11月17日(金) ③


「だって、俺──先輩にめっちゃ興味あったんで!ずっと」


「……は?」


キラキラと輝く目で俺を見つめる後輩──陽希の突然の告白に、一瞬、思考が止まる。


──俺に、興味がある……?


一度も面識がないのに?


そんなことあるのか?なんて思ったその時、ふと、この前の瞬の言葉が浮かぶ。


──『何がきっかけかなんか分からないよ。たった一瞬が、どうしようもなく忘れられなかったり、相手が自分の存在を知らなくても、好きになっちゃうことはある』


「まさか……」


「瀬良先輩?」


「っ!」


思わず漏らした呟きを耳聡く聞きつけた陽希が、俺にぐっと身を寄せてくる。近い。こいつ……人との距離感がなんかバグってるな……。

なんとなく、椅子の上で一歩、こいつから身を引く。そこで、見かねた慎が、陽希の肩を掴んで言った。


「陽希、先輩引いてるだろ。落ち着けって」


「でもさ、慎!だって、あの瀬良先輩だぜ?それがこんなに近くに……へえー!やっぱすっげえイケメン……」


「な、何なんだこいつは……」


咎められても一ミリも引く気のない陽希じゃ埒が明かねえ。俺は陽希をすっ飛ばして、慎に訊いてみる。

すると、慎は興奮気味の陽希の後頭部にチョップを食らわせて鎮めつつ、俺に教えてくれた。


「……もう半年以上前の話ですけど。俺と陽希、文芸部の体験入部に行ったんです。そこで……たまたま、瀬良先輩と立花先輩が話してるの聞いちゃって。何か『好き』とか、そういう話してるとこ。で、こいつ……そういうゴシップ的なの好きだから、先輩に興味持っちゃって。校内で見かける度に、陰からこそこそ嗅ぎまわってたんです」


「見た目より、陰湿だなお前……」


「そこを見ていただけるなんて光栄っす!あざす!」


「意外性を評価してるわけじゃねえからな」


人を勝手に覗き見してたことに全く懲りてなさそうなので、俺はお灸を据える意味も込めて、左手で頭を叩いた。

……まあそれも「うおー!先輩と接触したー!」なんて騒いでたけど。


──まあ、一応……表示は出てないな。


そこは、今日一番ほっとした。こんなヤバそうな奴が、万が一「オッズ40倍」の『当て馬』だったら大変だからな。

とは言え、何の干渉もなく、この距離感で来るのは大分ヤバいけど……。


俺は色々なものを込めて、はあ、とため息を吐いた。そこに、ふと視線を感じて、俺は顔を上げる。てっきり、陽希がまだ俺を見ているのかと思ったけど、視線の主は、慎だった。


慎は、陽希と違って表情に乏しいが、俺を見つめるその瞳は、何となく冷たいというか……見定めているような感じがする。案外、初対面の先輩に緊張してるだけかもしれねえが。


──せっかくだし……ちょっと話をしてみるか。


三年つるんできた悪友・西山の弟ってこともあり、俺もちょっとは興味がある。俺は慎に話しかけてみた。


「あー……えっと、慎、だよな」


「はい、何ですか?」


「……」


やべえ。初対面の後輩にどうしていいのか分かんねえのは、俺もだ。訊いてみてえことはあるけど……どう切り出すべきか迷うな。


──なるようにしかならねえな。慎にも一応、接触しないとだし……よし。


「何だこの人」的な俺に先を促す慎の視線から、つい顔を背けつつも……俺はとりあえず、口を開いてみた。


「慎も……俺に興味があるのか?」


「いえ、別に」


「……」


ぴしゃりと返され、俺は何も言えなくなる。すると、それを見た陽希が口を挟んでくる。


「いや、先輩!そんなことないっすよ!こいつだって、俺に付き合っていつも先輩を覗き見してたし!」


「え?」


俺は慎に視線を遣る。慎は「いやいや」と首を振って言った。


「陽希。語弊があるだろ。俺はただ、お前が妙なことをしてるから見張ろうと……」


「その割には、結構見てただろ!トイレでチューしてたとことか」


「はあ!?」


陽希の衝撃的な発言に思わず声を上げる。

え?トイレでチュー?何で?と目まぐるしく思考がぐるぐるするが、正直、思い当たる節がありすぎるのは……自業自得か。

いや、正確には【ゲーム】の初期に、毎日の【ノルマ】クリアのために、なんとか瞬といる時間作ってしてたとこなんだが……クソ。


ここで下手なことを言うと面倒くさそうなので、俺は二人の間でできるだけ小さくなってやり過ごすことにする。

しばし、慎と陽希のやり取りに耳を傾ける。


「……それは。普通、学校であんな堂々とイチャつかないし、うわって思って見てただけっていうか」


「それ、興味あったってことだろ。後で、俺が撮ったあの時のチューの写真も見せてくれって言ってたじゃん」


「お前がやりすぎだから、消せって言って、出させただけだろ。てか、あの写真ちゃんと消したんだろうな?」


「え?あー、うん。何かあの後、知らない男の先輩に、『さっき撮った二人の写真をくれ』って言われたからあげて……そしたら、スマホの中にあったデータごと何故か消えちまってた」


