4月23日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
──ぴんぽーん。
朝の十時くらいのことだった。部屋で参考書を開いて勉強をしていると、チャイムが鳴った。
「はーい!」
返事をして、ドアを開けると──。
「お届けものでーす」
「……あ、あなたは」
小さな桐箱を抱えた「綺麗な人」が立っていた。前に俺を殺そうとした……あの人だ。
この前会った時は、うちの制服を着てたけど、今日は黒い猫の宅配業者さんの制服を着ていた。帽子まで被って随分本格的なコスプレだなー……なんて。
気を逸らそうとそんなことを考えても、下を向けば、足は震えていた。怖い。服装なんかじゃ隠しようがないくらい、どこか独特な「圧」を感じる。
──でも、あの人はタマ次郎なんだよね。
澄矢さんの仲間?なんだし、たぶん「ふしぎパワー」で姿なんかいくらでも変えられるんだろう。タマ次郎が人間になってると思えば……怖くない、はず。
すると、俺の思考を読んだのか、綺麗な人が口を開く。
「そんなに怖がらなくていいよ。今は立花を殺すつもりはないから」
「い、今は……?」
「立花にやるってことは瀬良にやるってことと同じって……それは、分かってるしね」
「そうですか……」
そうは言ってるけど、綺麗な人の顔は不満げだ。俺はこの人によっぽど嫌われてるのかもしれない。俺の方も、この人といると緊張するし──早いとこ、用事は済ませてもらおう。
綺麗な人も考えは同じらしい。抱えていた桐箱を俺に手渡すと、言った。
「はい、じゃあこれ。【ボーナスアイテム】ね。立花にぴったりの素敵なものだよ」
「【ボーナスアイテム】って……昨日の【追加条件】の」
そういえば、そんなものを達成してたんだっけ……。俺にぴったりって一体なんなんだろう。そう思いながら桐箱を開けると──。
『0.01』
「……っ!?」
──そのパッケージで、一瞬にして嫌な記憶が蘇る。
下足箱、机の中……二度、入っていた「それ」を、一体「誰が」入れたんだろうって、全く考えなかったわけじゃない。その「答え」が目の前にあった。
「……あなたが入れたんですか」
「そうだよ。立花が思い出し始めてて厄介だから──瀬良から離れてほしくて。上手くいかなかったけど」
「【噂】を広めたのも、あなたなんですか?」
「それは俺じゃないね。たぶん、あいつ。あっちも上手くいってなくて、ざまあって感じ」
「あいつ?」
「これ以上は、また怒られるから言わないよ。それに、うるさいのも来そうだし」
「え、ちょっと──」
逃がしてしまう──そう思った時、咄嗟に俺は、綺麗な人の腕を掴んでいた。
──触れられた。
「……何のつもり?」
だけど、驚いている暇はなかった。これだけは……と思ったことを俺は訊いた。
「……どうして、今になってそんなこと、教えてくれたんですか?」
綺麗な人は俺を一瞥してから、またぷい、と顔を背けて言った。
「……さあ。気分かな」
それだけ残して、瞬きの間に、綺麗な人はいなくなってしまった。
「……逃げ足が速いわ」
「澄矢さん」
声に振り返ると、今度は澄矢さんがそこにいた。
「……あいつが妙なことしとるんは知っとったし、結果悪いようにはならんと思ったから、儂もそれ、容認してんねん。恨まれてもしゃあないなとは思ってる」
「いいよ。もう、過ぎたことだから」
「そうか」
むしろ、俺としては……その「答え」にどこか、ほっとしたかもしれない。
だって、学校の皆の中に、あんなことをした人がいたわけじゃないんだって分かったから。
あの人を恨む気持ちよりも、俺にとっては、それが分かった嬉しさの方が大きかった。
「もしかしてこれが、俺にぴったりの素敵な【ボーナスアイテム】ってこと?」
あの人らしい皮肉っぽい言い回しだったけど、なるほど。まあ、確かにそうかな。
「いや、それはちゃうよ。あいつが勝手にすり替えただけや」
「……そうさせてよ」
正直、どんなものが出てくるか分からないし、これで済ませたかったんだけど……澄矢さんは肩を竦めて言った。
「全く、罰替わりの簡単なお使いすら真面目にやらん……ほんま、しゃあない奴や。ほんまの【ボーナスアイテム】はちゃんと戻しといたから、もっかい見てみ」
「分かったよ……」
俺は持っていた桐箱の中をもう一度見た。中身は──。
「可愛い……ピン?」
髪を留めるのに使うような、可愛らしいお花の飾りがあしらわれたピンだった。俺が使うにはちょっと可愛すぎる気もするし、そもそもどうしてこんなものを?
