6月15日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





部活に行った瞬を待ちつつ、教室で適当に時間を潰していると、ふと、自在ほうきで床を掃いている木澤の姿が目に入る。そういえば、今日の日直は木澤だったな。俺はなんとなく、声を掛けてみる。


「木澤」


「ん、何?」


手を止めて木澤がこっちを向いたので、俺は「いや、やってていい」と言って、続ける。


「木澤って」


「うん」


「モテるのか?」


「何それ、嫌味?」


とは言いつつも、木澤は笑う。でも、俺は「違えよ」と言った。


「前に西山が言ってたの思い出して。木澤って何か……モテるんだろ」


「適当言うなあ、あいつも。別にそんなことないけど」


「そうか?顔も悪くないし、気も利くし、足も速えし、俺は西山から聞いた時、割と納得したんだが」


「足速くてモテるとか、小学生じゃないんだからさ……」


「付き合ってる奴とかいるのか?」


「何、瀬良って意外とこういうの興味あるの?」


「いや別に……ただ気になって」


そう返すと、木澤は「ふうん」と、何か察したみたいに頷く……ムカつくな。

でも、ややあってから、木澤は教えてくれた。


「まあ、今はいないけど」


「今はってことは、前はいたのか?」


「それはさあ……聞くなって」


「へえ」


「何だよ本当……てか、それ言うなら、瀬良だってどうなの?立花とのことは散々、言われまくってるだろうけど……正直、本当は彼女いたりとか、別の人と付き合ってたりとか」


「ねえな」


「ま、そうだよね」


木澤が肩を竦める。

……というか、瞬を相手にすら、付き合うとか、恋人とか、よく分かんねえってのに、他の奴を相手になんて、ますます考えられるわけがねえ。


なんてことを、木澤に言ってみると、木澤は「そうなの?」と目を丸くして言った。


「そういうのって、分かってるからそうなるもんでもないと思うけど」


「うわあ……」


「何で引くんだよ」


心外そうな顔で木澤が俺を見るので、俺は「だってよ」と言った。


「しゅ……相手が望んでることに応えられるかも分かんねえのに付き合ったら、やっぱり無理だってなった時……期待させたくせに、傷つけることになるだろ」


──言葉を絞るうちに、自然と、胸にあったものごと出してしまった。


それに気づいたのかどうか……木澤は、さっきまでの笑顔は引っ込めて、今度は真剣な顔で、少し考えてから言った。


「んー……でもさ、お互いのそういうラインを探してくのが、一緒にいるってことなんじゃない?」


「探してく……って?」


「なんていうか……はじめから何もかも自分とぴったりハマるピースとして、相手を求めるんじゃなくてさ。傷ついたり、傷つけたり、お互いの痛いと思う部分とか、そういうのを探りあっていくうちに、形が合って、ハマっていって、抜けない繋がりになっていくというか……」


そこまで言って、木澤はにっと笑った。


「なんか、俺から見て……立花と瀬良ってそんな感じがするんだよね」


「な、何で瞬の話になるんだよ」


「先にしたのは瀬良だろ」


「してねえ」


「じゃあ、そういうことにするけど」


そう前置きしてから、木澤は続けた。


「とにかくさ、ちぐはぐで真逆な相手とでも、お互いに芯の部分が通じ合ってるなら、色んな溝も超えていけるってことだよ」


「……そうか?」


「そうだよ」


木澤が俺の肩をぽん、と叩いて行く。教室の隅のロッカーにほうきとちりとりを仕舞うと、「じゃあ、またね」と荷物を持って、木澤は教室を出て行った。


──分かってるから、そうなるもんでもない……か。


俺と瞬は……芯の部分で通じ合ってるとは思う。一緒にいたいということ──それはお互い、同じだ。


でも、どんなことを望んで一緒にいたいかが違う。


瞬には明確にその望みがあって、俺は、瞬のそれに応えられるかどうかも、自分が瞬に対して、そういうことを望むのかも……分からない。


でも、分からないなら、俺は……これから、それを探っていく必要があるんだと思った。


いつまでも、足踏みはしていられない。こうしていられる時間は、お互いに限られているのだから。


気が付くと、時計の針はもうすぐ、瞬の部活が終わるであろう時間を差していた。


俺は椅子を立ち、瞬に会いに行こうと、足早に教室を出る。


もっと互いの気持ちに触れて、瞬に近づきたい──その一心で。



その一心で、図書館に瞬を迎えに行ったんだがな。



「……えっと?」


「……康太、これはその」



……そこで会った瞬は、俺が知っている瞬よりもずっと大きくなっていた。



胸が。


「どういうことか説明してくれ」


「……猿島が、『ちょっと前にさー、弱小バレー部が顧問の先生のおっぱいが見たくて奮起するっていう映画あったよねー?』って」


「懐かしいな……で?」


「『瀬良も、瞬ちゃんのおっぱいがあれば、もっと試験頑張れるかもねー』って、それで……」


恥ずかしそうに俯く瞬と、その制服のシャツを押し上げるたっぷりとした胸──まあ、一目で詰め物をしてると分かるが──にため息を吐いた。


分からん……瞬が。

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