5月3日 憲法記念日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『瞬:おはよう もう向こうには着いた?
気をつけて行ってきてね(`・ω・´)
好きだよ』
『康太:おう 今、飛行機降りたとこ
今、母さんの運転で山向かってる
何か縦読みの文みたいだな』
『康太:たぶん、アンテナ立たないから
しばらく繋がらないかも
瞬も、いいGWをな』
『瞬:うん!またね』
最後のメッセージに既読がつかない。
一人きりの部屋で、俺はベッドに仰向けになった。今は……夜の七時か。
──とりあえず、今日はクリアしたけど……。
電波が届かない山の中にいる康太に、一体どうやって「好き」って伝えればいいんだろう。
明後日は帰ってくるから、何とかなるとしても、このままじゃ、康太はその「明後日」を迎えられない。
こんな時に頼りになるのは──。
「順調に困ってるね、立花」
「……タマ次郎」
てっきり澄矢さんが出てくると思ってたから、白いふわふわワンちゃんの登場に、俺は少しびっくりした。タマ次郎が俺のお腹の上に乗って「くぁ」と欠伸をする。
身体を起こすと、タマ次郎はぴょん、と俺の上から退いて、言った。
「そのタマ次郎っていうの、やめてほしいな。瀬良が付けてくれた名前だけど、あんまり気に入ってないし」
「……じゃあ本当は何ていう名前なの?」
「ないよ、そんなの。人間の形をしてる時に名乗ってた名前も、意味ないし」
「それじゃあ、何て呼べばいいのか分からないよ。困らないの?」
「困る人がいないから、ないんでしょ」
──それはつまり、誰もこの人を呼ぶことがないってこと?
俺はこの人に嫌われてる。俺もこの人のことは、まだ少し怖いし……受け入れられない。
でも、それとは別のところで、俺は悲しくなった。
「タマ次郎」
「……やめてって言ったよね」
「でもそれが、あなたの名前だよ。気に入ってなくても、康太は必要だから付けたんだよ。ちゃんと困る人はいる……それを受け入れて」
「……」
「俺は、あなたを呼ぶから」
タマ次郎がぷい、とそっぽを向く。
すると、そんなタマ次郎の後ろから──。
「なんや、今日は押し負けてるみたいやなあ」
「澄矢さん」
「ぐぅ」
澄矢さんがタマ次郎の頭を撫でると、タマ次郎は嫌そうに頭を振って唸った。
澄矢さんとタマ次郎って、どんな関係なんだろう……とぼんやり思っていると。
「……まあ、こいつのことはともかくや。瞬ちゃんの方の問題を何とかせなあかんな」
「あ、そうだ!どうしよう……澄矢さん。このままじゃ【条件】を達成できなくて、康太が死んじゃうよ……」
言いながら、悪い想像が頭を過ぎる。もしも、澄矢さん達の目的が、むしろ「そこ」にあったとしたら……。
「ないない。儂らもまあ、あいつに命賭けさせとるけど、死神やないし、あいつが死んでもメリットないねん。むしろ、死なれたら困るんよ。せやから、死なんようにサポートはするで」
「本当に……?」
死なれると困るのに、死ぬ【条件】を付けるなんて変だ……なんて思ってると、澄矢さんが首を振る。
「死なせたいなら、そんなチャンスいくらでもあったやろ。それをしてへんのが、証拠や。儂らにとっても、諸刃の剣やねん【条件】は」
「そっか……」
確かに、言われてみればそうかも。それなら、今目の前にある問題にも、澄矢さんの助力が期待できるってことで──。
「でもなあ、儂も目一杯考えたんやけど……どうやっても、瞬ちゃんを無事に、あいつのとこに運べる方法が、儂には一個もないねん」
「ええっ?!」
「儂にできる方法やと、どう〜やっても、瞬ちゃん、最悪死んでまうんよ……普通の人間は、ほんま身体がやわいからなあ」
「え、ええっ?!」
「俺は嫌だよ」
すると、何かを先読みしたのか、タマ次郎が澄矢さんを睨んだ。しかし、澄矢さんがすかさず、タマ次郎を抱き抱える。
「離してよ、悪霊」
「大丈夫やで、瞬ちゃん。儂には『ない』だけで、こいつには『ある』から」
「タマ次郎に……?」
何が始まるって言うんだろう。
でも、澄矢さんだって、康太が死ぬのは都合が悪いんだから、きっと──俺に必要なことをしてくれるんだよ……ね?
