6月10日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『暗いな……足下気をつけろよ』


『うん』と頷いて、康太が差し伸べてくれた手を握る。ぬかるんだところや、ところどころに残る深い水溜まりを避けながら、ちょっと歩幅を大きくして康太について行く。


お祭りの会場から公園の出口へと向かう道は、近くの公民館の灯りくらいしかなくて、本当に暗かった。生い茂った木々の隙間から、砂粒みたいに小さな星がひとつだけ光っているのが見える。


喧騒から離れて、康太と手を繋いで歩きながら、つい思い出してしまうのは、さっきのことで──。


──『……あーん』


──康太が、あんなことしてくると思わなかった……。


自分でもだいぶ意地悪なことをしてると思うんだけど……最近の康太は、俺がああいうことをすると、恥ずかしそうにするので、それがちょっと面白くて、俺はわざとやってるところがある。


だけどさっきのは……まるで、それに対する仕返しをされたみたいで、俺の方が恥ずかしくなってしまったし、こうやってまだ、そわそわしている。


──康太は、どういうつもりだったんだろう……。


昨日の『やきもち』……は本当にそうなのかはともかく、今日の『あーん』も、康太にとっては何でもない気まぐれ……かもしれないけど。


どうしようもなく、その意味を期待する気持ちはあって……でも、その意味を康太に訊くのは、酷だとも思う。康太を焦らせくないし、康太に、俺に悪いと思ったりはしてほしくない。


俺も康太も、自分の気持ちのままでいると決めたんだから。


公園を抜けて通りに出ると、ほんの少し前に──康太にキスをした歩道橋が見えた。


『もう大丈夫だよ、ありがとう』


横断歩道で止まった時、俺はそう言って、康太と繋いでいた手を離した。


『……そうか』


康太が解いた手をぶらぶらさせている。猛スピードで横切って行く車を見つめながら、康太が今、どんなことを考えているのか……覗けたらいいのにと思った。





「ほんなら、また貸したろか?あのふしぎなピン留め(→https://kakuyomu.jp/works/16817330651076198575/episodes/16817330656267766074)」


「そういうことじゃないんだよ」


あと、何か変なURLみたいなものをいきなり貼ったりしないでほしい。


情緒も何もない適当関西人に嘆息すると、澄矢さんは「でもまあ」と笑った。


「ええ感じやん、お前ら。もう、くっつくのも時間の問題って感じやな?」


「そうかなあ……?」


俺としては、そんな感じはあんまりない。康太なりに俺の気持ちを知ろうとしてくれていたのは、すごく嬉しいし、いつかは康太も、俺のことをそう想ってくれたら……とは、思う。


でも、二人で話しあったときに決めたように、康太には無理に合わせたりするようなことはしないでほしい。俺の気持ちを康太が受け止めてくれているように、俺も、康太のどんな気持ちも受け止めるつもりだから。


「そんな悲壮な覚悟決めんでな。儂はあいつを殺してでも瞬ちゃんとくっつける気やから、大丈夫やで」


「全然大丈夫じゃないよ!」


澄矢さんをきつく睨むと、「冗談やって」と肩を竦めた。……言っていい冗談と悪い冗談があるよ、全く。


「ま、瞬ちゃんは今まで通り、ちゃんと条件こなしとったら大丈夫やで……って言っても、最近はもう、条件なんかなくても、『好き』って言うつもりやろうけど」


「それは……うん、そうだね」


康太に気持ちを伝えることに、もう迷いはない。一緒にいたい人は、自分から繋ぎ止めないとダメだ……って分かってるから。


──あれ、ということは……。


「もしかして、そろそろ……康太を【条件】から解放してくれるの?」


「いや、それはせんけど」


「何でよ!」


とんだ期待外れだった。だってまるで……そんな感じの流れだったよね?今。


「色々あんねん、こっちも。そう簡単に外せるもんやないんよ。分かるで?こんなんもう半年近くもやって……手を変え品を変え、やってきたけど……ええ加減どうにかせえよって、思っとるよな?でもなあ、悪いけど、これ、もうちょっと続くんやわ」


「えっと……どこに向かって言ってるの、澄矢さん?」


澄矢さんは俺を見て言ってるはずなのに、何故だろう……俺のもっと奥にいる「何か」に向けて喋っているようだった。とにもかくにも、この【条件】はもうちょっと続くらしい……です。


「それは分かったけど……でも、じゃあどうやったら、康太を解放してくれるの?」


「そら前も言うたけど、瞬ちゃんとクソガキ……康太くんが一線超えるまではやな」


「言ってないよ!そんなこと!」


たぶん初耳だ!康太と俺が……「一線超えるまで」なんて。そんなの、半永久的に無理かもしれないのに。


「まあ、一線は言い過ぎやけど。お前らが、そういうことができるような関係になるまでは……っちゅうことやな」


「うう……」


いずれにしても、今日、明日とかそんな話じゃないことは確かだ。澄矢さんの言うとおり、結局……俺が今、康太にできるのは、康太に「好き」と伝え続けることだけみたいだな。


「分かったところで……今日もあいつに会いに行ったらええやん。ていうか、あいつ、もうぼちぼち出かけてまうから、今行かんとタイミング逃すで」


「え、え?そうなの?」


康太、どこか行くのかな?そんな話してなかったけど……それでも、澄矢さんが「早よせえ」としきりに急かすので、俺は急いで支度をして外に出た。ついでに、買い出しに行っちゃおう。


それなら自転車に乗って行こうと、マンションの外の自転車置き場に向かう。すると、その途中でばったり康太に会った。


「瞬。おはよう、買い出しか?」


「おはよう。うん、暑くなる前に行こうと思って……康太は、もしかして補習?」


そう訊いたのは、康太が休みの日なのに制服を着ていたからだ。それも、前にビュッフェに行った時と同じ、半袖のシャツに学校指定のベストだった。ということは……。


「ああ、前に行った専門学校で、試験前の直前対策講座があるって武川に言われて……それで」


「そっか。もうすぐ試験だもんね……」


康太がこの二ケ月ちょっと勉強していた資格の試験は、確か来週の日曜日が本番だったと思う。


──それなのに、康太……昨日、付き合ってくれたんだ。


「康太、ありがとう」


「え?何が?」


俺が言うと、康太は何のことか分からないみたいで、首を傾げる。俺は康太に言った。


「昨日だよ。今日は朝から講座があるのに、付き合ってくれたから……」


「そんなの、瞬と行きたかったから行っただけだ。別に礼を言われるようなことじゃねえ」


「でも」


だけど、康太はその先を遮るように、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた……というか乱した。


「こ、康太?」


びっくりして、頭を押さえながら康太を見つめると、康太ははっとして……それから「悪い」と言った。


「買い出し行くとこだってのに……」


「いいけど……別に。でも」


どうして急にこんなこと、と訊こうとして──でも、それは飲み込んで、代わりに俺は言った。


「許すよ……康太のことは、好きだから。だから……」


少しだけ、康太から視線を逸らして、続けた。


「……康太は、康太が思うように、俺にしてもいいよ」


俺の言葉に、しばらく瞬きを繰り返していた康太の背中を、俺は「遅れちゃうよ」とぽんと叩いた。

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