5月6日

【じょうけん】


1.まいにち、0じから、23じ59ふんまでのあいだに、こうたくんに「すき」っていっかいいじょういうこと!どうやっていってもいいけど、ぜったいにこうたくんが「おれにいわれた!」っておもうこと。


2.いっこめのじょうけんをいわれたことは、こうたくんにはぜったいにないしょにすること!


3.いっこめとにこめのじょうけんがじっこうされなかったら、こうたくんはすぐにしんじゃうよ。


かみさまとのだいじなおやくそく、しゅんちゃんはまもれるかな?





「こどものひ、もうおわってるよお!」


めがさめて、いちばん、ていじされた「じょうけん」につっこむ。すみやさんがくびをふっていった。


「申し訳ないけど、今回はそういうんじゃないねん。楽しいイベントやったらまだよかったんやけど……こっちもちょっと想定外やったわ」


「そういうんじゃないって?」


「とりあえず、鏡見てみ。瞬ちゃん」


いわれて、へやのすみにおいた「すがたみ」のまえにたってみる。そこにうつるじぶんのすがたに、おれはびっくりして、こえをあげた。


「ええー!?ちっちゃくなってるう!」


おもわず、ほっぺやからだのあちこちをぺたぺたさわる。もともと「瞬は小さい頃からあんまり変わらないわねえ」なんて、かあさんにいわれてたけど、そういうもんだいじゃない。


なんと、おれのからだは──ようちえんせいくらいになってしまったのだ!


「す、すみやさん。どうしよお、これ……」


たすけをもとめて、すみやさんをみあげる。いつもはおれのほうが、せがたかいけど、いまは「ちゅうがくせい」くらいにみえるすみやさんのほうが、ずっとおおきい。


すみやさんは、めずらしく、ほんとうにもうしわけなさそうなかおでいった。


「ほんまに悪いなあ。やっぱ、宇宙船で超高速の移動を短時間に繰り返した影響かもしれんわ……瞬ちゃんがどうってよりは、世界の方が情報の読み込みをバグってんのかもなあ。なるべく早よ直せるようには頑張るけど、それまでは堪忍な」


「むずかしくてよくわかんないよお」


なきたいきもちになった。だけど、すみやさんに「すまんなあ」とあたまをなでられたら、ふしぎと、おこるきもちにはなれなかった……ていうか。


「こどもあつかいしてるでしょ、もお!」


「扱いも何も、こどもやん。それにちいちゃい瞬ちゃん、かわええし」


「かわいくないよ。ていうか、こんなんじゃ、こうたにもあいにいけないし、じょうけんもできないよ」


「いや、申し訳ないけど、それはそれや。そっちはその身体でもちゃんとやってな」


「でも、こうたになんてせつめいするの?もしかしたら、おれだってわからないかも」


おれがこうたに「すき」っていうのが、じょうけんなんだから、こうたが「しゅんにいわれた!」っておもわないとたっせいにはならないんじゃないの?


だけど、すみやさんは「そこは大丈夫や」と言った。


「条件の1で縛っとるんはあくまでも、【立花瞬が瀬良康太に「好き」と言うこと】と【瀬良康太が「好き」と言われたと認識すること】や。康太の方が『自分に好きと言われた』と認識さえすれば、瞬ちゃんに言われたかまでを認識する必要はないで」


「それって……たとえば、おれがこうたのいないところで、こうたを『すき』っていって、ちがうところで、こうたが『だれかにじぶんをすきっていわれた』とおもったら、たっせいできちゃうってこと?」


「そこはまあ、ルールの穴やな。でもまあ……どのみち、瞬ちゃんは康太に毎日『好き』って言わなあかんし、瞬ちゃんが、康太の命を毎日、他人に預けられるんなら、その辺、活かすこともできなくはないけど」


──できない。


それに……これはおれが、こうたにいわないと、いみがないことだ。


こうたのいのちは、たいせつだけど、ただそれをたっせいできたら、いいってわけじゃない。


「ま、そうなるな。せやから、儂らも敢えてこのエラーは直してないねん。今日みたいな時には助かるけどな……真面目が一番ちゅうこっちゃ。ほんなら、今日も瞬ちゃんは真面目に頑張るんやで。儂もなんとか戻せるようにやってくるから」


そういうと、すみやさんはいなくなった。へやには、おれ、ひとりきりだ。


──とりあえず、これ……なんとかしないとなあ。


おれは、すがたみにうつった、ぶかぶかのパジャマをきたじぶんに、ためいきをついた。





「これでいいかなあ」


なんとかみつけた、こどもようのふくにきがえて、すがたみのまえでくるくるとまわってみる。


ちいさいからだは、たいへんで、なんでもない、いえのだんさもいつもよりおおきくて、よたよたしながら、やっとかあさんととうさんのへやまでいった。


もくてきは、かあさんがウォークインにしまった「いしょうケース」だ。

かあさんは、おれがちいさいころにきてた「おようふく」とかをぜんぶとっておいてあるから、それがみつかれば、ふくのほうは、なんとかなりそうだった。


まあ、そこからきがえるのも、ほんとうに「ひとくろう」だったんだけど。


──あとは、おうちをどうやって、でようかな。


いすをひきずれば、げんかんのどあのぶには、なんとかとどきそうだ。そこから、おうちをでて、こうたのいえにいくとしても……でも、どうしよう。


へたに、マンションのろうかをうごきまわってたら、まいごだとおもわれて「つうほう」されちゃうかもしれないし。


──ん?でも、これなら……もしかして。


そのとき、おれは「あること」をおもいついた。それは──。





──こん、こん。


昼前くらいか。部屋で寝っ転がっていると、玄関の方で控えめにドアをノックする音が聞こえた。


──瞬か?