「それはな、お前らで言うところの、青い猫型ロボットがポケットから出すようなアレや。秘密のアレや」
「ああなるほど……えっと、要するに不思議な効果があるアレなんだね」
「せや。アレや」
いい加減、この関西人キューピッドと三週間近く一緒にいるせいか、俺も「アレ」で会話ができるようになってしまった。でも何故か分かるから不思議だ。
「ちなみに……どんな効果があるの?」
「それは着けてみたらのお楽しみやん。悪いようにはならんから着けてみ」
「え、嫌だよ!何か変なことになるかもしれないし」
「ならんならん。いいから着けてみ」
「えー!」
渋る俺に、半ば強引に澄矢さんがピンを着けてくる。猫型ロボットに負けず劣らず超常的な存在に、非力な人間が勝てるわけない。俺は逃げる間もなく、右耳の上あたりの髪を可愛いピンで留められてしまった。
「似合うやん。可愛いなあ、瞬ちゃん」
「そんなこと言われても嬉しくないよ。で、どうなるの俺」
「とりあえず外歩いてみ。せやなあ……マンションの入り口まで降りたらええわ」
「どうして?」
「一番会いたい人に会えるで」
もしかして、それが効果?と思いつつ、澄矢さんに背中を押されて家を出る。ピンなんていつも着けないし、それに、俺には可愛すぎるデザインのものだから、廊下で誰かとすれ違う度に、右耳のあたりがそわそわした。
──とりあえず、入口まで来てみたけど……。
辺りを見回してみるけど、誰もいない。それにピンも、今のところおかしなことは何も起きてないし──なんて思っていたら。
「瞬?」
「わっ」
きょろきょろしていた俺に、背後から声を掛けてきたのは、康太だ。
「何してんだ、こんなところで」
「えっと……」
俺は咄嗟に右手でピンのあたりを隠す。こんなの着けてるなんて、康太には特に見られたくない。だけど、それはもう遅かったみたいで……。
【瞬の奴、何隠してんだ……?ていうか、何かいつもとちょっと違うよな】
「そんなことないよ!普通だよ」
「え?」
「……え?」
康太は目を丸くしていた。そんな康太の反応に俺もびっくりした。何で?俺何か変なこと言った……?
【今、俺……何か喋ったか?本当にどうしちまったんだ、瞬】
「喋ってたよ、康太。気付かなかったの?」
「……は?」
まただ。康太は、信じられない、という顔で俺を見ていた。俺の方がむしろ、驚いてるくらいだけど……康太、無意識に心の声が出ちゃったのかな。
【俺、口開いてなかったよな?心で言ってたつもりが、声に出ちまったのか?】
「……っ!」
その光景に、俺は声を抑えるのがやっとだった──康太の口は、全く開いてなかった。康太は喋ってない。ということは、聞こえてるのってもしかして……?
