俺はそんな王様のために、お肉いっぱい持ってくるね?」


「頼んだ」


俺がそう言うと、瞬は、西山や猿島みたいにシャツを腕まくりして、力こぶを作って見せた……全然「こぶ」できてねえけど。

そんな瞬を笑っていると、「あ、それと……」と言いながら、瞬が辺りを見回す。


「どうした」


俺が訊くと、瞬は小さな声で言った。


「……さっきの『当て馬』のこと」


「……」


俺は身を乗り出して、瞬に顔を近づける。瞬は俺に耳打ちした。


「準備……お手伝いしながら、俺、探ってみるね」


「ああ……」


──『その中に二人──お前達に『特別な感情』を持っている奴がいる。見つけて接触したら……ゲームクリアだ』


俺は周りを見回す。


うちわやトングを手にコンロを見守っている西山と、猿島。そして、それを興味深そうに眺めている志水。


そのもっと奥で、クーラーボックスから食材を抱えて持って来た菅又。と、その後ろで手伝っている……面識のない男子二人組。たぶん、あいつらが西山の弟とその友達なんだろう。


──この中に、俺と瞬のどちらかを……そういう風に想っている奴がいる。


それも、二人もだ。

しかも、うち一人は「オッズ40倍」……つまり、かなり強い想いを抱えてきた奴だ。


面識がない後輩二人はともかく、それなりに付き合いがある文芸部の面々と西山がそうだったとしたら……それは。


「……」


「……瞬」


ふと、見上げた瞬の顔が強張っていることに気付く。考えていたことはきっと同じだ。

俺は、瞬の肩をぽん、と叩いて言った。


「……瞬、俺に言っただろ。そういう気持ちって、自分では分からないところも多いから、けじめを付けてやらないと却って苦しいって」


「……うん」


「この中にいるそいつは……今、干渉を受けて、きっと苦しんでる。本当は、こんなことがなかったら……表に出すつもりだってなかったかもしれない。けど、きっと……いつかは向き合わなきゃいけないことだったんだ。そして、それをどうにかしてやれるのは、俺と瞬だけなんだ。だから……」


「……見つけないとね」


俺は頷いた。それから、俺は瞬に左拳を突き出した。瞬もそれに応えて、拳を出す。グータッチだ。


「じゃあ、行ってくるね」


「おう」


瞬が俺に手を振って、西山達の方へと駆けだす。俺はその背中を見送りながら、ふっと息を吐いた。

それから、頭を振って余計なことを追い出す。


──俺達のせいで、こんなことになってしまってるなんて、そんなことは見ない振りをしながら。





「瀬良さん」


「瀬良ー」


「……志水、猿島」


椅子に座って遠くから、瞬や皆の仕事ぶりを眺めている時だった。ふいに、猿島と志水が寄って来る。

見ると、志水の手には紙コップが、猿島の手にはジュースのペットボトルが握られていた。志水が俺に「はい」と紙コップを渡してきたので、受け取ると、猿島が俺のコップに持っていたジュースを注ぎながら言った。


「はい、お飲み物ですよー王様。グレープでいいよねー?」


「ああ、ありがとう。マジで悪いな、手伝いとかできなくて」


「瀬良は元気でも戦力にならないからいいよー」


「おい」


「……ってにっしーが言ってた。まあ、あとはもう食材がんがん焼いてくだけだから。にっしーと瞬ちゃんと、真面目な後輩たちに任せようー」


「そうしましょう」


そう言って、志水と猿島は手近にあった椅子を引っ張ってきて、それぞれそこに腰を下ろす。何故か、俺を挟むように。

位置関係で言うと、志水・俺・猿島って感じだ。……王様とその御付きみたいだな。


──だが、まあ……これはチャンスかもしれない。


準備の中で接触するのは難しい俺でも、こうやって話してる時だったら、なんとかなる。


──二人は面識ねえし……実質、二分の一だろ。ここで……それを引く可能性も……。


つい緊張しつつも、とりあえず何か話さねえと……俺は二人を交互に見遣って、訊いた。


「……お前らはもう休憩か?」


「そうそう。瀬良と瞬ちゃんが来る前にいっぱい働いたからー」


「はいはい、悪かったな」


「ふふ。瀬良さん、残念でしたね。火起こしの瞬間を見れなかったなんて。猿島さんも西山さんもすごかったですよ。魔法のようでした」


──別にそこまで残念じゃねえけど……なんて言ったら、志水の夢を壊しちまうな。俺は少し悩んでから、無難に「ああそうだな」と頷いておいた。すると、猿島がへらへら笑いながらこう言った。


「志水ー。瀬良は火なんかもう見慣れてるって。なんたって、ほぼ毎日炎上してるんだしー」


「炎上って何だよ!してねえよ」


「いやいやー?だって瀬良、毎日、春和のゴシップを一身に引き受けてんじゃん」


「引き受けた覚えはねえよ……」


猿島から聞いて、辟易する。あいつら……俺達に協力するとか言ってまだ妙な記事を流してんのか。まあ、あいつらにとってアレは「食事」の一環らしいしな。協力とはまた別問題なんだろう。


