1月13日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『康太ごめん』
『今日は学校休む』
『風邪ひいたみたい(◞‸◟)』
「何やってんだ……」
朝。起き抜けに、瞬からのメッセージを見て、思わず零す。……瞬じゃなくて俺に向けて。
──やっぱり、昨日から具合悪かったんだよな。
もっと……それこそ、瞬みたいに口うるさく「無理すんな、早く帰れ」って言うべきだった。
瞬が良くも悪くも、クソ真面目なのは知ってたはずなのに。
日直だって言ってたし、三学期最初の部活もあった。おまけに、半袖ハーフパンツでマラソンだ。「大丈夫」って言ってたけど、無理してたんだろうな。
「瞬、風邪引いたって」
「瞬ちゃんが?あんたそれ本当なの?」
居間に行くなりそう言うと、母親が血相を変えて驚く。
「ああ、だから学校休むって。俺も心配だから、休もうと思う」
「あんたはただサボりたいだけじゃない」
いてもクソの役にも立たないんだから学校へ行け、とケツを蹴られ、俺は仕方なく学校に行くことにする。
一人、家で寝てる瞬のことは、今は母親に任せるしかなかった。仕事に行く前に瞬の様子を見てくれるらしい。
俺は放課後にでも様子を見に行くか。
そうだ、何かゼリーとか消化に良さそうなもんでも持って行こう。そう思いついて──。
☆
「で、この箱ってわけか」
机の上に置いたダンボール箱を、西山がまじまじと見ている。
箱には「立花しゅんへのおみまいにご協力ください」と黒いマーカーで走り書きしてあった。というか俺が書いた。
「色々ツッコミたいんけど」
ひとつ前の空いた椅子に座ったクソ矢が呆れている。すると、西山も同じような呆れ顔で言った。
「まず幼馴染の名前くらい漢字で書けよ」
「『瞬』って難しいんだよな。ごちゃごちゃしてて面倒くせえし」
「あとお見舞いを人にたかるなよ」
「金欠なんだ、仕方ないだろ」
「……紙やるから鶴ぐらい折ってけ」
西山がどこからともなく、正方形の紙を取り出して、俺に差し出した。
折角なので、それで鶴を折っていると、西山が「ちょっと待ってろ」と教室を出て行く。
五分ぐらいすると西山は戻ってきて、今度は俺に緑色の紙パックのジュースを差し出した。
「ほらこれ。大したもんはやれないけど、立花に持ってけ」
「……調整豆乳?」
「健康に良さそうだろ」
何気なく紙パックの側面を見ると、黒字ででかでかと「西山より」と書いてあった。
西山がニヤッと笑う。
「出資者の名前はちゃんと書かないとな」
「心配すんなよ。書かなくても瞬に伝えるから」
「それが信用ならねーから書いてんだよ……」
「賢明だな」
「ほらな」
西山が紙パックをダンボール箱の中に入れる。これが瞬へのお見舞い、二つ目だ。ちなみに一つ目は、さっき折った俺の鶴。
西山が箱からつまみ出した鶴を、しげしげと眺めて言った。
「瀬良って頭悪いけど、手先は器用だよな。角がちゃんと合ってる」
「頭悪いは余計だ」
「どれどれ……」
「おいやめろ、鶴を崩すな。中を開こうとするな」
「はは、しねえよ」
「立花宛だもんな」と西山が鶴を箱に戻す。全く油断も隙もない奴だ、と俺はため息を吐いた。
昼休みになると、今度は森谷が俺に話しかけてきた。
「瀬良。それ立花宛のプレボなんだろ?」
「プレボ?」
「プレゼントボックス。ほらアイドルの現場とかによくあるだろ」
「それは知らねえけど……まあそうだな」
プレボって。
瞬はアイドルじゃねえぞ、とか、そういや森谷ってドルオタなんだっけな、とか、そんなことを考えていると、森谷がポケットから何かを取り出す。
「これ……俺からも立花に」
差し出されたのはプリンだった。購買に売ってるやつ。まだ冷たいから、さっき買ってきたばかりか。ていうか──。
「森谷って瞬と絡みあったっけ?」
「いや、ないけど」
「じゃあ何で……」
