4月24日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「なあお前ら……」


放課後。部活に行った瞬を待っている間、西山や森谷と教室で適当に駄弁っている時だった。


いい加減、話題にも尽きて、各々スマホを弄ったり、なんだりしていたので、俺は思い切って「アレ」について訊いてみることにする。


「もしも超能力に目覚めるとしたらよ……何が欲しい?」


「透視」


「黙れ」


「何でだよ!」


先に答えたのは森谷だった。能力の使途については敢えて訊かない。どうせロクなことじゃないからな。


「ロマンだろ……透視。何でもスケスケだぜ?立花の骨密度だって丸裸だぜ」


「生まれ変わったらCTにでもなってろ。てかそんなもん知ってどうすんだよ……」


幼馴染の俺ですら特に関心がないことだ。ある意味「想像以上」の森谷に呆れていると、西山がスマホから顔を上げる。


「俺は別にいらねーな……。そんなもんあったら、かえって生きづらそうだし、家族にも苦労をかけそうだ」


「生きづらい……そうか」


西山が大きく頷く。


「ああ。でけえ力には代償が付きもんだしな。そんなもんなくても人間は幸せになれるさ」


「珍しく良いこと言うな……西山」


「珍しくは余計だ」


西山に軽く小突かれつつ……俺は考える。もちろん、瞬のことだ。


昨日──俺は、瞬が最近抱えてるかもしれないことについて、ある「仮説」を立てた。


それは──瞬は「エスパー」……つまり、超能力に目覚めたのではないか、という説だ。


馬鹿馬鹿しい説だっていうのは重々承知だ。


だが、ここ最近の瞬は時々、誰もいないところを見つめて相槌を打っているような素振りを見せたり、俺がちょっと出かけたときなんかに、まるで計ったかのように鉢合わせしたり、昨日みたいに思考を読んでいるかのような態度を取る時もある。加えて、毎日やらなければならないらしい、俺に「好き」と言う……日課。


これら全てに説明がつくのは、もう「超能力」以外に考えられない。いや、正直ついてない部分もあるが、瞬に何か超常的な力が働いているのは間違いないだろう……知らんけど。


──西山の言う通り、俺の説が間違ってなければ……瞬はたった一人で、でけえ力を抱え込んで辛いに違いない。俺が何とかしてやれたらいいが……。


すると、黙っている俺を不思議に思ったのか西山が言った。


「瀬良、どうしたんだ。急にこんなこと聞いてくるなんて……立花と何かあったのか?」


「何で瞬のことだって決めつけてんだ。そんなわけねえだろ」


「だって瀬良って、立花のこと以外で悩むことないじゃん。馬鹿だし」


「黙れ」


全く……何でこいつらは、こういう時に限って察しがいいんだよ。でもまあ、仕方ねえ。


「瞬がエスパーに目覚めたかもしれない」なんて、もちろん言えるわけないので、俺は色々とぼかしつつ、こいつらに話してみることにした。


「これは……俺の、友達の幼馴染の話なんだけどよ……あ、俺がこの話をしたっていうのは、他の奴には黙っててほしいんだが……」


(立花のことか……)


(立花のことだな)


「おい、お前らなんだその顔は」


まだ何も話してねえのに、西山も森谷も生暖かい目で俺を見てくる。うぜえ。しかし、気にしてても話が進まないので、俺は続きを言った。


「最近、その……友達の幼馴染の様子がおかしいみたいなんだよ。なんか、一緒にいるとその友達の考えてることが全部読まれてるみたいっていうか、心の声を拾われてるみたいっていうか……まるで、超能力者みたいなんだよ」


「ああ……十数年付き合ってるカップル……いや、幼馴染なんてそんなもんだろ。よかったな」


「高度に成熟した幼馴染は熟年夫婦と区別がつかないってよく言うし。そんな感じだな」


「そういうことじゃねえよ」


茶化すような態度の二人に嘆息すると、一応、真面目に聞いてもいたらしい西山が口を開く。


「でもまあ、心の声が聞こえるって思うくらいなのはな……具体的にどういう感じなんだ?」


「そうだな……俺がホチキスを留める作業で手が疲れたなって思ってたら、手のひらを揉んでくれたり、筋トレをした後にうつぶせになってたら、背中の丁度いいところを押してくれたりしたな……何であんなにいいツボを押さえられるんだろうな……あれはもうエスパーの域だぜ」


「帰るか」


「聞かなくてよさそうだな」


「待てよ」


俺を置いて帰ろうとする西山と森谷を何とか引き留める。露骨にウザそうな顔をされたが、俺は諦めない。


「それだけじゃねえんだよ……ちょっと家の外に出ただけなのにやたら会うし、会うといつも『好き』って言ってくるんだよ……今朝だって言ってきたらしいし……さすがにちょっと、心配になるよな?」


「虫よけスプレーでも頭から被ってろ」


「辛辣すぎねえか」


西山がはあ、とでかいため息を吐く。


「……で、その友達にとって、それの何が問題なんだよ?幼馴染に思考を読まれてるかもしれねえことが嫌なのか?」


「それはねえよ……ただ、西山が言ったみたいに、そんな力があったら、生きづらいだろ。何とかしてやれねえかと思ってる……」


そこまで言って、慌てて「みたいだな。友達は」と付け足す……あんま意味なさそうだが。


だが、西山はあえて気付かないフリをしつつ……俺に言った。


「……もう十分だろ」


「十分?」


「心が読めるエスパーなんだろ、その幼馴染。なら、その『友達』の気持ち、もう十分すぎるくらい伝わってるだろ。幼馴染っていう関係があって、その上、エスパーなんだから、これ以上は抱えきれねえよ」


「なあ」と西山が、教室の後ろのドアの辺りを見遣る。ぴたりと閉まってたはずのドアは、ほんの数センチ開いていて──よく知った顔が中を覗いていた。





「俺が超能力者だって……あはは……っ!ふふ……っ」


「うるせえよ」


いつもの通学路を帰る途中。瞬と話すのは当然、さっきのこと──俺と西山達がしていた話についてだ。

人が悪いことに、瞬は途中から盗み聞きしてたらしく、笑いをこらえるのに必死だったらしい。


「そんなわけないのに」


「俺だって、馬鹿げた話だってことくらい分かってんだよ。ただ、それくらい説明のつかないことが、起きすぎてるから……」


「康太……」


ふいに、瞬が複雑な顔をする。何かやっぱり、言いたいけど、言えない──そんなことがあるような顔だ。俺は首を振って言った。


「大丈夫だ。その……心配じゃねえってことはねえけど、軽く言えるようなことじゃないんだろ。瞬が今、抱えてる何かは」


「……康太の方が、よっぽどエスパーだよ」


それは肯定も同然だった。まあ、ずっと分かってたことだ……結局、俺がするべきことも、全部。


「今日のは……朝言ってたな。じゃあ大丈夫か。なあ、一日に一回でいいのか?」


「うん……まあ、そうなんだけど」


それから、瞬は──今日はもう、必要じゃないはずの「それ」を言った。


「好きだよ……康太」


車が一台。ガードレールの向こうで、俺達の横を通り過ぎて行く。ごく小さな声で言った、瞬の言葉も連れ去っていくようなスピードだった。

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