やれやれと肩を竦めると、今の話で興味のスイッチが入ったらしい志水が身を乗り出して、猿島に訊く。


「猿島さん。その噂というのは?」


「えー?志水にはちょっと刺激が強いかなー。教えない」


「ええ、そう言われると気になります。刺激の少ないもので構わないので教えていただけないでしょうか」


「いや、そこは少なくていいのかよ」


「んー……じゃあ、一番マシなやつで、『【過大評価】S氏、小便器の前であと一歩を踏み出さず……床を濡らす痛恨のミス』とか?」


「どんな記事だ!てかそんなこと言うな」


なんだ【過大評価】って。うるせえわ。まあ、確かにこの前、そんなことあったけど……。


──いやいや、今はそうじゃなくて。


俺はわざとらしく、こほんと咳払いをしてから、強引に話を切り替える。


「あー……そういや、二人は進路どうなんだよ。進学なんだっけか」


「ん、そうだねー。まあ、俺は専門行くからもう決まったようなものだけどー」


「そうか……家、継ぐのか?」


「たぶん」


「たぶんて」


まあ、このゆるい返事が猿島らしい。猿島の家は確か、理髪店だったな。適当そうに聞こえるけど、進路もそっち選んでるくらいだし、猿島なりに真剣に家のことを考えてはいるんだろう。こいつはそういう男だ。


俺は意を決して、猿島に手を伸ばす。それから、不自然じゃないように、ぽん、と猿島の肩を叩いて言った。


「が、頑張れよ……!」


「え、何今のー」


いつも飄々としている猿島が珍しく、目をぱちくりさせている。俺の方は恐る恐る……視界に表示を探す。が。


──何も、出ないな。


どうやら、猿島は少なくとも俺には「特別な感情」を抱いていないらしい。俺は少しほっとして……つい、こんなことを訊く。


「なあ、猿島。俺って……猿島にとってどういう存在だ?」


「え、何その質問ー……ちょっと引くなー」


「引くな」


とか何とか言いつつも、猿島はしばらく考えてから……こう答えた。


「可愛い友達の面白い幼馴染」


「何だそれ」


「まあ、そういうことで。なんだかんだ言ったけど、俺、瀬良に会えてよかったと思うよー。いい奴だしね」


「おう……まあ、ありがとう」


なんだか返り討ちにあったような気がして、頭を掻く。すると、それを見ていた志水が言った。


「私も瀬良さんは『いい奴』だと思いますよ。猿島さんが言うんですから、それはもうお墨付きです」


「ああ……何だよ、急に。いや……俺も、猿島も志水もいい奴だとは思うけど……」


「あ、ちなみに私の進路は『修行』です。家のしきたりで決まってまして、成人するまで全国を渡り歩くつもりです。」


「急だな、おい。しかも、何だその進路」


「履歴書に後で何て書くのか気になるねー、それ」


志水は……相変わらずよく分からねえ奴だな。けど、まさかってこともあるし……と、俺は緊張しつつ、志水の肩も「頑張れ」とぽんと叩いた。


表示は、やっぱり出ない。


──この二人は違う……となると。


俺はコンロのあたりで、西山を中心に食材を焼いている瞬と──菅又に視線を遣る。


──あいつらが……俺か、瞬を?


なんて考えていた時だった。


「瀬良先輩……ですよね!」


「は?」


声のする方を振り向くと、そこにいたのは──。


「お、慎くんと陽希はるき。こっちおいで、椅子空けてあげる」


「私達はあっちへ行きますね。瀬良さん、では」


「お、おう……」


猿島と志水が席を立つ。代わりにそこへ「失礼します!」と腰を下ろしたのは、俺を呼んだ……なんだかキラキラした目の後輩その1と。


「お前……西山の弟か。へえ……」


「……初めまして。兄貴がお世話になってます」


眼鏡を掛けた真面目でしっかりしてそうな華奢な後輩その2だ。西山とは似ても似つかない、対極な感じだな……なんて思っていると、彼は俺に「分かってます」と言った。


「似てないってことですよね。よく言われます。ああでも、義理とかじゃないんで。出元は同じです」


「出元とか言うなよ」


前言撤回。ちょっと下世話な言い回しは兄貴譲りだな。なんていうのはさておいて……。


「えっと、お前は……」


「慎です。西山慎。で、こいつが……」


直上なおかみ陽希はるきです!陽希でいいんで。瀬良先輩、会えて光栄っす」


「俺を知ってるのか?」


陽希と名乗った後輩にそう訊くと、彼は「はい!」と元気よく頷いて言った。


「だって、俺──先輩にめっちゃ興味あったんで!ずっと」


「……は?」


……またまた前言撤回だ。

『面識のない後輩二人はともかく』なんて、そんな思い込みは、どうやら捨てた方がいいらしい……。

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