11月16日(木)ー11月17日(金)


――11月17日 PM 17:00。


「わあ……」


そびえ立つ、黒を基調とした厳かな雰囲気の門扉を前に瞬が声を上げる。武家屋敷みたいなやつだ。なんて言えばいいんだろうな?


「切妻屋根の付いた連子格子だね。へえ……」


「……そう、それだ。すげえな……」


俺は思わず、ため息を吐いて、このすげえ家を見上げる。


モダンな造りの外壁は、視界の端に全く収まらない程、どこまでも広がっているみたいで、この『家』が規格外のデカさだってことがもう分かる。


ドーム何個分……とまでは、さすがにいかないだろうが、とにかくこの家はデカい。デカすぎる。

入る前から、家のデカさに圧倒されて、つい緊張してしまう。すると、瞬がきょろきょろと辺りを見回しながら言った。


「……インターホンはどこかな?」


「……こういう家って、監視カメラみたいなの付いてて、勝手に門がぐわあーって開くイメージだけど」


「そんな。漫画みたいな――」


――ギィ……。


「……開いたね」


「……開いたな」


切妻屋根の付いた連子格子の門が、俺達二人を迎えるようにゆっくりと開く。


たぶん、本当にどこかから俺達の来訪を見ていたんだろう。まあ……この家の主には、監視カメラなんか必要ないだろうが。


俺は門扉にかかった表札に視線を遣る。

そこにあるのは、この家の主の名前――「丹羽」だった。





――11月16日 PM13:20。


「……ってことで。明日の放課後、丹羽ん家でバーベキューするんだってー。どう?」


それは昼休みのことだった。


教室で瞬と飯を食っているところに、猿島と丹羽が訪ねてきたのだ。

この二人でいるとこってあんまり見ねえな……なんて、ぼんやり思っていると、猿島がその誘いを持ちかけてきた。


瞬を見遣れば、「バーベキュー」という単語に目をキラキラさせている。俺は瞬に言った。


「文芸部のメンツでってことだよな。瞬、明日は母さんも家にいるし、俺は大丈夫だから行ってこいよ――」


「瀬良も誘ってるに決まってるでしょー」


だが、間髪入れずに猿島がそう言ってくれる。丹羽もそれに続いて言った。


「むしろ瀬良氏が来なければ始まりませんな。それに、お呼びしてるのは文芸部のメンバーだけじゃありません」


「じゃあ……他に誰が来るんだ?」


俺が訊くと、猿島が指折り数えながら教えてくれる。


「えー……まず、部長と俺、志水、菅又でしょ。で、瞬ちゃんと瀬良。あと、にっしーと、にっしーの弟とにっしーの弟の友達。それから、部長の友達の部長」


「えっと……?」


「途中からメンツが謎すぎだろ」


誰だ、にっしーって。

と思っていると、猿島が「西山ね」と補足してくれる。ああ、なるほど。西山と猿島って中学一緒だったし交流あるしな……いや、それにしても。


「西山の弟と弟の友達って何だ。あと、部長の友達の部長って……誰だよ」


「多嘉良氏ですぞ。西山氏の弟と彼の友達は、多嘉良氏が呼びました。バーベキューは賑やかな方がいいと」


「多嘉良だと……?」


その名前に眉を寄せる俺に、丹羽は「はい」と頷いて言った。


「そもそもバーベキューの発起人は彼ですからな。私は場所を貸して、彼が楽しめるようなメンバーを集めているだけです」


「……」


「……康太?」


丹羽の言葉に、俺はつい顔が険しくなってたらしい。瞬が心配そうな顔で俺を覗き込む。俺はそれに「大丈夫だ」と言いつつ……考える。


――これは、ただのバーベキューじゃない。


多嘉良が意外とパリピな神なだけかもしれないが、俺と瞬の今の「状況」を踏まえると、多嘉良のような「あっち側」の奴が、人を集めるような動きをするのは、何か意図があるはずだ。……目的は分からねえけど。


――あいつも「邪神」なら、俺達には【ゲーム】のクリアを望んでいるはずだ。それを手助けする気か?


……俺達が、『当て馬』を見つけられるように。


一人目の田幡を見つけてから、俺達は再び、『当て馬』について手がかりも心当たりもなく、ひたすら向こうから接触を待つような状態だった。だが、それじゃ、クリアはできない。


──それを見かねた多嘉良が……ってことか。


それなら……これに、賭けるしかないか。


俺は頷いて言った。


「じゃあ……俺、何もできなくて悪いけど、いいか?」


丹羽と猿島が「もちろん」と頷く。すると、瞬はぎゅっと拳を握って言った。


「康太の分は、俺が動くから。任せて」


「……おう」


張り切る瞬の頭にぽん、と手を置くと、瞬が「えへへ」と笑った。



――そんなわけで、翌日。俺と瞬はこの馬鹿でかい……丹羽の家に来たわけだが。



「ようこそ、お待ちしておりましたぞ。他の皆さんはもう揃ってます。さあ、こっちへ」


「……お、お邪魔します!」


「……お邪魔します」


門を潜ると、俺達を待っていたらしい丹羽が出迎えてくれる。


外観の印象に違わず、左右に広がる緑豊かな庭園と、その奥にあるモダンでとにかくデカい平屋に息を呑みつつも、俺達は丹羽の後についていった。


「ここから、少し歩きますぞ」


訊けば、バーベキューの会場は、今正面に見えている平屋の裏手あたりらしい。だから、俺達は庭園から平屋をぐるりと迂回して、そこに向かうことになった。……友達ん家に行くスケールじゃねえな。


