【小話】知りたいないしょごと(前編)
──ある日のこと……その2。
「ばなさんっ!」
「わっ、えっ、まっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、頬張ろうとしかけたメロンパンを取り落としそうになる。なんとかキャッチして振り返ると、そこには、目を丸くしつつ「ごめん!」と手を合わせる舞原さんが立っていた。俺は彼女に「大丈夫だから」と笑って返す。
──お昼休み。今日は康太とお昼が別々になったので、俺は購買でパンを買って、教室で食べてたところだったんだけど。
空いている康太の席に「失礼しまーす」と腰を下ろした舞原さんに、俺は話しかける。
「舞原さんもこれからお昼?」
「ううん。学食行ってきたとこ!ばなさんはお昼中だったね?ごめんね、邪魔しちゃって」
「いいよ。もうほとんど食べたところだし……」
「え?でも、メロンパン、まだ食べてないのに?」
舞原さんが首を傾げて、俺が手に持つメロンパンを見つめる。さっき食べようとしてたメロンパンは、確かにまだ口を付けてないけど……俺は、少し恥ずかしく思いながらも、舞原さんに正直に打ち明けた。
「じ、実は……このメロンパンはデザートで……」
「あ、そうなんだ!でもデザートは大事だもんね。いいよ、気にしないで食べて──」
「……もう三個目のパンなんだ」
「えっと……食事系パン二個と、デザートのパン一個的な?」
「ううん……食事系は三個で、それとは別にデザートのパンが三個目……」
「わーお……」
さすがのポジティブ思考の舞原さんですら、これには引いてるよね……そりゃそうだ。自分でも引くもん。
だけど、舞原さんはすぐにいつもの調子で俺に言った。
「でもいっぱい食べられるなんて、ばなさんが今日も元気いっぱいで、私は嬉しいよ!むしろちょっと羨ましいよ!」
「え?そう?」
「だって、ばなさん。こんなにいっぱい食べてるのにちっとも太らないし!めちゃくちゃ代謝がいいんだね」
「うーん……燃費が悪いとも言えるけど」
「ばなさんの胃袋が一生懸命生きてる証拠だよ!素敵なことだよ!」
「……じゃあ、そう思うことにするね」
舞原さんに励まされて(?)、ほんのちょっとだけ、食べ過ぎた罪悪感が薄れる。とは言え、さすがに自分でも「ちょっとな」とは思ってたので、俺は食べようとしていたメロンパンを袋に戻して口を縛り、そっとリュックの中に入れた。
「……ところで、舞原さん。もしかして、俺に用事があった?」
話しかけてきた時の感じで、そうかなと思ったことを訊くと、舞原さんは「そうそう!」と手を叩く。それから、俺にぐっと顔を寄せ、周りをちらちら窺ってから、舞原さんは声を潜めて言った。
「この前の文化祭の打ち上げの時の話、佳奈から聞いちゃって」
「……あ」
俺はそれだけで、舞原さんの用事を察する。そうか……舞原さんは、用事があって、打ち上げには来られなかったんだよね。
それに俺、舞原さんにも、まだちゃんと言えてなかった。
──康太と付き合い始めたこと。
俺は舞原さんに「うん」と頷いてから、言った。
「ごめんね。ずっと相談に乗ってくれたり、話を聞いてくれてたのに……新学期始まってから色々あって、そこまで気が回ってなくて……」
「そんなのいいよ!佳奈も言ったみたいだけど、私も、ばなさんが幸せなら、それが嬉しいから」
皆、優しいなあ。
俺はじん、と感動しつつ、舞原さんに「ありがとう」と言った。すると、舞原さんが「でも」と続ける。
「ぶっちゃけると……言われなくても、なんとなく知ってたかなー、なんて」
「え、え?そうだったの?」
「うん」と少し困ったように笑う舞原さんに、俺は思わずかあっと頬が熱くなる。
──前々からよく言われてることだけど……そんなに分かりやすいのかな、俺。
俺は自分の情けなさに項垂れながら、舞原さんに訊いた。
「……どの辺で分かった?」
「えっとー……瀬良っちがばなさんの話しかしなかったり、瀬良っちがばなさんと撮ったってプリを急に見せてくれたり、瀬良っちが『俺の友達の話なんだけど』って言って恋愛相談っぽいこと訊いてくることがあったり、しかもその話は、ばなさんにあてはまることが多すぎだったり、ていうか瀬良っちのそれ、相談っていうか惚気話っぽかったり……とか?」
「康太の方か──!」
俺は思わず、顔を手で覆った。ていうか、色々気になる情報が多すぎる。何?康太って舞原さんに恋愛相談とかしてたの?
俺はつい、前のめりになって、舞原さんに訊く。
「その、恋愛相談っぽいことって……どういう話だったの?」
すると、舞原さんは腕を組んで、迷うような素振りを見せて言った。
「うーん。えーっと……その、瀬良っちのプライバシーがあるから、あんまり言えないけど……とりあえず、愚痴とかそういうのじゃないよ!それは間違いない」
「う……気になる」
康太が「恋バナ」を、それも女の子の舞原さんとしてるところなんて想像もつかない。
気になるなら、本人に訊けばいいんだろうけど……康太にもプライバシーとプライドがある。俺に「舞原さんから聞いたけど……」なんて訊かれたら、康太はひどくショックを受けるし、舞原さんの信用にも関わる。
──でも、やっぱり気になるよ!
なんとかして、康太が舞原さんと「恋バナ」をしてるところがこっそり見られたらなあ……なんて、そんな無茶なことを考えているうちに、予鈴が鳴る。舞原さんが「じゃあね!」と席を立つと、ちょうど入れ違いに康太が席に戻ってきた。
「……おかえり」
「おう、ただいま……って、なんだよ。俺をじっと見て。しかも、ちょっとニヤニヤして」
「ううん……何でもないよ」
「……そうか?」
康太が首を捻りつつ、身体を黒板の方へと戻す。
俺はその背中を見つめて、一体、どんな話を舞原さんとしてたんだろう……とやっぱり気になってしまうのだった。
──だけど、その答えを俺は……意外にもすぐに知ることになったのだった。
(つづく)
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