絶対に気持ち良くなってはいけないスパリゾート24時 ⑦


「……悪いな、瞬ちゃん。面倒かけちまって」


「俺は大丈夫ですよ。えっと……ゆっくり、お話できたみたいでよかったです」


「ね」と言って、俺の膝に頭を載せてのびている康太に笑いかける。康太は力なく俺を見上げて「悪いな」と言った。


──康晃さんと康太が大浴場から戻ってきた後。


ゲームコーナーの隅に置かれたベンチで、俺と康太と康晃さんは並んで腰掛け、少し休んでいた。(ちなみに、澄矢さんは「もう儂はええやろ」と言って、どこかへと消えてしまった。)


というのも、大浴場から出て来た時、康晃さんは、真っ赤な顔でへろへろになった康太を担いでいたのだ。

どうしたのか訊けば、「いやー……ちょっと話し込みすぎちまってな。のぼせちまったみたいだ」とのこと。


だから部屋に戻る前に、少しここで休んでから行くことにしたんだけど──。


「康太、大丈夫?お水飲める?」


「ああ……ありがとう」


片手で康太の背中を支えて、身体を起こすのを手伝う。それから、康晃さんが持って来てくれた、ストローの差してあるペットボトルのお水を飲ませてあげた。(お水くらいなら、飲んでも大丈夫だろうということだ)


「……っ」


俺の手からごくごくとお水を飲む康太は赤ちゃんみたいだった。一息に水を飲み干した康太の背中をさすってあげて、また、膝の上に寝かせてあげる。汗でじわりと濡れた額に手を載せると、康太の表情がふっと和らぐ。


「気持ち良い?」


「ん……冷たい……」


「じゃあ、もうちょっとこのままでいるね」


康太の額から頬、首筋を手の甲で撫でる。すると、それを見ていた康晃さんがぽつりと言った。


「あんだけ必死に『まだ』だとか釈明する割には、人前で平然とイチャつくよな……お前ら」


「え?」


「何言ってんだよ……こんなの別に普通だろ……」


「その反応は怖えよ……まあ、いいや」


康晃さんが「お前は寝てろ」と康太の頭をわしわしと撫でつける。康太は鬱陶しそうにしながらも、言われた通り、目を閉じる。

何だかんだ言っても素直な康太に、康晃さんは目を細めた。


「はは。高校生って言っても、やっぱまだ子どもだな」


「可愛いですよね」


「瞬ちゃんは何かこう……見た目に反して、結構強かだよな……」


「そんなことはないと思いますけど……」


「いやいや」と康晃さんが首を振る。それから「なあ」と俺に訊いた。


「康太のこと……好きか?」


俺は「はい」と頷いて答えた。


「……大好きです」


言ってから、頬がかあっと熱くなった。康晃さんの顔を直視できなくて俯くと、膝の上で、両手で顔を覆っている康太が目に入った。それを見てますます、恥ずかしくなる。康晃さんはそんな俺達を見て、また笑った。


居たたまれなくなったので、話題を変えようと、俺は康晃さんに尋ねる。


「あの、そういえば……康晃さんは、どういう経緯で、ここの支配人になったんですか?」


「ん?ああ……そりゃあ、ここを作ったのは俺だからな」


「え?あの……すごい建物を?」


「まあ正確には、俺と、同じ事故で死んだ奴らを集めて作った……だな」


康晃さんが懐かしむように宙を見つめる。すると、康太がぼそりと言った。


「父さんは……仕事中の事故で、亡くなったんだよな……」


「ああ。建設関係の仕事で……現場の作業中に事故が起きて死んじまった。何十人も巻き込まれるような大事故だ。俺よりも若い奴もいたし……家族を置いてこっちに来ちまった奴もいた。ただっぴろい、何もねえ……よく分かんねえ世界に来て、俺達は、全てを失ったと悟った」


