6月8日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





休み時間。次の移動教室のついでに、三組の教室に寄ると、目当ての奴はすぐに見つかった。


「丹羽」


「んっほお!何かと思えば、瀬良氏ですか。わざわざ何の御用で」


「本だ。この前一冊返しそびれてた。貸してくれてありがとうな。俺にはもう十分だから返す」


そう言って、丹羽にカバーのかかった「例の本」を返す。受け取った丹羽は、何を貸してたのかも覚えてなかったらしく、本を開いて中を確認したところで、ふっと笑った。


「おほぉ……そうですか。これだけずっと借りていたとは……瀬良氏は随分これが気に入ったのですな」


「そんなわけないだろ。たまたま返し忘れてただけだ。それに、瞬に見つかっちまったし、俺にはもう必要ねえ」


「なんと!立花氏に……ほっほっほ!それはそれは災難でしたなあ」


全くそうは思ってなさそうに、丹羽は腹を揺らして大笑いしていた。それから「立花氏は何と?」と訊いてきたので、俺は頭を掻きながら言った。


「……気にしてねえって」


「ほう、そうでしたか。立花氏が理解のある方でよかったですな」


「おい、そういう理解じゃねえぞ。ただ……瞬は俺のこと、よく分かってるっていうか……マジで、ありがたいなっていうか……」


俺の心配も、不安も……瞬は丸ごと包んで、取っ払ってくれた。考えてたことも、とっくに分かられてて……つくづく、俺は瞬には敵わないと思った。


──それに比べて、俺は瞬のこと……何も分かってなかったよな……。


そのことを思うと、自分で自分が情けなくなる。瞬が抱えてることをどうにかしてやりたいって思うけど、そもそも抱えさせてるのは俺のせいだ。それに、瞬は……心が追い付かないまま、俺が瞬に合わせようとすることを望まない。そこは、お互い確認し合ったところだ。


──だからって、このままなのは……。


「瀬良氏?」


丹羽に呼ばれてはっとする。つい、一人、考え込んじまった。俺は丹羽に「悪い」と謝り、それから三組を後にした。





「ふふ……」


次の時間のために移動した理科室でのことだった。「丹羽に本を返しに行くから」と教室を出て行った康太と分かれ、先に移動した俺は、席に着くと、スマホのカレンダーアプリを眺めていた。


──明日は放課後、康太と約束したお祭りだなあ……。


予定を見ているだけで心がうきうきして、あと一日頑張れそうだった。でもつい、顔もにやけてしまうし、もういい加減、仕舞った方がいいかな……そんなことを考えていたら。


「立花!」


「わっ!?ゆ、湯川さん?」


いつの間にか、湯川さんがそばに来ていた。湯川さんは「ここ座っていい?」と笑うと、空いていた俺の隣の席に腰を下ろした。日曜日の打ち上げ以来、湯川さんとはこうして、休み時間とかによく話すようになったのだ。まあ、俺と湯川さんの話題といえば、専ら──。


「はあ……ねえ聞いてよ、立花。今日も『K』にしょうもない絡みしちゃった……絶対いい加減、ウザいって思われてるよね?」


「大丈夫だよ。湯川さんがこうやって話しかけてくれるの、その……『K』っていう人も絶対嬉しいと思うよ。湯川さんとお話するのは楽しいから」


「それは立花がいい子すぎだからだよ……もうマジで無理」


湯川さんが机に突っ伏す。そう、俺と彼女の話題は主に「恋バナ」だ。湯川さんはどうやら「K」っていう人(名前は教えてくれなかったけど)に今は片想い中みたいで、こうして日々、俺にその状況を教えてくれる。俺は俺で、康太のことを話したり……ちょっぴり相談に乗ってもらったりしてるから、持ちつ持たれつだ。その結果、この数日で俺達は「お互い、頑張ろうね」って励まし合う仲にまでなったのだった。


不思議な縁にしみじみしていると、湯川さんが顔を上げて言った。


「てか、立花はさあ……何か楽しそうだったね。もしかして瀬良とデート的な?」


「え?で、デートってそんな……まだ付き合ってるわけじゃないし……」


「まだとか言ってー……ほとんど付き合ってるようなもんじゃん、デートでしょ。どこ行くの?とぶこ?」


「違うよ……明日、二人でそこのキッチンカー祭りに行こうって言ってて……康太は俺が付き合わせたっていうか」


「やるじゃん、立花!結構、そういうとこもしっかりしてるんだね」


「そんなことないよー……あ、湯川さんも『K』くんを誘ったら?」


「は?無理無理!あいつ、普通に友達とかと行くでしょ。あたしが誘うとか意味分かんないし……」


「そうかなあ……」


俺が言うと、湯川さんは「ないない」と首をぶんぶん振っていた。湯川さんの恋は前途多難だ。


そのうちに予鈴が鳴った。すると、康太が理科室に飛び込んできた。結構ギリギリだったなあ、康太……なんて思っていると、湯川さんが慌てて「ごめん!」と席を立った。そっか、湯川さんが今座ってるとこが、康太の席だ。


湯川さんと入れ替わるように、康太が俺の隣に腰を下ろす。気のせいか、一瞬──康太は湯川さんをちらりと振り返った、気がする。


俺は康太に話しかけた。


「遅かったね」


「ああ……まあ、ここ遠いから」


俺にそう答える康太が、少し、ほんの少しだけ……そっけない気がする。でも、気のせいかな。それ以上は、俺も特に考えず、机に教科書やノートを広げる。すると、康太がまた、一瞬、後ろを振り返った。何か気になるのかな……?


「康太?」


つい気になってそう訊くと、康太ははっとして、でもすぐに「何だ?」と反応した。うん、別にいつも通り……だと思うけど……。


「何か気になるの?」


「いや……別に、大したことじゃ」


「もしかして湯川さん?」


考えるより先に、まだ何の確信もなかった──期待めいたことが、ぽろりと口に出してしまった。


「……」


「こ、康太」


でも、康太は目を丸くして、瞬きを繰り返していた。まるで俺が「エスパー」だと言わんばかりに。


──もしかして、康太……。


康太がそんな反応をするから、俺の期待は膨らんでしまう一方で、もういっそ「違う」と言われた方が楽になれるくらい、ぱんぱんになってきたので……俺は、それを言ってしまった。



「やきもち?」



言った瞬間、康太の耳がちょっとだけ赤くなった。


俺はそんな康太に「好きだよ」と小声で言った。「うるせえ」と言われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る