と言いながら、何気なくプリンの蓋を見ると、黒字で何やら書いてある。
「2-2 森谷 ID:mori……って連絡先じゃねえか」
「立花さえよかったら繋がろうって言ってくれるか……?俺実はさ……」
頭を掻く森谷のただならぬ雰囲気に、俺は嫌な予感がしたが、黙って先を促す。
「昨日の体育で、ハーパンの立花見て確信したんだよね……前に瀬良が持ってた女装写メ、立花のだろ?あの足は絶対そうだと思うんだよね……俺、あの子のことがずっと忘れられなくてさ……」
「お前はこのプリンの蓋だけ持って今すぐ消えろ」
「何で?!」
ぺろりと捲って取ったプリンの蓋を森谷に押し付け、俺は手でしっしっと、変態を追い払った。そしてプリンを食った。
「せめてプリンは立花にやれよ……!」
「こんなもん瞬に食わせられるか。変態が
「感染んねーよ!いや、変態になった立花……悪くないな……」
「おい、この前の銃貸せ。こいつはここで処分する」
「あれは人間に扱えるもんちゃうわ……まあ、こいつがキモいんは同感やけど」
「おい、誰と話してんだよ……怖えな……」
「怖いんはお前の方や」
クソ矢でさえ、森谷を蔑んでいた。この二週間で、こいつと初めて気が合ったかもしれない。
前々から怪しいとは思ってたが、今後、森谷は要注意だな。
しかし、俺にはもう一人、気をつけるべき「変態」がいたのを思い出す。
「瀬良ぁあ〜〜〜〜〜〜あぁっ!!」
そいつとは、放課後──瞬のクラスである二年三組に向かう途中で遭ってしまった。
──この、馬鹿でかいよく通る声は……。
背後から近づいてくる軽快な足音を振り切るように、速足で歩く。しかし、次の瞬間には、俺は「奴」に羽交締めにされていた。
「やめろ……!離せっ……!」
「会いたかったよ瀬良……っ!会いたくて堪らなかった……久しぶりの瀬良だ……昨日までも今日からも可愛いね……瀬良は……すんすん……」
「肩口を嗅ぐな」
後ろから肩に顔を埋めてくる「奴」をなんとか引き剥がす。
振り返ると「生きてなければイケメン」と評される端正な顔がきょとん、と俺を見つめている。その顔のまま、奴は口を開いた。
「瀬良」
「……」
「愛してるよ」
「そうか。じゃあな……二年四組在籍、現・演劇部部長で、俺とは一年の時から一応知り合いで、自分が部長になった時に、俺を演劇部に誘ってきた奴の
「今日はもう俺の出番を終わらせたいのかな、瀬良は」
「……」
バレたか。堂沢が王子様みたいに爽やかな笑みを浮かべている。
噂によると、こいつはどこかの国とのクォーターらしく、容姿に関しては、男から見ても「ガチのイケメン」なんだが、あとはお察しの通りである。
「二週間ぶりの再会だぞ。もっと喜んでほしいんだが」
「……の割には、新学期が始まってから大人しかったな」
「風邪を引いて冬休みが延びてしまったからな。昨日から学校に来たんだ。病み上がりだし、愛する瀬良に感染したら悪いかなと」
堂沢が腕を広げてみせたが、俺は無視した。
……こいつが何故、俺にこうも執着しているのかは謎だが、本当……「愛してる」とか、よく恥ずかしげもなく言えるもんだな。羨ましい限りだ。
「こいつに教わったらええんちゃう?」
死んでも断る。
「おや……瀬良から俺以外のイケメンの気配がするな……浮気かな?」
「何で分かるんだよ」
「霊感ある方なんだ、俺」
「霊ちゃうけど」
「まあ悪霊みたいなもんかもな」
「ぶち殺すぞクソガキ」
ムカつくが、クソ矢は気持ち悪いくらい整ったツラをしてるからな……何で俺の周りにはまともなイケメンがいないんだろうと思った。
さて、そんな非・まともイケメン堂沢からどうやって逃れようか考えていると、堂沢が切り出してきた。
「あ、そうだ瀬良。演劇部に入らないかって話は考えてくれたかな?」
「ああ……あれか。入るよ」
「え?」
「だから、入るって」
「……あ、そうだ瀬良。演劇部に入らないかって話は考えてくれたかな?」
「動揺しすぎだろ」
