6月11日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『あら、瞬ちゃん』


『実春さん』


昨日──買い出しに出かけた時のことだ。いつものスーパーで、メモを片手にカートを押していると、偶然、実春さんに会ったのだ。


『実春さんもお買い物ですか?』


『そう。今日は休みだし、康太も講習に行ったから……色々用事、済まそうと思って』


『あ、俺、さっき康太に会いました。ちょうど出るところだったみたいで』


『あらそう。あの馬鹿、ちゃんと行った?』


『大丈夫ですよ。康太、最近すごく頑張ってるなあって……休みの日までなんて、本当、すごいですよね』


俺がそう言うと、実春さんはふっと笑った。


『まあ、あの子にしてはね。でも、それもこれも瞬ちゃんのおかげよ』


『お、俺の?』


『瞬ちゃん……立花さん家と出会わなかったら、本当、どうなってたか分からないから』


『実春さん……?』


一瞬、実春さんの表情に影が差したような気がして──だけど、すぐにいつもの明るい表情に戻って、実春さんは言った。


『なんてね。さて……明日の康太の弁当、どうしようかしらね』


『お弁当?康太、明日もどこか行くんですか?』


俺が訊くと、実春さんは『そうなのよ』と言った。


『明日も、同じところの講習。今日、明日行くんだけどね、どっちも一日がかりなのよ』


『一日……』


改めて、康太がすごくこの試験に力を入れてるんだと思う。俺も、そんな康太に何かしてあげたい──そんなことを考えていると、実春さんは言った。


『だからお昼が要るのよ。でもコンビニで買わせると高くつくでしょ?だから弁当持たせてるんだけど……明日は私、早番になったからねえ……適当に済むものにしようかしら』


『み、実春さん!あの──』


その時、俺はあることを思いついた。俺が康太にできる、ささやかな応援……実春さんに提案したら、ちょっとびっくりされたけど、『ありがとう。じゃあ……お願いするわね』と任せてもらえることになった。





『康太、はい。これ』


『これ……もしかして、俺の弁当か?』


『うん。康太の講習、丸一日かかるって実春さんから聞いて。それで、今日は俺が……って』


『マジかよ……すげえな。瞬、ありがとう。へえ……』


『あ、ちょっと。開けるのは、お昼にして』


『分かったよ……でも、何が入ってるかくらいは教えてくれてもいいだろ』


『えー……それもダメ』


『何でだよ』


『お昼のお楽しみだよ。ほら、もう行く時間でしょ。行ってらっしゃい!頑張ってね、康太』





なんて、そんなやりとりを瞬としたのが数時間前で。朝から始まった講習もようやく、昼休憩の時間になった。


──何入れてくれたんだろうな、瞬。


近くのコンビニへと行くのであろう他の生徒達を尻目に、俺は、瞬が作ってくれた弁当を抱えて、うきうきと教室を出る。


同じフロアにある、休憩スペースとして開放されている教室へと入り、適当なテーブルに腰を下ろせば、やっと、瞬の弁当とご対面だ。


逸る気持ちを抑えつつ、黄色い包みを解き、蓋に手をかける──その時だった。


「あれ、瀬良君もここでお昼?」


「え、ミキ……この子が瀬良君?うっそ、やば……顔良」


「へえ、お昼持って来てるんだ?自前?」


「えっと……」


突然現れた見知らぬ女子達に囲まれてしまった。こいつらは……たぶん、同じ講習を受けてた奴らだよな?