――まあ、こいつが本当に友達と言っていいかは、もう怪しいが。


ちょうどそんなことを思っていた時だった。


「……丹羽のお家の人は、今日は?」


隣を歩く瞬が丹羽に訊く。すると、案の定、丹羽は「ははは」と笑って言った。


「……今更、訊くことでもないでしょう。ね、瀬良氏」


「……やっぱり、そうなんだな」


「どういうこと?」


瞬が純粋な瞳で俺を見つめて、首を傾げる。俺は……瞬に教えてやった。


「……このバーベキューは、俺達に『当て馬』を探させるためのものかもしれねえってことだ。企画した多嘉良は、前にも話したけど……「あっち側」の奴だった。それなら、それを実現させようと動いてる丹羽も『あっち側』だって見るのが自然だろ」


「……そう、だったの?」


瞬が恐る恐る丹羽の顔を見上げる。すると、丹羽はいつもみたいに、にやりと笑って頷いた。


「ええ……瀬良氏のご推察の通りです。と言っても、私は『神様』のような立派な方々とは違いますがね」


「じゃあ、何者なんだ」


「……俺から話そう」


「っ!」


いきなり降ってきた声に振り返ると、そこには長身の男──多嘉良がいた。奴の周りの景色がほんの一瞬だけ、蜃気楼のように揺れる。たった今、そこに現れたんだろう。神出鬼没なのは流石だ。


間近で奴を見たのはたぶん初めてだろう瞬が、多嘉良を見上げて、目をぱちくりさせている。多嘉良はそんな瞬にちら、と視線を遣った。


「……立花瞬」


「……あ、はい。そ、そうです。あの、康太から話は聞いてます。あなたも神様──」


「……微かな腋汗を感じる。緊張しているのか」


「……」


瞬が助けを求めるように俺を見つめてくる。俺は多嘉良と瞬の間に入って言った。


「……多嘉良。今は瞬の腋汗のことはいい。瞬だって、緊張したら腋に汗くらいかくし、瞬の腋汗は臭くない。気にするような腋汗じゃないだろ。それよりも、お前と丹羽の関係、それから、このバーベキューの目的、お前の目的は何だ。それを教えてくれ」


「……腋汗っていっぱい言わないでよ!」


「瀬良氏もなかなか好き者ですな」


頬を膨らませる瞬と、腕を組んで頷く丹羽はさておき、俺は多嘉良と向き合う。すると、多嘉良は「……そうだな」と一つ頷いてから言った。


「……丹羽は、この世界における『コンダクター』だ。俺達のような存在が人に干渉するための……補佐をする奴だ。人が頼る存在を『神』と定義するなら、こいつは『神のための神』とでも言ったところか。それ故に、こいつはどの勢力にも属さない中立の立場を保つ」


「……何でこう、お前らに関わる単語は横文字が多いんだよ。覚えられるか」


「オブザーバー」だとか「コンダクター」だとか。まあ、その辺は瞬に任せよう。俺は、情報を集めるのが役目だ。

ごちゃごちゃしそうになるあれこれを一旦、隅にやり、そう割り切ると、多嘉良は首を振って言った。


「……まあ、特に知る必要もないことだ。要はさっくり、瀬良流に言って『あっち側』だと思っていればいい」


「で、そのコン……っていうアレの丹羽と、多嘉良が協力して何をしようとしてる?お前は、どういうアレなんだよ」


「アレが多いよ、康太」


「通じりゃいいだろ」


「……そうだな」


腕を組んだ多嘉良がじっと考える。ややあってから、多嘉良は口を開いた。


「……俺が欲しいのは平穏だ」


「平穏……?」


「……そのために、今はお前達に手を貸すべきだと考えている。だから、【ゲーム】をクリアできるよう舞台を整えた」


「……康太の考えた通りだったね」


「ああ」と俺は頷く。やっぱり、このバーベキューは、俺達に『当て馬』を探させるためのものだった。


つまり。


俺はこのバーベキューに呼ばれたメンツを思い出す。俺と瞬、丹羽と多嘉良を除けば、あとは──。


猿島、志水、菅又、西山──あとは、西山の弟とその友達。


俺の思考を読んだのか、多嘉良は俺と瞬を交互に見遣って言った。


「その中に二人──お前達に『特別な感情』を持っている奴がいる。見つけて接触したら……ゲームクリアだ」

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