宅配便だったらチャイムを鳴らすだろうし、たぶんそうだろうと思いながら、おもむろに起き上がり、玄関に向かう。ドアを開けると──。


「せらさんの、おうちですか!」


「うお……」


──そこには、幼稚園生くらいの小さな子どもがいた。ただ、俺が驚いたのはそこじゃない。


その子どもは……なんと、小さい頃の瞬にそっくりだったのだ。

着てる服の雰囲気から何まで、あの頃の瞬そのものだ。


──また、幻覚でも見てんのか?


ついそう思ったが、たまたま廊下を通りがかった人が、ちび瞬──便宜上そう呼ぶことにする──を見て目を細めていたから、これは幻覚じゃないと思った。たまたま、よく似てる子どもなんだろう。にしても、だ。


「お前……俺のこと知ってんのか?」


「し、しらないです……」


ちび瞬がふるふる、と首を振る。しまった、怖がらせたか、と思って、俺は屈んでちび瞬と目線を合わせた。


「じゃあどうした?」


「あの、おともだちのおうち、にあそびにきたんですけど……どこかわかんなくて……」


要するに迷子だった。もっと聞くと、「ちび瞬はこのマンションに住んでる子どもで、親の目を盗んで、こっそり家を飛び出し、同じくこのマンションに住んでる『せら』っていう名前の友達の家に遊びに行きたかったんだが、どの部屋に住んでるのか分からず、一軒、一軒尋ねて回ってる」……らしい。そのうちに、自分の家も分からなくなって、迷子になった……というのが、今の状況だった。


──偶然にしてもできすぎだろ。


話を聞く限り、「せら」は名字じゃなくて名前っぽいが、それにしてもだ。後で瞬に教えてやろう……と思いつつ、まずは、どうするかだな。このまま放っとくわけにもいかねえし……とりあえず。


「いっしょに行くか?」


「いいの?」


「おう、当たり前だ。ちょっと待ってろ……今もう一人、すげえ頼りになる兄ちゃん呼んで来るから」


もし家にいるなら、瞬にも協力を頼んでみよう……そう思って、スマホを取り出そうとした時だった。


──ぎゅ。


ふいに、ちび瞬が俺の足の辺りにしがみついてきた。


「どうした?」


「……ふたりがいい」


そう言うと、ちび瞬は俺を不安そうに見つめた。もしかして……人見知りなのか?だとしたら、なんで俺は大丈夫なんだ……と思ったが。


「分かった。二人で行こう」


「うん!」


ただでさえ、ちび瞬は迷子になってちょっと不安になってるところだ。俺は、スマホをしまい、ちび瞬と手を繋いで家を出た。


「そういや、お前……名前はなんていうんだ?」


「しゅん」


「マジかよ……」


変わった名前じゃないし、ありえなくはねえけど……いよいよ、奇跡みたいな確率になってくる。字はどんな字を書くのか気になったが、幼稚園児にそれを聞くのもな。無事に親御さんに引き渡せたら、ちょっと聞いてみるか。


──その親御さんも探してるかもしれねえし、管理人室とか行った方がいいか。


ひとまず、ちびしゅんを知ってる人を探した方がいいな。管理人さんなら、ワンチャン知ってるかもしれねえ。


俺は、管理人室に行こうと、マンションの階段を降りようとしたところで、ふと思い当たり、ちびしゅんに聞く。


「しゅん、階段は段差があって危ないから……抱えても大丈夫か?」


「え!」


ちびしゅんの身体がびくり、とする。やっぱり、知らない奴に抱えられるのは嫌か。


それなら階段は諦めて、エレベーターで行こう──とすると、しゅんが「まって!」と言った。


「だ、だっこ……だいじょうぶだよ……」


「いいのか?」


「うん……」


ちびしゅんが、おずおずと腕を広げる。俺は腰を落としてから、ちびしゅんを抱え上げた。


──小せえ……。


当たり前なんだが、ちびしゅんはすごく小さくて、すごく軽かった。でも温かい……不思議な重みがあった。俺の胸のあたりに頬をくっつけて、しがみついていたちびしゅんと目が合う。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