しかもそのうちの二人は……この前も、ここで一緒になった──。


「ミキだよ。こっちはチカ。で、この子は今日初めてのモエ。あたしとチカはこの前、グループ一緒だったよね?」


「ああ……そうだな」


「ミキ、忘れられてんじゃん。草なんだけど」


「モエうるさい。ね、ここ座っていい?あたしらもお弁当なんだー」


そんなこんなで、話についていけないうちに、よく分からねえが、この……ミキさん達と飯を食うことになってしまった。何故か、瞬の顔が浮かび、少しの気まずさと罪悪感を感じたが……まあ、いい。


──とにかく、瞬の弁当だ。早く食おう……。


ミキさん達がわいわいとバッグから弁当を出してる間に、俺は瞬の弁当に向き直る。改めて、蓋に手をかけたところで──。


「ね、瀬良君のそれ、もしかして例の彼女の手作り?」


「はあ?」


またしても、ミキさんに話しかけられた。彼女?そんなのいたとか言ったか……?俺は記憶を呼び起こしてみたが、そんな覚えは全くなかった。だが、いずれにしても答えは変わらない。


「そんなんじゃねえけど……」


「え、てか何。ミキ……瀬良君、彼女いるの?」


「いるよ!間違いない!だってスイーツビュッフェだよ?絶対彼女でしょ」


「あー、それはだけど……でもマジなの?」


「チカも聞いてたもんね」


「うん。講習の後、待ち合わせしてるって。幼馴染なんだって」


「えー……?でもそれはグレーじゃない?」


「モエは狙ってるからでしょ。でもやめた方がいいよマジで。あたしの勘はガチだから」


「いや、でもさあ……」


俺に振っておいて、俺を置いて話すな。


俺は心の中でため息を吐いた。もういい、知らん……次話しかけられても、適当に返事して、弁当に集中しようと決めて、俺は今度こそ、今度こそ──弁当箱を開く。


「ねえ、瀬良君。マジで──」


「おお……」


弁当箱を開くとそこには、一目で手が込んでいると分かる──瞬お手製のおかずがいっぱい詰まっていた。


いつもの玉子焼きはもちろん、れんこんのきんぴらとか、唐揚げ、肉巻き……とにかく俺が好きなものを、でも彩りも趣向を凝らしてくれていて……それだけで、胸が温かくなる。ただ、これはなんというか──。


「うわ、すご……これ、ネットとかでたまに見るやつだ!ハートの玉子焼きに、肉巻きまでハート型でしょ、これってさあ……」


「……愛妻弁当」


興奮気味に言ったミキさんの後に、チカさんがぼそりとそう言った。モエさんは目を丸くして、弁当を凝視していた。


──そう、瞬が俺に作ってくれた弁当は、絵に描いたような可愛らしい、可愛すぎる「愛妻弁当」だった。いや、瞬は「妻」じゃないからこれは……「愛幼馴染弁当」か。


そう思うと、さっきまで正直ちょっと恥ずかしかったのも、満更でもなくなってくるというか、なんだかこう……誇らしい気持ちになる。


俺はポケットからスマホを取り出して、弁当の写真を一枚撮ってから、手を合わせた。ところが、箸を持ったところで、モエさんに話しかけられる。


「……瀬良君、そのお弁当箱、二段目あるでしょ」


「ん?ああ、そうだな……」


言われて気付く。そういえば、そうだ。おかずのインパクトで危うく忘れかけてたが、下はご飯だよな。


どれ……と俺は箸を一旦置いて、二段目を開ける……すると。


「……うわあ」


ミキさんが声を上げる。無理もない。だってそこには──。


「鶏そぼろと炒り卵のハートに、海苔で『LOVE』のご飯はガチじゃん……」


「瀬良君、これ誰に作ってもらったの?」


「幼馴染だ。瞬っていう、すごく大切な幼馴染だ」


モエさんにそう答えると、ぎょっとしたような顔で見られた……何でだろう。


だって、これが瞬の俺への気持ちなんだ。

今はまだ──俺がそれにどう応えるべきなのかは、手探りだけど。


それでもまずは、この気持ちが詰まった弁当を、一粒残らずいただくことから始めよう。


帰ったら瞬に「美味かった」と言って──それから、駅で何かお土産でも買って帰ろうと思った。

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