【小話】知りたいないしょごと(後編)
「じゃあ、立花くん。11日の学校説明会、お願いするよ」
「はい、よろしくお願いします。……失礼します」
先生に一礼して、職員室を後にする。暖かくてコーヒーの香りがほんのりする部屋から、ひんやりと冷たい廊下へ出ると、自然と、ふうと息が漏れる。……職員室って独特な空間だから、やっぱり少し緊張するんだよね。
放課後。
俺は、担任の武川先生から「お願いしたいことがある」って、職員室に呼ばれていた。
内容は、「今度の学校説明会で、『先輩』として、入学希望の中学生とその保護者との懇談会に参加してほしい」ということ。
懇談会というのは、入試に向けた準備や、学校生活のことなんかの相談を先輩が受けるというものだ。
正直……上手にできる自信はないけど、先生が「是非立花くんに」と言ってくれたお話だ。
武川先生には、進路関係でもすごくお世話になっているし、俺は先生のお願いを快諾した。
──引き受けたからには、しっかり務めないと……康太にも、相談してみよう。
康太は最近、就活のために面接の練習を積んだからか、大人の人や初対面の人が相手でも、堂々と話ができるようになってる。何かコツがあるなら教えてもらおう。
そうと決めたら、俺は教室へと急いだ。康太は今頃、俺を教室で待っててくれているはずだ。
──あれ、康太……誰かと一緒にいる……?
教室の前まで着いた時だった。半開きの教室のドアからちらりと見えた康太は、自分の席に座ってたんだけど……後ろを向いて、誰かと話しているようだった。あれは──。
「──なんだね、瀬良っち。で、最近の──は……」
──舞原さんだ。
夕陽の差す教室で、二人きりの康太と舞原さんは、前後の席に座って、何か話している。あれ、もしかして──。
──昼間の……「恋愛相談」?
お昼休みに、舞原さんと話していたことが頭をよぎる。康太が実は、舞原さんに「恋愛相談」らしきことをしてる……ってこと。
これは……まさしく、その現場かもしれない。
俺は「いけない」と思いつつも、ドアの陰に隠れて、康太と舞原さんの様子を窺う。
「へえ、あ……瀬良っちって──」
「……ああ。だから──」
──うーん……やっぱり、全然聞こえない……。
教室のドアから二人が座っている場所まではちょっと遠くて、会話はところどころしか聞こえない。
あの康太が、恋愛相談だなんて……すっごく気になるのに。
──なんとかして、こっそり聞ける方法はないかな……?
「あるで」
「えっ……──?!」
聞き覚えのある声がしたかと思ったら、ふいに俺の視界は真っ暗になる。次に、気が付いた時、俺は──。
「っ、え!?な、なんで……俺が……もう一人……?」
なんと俺の目の前に、「俺」が倒れていた。ちょっと久しぶりの超常現象に頭が追い付かず、呆然としていると、俺の後ろで「どうや?」とへらへら笑う声がする。もしかしなくても「奴」だ。
俺はあえて、後ろは振り返らずに訊いた。
「……どういうこと?これ」
「幽体離脱や」
「あー……これが噂の……」
なるほど。確かに幽霊の身体になれば、康太と舞原さんに気付かれずに近づけるね!
なんて。
「そんなこと頼んでないよ!どうするの?!元に戻してよ!」
俺は澄矢さんの胸倉を掴んでぶんぶん揺らす。同じ霊体同士だから、今は普通に触れるみたいだ。いや、そんなことどうでもいい。
確かに、二人の会話は聞いてみたいけど、こんな風に死んでまで聞きたいとはさすがに思わない。
元に戻れなかったらどうしよう──と泣きたい気持ちになっていると、それを察した澄矢さんが「大丈夫やって」と暢気に言った。
「やる時も首の後ろトンってしただけやし、戻る時もなんかこう適当にアレしたらすぐやで」
「適当にアレって何」
「まあ、その……口から詰め込むとか、お尻から入るとか」
「最悪」
俺ははあ、とため息を吐いた。どうしよう……俺の身体がこんな状態で廊下に転がってたら、そのうち騒ぎになっちゃうし、幽霊の姿じゃ、康太にも気付いてもらえないかもしれない。そう考えたら、ますます悲しくなってきて、俺は廊下に座り込んで、膝を抱えて泣いた。
「……ぐす、ひどいよ。肝心な時は何もしないくせに、どうでもいい時ばっかり余計なことして……」
「そ、そんな言わんでもええやん……分かってるて。瞬ちゃんのことは責任持って、絶対に元に戻したるから。とりあえず……ほら、儂が戻れる準備してる間に、せっかくやから、二人の話聞いてきたらええやん。な」
「本当に……?」
「そらほんまや。約束する。ほれ、早く行かんと、二人とも話やめてまうで」
澄矢さんに背中を叩かれ、渋々立ち上がる。まあ……そこまで言うなら……。
「……絶対、元に戻してね」
「おう、分かっとる」
澄矢さんによく言ってから、俺は教室の中へと足を踏み入れた。霊体になっているからか、もちろん足音は全然しないし、確実に、舞原さんの視界には入ってるはずなのに、彼女は俺に全く反応しない。
康太だって、こんなにすぐ近くにいるのに、俺の方を全く振り返らない。
──本当に……俺に気付いてないんだな。
心に隙間風が吹いてくるみたいに、寂しい気持ちになりつつも、気を取り直して、俺は二人の会話に耳を傾ける。
──さて、二人はどんな話をしてるのかな……?
「そっかー。じゃあ、瀬良っちは今、バイト探し中なんだ」
「……ああ。短期でも稼げるやつ、探してんだ。舞原はバイトしてるんだろ?何かいいの知ってるか?」
「うーん、私は今のとこが長いから、あんまり知らないかなー……ネットとかはどう?」
「ちまちま見てるけど、条件が微妙なんだ」
「そっかあ……」
──康太がバイト?初めて聞いたな……。
絶賛就活中の康太だけど、もしかして、就活が上手くいかなかった時に備えて、バイトも視野に入れてるのかな。けど、稼げれば短期でいいとも言ってるし……。
「でも、どうしてバイト探してるの?」
そんな俺の質問は、舞原さんが代わりにしてくれた。少し緊張しつつ、康太を見遣ると、康太は舞原さんに頷いてからこう言った。
「車の免許取るのに金がいるんだ。それに……」
「それに?」
「……クリスマスに、瞬と出かけたいだろ」
「ひゅう!」
舞原さんが口笛を吹いて囃し立てる。康太は「おい」とそれを咎めつつも、続けた。
「瞬と遊びの予定立てる時、いつも……金かかるとか、つい言っちまうから。クリスマスくらい、行きたいところに行けるようにしたい、だろ……」
「ひゅうひゅう!」
舞原さんが一層、囃し立てる。
俺は……もう、康太の気持ちが嬉しくて、くすぐったくて、そわそわして……だけど、これ以上は訊くのをやめることにした。
「何々?瀬良っち的には、行きたいところの候補とかある感じ?」
「……まあ、そうだな。これから瞬誘って決めるけど……」
──楽しいサプライズは、何も知らないまま……康太と一緒に考えた方がいい。
俺は、二人に背を向けて、教室を後にした。
……ちなみに、幽体離脱はちゃんと元に戻りました。
とても言いたくない方法で。
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