「ちょっと降りるだけだからな。掴まってろよ」


ちびしゅんが、こくりと頷く。俺はいつもよりも慎重に階段を降りて、管理人室のある一階まで着いた。すると、ちびしゅんが急に「あ!」と声を上げる。


「どうした?何かあったか?」


「え、えっと……」


ひとまず、ちびしゅんを床に降ろす。屈んだまま、ちびしゅんが何か言うのを待っていると、もじもじしていることに気づく……まさか。


「トイレか!?」


慌てて、ちびしゅんを抱え上げる。一番近いのはどこだ……と頭を巡らせていると、ちびしゅんが「ちがうよお!」と足をパタパタさせた。


「じゃあ何だ?どこか痛いのか?」


「そうじゃなくて……あの、おれのいえ、このかいのきがして……」


「思い出したのか?」


俺はちびしゅんを床に降ろしてやった。すると、ちびしゅんは俺にぺこりとお辞儀をして「ありがとうございました」と言った。礼儀正しいな……。


「しゅんはえらいな、ちゃんとお礼が言えて」


頭を撫でてやると、ちびしゅんはくすぐったそうに笑った。


「えへへ……」


「うっ……」


その時、俺は心臓を矢で撃たれたような思いがした。おい、何だこの気持ち……分からん。分からないが、とりあえず、ちびしゅんを撫でた……もう少し、こうしていたいような気がしてしまった。


しかし、そのうちに、ちびしゅんが、はっとする。


「どうした?」


「あの、えっと……もうおうち、わかったから、かえらないと」


「そうか。ついて行かなくて大丈夫か?帰れるか」


「う、うん!だいじょうぶ!」


ちびしゅんはそう言ったが、俺は家に入るまでは見届けるつもりだった。思い出したつもりが、やっぱり違うかもしれないからな。このくらいの年頃でも、プライドがあるんだろうから、こっそり見守ることにはするが。


俺はちびしゅんに手を振る。


「じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。もう勝手に家を出るなよ」


「うん……ありがとう。えっと」


「こうた、だ」


「こうた……おにいちゃん、ありがとう。またね」


「おう、またな」


ちびしゅんが、小さな手をひらひら振りながら、駆け出して行く……ほんのちょっとしか一緒にいなかったのに、寂しいもんだな。


なんて思ってたら、しばらくして、また俺の下へぱたぱたと戻ってきた。


「どうした?」


「えっと……」


ちびしゅんは、口をもごもごさせながら、俺の手を引っ張って、何かを訴えかけた。何だ?屈んでほしいってことか?


とりあえず、屈んでちびしゅんと目線を合わせてやると、それで合っていたらしい。

ちびしゅんは俺の懐に入ってくると、耳元に顔を寄せて、小さな声で言った。


「……こうた、ありがとう。だいすきだよ」


「……え?」


我に返った時には、ちびしゅんはもう、ぱっと駆け出していて、いなくなっていた。俺は、マンションの廊下をしばらく探し回ってみたが、どこにも見当たらなかった。


──子どもの足だし、そんなに遠くには行けないはずだから、もう家に入れたのかもな。


いずれにしても、俺はあいつのことはほとんど知らないし、これ以上は探しようがない……無事を祈ろう。

俺は諦めて、自分の家に戻った。





「危なかった……」


間一髪、康太を振り切って、マンションの外で身を隠していた俺は、息を吐いた。

身体は……元に戻ってる。


「思ったより、早く直せてよかったわ」


「澄矢さん……」


隣を見ると、澄矢さんが立っていた。澄矢さんは珍しく汗をかいていて、腕でそれを拭う。かなり急ピッチで、俺の身体を戻そうと頑張ってくれたんだろう。


迷子のフリをして、康太に接触した後……康太に抱えられて階段を降りた時だった。俺の頭の中に澄矢さんの声が響いたのだ──「身体、もうすぐ戻るで」と。


その声にほっとしたのも束の間、もうすぐってどれくらい?と訊いたら、なんと「あと三分くらいやな」と返ってきたのだ。身体が戻るのはありがたいけど、急すぎる。


そこからは、なんとか康太の下を離れる口実を考えたり……もう頭をフル回転させたと思う。上手く誤魔化せてたらいいけど……。


「康太、急に小さい俺がいなくなって心配してないかな?」


「ああ……せやな。ちょっとマンションうろうろしたりしてるわ。知らんうちの子やし、そのうち、諦めるやろうけど……大丈夫やで。アフターケアはこっちで何とかするわ」


「うん……お願いします」


その「アフターケア」をどうするつもりなのかはちょっと不安だけど……今回のことは、本当に悪いと思ってるみたいだし、まあ、なんとかなるかな……?


「それより、瞬ちゃんは瞬ちゃんで結構楽しんでたんちゃう?もうちょい、ああしてたかったなあって思う?」


「お、思わないよ!」


「ほんまかなあ」


「ないよ!」


俺はニヤニヤ顔の澄矢さんから、顔を逸らす。それでも、こんな風に言われると、ついさっきまでのことを思い出してしまって……。


──康太に抱っこされちゃった……それに、頭も撫でられたし。


あんなことたぶん、もう一生ないだろう。というか、あっても困る。恥ずかしくて、身が持たない。


「そう言うてる割には、抱っこは自分からおねだりしたやん」


「うるさい」


空を切ると分かってたけど、俺は澄矢さんをぺちっと叩いた……フリをした。

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