俺は、澄矢さんの案内で「こっち」に来た時のことを思い出す。行く先も見えない霧、その奥にある巨大な「極楽天」……。

「極楽天」が巨大だということは、それができる前は、その分だけ、そこは空白だったってことだ。


──大切な人達も、何もかも失って、あんな何もないところに……。


想像を絶する、けれど、息が苦しくなる。康晃さんは、そんな俺に「昔の話だ」と言って、笑って見せてから、続けた。


「自分の死を悟った途端、理性を失って、暴れ出す奴もいた。狂ったように泣き叫ぶ奴もいたし、ここで死ねば向こうに帰れるかもしれねえって、自傷行為を始める奴もいた。ああ、ここが地獄なのかって思った。俺も……そんな地獄に飲まれかけてた。だが、そんな状況でも、ここで何ができるかってのを考えてた奴らもいたんだ」


「そいつらと、作ったのか……ここを」


康晃さんは頷いた。


「俺達は、向こうでは死んだけど……こっちで目覚めたってことは、今度はこっちでの『生』が始まったってことだ。人が生きていくためには『目的』がいる。何を為し、何を得るのか。希望を持てるような何か──俺達が新しい『生』を受け入れて生きていくためには、そいつが必要だったんだ。そして、俺達が見出したそれが……『極楽天』を作ることだった」


俺はタブレットで見た「極楽天」の注意書きを思い出す。


──『当リゾートは、現世での生涯を終えた方への慰労、及び、現世への未練の清算を支援することを目的とした複合型リゾート施設です。

お越しになった皆様が、現世との縁を断ち、あの世での新しい生活へと舵を切れるよう、従業員一同、心を込めておもてなしを致します。』


──あれは、康晃さん自身の経験から来てるものなんだな……。


俺の考えを察したように、康晃さんは「いや」と言って首を振った。


「最初から、そこまでの大義があったわけじゃねえ。とりあえずの『目的』が、この巨大な箱を作ることだったんだ。何もねえでかい土地に、一から自分たちの好きなように、物を作る……その作業に没頭することで、ひとまず、気を鎮めたんだよ。そこにいた奴らは皆、生きてた時はそういうことを仕事にしてたし」


「それで……こんなでけえ建物を作れるもんなのかよ……」


康太がそう言うと、康晃さんは「ああ」と楽しげに言った。


「そうと決めて動き始めたらよ。土とかコンクリとかでできた四角いブロックがその辺で手に入ることが分かったんだ。それを重ねていけば強度のあるでかい建物を作れそうだってなってよ。あとはそれを皆で無我夢中で築き上げるだけだ。時々、緑色の変な奴が爆発して壊してったりすんのが厄介だったけどな」


「マイクラか」


康太がツッコむと、康晃さんは「何だそれ」と首を傾げた。康晃さんの頃にはまだなかったから仕方ないね。


「──と、まあ、そんなわけで。この箱ができあがった頃には、皆もう、ここでの生を受け入れられてたんだ。その後は、また空いた土地に何かを作りに行くって出てった奴もいるし、ここをリゾートとして運営したいって奴もいた。で、俺はここに残って、ホテルマン?みたいなのやってみてえなーとか思ってたら、いつの間にか担ぎ上げられて、支配人になってたってやつだ」


「ちょっと長話になっちまったな」と康晃さんがベンチから立ち上がる。それから、康太の肩を叩いて「もう行けるか」と訊いた。

康太はゆっくりと身体を起こしながら、それに答える。


「……ああ、大丈夫だ」


「なら、そろそろ……ここを出た方がいいな。貸し切りにした時間が終わる。部屋まで送ってくから、ついて来い」


「はい。ありがとうございます」


「礼を言うのはこっちの方だぜ。お前らと会って、話ができて良かった。普通じゃ、叶わねえことだ……こんなとこまで、来てくれてありがとうな」


「……」


康晃さんに言われて、康太が俯く。はじめ、照れているのかなと思ったけれど──なんとなく、康太のその横顔は、思い詰めているような気がした。





康晃さんの案内で、再び、業務用エレベーターに乗って、部屋へと戻る。部屋の窓の外ではいつの間にか、朝になっていたようだ。霧の奥に透ける陽の光が窓から差して、柔らかく部屋を照らしていた──んだけど。


