5月2日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





昼休み。教室で康太と西山と森谷と、机をくっつけてご飯を食べていると、にやにや顔で西山が言った。


「ゴールデンウィークはどうすんだよ、お前ら」


「ゴールデンウィークかあ……」


新しい学年に、新しいクラス……それに、各々進路に向けて動き始めてもいるから、この一ヶ月はすごく慌ただしかった。

ようやくたどり着いた大型連休を前に、クラスのムードも、朝からうきうきしてる。……それはもちろん、俺だって。


──康太とまた遊びに行けたらいいなあ……。


この前のスイーツビュッフェも楽しかったし、そんなに遠くじゃなくても、またあんな風に出かけられたら楽しいだろうな。そういえば、この辺でちょっとしたお祭りもあるし……なんて。


ところが、そんな俺の淡い期待は、康太の一言で打ち砕かれた。


「俺は明日から田舎のばあちゃんとこに行く」


「何だよ、女子の家にお泊まりか?羨ましいぜ」


「お前の捉え方どうなってんだよ」


「しかも親族だぞ」


康太も西山も呆れた顔で森谷を見ていた。でも俺はそれよりも……ちょっとショックで。やっと、口を開いて康太に訊く。


「ど、どのくらい行くの?」


「二泊三日だ。じいちゃんの墓参りもあるし、親戚とかも来るらしくて」


「そうなんだ……」


「何だ、立花も知らなかったのか」


西山に、うん、と俺は頷く。


康太とは付き合いも長いし、康太のお母さんの実春さんにもお世話になってる。お父さんのことも……大分昔、康太が話してくれた。でも普段、康太ってあんまりお家の話とかしないし……だから、こういう集まりに康太が出かけることも知らなかった。


──でも、大事な用事だもんね。


ちょっとの間、康太に会えないのは残念だけど……こうなったらもう、俺はとことん勉強したり、家のことをする休みにしよう!


