5月7日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
──ザアァ、ザアァ。
雨粒が窓を叩く音と、風の音で目が覚める。
昨夜は暑くて、半袖のパジャマで寝ちゃったから、肌寒い。俺は頑張ってベッドを抜け出て、タンスからパーカーを引っ張り出して羽織った。
温かいお茶でも飲みたいな、と思って、キッチンの電気ケトルでお湯を沸かしていたら、テーブルに置いていたスマホが鳴る。
「おはよう、どうしたの」
『おう……おはよう。まあちょっと……』
電話の主は康太だった。どうしたの……なんて聞いたけど、康太の声色で大体想像はつく。
──実春さんと喧嘩しちゃったかな。
ちょうどお湯が沸いたので、俺は通話をスピーカーにして、一瞬テーブルを離れる。
ほうじ茶のティーバッグを入れたカップにお湯を注いでから、またテーブルに戻ると、康太が言った。
『瞬は今何してる?』
「ん……お茶飲んでる」
『もしかして起きたばっかだったか?』
「ううん、大丈夫だよ。今日は家にいるし、雨だから」
『そうか……』
電話の向こうで、がさがさ、と布が擦れるみたいな音がする。康太はベッドで寝てるのかな……たぶん、寝返りを打ったんだと思う。何だか、生々しくて、どきりとした。
「康太は今日はどうするの?お家にいる?」
胸の音を誤魔化しながら、康太にそう訊いてみると、康太は「んー……」と少し考えてから言った。
『特に……何もない』
「そっかー」
言ってから、さっきの康太と似たような返事をしちゃった、と気付いて、ちょっと笑う。
それから……特にお互い話すこともなく、でも通話は繋いだまま、しばらく過ごす。
雨の音と、それから、お互いの生活音だけが流れる時間に気まずさは全然ない。むしろ、音の向こうに感じる相手の存在が、心地よかった。
お茶を啜っていると、テーブルの上にあるパッケージが目に留まる。俺はそれを手に取って、中からお菓子を一つ取り出した。包み紙を開いている音は康太にも聞こえたみたいで、康太が俺に訊いてくる。
『……何か食べてる?』
「うん。康太のお土産。たぬきのお饅頭のやつ……可愛いね」
『ああ……何か瞬に似てるなって思って』
「えー?そうかな」
お饅頭を頬張りながら、剥いた包み紙を広げて見る。ゆるいタッチのたぬきの顔が描かれた包み紙──自分ではよく分からないけど。俺はお饅頭を飲み込んでから言った。
「康太、最近さ……何でも、あれが俺に似てるとかなんか、そういうこと言うよね」
『だって似てるから……しょうがないだろ』
「適当に言ってない?」
『そんなことねえよ……ちょっと、カメラオンにして顔と並べてみろって』
「えー……」
そう言われて、俺は頭の後ろに触れる。まだちょっと寝癖がついてるし、服もパジャマの上に適当なパーカーを着てるだけだ。こんなの別に、康太には何回も見られてるけど……。
「今はちょっと……」
『そうか……じゃあいいや』
俺と康太の間に静けさが戻る。
俺は、包み紙を弄りながら、康太が最後に言ったことを、飴みたいに頭の中で転がしていた。ほとんど願望に近い勘に任せて、いっそ誘ってしまおうか悩んだ──「うちに来る?」って。
──でも、通話がいいのかな……今は。
家に来たい時は最初から家に来るだろうし、そうなんだと思う。それなら、俺は康太がしてほしいようにするし、そう在りたかった。康太と実春さんのことを思うと、すごく不謹慎だけど……正直なところ、こんな風に、康太に頼られるのは嬉しいし。
『饅頭美味い?』
「美味しいよ。康太は食べた?」
『いや……自分の分は買わなかったから』
「そうなの?じゃあ取っておくから、食べてみてよ。美味しいよ」
『そんな美味いなら瞬が全部食べていいぞ』
「でも、康太いっぱい買ってきてくれたから」
言いながら、頭の隅では「今からうちに来て食べるってならないかなあ」とか、そんなことを想像した。
康太の次の言葉を待つ行間で、期待は膨らむ一方だった。でも、「康太の幼馴染」として十数年培ってきた勘で、たぶん今日はそうならない気がする。
『あ、そういや昨日さ……瞬にめちゃくちゃ似てる子どもに会ったんだよ。名前も【しゅん】だったんだぜ……すげえ偶然だよな』
「へえ……すごいね。ていうか、康太、また俺のそっくりさんを見つけたの?」
『ああ、マジですげえ似てたんだよ……このマンションに住んでるんだって』
「ふうん……じゃあ、どこかでまた会えるかな」
『そうだな……瞬にも見せたかったな』
こんな風に、沈黙とぽつぽつとした会話を繰り返しながら……気が付けば、康太と一時間半くらい繋がっていた。薄く平べったく、なんとなく伸ばしてきたけど、お互いに「そろそろ」だなあと思い始めたのを感じる。
『じゃあ……ぼちぼち切るわ。悪い……付き合ってもらって』
先に口を開いたのは康太だった。見えてないけど、俺は首を振った。
「いいよ、別に。暇だったし……あ、お土産、ごちそうさまでした」
『ああ、うん……じゃあ、明日な』
「うん、おやすみ」
『おやすみ?』
「あ……間違えた」
そう言ったら、康太は思いきり笑った。俺も可笑しくなって笑いながら、でも、康太が元気になったみたいで良かったと思った。
それから、今度こそ「じゃあね」を言って通話を切ろうとして──。
「あ、待って。待って……康太」
『ん?』
「今日の!えっと……好きだよ!」
『おう……?』
スマホの向こうで康太は少し考えてから……「何か、家に忘れた弁当を、追いかけてきた母さんに持たされたみたいだな」と言った。言われて、俺もそうだと思った。
……康太とは結局、それからまた、何だかんだ十分くらい喋ってしまった。
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