【小話】コールミー


──ある日のこと。


「瞬、ゲームしようぜ」


「ゲーム?」


勉強にひと区切りをつけて、軽く伸びをする俺を見て、床で寝転がってスマホを弄っていたんだろう康太が話しかけてくる。

俺は康太の方を振り返って言った。


「別にいいけど……ゲームって何?」


最近はご無沙汰だけど、前によくやっていたレースゲームかな?埃を被っちゃってたから本体仕舞っちゃったんだよな……なんて思ってると、康太は「簡単なやつだ」と言って、おもむろに床から身体を起こす。


「前に、愛してるゲームっていうのやっただろ」


「あー……懐かしいね。康太が【条件】をやってた頃だ」


たしか、今年の初め頃だったな。まだ一年経ってないのに、もうすごく前のようなことがする。

あの時は、西山の言い出した遊びに、康太が乗っただけだと思ってたけど……今思えば、康太、必死だったんだな……。


俺は勉強机の椅子から降りて、康太の向かいに腰を下ろす。それから、康太の頭をぽんぽんと撫でた。


「頑張ってたね、康太」


「ああ、自分でもあの三ヶ月間、俺はよくやってた方だと思うぜ……」


「……本当にそう思う」


その後、逆の立場になってみて、あの大変さは身に染みてるから尚更だ……なんて、しみじみしてしまったけど。


「その愛してるゲームを、またやろうってこと?」


「いや、ちょっと違う」


「違うの?」


俺が首を傾げると、康太はひとつ頷いてから言った。


「ルールは似たようなもんだけど。『愛してる』じゃなくて、お互いに今までにない呼び方で相手を呼ぶんだ。それで、より相手をそわそわさせた方が負けだ」


「なるほど……」


要は暇つぶしのゲームってことだ。

康太はこんな風に遊びを考えるのが結構好きで、小さな頃からよく、俺にいきなり「こういうゲームをしよう」と提案してきたのを思い出す。変わってないな、こういうところ。


俺はそんな康太に「うん」と頷いた。


そんなわけで、早速、俺は少し考える。今までにない、康太の呼び方か……。


「……こうちゃん」


「っ、な、なんだよ急に……!」


康太が眉を寄せて、そわ……っと身体を震わせる。なるほど、こんな感じだね。

ちょっとコツを掴んだ気になっていると、康太は口を尖らせて言った。


「……今のは、練習だからな。てか、『こうちゃん』は昔、一瞬だけそう呼んでたことあったろ……」


「え?あったかなあ……」


記憶を辿ろうと宙を見上げていると、康太が「幼稚園の頃」と言ってくる。言われてみれば……呼んでたこともあったかもしれない。

でも、本当に一瞬だ。たぶん、出会ってすぐの頃に、何回か。康太、よくそんなこと覚えてるなあ……。


すると、俺の考えていることが伝わったのか、康太は照れくさそうに言った。


「俺のこと、そんな風に呼んでひっついてくる奴、他にいなかったから……」


「そっか」


微笑ましく康太を見つめると、康太は「もういいだろ」と言って続けた。


「とにかく、やろうぜ。じゃあ……瞬はさっき言ったから、俺からな」


「分かったよ。……あ、ちなみに、勝ったら、何があるの?」


「え?ああ……そうだな。じゃあ、勝ったら……今日一日、自分を好きな風に呼ばせることができるってのはどうだ」


「よし、乗った」


こうして、康太発案の「相手をそわそわさせる呼び方ゲーム(仮)」が始まった。


先攻は、さっきも言った通り、康太だ。

康太は少し考えてから、俺をこう呼んだ。


「……立花」


「うわあ……」


これはちょっとそわっとする。たぶん……出会ってから、一度もされたことがない名字呼び。シンプルだけど効くなあ……。

俺は康太の手に感心しつつ、次に自分の出すべき手を考えた。そうだな……じゃあ、俺は。


「……瀬良さん」


「うわ」


康太がぶるっと身震いした。どうだ、名字呼びには名字呼びだ。それも、さん付け。さぞ、そわっとすることだろう。

だけど、もちろん、康太はそれくらいじゃ引かなかった。頭を振って、そわそわを追い出すと、康太はすぐさま反撃に出る。


「……瞬ちゃん」


「わあー……」


俺は鳥肌が立つような感覚に襲われた。今度は下の名前にちゃん付け。それだけなら、皆にもよくそう呼ばれるから、なんてことないけど、相手が康太なら別だ。康太が俺をちゃん付けなんて……申し訳ないけど、ぞわっとしてしまう。


──でも、負けたくない!


俺は戦意に火を灯して、康太をぞわぞわさせる呼び方を絞り出す。こうなったら……。


「……せらこう」


「うわっ……キモいな」


康太は眉を寄せて、不快そうな顔をした。言いたいことは分かる。そこまで言うなら、もう「た」まで言えよって感じだろう。ちなみに、俺も含めて、康太は今まで「せらこう」と呼ばれたことはたぶん、ない。だからこそ、余計に気持ち悪いだろうな。


これはもう、俺としては勝負を決めにいくくらいの渾身の呼び名だった。


──だけど、康太もかなりしぶとい。


康太は「うーん」とたっぷり唸った後、急にかっと目を見開いて、自信たっぷりに俺をこう呼んだ。


「……たっちゃん」


「だ……誰っ!?」


「たちばな」から取ってるんだろうけど、如何せん、俺っぽくない。というか、こんな風に呼ばれたことないよ。

これはこれでかなりそわそわする……と鳥肌の立った腕をさすっていると、康太はドヤ顔で俺に言った。


「どうだ、もう降参するか?」


「う……いや、まだだよ」


そこで、俺はもう一度戦意に火を灯した。ダメだ、こんな腹立たしい顔の康太に「負けました」なんて絶対言いたくない。


俺は頭をフル回転させて、必死に考えた。康太がそわっとしそうな呼び名……それも、ものすごくそわっとするやつ。


──康太が、そわそわすることから考えよう……康太といえば……そうだ!


俺は思わず、机を叩いてしまった。が、すぐに気を取り直して、康太に向き直る。


それから──俺は言った。



「……あなた」



「……っ!?」


ミイラ取りがミイラに……って、こういう時に使うのかな。

康太は、びっくりして目を見開いた後、ぱちくりと瞬きを繰り返して、それから顔をかーっと赤くさせた……勝ったな。


我ながら、ニヤニヤとした顔で康太に「どう?」と訊く。


──すると、康太は俺に言った。



「……ハニー」



「……う゛っ」


「おい、えづくな!傷つくだろ!」


聞いた瞬間、俺は思わず康太から顔を背けていた。もちろん、恥ずかしいからじゃない。俺ははあ、と息を吐いてから言った。


「……いつもの呼び方が一番いいね」


「……そうだな」


康太は素直に頷くと「俺の負けだ」と白旗をあげた。

俺は勝者の権利として、康太にたくさん「瞬」って呼び直してもらった。

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