【小話】ご報告
──最も的確に人の心臓を止める言葉をご存知だろうか?
俺は、さっき知った。
「……康太」
「ん?」
──それは、月曜日の放課後のことだった。
いつものように、瞬と一緒に帰っている途中、突然、瞬がこんなことを言いだしたのだ。
「ご、ご報告が……ありまして」
「お、おう……」
──な、何だよ……【ご報告】って。
聞き慣れないが、妙にざわざわする言葉に、俺は思わず唾を飲む。
【ご報告】って、アレだよな?
なんか……芸能人とかが、やべえことした時に、ファンに対して使うやつ。
つまり、今の瞬は……俺に対して、何か「やばい」お知らせがあるってことで。
ひとまず、俺は思いついたことを、口にしてみる。
「……け、結婚か?」
「そんなわけないでしょ!だとしても、俺が康太に言うの変だし……」
「そうだよな……」
俺は、ほっとする。
そうだ、瞬が俺以外の奴と結婚なんかするわけないからな……。
「……っ」
「じ、自分で言って恥ずかしくならないでよ?!」
手で顔を覆う俺の背中を、瞬がばしばし叩く。
……気を取り直して、俺は瞬の顔を見て言った。
「いや、悪い。じゃあ何だ……引退か?」
「何を」
「……文芸部を?」
「もうしちゃったよ。だから、月曜日なのに一緒に帰ってるんでしょ?」
「そうだったな……」
この前の文化祭をもって、一応、文芸部の活動はひと区切りしたらしい。でもそれはもう、前に聞いたしな。
「じゃあ……あとは何だ?……てか、今更だけど、良い【ご報告】なんだよな?まあ、悪い【ご報告】でも、もちろん聞くけど」
「い、良い報告……かな。あ、でもちょっとだけ悪い報告かも……俺にとっては、だけど」
「どっちなんだよ」
今度は俺が、瞬の自信なさげな背中を叩く。すると、瞬は「うーん」と唸ってから、「じゃあ」と言った。
「……もう言います。もったいぶっても仕方ないし。それに、本当……これは俺の、すごく個人的なことだし……」
「そういうのを分けて生きてくって決めたんだろ。良いことは一緒に喜んで、悪いことはどうするか一緒に考えようぜ」
俺がそう言うと、瞬はふっと微笑んで頷いた。
「……うん」
瞬がすっと息を吸う。それから、瞬は俺に「ご報告」をしてくれた。
「第一志望の大学を……推薦で受けられることに、なりました」
「おう……!」
第一志望の大学を、推薦で。
と言われても、正直よく分からないが、俺は手を叩いて瞬を祝った。
「おめでとう、瞬。推薦ってことは……もう勉強しなくていいってことだろ。受かったようなもんなんだよな。すげえじゃねえか」
「それは全然違うけど……」
首を捻る瞬は、俺に「公募推薦っていうのは云々」と説明してくれようとしたが、俺はそれを「まあいいだろ」と止める。
「瞬にとって良いことなんだろ。俺はそれが分かれば十分だ……」
と、そこまで言いかけて、俺はハッとする。
そうだ、でもちょっと悪いことでもあるんだよな?
まさか。
「……海外の大学に行くのか?」
「違うよ。県内のとこだよ。……俺が、悪いって言ったのは、その……」
瞬は俯きがちに、こう言った。
「……一般より入試の時期が早いから、来月にはもう本番で。だから……これから康太と、一緒にいる時間がちょっと減っちゃうかもしれないってこと……」
「……そうか」
それは確かに悪いことだ……が、瞬の進路がかかっている以上、仕方ない。
「頑張れよ……なんて、瞬は頭良いから、大丈夫に決まってるけど。むしろ、試験近いからって無理すんなよ。たまにはサボったり、息抜きしたり……」
言いながら、最後にこれも言おうか迷う。
でもまあ……それは、瞬もさらけ出してくれたところだからな。
恥を忍んで、俺は言った。
「お、俺に構ったり……してもいいと思う、けど」
恥ずかしい。俺は瞬から顔を逸らしつつ、耳はそばだてて、瞬の反応を窺う。
「……」
……反応がない。
恥を忍んだというのに、無反応はキツいだろ。
俺はたまらず、瞬を振り返る。すると──。
「……っ、わ、分かった」
赤い顔でそわそわした瞬がこくりと頷いた。
夕方の冷たい風が頬を掠めていく。
俺達は、どちらからともなく手を繋いで、歩き出した。
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