「「……」」


部屋に入るなり、その光景に俺達は絶句した。具体的には、寝室の……ベッドの上の光景に。


「……おい、なんだこれは」


康太が眉を寄せて、背後の康晃さんを振り返る。康晃さんはにっと得意げに笑って答えた。


「ローションとゴムとその他、役に立ちそうな道具一式に、雰囲気が出るように布団にバラの花びらを撒いてみたぞ。必要だろ」


「いらん」


康太がきっぱりと言うと、康晃さんは康太によく似た顔で「そうか?」と首を傾げる。


「俺だって学んだんだぜ。こういうのは前もって用意しておくべきだったってな。それに息子はヘタレだし、少しでも雰囲気で後押ししてやろうと思って──」


「いいから、そういうの!」


「もう行け」と康太が康晃さんの背中を押す。康晃さんは「えー?」と不服そうだ。


「瞬ちゃんだって、いい加減こいつのヘタレぶりには辟易するだろ。遠慮すんなよ」


「……そうなのか?瞬」


康太と康晃さんの視線を一身に受ける。俺は首を振って言った。


「ま、まだ学生ですから……」


「固いなー……ま、いいか」


「またな」と康晃さんが手を振って、部屋を出て行く。俺は康晃さんに「ありがとうございました」と頭を下げた。


「はあ……」


怪しいグッズが載った漆塗りのトレイをサイドテーブルの上に避けて、ついでにバラの花びらも手で払って、康太がベッドに腰を下ろす。


俺はおそるおそるそのグッズのうちの一つを手に取った。白くて、わっかが付いていて、その先からにょろにょろした細長いものが伸びている、手のひらに収まるくらい小さなものだ。何に使うかは想像もつかない。


すると、それに気付いた康太が「やめろ」と言う。


「そんなもん、置いとけって。どうせロクなもんじゃないだろ」


「うん……でも、こんなの何に使うんだろうって」


「わっかが付いてるし……ちょっと奇抜な指輪とかか?」


「こんな風に」と康太が人差し指に嵌めて、俺に見せる。俺が見たって、絶対に違うと分かるもので、つい可笑しくなって笑ってしまう。

そこへ──。


「あ、そうだ。康太。手順に自信がねえかもしれねえから、図書館から『猿にも分かる男同士のエッチのやり方』って本を──っておい!?」


またしても、寝室の入り口に康晃さんが立っていた。康晃さんは謎の指輪(?)を嵌めた康太を見て、目を丸くしていたけど、すぐにしみじみとした顔でこう言った。


「まさか……雰囲気づくりがここまで上手くいくなんてな……でもよりにもよって、エネマを選んじまうなんて……早すぎだろ」


「頑張れよ」と言って、康晃さんは去っていった。引き留める間もなく、ばたん、とドアが閉まる音がする。

康太は静かにそれを外して、トレイの上に戻した。俺は康太の背中に話しかける。


「俺達……どんな誤解をされちゃったのかな……」


「考えたくねえな……」


また、康太はベッドに腰を下ろす。俺もその隣に座った。


「……知らない方が幸せかもね」


何気なくそう言うと──ふと、康太が寂しそうな顔をして「そうだな」と言った。


「康太?」


「いや……何でもねえ。ちょっと横になっても、いいか」


「いいよ」


俺が頷くと、康太がベッドに寝転がる。俺もその横に寄り添って寝た。


──ベッドが気持ち良いと思う前に、何かしないと……。


「康太」


俺は康太をぎゅっと抱きしめた。いつか、康太は──俺にこうしたいと言ったことがある。

──今もそう思っているかは分からないけど、これが俺にできることだと思った。


「瞬……」


そんな俺の行動は、もしかしたら、康太の役に立てたのかもしれない。


康太は俺を抱きしめ返した。それから、俺に「ありがとう」と囁いた。

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