珍しく堂沢がオロオロしている。堂沢は胸の前でもじもじと落ち着きなく手を組みながら言った。
「……だ、だって瀬良が入るって……あんなに嫌がってたのに……」
「嫌がってるって分かってたのかよ……」
しかし、これはチャンスだ。俺は堂沢に「また明日ゆっくり話そうぜ」と言って、さっとその場を立ち去った。
「瀬良が……演劇部に……瀬良……瀬良……」
まだ、動揺しているのか堂沢は追いかけてこなかったし、あれなら、明日は休みだから学校はないことにも気づいていないだろう。
そして俺はようやく、瞬のクラスにたどり着く。ちょっと遅くなってしまったが、昼間、約束していた通り、「彼女」は待っていてくれた。
「茅野……さん、だっけか」
「あ……えっと、瀬良くん」
この前会った時みたいに、彼女はぺこりと俺に会釈した。俺も同じように返す。
「悪い。遅くなって……プリント、預かっていいか?」
「うん」
茅野さんがクリアファイルを俺に渡す。中身は、今日配布されたプリント類だ。俺はこれを瞬に届けるため、昼間、彼女に声をかけたのだ。
「でも、ごめんね。瀬良くんに頼んじゃって……本当は、私が先生に頼まれてたんだけど……」
「いいよ、別に。わざわざ行くの大変だろ。じゃあ俺……」
「あ、待って瀬良くん」
そう言うと、茅野さんはもう一つ、俺に手渡してきた。それは……何枚かに渡るノートのコピーだった。
「よかったらこれ……今日の授業のノートなんだけど……」
「マジか……」
俺は思わず声に出して驚く。
確かに、瞬なら休んだ時、真っ先に授業の遅れを気にしそうだ。休んだら、授業サボれてラッキーくらいにしか思わない俺に、この差し入れは絶対思いつかない。
これが優等生のお見舞いか……と思った。
「迷惑……かな?」
「いや、そんなことねえよ。瞬、助かると思う。茅野さんからって言っとくな」
「いいよ、そんなの」
恐縮する彼女にまた会釈して、教室を後にしようとした時──俺はふと思いついて、口に出した。
「もしかして……」
「え、何……?」
「茅野さんが、瞬の見舞い、行きたかった?」
「……えっと」
茅野さんが気まずそうに苦笑いする。
あれ、何かマズいこと言ったか?
「ほんま……デリカシーないな……」
重い沈黙に包まれた教室で、俺の耳だけにクソ矢の呟きが響いた。
☆
「……ってな、感じだ。ほら、これ皆からの差し入れな」
「うん、ありがとう。康太」
かいつまんで話したここまでの成り行きに、ベッドに腰掛けた瞬が笑う。
額に冷却シートは貼ってるものの、顔色は良くなってるし、熱も下がったらしい。食欲も戻ったみたいだし、とりあえずひと安心だ。
「これが西山のジュースで……あ、これは茅野さんからで、今日配られたプリントと、授業のノートのコピーだって。すげーな、優等生って」
「うん……茅野さんはすごいよ。すごいけど……」
瞬が俺の顔をじっと見つめる。
「康太からは?」
「俺?何が?」
「お見舞い」
「……俺の存在」
「いいの?そんなこと言って……」
わざとらしく、瞬がむくれる。何だよ、病人だからってわがまま言いやがって。
「……冗談だよ。大したもんはねえけど」
観念して、俺はポケットから、それを出す。
「折り鶴だ」
「金ねえし、紙も西山に貰ったやつだけど。やるよ、千羽鶴だ」
「一羽しかいないけどね」
「気持ちは千羽ぐらいある」
「ふふ……何言ってるの?」
瞬が「開けていい?」と訊いてきた。
……やっぱり分かるか。俺は「いいぞ」と言って、瞬を促す。
折り鶴を開いた瞬が呟いた。
「……こんなところまで」
「今日の分っていうか……昔の瞬の真似」
「イジらないでよ、もう」
瞬が肩を揺らして笑った。
二人きりの穏やかな時間が流れる。
そのうちに、どこからか軽やかな電子正解音がぽつんと響いた。
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