1月14日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「一つ思ったんだが」


「何や」


「ストックとか作れないのか?」


「……はあ?」


クソ矢が顔を顰める。俺はクソ矢にちっちっち、と指を振る。


「それほんま腹立つな」


「いやなんかこう……毎日毎日、『条件』をクリアしようとあれこれやってるけど……ストックがあればこんなに苦しまなくて済むんじゃないかと」


「なんや切実やな……てか、そのストックってなんなん?」


「具体的に言うと……『言い溜め』みたいな。今日、瞬に十回くらい好きって言ったら十日分は保つとかないか?」


「ほーん……」


クソ矢が何やら頷いている。お?これはアリってことか?


「まあやってみたらええんちゃう」


「よし」


早速、俺は瞬の家に行ってみる。


「おい瞬」


ドアを二、三回軽くノックすると、瞬が出てきた。


「おはよう、どうしたの?」


「おはよ。……風邪はもう大丈夫か?」


「うん。調子いいよ」


瞬が左腕をぐるぐるして見せる……意味は分からないが、まあ大丈夫なんだろう。


「そうか。で瞬、頼みがあるんだけど」


「うん」


「今から『俺に好きって十回言ってみて』って言ってくれ」


「え?えーと……『康太に好きって十回言ってみて』」


「違う、そうじゃない」


俺が首を振ると、瞬は「ごめん」と言った。俺は改めて、説明し、仕切り直す。


「えっと……『俺に好きって十回言ってみて』?」



「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」



「怖……」


瞬がドン引きしていた。……俺も堂沢のことは言えないかもしれない。


しかし、これで今日の「条件」はクリアなわけだ。さらに、俺の説が正しければ十日分クリアしたってことになる。


振り返ると、クソ矢がいつもの宴会グッズを「ぴんぽーん」と鳴らした。うん、ひとまず「条件」はクリアだ。


よし、と拳を握り締める俺に、瞬が首を傾げる。


「で……これ、何なの?いつものコソ練?十回クイズ?」


「いや……なんていうか……」


答えに窮する。いつものやつ、と言うにはちょっと不審か。いや、もう十分不審か。


「唇ふさいで何も言わせなくしたらええんちゃう?」


「できるわけねえだろ」


「こ、康太……?誰と話してるの?」


戸惑う瞬に、俺は「何でもない、気にすんな」と言って、走り出した──瞬なら、ここは逃がしてくれると、今は信じて。


「いや、逃せないよ」


瞬に腕を掴まれて、引き止められる。振り払っても、また掴まれてしまい、俺は結局逃げられなかった。


「ちょっと待ってて」


そう言うと、瞬は一度、部屋の中に引っ込む。外に漏れ出るどたばた音を聞きながら待っていると、程なくして、また瞬がドアから顔を覗かせた。


「これ……康太にあげる」


「何だ、これ……」


手渡されたのは、手のひらサイズの一枚紙だった。紙には綺麗な瞬の字でこう書いてある。


『立花瞬がなんでもする券』


「昨日一昨日って、康太にはいっぱいお世話になったし、心配させたから……。コソ練の他にも、何かできることあったらなあ……って。これで……どうでしょう……」


そう言って瞬がはにかむ。……いや、こんなの。


「……マジで何でもするのか?」


「え、何か怖……。えっと、一回に限り有効です。あと、公序良俗に反するものはダメだからね。一応、康太を信用して渡してるから」


「ふうん……」


俺は「立花瞬が何でもする券」──略して「瞬券」を矯めつ眇めつして見る。


どんな事でも、瞬の全面協力が得られるだなんて最強だ。この券は、生きていく上でのジョーカーと言ってもいい。


俺は「瞬券」を何に使うか楽しみにしながら、礼を言ってそれをポケットにしまった。


「使ってから『やっぱ無理』はナシだからな」


「い、言わないよ!大体のことなら……だけど」


「まあ、瞬にそうそう変なことは頼まねえよ」


戦々恐々としている瞬にそう言うと、俺は今度こそ、瞬に手を上げて別れた。


振り返るとドア越しに瞬が手を振っている。


「健気な子やなあ」


「真面目な奴だからな」


「それだけが理由ちゃうやろ……まあ、お前はもうちょっと真面目にコツコツ生きた方がええかもな」


「……どういうことだよ」


「とりあえず……明日が楽しみやな」


クソ矢の含みのある言い方に、俺は首を傾げる。


しかし、翌日──俺はその意味をすぐに理解することになるのだった。

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