5月4日 みどりの日
Q.
しゅんさんは、家から約900Km離れた山の中にいる、こうたさんに会いに行こうと考えています。
電車と飛行機で6時間、車で12時間、徒歩では7日かかるこうたさんのところへ、しゅんさんが誰にも見つからず、お金も時間もかからない、なおかつ安全に行ける方法は何でしょう?
A.
宇宙船。
またの名をUnidentified Flying Object.
──五月四日、午前0時。
お正月ぶりに訪れた神社の境内で見た、本殿の上空に浮かぶ銀の方舟は、俺の知っているどんな常識にも当てはまらなくて、でも強いて言うなら、「それ」としか表現できないものだった。
「……」
このひと月で、超常現象には大分慣れたつもりだったけど、「こっち系」は初めてだったので、しばらく──俺は口を開けて、ただ呆然とそれを見ることしかできなかった。
「よう来たなあ、瞬ちゃん」
「……澄矢さん」
すると背後から、よく馴染んだ方の「超常現象」が俺に声をかけてきた。堪らず、俺は澄矢さんに捲し立てる。
「ねえ、何あれ!?どうしてあんなものが神社にあるの?誰かが見てたりしないの?運転はどうするの?どうやって宙に浮かんでるの?澄矢さん達ってもしかして宇宙人?」
「落ち着け落ち着け……えー、何やろなあ……これはまあ」
いつものアレや──説明はそれだけで済まされてしまった。いや、何も済んでないけど。
「人間が理解できる範疇にないことや。それよりも何が起こるかが大事やん?瞬ちゃん、このごっつい舟で……これからどんな奇跡が起こせると思う?」
それはきっと──。
「すっごく遠いところにいる康太に、今すぐ会える?」
「分かってるやん。ほな、行こか」
澄矢さんに手を引かれて、宇宙船の下へと向かう。宇宙船の下、半径数メートルに近づくと、物凄い風が行く手を遮って、身体が吹き飛ばされそう──なんて思ってたら、俺の身体はいつのまにか宙に浮いていた。
「──っ!?」
下を見たら、町がおもちゃみたいに、どんどん小さくなっていってて、上を見ると目が焼けちゃいそうなくらい眩しい光と、そのさらに上で宇宙船が上昇していることに気づく。澄矢さんはもう、俺の手を離して、いなくなっていた。
──どうしよう……!
身体は金縛りにあってるみたいに動かなくて、俺は宇宙船によく分からない引力で引っ張り上げられて──そのうち、強烈な光が視界を覆った。
次に目を開けた時、俺は宇宙船の中にいた──たぶん。
「目ぇ、覚めた?」
「ん……ここは?」
たぶん、って言ったのは、俺は当然、宇宙船になんか乗ったことがないから、内装なんて知らないし……でも、自分が眠っていたボックス席の真向かいに、澄矢さんが脚を組んで座っていたから、ここは、あの宇宙船の中だと思ったんだけど。
「それで合ってるで。ここは、あのごつい舟の中や……まあ、お前らで言うところのUFOとか、宇宙船でええかな」
「そうなんだ……?」
「そないでかい舟やないし、着くまでも一瞬やけど、くつろいでたらええわ」
澄矢さんの言う通り、宇宙船の中は、見た目ほどは広くなかった。俺と澄矢さんが座ってる、列車にあるみたいな四人がけのボックス席と、ブラインドの降りた窓、出入り口らしきドアが一つあるだけで、あとは操縦席も、何も見当たらなかった。
宇宙船の駆動音みたいなのも全く聞こえなくて、揺れもないから……今、この舟が動いているのか、止まっているのかさえ分からない。ブラインドを開けて外を見ようとしたら、澄矢さんに止められた。
「この舟は今、ありえん速度でありえんとこを通って進んでるから、窓なんか開けたら意識イかれて死ぬで。大人しく座っとき」
「わ、分かった……」
俺はブラインドから手を離して、ボックス席の柔らかいシートに身を沈めた。
訊きたいことはいっぱいあるけど、俺はそのうち……まともな返事が期待できそうな一つを選んで、澄矢さんに訊いてみた。
「タマ次郎はどうしたの?」
「今乗っとるやん」
「え……?!」
俺は思わず、シートから飛び起きた。もしかして、タマ次郎……宇宙船になっちゃったの?
「神……いや、『すごいふしぎパワー』持っとる奴やしな。宇宙船くらいなれるわ。人間の情報を損傷したり、改変せんで、保存したまま、瞬間移動する方法はこれしかないからな」
「う、うん……?」
「要するに、キューピッドの力を持ってすれば、遠距離なんてクソ食らえ言うこっちゃ……お」
その時、澄矢さんが「着いたで」と窓のブラインドを開けた。窓の向こうには──夜空を背景に連なる山々のシルエットが見えて。
「……康太」
ここはきっと、康太の「田舎」だって、感覚が言っていた。澄矢さんがドアの前に立って、俺に言った。
「ここを出たらすぐに、あいつ、見つかると思うわ。儂らは一旦退くけど──戻りたい時は、頭の中で儂らを呼んでな。くれぐれも、あいつには上手いこと言って、この状況、誤魔化すんやで」
「行っといで」と澄矢さんに背中を叩かれる。俺はもう、ここまで来たらやるしかないと──ドアを思い切り開けて、外へと駆け出した。
「……っ!」
外へ出て、ふと後ろを振り返ると、宇宙船はもう消えていた。前に視線を戻すと、そこには民家があって……庭に、よく知っている人影が見えた。
「康太!」
その瞬間、俺は堪らなくなって──後先も考えず、呼びかけてしまった。
ほんの一日顔を見なかっただけなのに、【条件】以上に、自分でも知らないくらい、康太が恋しかったことに、その時、気がついた。
「……瞬?」
でも俺は、今はもっと他のことに気づくべきだったかもしれない。例えば、「絶対ここにいるはずがない幼馴染が、突然目の前に現れたらどうなる?」とか、そんなことに。
「……」
「……」
俺は広げていた両腕をそっと下ろした。康太はそんな俺を呆然と見ていた。
──どうしよう。
とりあえず、日付も変わってるし、早く【条件】だけでも達成して、逃げるのが一番よかったんだと思う。明日には帰ってくるんだし。
だけど、そうする前に康太が──。
「う、うわ……」
「康太?!」
康太はその場で膝から崩れ落ちた。慌てて駆け寄り、康太の身体を支えると、康太は身を震わせながら、俺を見て言った。
「こんなリアルな瞬の幻を見るほど、精神的に参ってたのか……俺?」
「ま、幻!?」
康太は俺を幻だと思って、そんな幻を見ている自分にショックを受けていた。
康太が可哀想だし、否定したかったけど……じゃあ逆に、今の状況を他に何て言って納得してもらう?そんなの、俺には思いつかなくて。
「そ、そうだよ……俺は康太の幻。幻の瞬だよ……」
「ま、幻の瞬……そうなんだな……」
康太は一応納得したのか、こくりと頷いた。よかった。康太が素直ないい子で。
澄矢さんっていつもこんな気持ちなのかなあ……なんて思いながら、俺はさらに続ける。
「大丈夫……康太が元気になるまでは、幻の瞬がついててあげるからね。大丈夫だよ」
「え……怖」
俺だってそう思うよ!
だけど、今は……どうかしてると思っても、この方向でやるしかない。こうなったら俺は……康太に「奥の手」を使った。
「康太」
「な、何だよ」
「好きだよ」
そう言って、俺はダッシュで逃げて、逃げようとしたけど──。
「待ってくれ!」
康太に腕を掴まれてしまった。
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