「嫌だよ、俺は。やっと力が溜まってきたんだから……これは『あいつ』をぶっ殺すための力だ。こんなことに使ったら、水の泡だよ」
「せやから、こうやって他のことで、たまーに力使わせてるんやで。またシメられたくなかったら、大人しくしい」
「クソ悪霊……それともクソ矢って呼んだ方がいい?」
「それももう懐かしいわ」
状況についていけず、俺には、二人のやり取りをぼんやり眺めることしかできなかった……きっと、康太のために、二人は何とかしてくれると信じて。
しばらくして……一応、二人の間で話がまとまったのか、澄矢さんは片手でタマ次郎の首根っこを掴んだまま、俺を振り返って言った。
「じゃあ、瞬ちゃん。儂ら準備して待っとるから……せやなあ、0時丁度に神社まで来れるか?」
「神社……?」
「どうしてなんて聞かないでよ。もうこれしか方法ないんだから、黙って従え」
タマ次郎が不機嫌そうな顔で俺に言うと、澄矢さんは「こいつほんま、しゃあないわ」と、ため息を吐いた。
「じゃあ、またな」
タマ次郎を連れて、瞬きの間に澄矢さんが消える。俺は二人がいたあたりを、しばらくじっと見つめていた。
これから何が起こるのかは分からないけど。
──康太、絶対……皆で何とかするからね。
届かないかもしれないけど、届くように。
俺は心の中でそう言った。
☆
『こうちゃん、よう来たねえ。ほんま、格好ようなって……
『あの人亡くなってもう二十年近く経つんやねえ……康晃の生まれ変わりみたいやわ』
『なあ、康太君は向こうで彼女とかおるんか?うちのとかどうかねえ。ほんで、うち継いでくれるとありがたいんやけど』
『もう高校三年なんやってねえ。大学はもう決めてるん?働く時はこっち来てよ、ねえ』
。
。
。
「……はあ」
頭の中を、さっきまで浴びていた喧騒が、波のように寄せては返して──何度も響く。
一人、風に当たりながら、夜空を見上げると、自然と息が漏れた。
「……疲れた」
ばあちゃん家に着くなり、集まった親戚なのか……近所の人なのか……そんな人達との宴会になったから、皆が寝静まって、今、ようやく落ち着けた。
──やっぱ、繋がんねえよな。
意味ないと思いつつ、持ってきたスマホを開いてみたが、アンテナは一本も立ってない。代わりに表示された「圏外」がひどく無慈悲に思えた。
そう思うのは……こんだけ疲れてると、無性に会いたくなる幼馴染の顔が、頭に浮かぶからで。
──本当、日頃楽して生きてんだな……俺。
瞬といると感じない「気疲れ」を、もう一生分したかもしれねえってくらいした。今までのツケを払わされたみたいだ。
別に日頃、瞬のことを雑に扱ってるつもりはないが、瞬を思ってすることと、今日みたいなのは、なんていうか……根っこが違うんだろうな。
今日みたいなのは「その場しのぎ」で、瞬にするのは「瞬が喜んでるのが見たい」とか「これからも一緒にいたいから」とか、そういう……自分もあったかくなるようなものだ。それが違う。
──明日も……こうだよな。たぶん。
明日から合流する親戚もいるし、下手したら今日以上に、何やかんや訊かれるかもしれねえ。せいぜい、あと一日我慢すればいいんだが、その一日が長え。
「……はあ」
そう思うと、またため息が出た。
俺の記憶の中にある、ばあちゃん家の田舎の空はもっと星がたくさん見えて綺麗だったが、今は雲っているせいか、星なんか一つも見えなかった。
──会いてえな。
空に星がないみたいに、ここに瞬はいなかった。
星が見えたら、そいつに願うこともできたか?
いや、願ってどうにかなるようなことでもないし……馬鹿なことを考えるのはやめて、俺はいい加減、家に戻ろうと立ち上がる。その時だった。
「……流れ星?」
一瞬。ほんの一瞬……空に光の筋が見えた気がした。思わず、目を擦ったが……その時にはもう、光の筋は消えていて、あれはただの気のせいだったのか、と思って。思って、いたら──。
「康太!」
絶対に今、ここにいるわけがない「声」がして、振り返るとそこには……一番会いたかった「幼馴染」が、腕を広げて立っていた。
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