6月10日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『暗いな……足下気をつけろよ』
『うん』と頷いて、康太が差し伸べてくれた手を握る。ぬかるんだところや、ところどころに残る深い水溜まりを避けながら、ちょっと歩幅を大きくして康太について行く。
お祭りの会場から公園の出口へと向かう道は、近くの公民館の灯りくらいしかなくて、本当に暗かった。生い茂った木々の隙間から、砂粒みたいに小さな星がひとつだけ光っているのが見える。
喧騒から離れて、康太と手を繋いで歩きながら、つい思い出してしまうのは、さっきのことで──。
──『……あーん』
──康太が、あんなことしてくると思わなかった……。
自分でもだいぶ意地悪なことをしてると思うんだけど……最近の康太は、俺がああいうことをすると、恥ずかしそうにするので、それがちょっと面白くて、俺はわざとやってるところがある。
だけどさっきのは……まるで、それに対する仕返しをされたみたいで、俺の方が恥ずかしくなってしまったし、こうやってまだ、そわそわしている。
──康太は、どういうつもりだったんだろう……。
昨日の『やきもち』……は本当にそうなのかはともかく、今日の『あーん』も、康太にとっては何でもない気まぐれ……かもしれないけど。
どうしようもなく、その意味を期待する気持ちはあって……でも、その意味を康太に訊くのは、酷だとも思う。康太を焦らせくないし、康太に、俺に悪いと思ったりはしてほしくない。
俺も康太も、自分の気持ちのままでいると決めたんだから。
公園を抜けて通りに出ると、ほんの少し前に──康太にキスをした歩道橋が見えた。
『もう大丈夫だよ、ありがとう』
横断歩道で止まった時、俺はそう言って、康太と繋いでいた手を離した。
『……そうか』
康太が解いた手をぶらぶらさせている。猛スピードで横切って行く車を見つめながら、康太が今、どんなことを考えているのか……覗けたらいいのにと思った。
。
。
。
「ほんなら、また貸したろか?あのふしぎなピン留め(→https://kakuyomu.jp/works/16817330651076198575/episodes/16817330656267766074)」
「そういうことじゃないんだよ」
あと、何か変なURLみたいなものをいきなり貼ったりしないでほしい。
情緒も何もない適当関西人に嘆息すると、澄矢さんは「でもまあ」と笑った。
「ええ感じやん、お前ら。もう、くっつくのも時間の問題って感じやな?」
「そうかなあ……?」
俺としては、そんな感じはあんまりない。康太なりに俺の気持ちを知ろうとしてくれていたのは、すごく嬉しいし、いつかは康太も、俺のことをそう想ってくれたら……とは、思う。
でも、二人で話しあったときに決めたように、康太には無理に合わせたりするようなことはしないでほしい。俺の気持ちを康太が受け止めてくれているように、俺も、康太のどんな気持ちも受け止めるつもりだから。
「そんな悲壮な覚悟決めんでな。儂はあいつを殺してでも瞬ちゃんとくっつける気やから、大丈夫やで」
「全然大丈夫じゃないよ!」
澄矢さんをきつく睨むと、「冗談やって」と肩を竦めた。……言っていい冗談と悪い冗談があるよ、全く。
「ま、瞬ちゃんは今まで通り、ちゃんと条件こなしとったら大丈夫やで……って言っても、最近はもう、条件なんかなくても、『好き』って言うつもりやろうけど」
「それは……うん、そうだね」
康太に気持ちを伝えることに、もう迷いはない。一緒にいたい人は、自分から繋ぎ止めないとダメだ……って分かってるから。
──あれ、ということは……。
「もしかして、そろそろ……康太を【条件】から解放してくれるの?」
「いや、それはせんけど」
「何でよ!」
とんだ期待外れだった。だってまるで……そんな感じの流れだったよね?今。
「色々あんねん、こっちも。そう簡単に外せるもんやないんよ。分かるで?こんなんもう半年近くもやって……手を変え品を変え、やってきたけど……ええ加減どうにかせえよって、思っとるよな?でもなあ、悪いけど、これ、もうちょっと続くんやわ」
「えっと……どこに向かって言ってるの、澄矢さん?」
澄矢さんは俺を見て言ってるはずなのに、何故だろう……俺のもっと奥にいる「何か」に向けて喋っているようだった。とにもかくにも、この【条件】はもうちょっと続くらしい……です。
「それは分かったけど……でも、じゃあどうやったら、康太を解放してくれるの?」
「そら前も言うたけど、瞬ちゃんとクソガキ……康太くんが一線超えるまではやな」
「言ってないよ!そんなこと!」
たぶん初耳だ!康太と俺が……「一線超えるまで」なんて。そんなの、半永久的に無理かもしれないのに。
「まあ、一線は言い過ぎやけど。お前らが、そういうことができるような関係になるまでは……っちゅうことやな」
「うう……」
いずれにしても、今日、明日とかそんな話じゃないことは確かだ。澄矢さんの言うとおり、結局……俺が今、康太にできるのは、康太に「好き」と伝え続けることだけみたいだな。
「分かったところで……今日もあいつに会いに行ったらええやん。ていうか、あいつ、もうぼちぼち出かけてまうから、今行かんとタイミング逃すで」
「え、え?そうなの?」
康太、どこか行くのかな?そんな話してなかったけど……それでも、澄矢さんが「早よせえ」としきりに急かすので、俺は急いで支度をして外に出た。ついでに、買い出しに行っちゃおう。
それなら自転車に乗って行こうと、マンションの外の自転車置き場に向かう。すると、その途中でばったり康太に会った。
「瞬。おはよう、買い出しか?」
「おはよう。うん、暑くなる前に行こうと思って……康太は、もしかして補習?」
そう訊いたのは、康太が休みの日なのに制服を着ていたからだ。それも、前にビュッフェに行った時と同じ、半袖のシャツに学校指定のベストだった。ということは……。
「ああ、前に行った専門学校で、試験前の直前対策講座があるって武川に言われて……それで」
「そっか。もうすぐ試験だもんね……」
康太がこの二ケ月ちょっと勉強していた資格の試験は、確か来週の日曜日が本番だったと思う。
──それなのに、康太……昨日、付き合ってくれたんだ。
「康太、ありがとう」
「え?何が?」
俺が言うと、康太は何のことか分からないみたいで、首を傾げる。俺は康太に言った。
「昨日だよ。今日は朝から講座があるのに、付き合ってくれたから……」
「そんなの、瞬と行きたかったから行っただけだ。別に礼を言われるようなことじゃねえ」
「でも」
だけど、康太はその先を遮るように、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた……というか乱した。
「こ、康太?」
びっくりして、頭を押さえながら康太を見つめると、康太ははっとして……それから「悪い」と言った。
「買い出し行くとこだってのに……」
「いいけど……別に。でも」
どうして急にこんなこと、と訊こうとして──でも、それは飲み込んで、代わりに俺は言った。
「許すよ……康太のことは、好きだから。だから……」
少しだけ、康太から視線を逸らして、続けた。
「……康太は、康太が思うように、俺にしてもいいよ」
俺の言葉に、しばらく瞬きを繰り返していた康太の背中を、俺は「遅れちゃうよ」とぽんと叩いた。
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