なんて気持ちを切り替えようとしていたら、森谷が俺の方を見て言った。


「じゃ、じゃあさ……立花、せっかくだし、俺とどっか遊びに行かない?あそこのスイーツビュッフェとかさ……」


「悪いな。そこはもう行ったから間に合ってる。他を当たってくれ」


「何で瀬良が返事してるんだよ!」


「えっと……」


確かに、まだ遊んだことがないクラスメイトと出かけるのもいいかなって思ったんだけど……どうしてかな。森谷のお誘いに、俺は何故か「うん」とは言えなかった。


すると、西山が肩を竦める。


「諦めろ、森谷。立花は瀬良ともうそこに行ってんだ。昨日、珍しく瀬良がニヤニヤしながらスマホを見てたから何かと思えば……なあ」


「ニヤニヤはしてねえよ。ちょっとカメラロールを整理してただけだろ」


「その割にはずっと同じ写真を見てたじゃねえか。全く……ここまで来るともうハラスメントだぞ。イチャハラだな」


「妙なハラスメントを増やすな」


「写真?」


俺が首を傾げると、康太が頭を掻きながら「アレだよ」と言った。すぐに西山が補足してくれる。


「立花と瀬良がビュッフェで自撮りしてるやつだ。よく撮れてたな。立花が撮ったのか?」


自撮りと聞いて、あの時のことを思い出す。くすぐったいような気持ちになって、康太の顔も、西山の顔も見れなくなった。


「撮ってくれたのは康太だよ。俺、上手くできなかったから……」


何とか、それだけ言うと、何故か森谷が口を尖らせた。


「何だよ……本当に羨ましい奴だなー、俺にもその写真くれよ。消しゴムマジックで消してやるから」


「俺を消すな。お前にやるわけねえだろ」


「消すのは立花の服だぜ」


「もっとやれるか。てか、できないだろ」


「あいつらはもうほっとけ」


「うん……?」


西山にそう促され、俺は自分の弁当に戻った。

今日はいつもより上手に焼けたから、康太にもあげようと思った玉子焼きを一個、お弁当の蓋の裏によけておく。それから、つい……明日からのことを考えた。


──康太、遠くに出かけちゃうんだよね。


たった二泊三日なのに、ちょっぴり寂しいな。休みの日でも何だかんだ、康太と顔を合わせない日はないと言ってもいいくらいだし。


──でも、何か……大事なことを見落としてるような気がする。


何だろう。ただ単に寂しい以外に、何かが胸に引っかかってる気がして……結局、それが何かは分からないまま、放課後を迎えた。





「で、この袋に下着を詰めて……」


「おう」


放課後、家に帰ってからすぐに──俺は、康太にメッセージで呼び出されて、康太の家に来ていた。一体何かと思えば……。


「荷造りくらい自分でしなよ」


「しょうがねえだろ。遠出なんて去年の修学旅行以来なんだ。荷造りなんて普段しねえし」


「そうかもしれないけど……」


というか、その修学旅行の荷造りだって、俺が手伝ったし。全く……クラス委員も、就活も頑張ってる、最近の康太はすごいなあって思ったけど、こういうところはやっぱり変わんないや。


「下着ってどこにあんだよ」


「タンスの三段目の左側の引きだしでしょ」


「あー、あった」


「……」


答えておいてなんだけど、俺、何でそんなことまで知ってるんだろう。幼馴染ってこういうものなのかな……つい、そんなことを考えていると、康太がボクサーパンツを二、三枚、俺に見せながら言った。


「なあ、これでいいと思う?」


「え、し、知らないよ!何でもいいでしょ……別に見せるわけでもないんだし」


「それもそうだな」


康太が手に持ったパンツを、俺が持ってきたジップロックに、ぽいぽいと突っ込む。康太のパンツなんて、死ぬほど見てきたけど……見せられても困る。


「で……あとは何だ?服はとりあえず入れたし……あ、寝間着がねえな」


「はい、ここにあったよ」


「おう、助かる。じゃあ……こんなもんか?」


「そうだね……はあ」


俺は息を吐いた。とりあえず、こんな感じだろう。荷物で膨らんだ肩掛けの旅行用のバッグを部屋の隅に置く。康太も腕で額を拭っていた……そんなに何もしてなかったけど。


それでも康太は「やりきった」という顔で、ベッドに転がったので、俺も……ベッドの側に腰を下ろす。


「ねえ」


「ん?」


俺の役目はもう終わったけど……それでも、何か、もうちょっとと思って、俺は康太に訊いてみる。


「……康太のおばあちゃんの家って、すごく山の中なの?」


「そうだな。すげえ田舎って感じだ。って言っても、帰るのは小学生ぶりだけどな……でも、いいとこだってのは覚えてる」


「そっか……楽しみ?」


「ん……どうだろうな。ばあちゃんも久しぶりだし、親戚の人のことはよく覚えてねえし……なんていうか……ありえねえけど」


「うん」



「瞬もいたらいいのにって思う」



「……え?」


一瞬、時が止まったみたいだった。それからまた、じわじわ時間が流れ始めて、同時に、言葉が心に沁みていった。康太の言葉を、ゆっくり頭の中でなぞる……「瞬もいたらいいのに」。


「……俺も行ってみたいな。できるなら」


そう言うと、康太はふっと笑った。


「まあ、さすがにねえな」


「そうだね……あ、お土産買ってきてね」


「おう。何か美味そうなもん見つけたら買ってきてやる」


「うん。楽しみにしてるから」


その時、玄関の方でドアが開く音がした。実春さんが帰ってきたみたいだ。ベッドから身体を起こした康太に、俺は思い立って……「好きだよ」と言った。


「おう……今日の分か。ちょっとの間、聞き納めだな。あ、そうだ。よく分かんねえけど……それは大丈夫か?ま、別に大丈夫だよな……まさか、二、三日言わなかったからって、死ぬわけじゃないし」


「え?」


康太に言われて、俺は固まった。しまった、康太に会えないってことは、【条件】……あ、でも大丈夫か。スマホがあるし……あれ?



──『康太のおばあちゃんの家って、すごく山の中なの?』


──『そうだな。すげえ田舎って感じだ』



山って……電波ありましたっけ。

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