「待て待て待て」


とんでもない情報だらけの会話に、いい加減黙っていられず、立ち上がる。

何から訊くべきだ?陽希に覗き見だけじゃなくて盗撮の余罪もあったこと?いや、それよりも、だ。


「誰だ、その知らない男の先輩って。盗撮はともかく、勝手に売るなよ」


「盗撮もともかくじゃないでしょ。……てか陽希。それ初耳なんだけど、どういう人?」


慎が鋭く眼鏡を光らせて、陽希に詰め寄る。だが、当の陽希は妙にのんびりした調子で「んー」と考えてから言った。


「髪が長くて、背がめっちゃ高くて、名字が難しい人」


「多嘉良か……」


「……よく分かりましたね」


慎が呆れてるような、なんていうか微妙な顔で気のない拍手をする。

まあ、こんなこと分かったところで、どうしてそんなことをしたのかは本人に訊かねえと分かんねえけど。


だが、その名前が出たことで、俺はふと疑問に思ったことがあった。


──そういや、こいつらって、多嘉良が呼んだんだよな……?何か繋がりがあるのか?


「慎。ちょっと訊きてえんだけど」


「何ですか?」


「あ、俺、ナチュラルにハブなんすね」


陽希は黙殺しつつ。


「……お前ら、多嘉良にこのバーベキュー誘われたんだろ。知り合いなのか?」


「ああ、はい」と慎が頷いて答える。


「俺、最近、漫研入って。多嘉良先輩は部長なんで。兄貴も来るし、お前もどうだって言われて。陽希は話聞きつけて勝手に来ただけなんで、特に知り合いじゃない……と思いますけど」


慎が陽希に視線を遣る。すると、陽希は「そうっすね」と言った。


「写真売った話も、そういやあの先輩がそうだったなーって感じだし。てか、聞いてくださいよ。慎の奴、俺といると面倒って言って、部活入ったんですよ!裏切りじゃないっすか?」


「うるせえ」


慎がウザそうに、ぐいぐいと寄って来る陽希を押し退けている……何か、大体こいつらの感じが分かってきたなってところで。


「肉が焼けたぞー」


コンロの方から、西山が俺達を呼ぶ。確かに、美味そうな匂いがしてきたな。

すると──。


「うおー!肉だって!慎、行こうぜ。じゃあ、瀬良先輩!また後で!」


「あ、おい。陽希!待てって」


椅子からぴょんと降りた陽希が、俺への挨拶もそこそこにコンロの方へ駆け出していく。忙しない奴だ。俺に興味があるとかってのは何だったんだ……と思っていると、陽希を追おうとしていた慎が、ふいに俺を振り返る。


「瀬良先輩」


「……おう、何だ」


「色々……粗相があってすみません。あいつ……まあヤバいとこありますけど、根までは腐ってないんで。一応。勘弁して下さい」


「……ああ、分かった。じゃなきゃお前も一緒にいないよな」


「まあ、俺は先輩達みたいに鬱陶しい関係は嫌ですけど」


「……」


こいつ、何か一言、癇に障るよな……いや、ダメだ。後輩相手に大人げないことはよそう。

深呼吸をして六秒。アンガーマネジメントに徹していると、慎はさらにこう言った。


「あと、校内でイチャつくのは普通に目に毒っていうか、迷惑なんで控えてください。別に、付き合ってること自体にどうこうは思わないですけど、一般常識として」


「……はい」


なんていうことだろう。俺は後輩に説教されていた。

まあ多少、身に覚えがなくもないので、普通に悲しい……あとで瞬に慰めてもらおう。


そんなことを思いつつ、項垂れていると、慎は最後に「じゃあ、俺はこの辺で。失礼します」と頭を下げて、駆け出していった。


……去り際、バレないようにさりげなく、慎の腕に一瞬触れてみたが、当然、表示は出なかった。だろうな。


──ってことは。


俺は、コンロの方に視線を遣る。ちょうど、コンロを中心に、今日のメンバーが集まっているところだった。


猿島も志水も違くて、慎や陽希でもなかった。主催の多嘉良と丹羽は、当然除外される。

『当て馬』はあと二人いる。今言ったメンバーを除いて、残っているのは。


俺の視線の先には、トングを持って皆に肉を分けてやっている西山がいる。


──あいつが……そうなのか?俺か、瞬を……そう想って……。


それと、もう一人。


「……おい」


「っ、うお……!?」


ふいに耳に入ってきた、つっけんどんな声に振り返る。そこにいたのは──。


「……菅又」


「……」


肉の載った皿を片手にした、掴めない後輩が、相変わらずの仏頂面で俺を見つめていた。

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