6月9日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「わあ……」
見慣れた公園の、ただっ広いグラウンドにできた立派な「入場ゲート」と奥に見える祭りらしい賑わいに、瞬が声を上げる。
俺と瞬は、放課後──前に約束した通り、学校の近くのデカい公園でやっている「キッチンカー祭り」に来ていた。
「キッチンカー祭り」というのは、その名の通り、全国各地から有名なグルメのキッチンカーが集まる祭りだ。ここ数年、このあたりでは恒例行事になっていて、毎年、この近辺にこんなに人がいるんだなと驚く程度には賑わいを見せる。今日は金曜日だし、学校から会場は近いから、春和高生も結構来ていた。
(ちなみに、俺と瞬は一度、家に帰って荷物を置いてから出直してきた。服は着替えるのがめんどくさかったので、お互い制服のままだ)
まあ、美味いものがたくさん集まるし、瞬が好きそうなイベントだよな。無事、開催されてよかった。
空を見上げると、厚い雲の隙間から夕陽がわずかに覗いていた。
朝は結構、雨が降っていて、予報では夕方には回復するとは聞いてたが、瞬は心配だったのか、家の部屋の軒先にてるてる坊主を作って下げていたらしい。「顔を書いたんだけどどう?康太に似てるでしょ?」と昨日の夜、写真付きでメッセージが送られてきた。まあ……確かに似てたな。
「本当、晴れてよかったよー……」
同じことを考えてたのか、瞬も隣で空を見上げて言った。その横顔が、心底ほっとしたような、そんな顔だったので、俺は思わず尋ねる。
「そんなに楽しみだったのか?」
「それはもちろん……そうだよ」
美味いものが食えるからか──なんて、訊いてしまいそうになる、その前に瞬に先手を打たれた。
「康太と出かけるのは、いつだって楽しみだよ」
「そうか……」
「好きだからね、康太が」
ダメ押しするみたいにそう言って、瞬が笑う。
──俺だって、瞬と出かけるのは楽しいし、瞬のことは好きだと思うけど……。
真っすぐに自分の気持ちを伝えてくれる瞬に、俺は何て返したらいいか分からなかった。瞬はきっと、何て言っても、俺を俺のまま受け止めてくれると思うが、だからこそ、慎重に、誠実になりたかった。でも、それが焦りのような、もどかしい気持ちになることがあって──。
そのうちに、俺達の順番が来た。ゲートで再入場用の入場券を貰って、いよいよ、会場へと足を踏み入れる。
「どこから行こうかな?康太は何食べたい?」
とりあえず確保したテーブル席で、瞬が会場マップを広げる。
焼き牡蠣に、ラーメン、肉寿司、ソフトクリーム、お好み焼き、ハンバーガー、牛串、ケバブ……マップに載った写真で見ると、どれも美味そうで、俺も腹が減ってきた。
「うーん……」
ふと、瞬を見ると、瞬は俺を誘った時みたいに、目をきらきらさせていて、もしも俺に財力があるなら、会場にある食いもんを全部買ってやりたい……という衝動に駆られた。まあさすがにそれはできねえけど。
「とりあえず……ぶらっと一周回るか?」
「そうだね。見ながら考えよっか」
席はいっぱいあるし、また確保すればいいだろう。俺と瞬は椅子から立ち、会場をぐるりと回ることにした。日が落ち始めて、あたりが薄暗くなると、会場のあちこちで灯りがぽつぽつと点いて、ぐっと祭りらしい、非日常的な雰囲気になる。俺も瞬も、何となく気分が高揚してるようだった。
──雨で濡れたせいで、グラウンドがぬかるんでるな……。
灯りがあっても足元は暗いし、瞬が転ばねえように気をつけないと──そんなことを考えながら歩いている時だった。
「うおっ」
「康太!」
俺の方が足を滑らせそうになっちまった。咄嗟に瞬が手を掴んでくれたおかげで、転ばずに済んだな……瞬に礼を言うと、瞬はいたずらっぽく笑って言った。
「いつも助けてもらってるから……なんだか今日は逆だね?」
そう言われると、助けてもらっといてなんだが、何だか悔しくなる。なんとかして、後で瞬に仕返ししてやりたい……とか、思いつつ、俺達はしばらく会場をうろうろし、その末に選んできたものを両手に抱えて、再び席に着く。
「んー……おいしい!」
「うめえな!」
瞬と俺が今食ってるのは、チーズが入った牛タンのつくね串だ。珍しいと思って、俺と瞬で一本ずつ買ったんだが、出来たての熱々で、これがめちゃくちゃ美味かった。さすがに、ちょっと並んだだけはある。
あと買ってきたのは、地鶏のラーメンとか、お好み焼きとか、焼き牡蠣とか……他にも色々。色んなものをちょっとずつ食べたい瞬と、二人で分けて食べられそうなものが多い。
「最後はかき氷にしようかなー……康太も食べるよね?」
「全部食ってから考えろよ……食べるけど」
貰ってきたフォークでお好み焼きを綺麗に四等分しながら言った瞬に、俺は呆れつつ笑う。会場の隅に作られたステージでは、MCが軽快なトークで客を笑わせている声が聞こえてきた。お好み焼きにフォークを刺す瞬の頬を、後ろの照明の光がぼんやり照らす。俺はその光景に何となく見入っていた。
「はい、康太」
瞬はフォークに刺したお好み焼きを俺に差し出してきた。いつものやつ……「あーん」だ。
俺は首を振ってそれを断る。
「さすがに外は……恥ずかしいだろ」
「前にビュッフェに行った時は、やってって言ったのに?」
「あれは……半分冗談だったっていうか……」
「もう半分はどこに行っちゃったの」
そう言って、瞬が少し拗ねるようなフリをした。そして、「あーん」は諦めたのか、フォークに刺したお好み焼きを自分の口元に運ぼうとしたので──。
──『……なんだか今日は逆だね?』
ふいに、そんなことを思いついて、俺は瞬の手からフォークをひったくる。それから、今度は俺の方から瞬にやってやった。
「……あーん」
「……え?」
瞬は、目をまん丸にして、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。それから、急にそわそわとあたりを見回して……それから、おずおずと、お好み焼きにぱくついた。
美味しいのに、眉を寄せて何とも言えない微妙な顔で、頬をもぐもぐと動かす瞬に、俺は自分の中で、言いようのない感情が募るのを感じた。
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