【ん?瞬……何かすげえびっくりしてるな……さっきから様子も変だし。また何かあったのか?最近、ちょっと変な時あるよな】
「……心の声だ」
「何だよ、それ」
「な、何でもない!」
あまりにも非現実的なことすぎて、思わず口に出してしまった。いや、最早この「非現実」が俺の「現実」になり始めてると言ってもいいかも。
可愛いピン。その効果は──「人の心の声が聞こえる」【ボーナスアイテム】。紛れもなく、キューピッド謹製の「ふしぎパワー」アイテムだった。
──マンションで人とすれ違った時には何も聞こえなかったから、効果ははきっと、康太限定なんだろうな。【条件】のこともあるし。
確かに、これがあれば【条件】のクリアに役立つかもしれないけど……それよりもむしろ、普段、康太が何を考えてるのか全部知れちゃうことの方がマズいよね……。
【瞬、何でもなくはない態度だよな……何があったかは聞きてえけど、簡単には言えねえことなんだろうな。歯痒いけど、言えるようになるまで待つか】
「いい幼馴染だなあ……康太って……」
「おい、何だ急に」
「あ、えっと……ふとそう思って」
正直、どんなことを思われてるのか知るのは怖かったけど、康太は康太だったので、ちょっと安心した。こんなにいい幼馴染、大切にしないと罰が当たっちゃうね。
「いつもありがとう、康太。ごめんね、心配させて」
「本当にどうしたんだよ」
無性に伝えたくなって、俺は康太にお辞儀もして、お礼を言った。すると、その拍子に康太に「アレ」を見られてしまう。
【ん……?瞬、何かいつもと違うと思ったら、ピンなんか着けてたのか。珍しいな】
「あ……その、これは」
俺は右手でピンに触れる。いい加減、康太の超プライバシー領域を盗み聞きしてるのも悪いし、取れないかな……と思ったけど、ピンは髪に張り付いてるみたいにびくともしなかった。どうしよう。
【ふーん……結構可愛いピンだな……瞬のものなのか?それとも誰かに貰ったのか?舞原とか?】
「ど、どうしたの……そんなに俺を見て」
康太が口を開いて言ったわけじゃないから、答えることもできない。だから、ちょっと白々しい感じでそう訊くと、康太は言った。
「いや……なんか珍しいもん着けてるから。どうしたんだよ、イメチェンか?」
「そういうわけじゃないけど……ちょ、ちょっと、髪が伸びてきて邪魔だったから」
「へえ……」
【似合ってるな】
「……そう?」
「え?」
「あ……」
康太が言わないでおいたことなのに、知ってしまったら、ちょっと嬉しくて反応してしまった。これにはさすがに康太も不審に思ったのか、眉を寄せる。
「瞬」
「な、何」
康太は一瞬、宙を見上げてから、口を閉じたまま言った。
【俺の心の中を読んでるのか?】
【よ、読んでないよ!!】
「何でそこで変顔するんだよ」
「……っ!」
どっちで喋ったらいいのか分からなくて、俺も心の声で答えてしまった……康太には聞こえないのに。
【瞬の変顔って間抜けなパグみたいでちょっと可愛いよな……】
「えっ……」
【たまに無性に見たくなって動画サイトとかで探して見るもんな……パグ】
そんなことしてたんだ……康太。意外だな。何だかんだ言って、康太もワンちゃんが好きなんだね。というか、俺のことまでそんな風に見てたなんて知らなかったよ。
「今度は急に頷きだすし……わけ分かんねえな。ま、瞬が元気そうならいいか。じゃあな」
【帰ってパグの動画でも見るか……】
「ま、待って!」
このままだと俺はパグに負けてしまうと思い、何とか康太を引き留める。
【まだ何か用事か?瞬】
「まだ何か用事か?パグ、あ」
「あ、じゃないよ」
引き留めるまでもなく負けてるかも、俺……でも、せっかく会ったんだから、ここで伝えておかないと!本当に負けてしまう。
この状態で言うのは、いつもより大分緊張するし、少し怖いけど……俺は思い切って言った。
「康太、俺は……パグよりも康太の方が好きだって思ってるよ」
【は?】
「は?」
「……」
そうなるよね。
「パグが康太を好きだと思ってても、俺の方が康太を好きってことだよ」
【何言ってんだ……?】
「そうか……ありがとうな。瞬がそう言ってくれて嬉しいぜ」
……康太は俺が思ってたより優しい、ということが分かりました。
ふと気がつくと、ピンはなくなっていて、もう康太の心の声は聞こえなくなっていた。
。
。
。
【瞬、今日も様子がちょっと変だったな……】
【何か言えねえことがあるんだとは思うけど……】
【それが何か分かれば、もっと力になれるかもしれねえよな……でも、何だ?】
【簡単には言えねえこと……そういや今日、まるで俺の思考を読んだみたいな反応してたよな。たまたまかと思ったけど……まさか……】
【瞬って……エスパーに目覚めたんじゃねえか?】
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