1月13日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『康太ごめん』


『今日は学校休む』


『風邪ひいたみたい(◞‸◟)』



「何やってんだ……」


朝。起き抜けに、瞬からのメッセージを見て、思わず零す。……瞬じゃなくて俺に向けて。


──やっぱり、昨日から具合悪かったんだよな。


もっと……それこそ、瞬みたいに口うるさく「無理すんな、早く帰れ」って言うべきだった。

瞬が良くも悪くも、クソ真面目なのは知ってたはずなのに。


日直だって言ってたし、三学期最初の部活もあった。おまけに、半袖ハーフパンツでマラソンだ。「大丈夫」って言ってたけど、無理してたんだろうな。


「瞬、風邪引いたって」


「瞬ちゃんが?あんたそれ本当なの?」


居間に行くなりそう言うと、母親が血相を変えて驚く。


「ああ、だから学校休むって。俺も心配だから、休もうと思う」


「あんたはただサボりたいだけじゃない」


いてもクソの役にも立たないんだから学校へ行け、とケツを蹴られ、俺は仕方なく学校に行くことにする。


一人、家で寝てる瞬のことは、今は母親に任せるしかなかった。仕事に行く前に瞬の様子を見てくれるらしい。


俺は放課後にでも様子を見に行くか。

そうだ、何かゼリーとか消化に良さそうなもんでも持って行こう。そう思いついて──。





「で、この箱ってわけか」


机の上に置いたダンボール箱を、西山がまじまじと見ている。

箱には「立花しゅんへのおみまいにご協力ください」と黒いマーカーで走り書きしてあった。というか俺が書いた。


「色々ツッコミたいんけど」


ひとつ前の空いた椅子に座ったクソ矢が呆れている。すると、西山も同じような呆れ顔で言った。


「まず幼馴染の名前くらい漢字で書けよ」


「『瞬』って難しいんだよな。ごちゃごちゃしてて面倒くせえし」


「あとお見舞いを人にたかるなよ」


「金欠なんだ、仕方ないだろ」


「……紙やるから鶴ぐらい折ってけ」


西山がどこからともなく、正方形の紙を取り出して、俺に差し出した。


折角なので、それで鶴を折っていると、西山が「ちょっと待ってろ」と教室を出て行く。


五分ぐらいすると西山は戻ってきて、今度は俺に緑色の紙パックのジュースを差し出した。


「ほらこれ。大したもんはやれないけど、立花に持ってけ」


「……調整豆乳?」


「健康に良さそうだろ」


何気なく紙パックの側面を見ると、黒字ででかでかと「西山より」と書いてあった。

西山がニヤッと笑う。


「出資者の名前はちゃんと書かないとな」


「心配すんなよ。書かなくても瞬に伝えるから」


「それが信用ならねーから書いてんだよ……」


「賢明だな」


「ほらな」


西山が紙パックをダンボール箱の中に入れる。これが瞬へのお見舞い、二つ目だ。ちなみに一つ目は、さっき折った俺の鶴。


西山が箱からつまみ出した鶴を、しげしげと眺めて言った。


「瀬良って頭悪いけど、手先は器用だよな。角がちゃんと合ってる」


「頭悪いは余計だ」


「どれどれ……」


「おいやめろ、鶴を崩すな。中を開こうとするな」


「はは、しねえよ」


「立花宛だもんな」と西山が鶴を箱に戻す。全く油断も隙もない奴だ、と俺はため息を吐いた。


昼休みになると、今度は森谷が俺に話しかけてきた。


「瀬良。それ立花宛のプレボなんだろ?」


「プレボ?」


「プレゼントボックス。ほらアイドルの現場とかによくあるだろ」


「それは知らねえけど……まあそうだな」


プレボって。

瞬はアイドルじゃねえぞ、とか、そういや森谷ってドルオタなんだっけな、とか、そんなことを考えていると、森谷がポケットから何かを取り出す。


「これ……俺からも立花に」


差し出されたのはプリンだった。購買に売ってるやつ。まだ冷たいから、さっき買ってきたばかりか。ていうか──。


「森谷って瞬と絡みあったっけ?」


「いや、ないけど」


「じゃあ何で……」


と言いながら、何気なくプリンの蓋を見ると、黒字で何やら書いてある。


「2-2 森谷 ID:mori……って連絡先じゃねえか」


「立花さえよかったら繋がろうって言ってくれるか……?俺実はさ……」


頭を掻く森谷のただならぬ雰囲気に、俺は嫌な予感がしたが、黙って先を促す。


「昨日の体育で、ハーパンの立花見て確信したんだよね……前に瀬良が持ってた女装写メ、立花のだろ?あの足は絶対そうだと思うんだよね……俺、あの子のことがずっと忘れられなくてさ……」


「お前はこのプリンの蓋だけ持って今すぐ消えろ」


「何で?!」


ぺろりと捲って取ったプリンの蓋を森谷に押し付け、俺は手でしっしっと、変態を追い払った。そしてプリンを食った。


「せめてプリンは立花にやれよ……!」


「こんなもん瞬に食わせられるか。変態が感染うつるだろ」


「感染んねーよ!いや、変態になった立花……悪くないな……」


「おい、この前の銃貸せ。こいつはここで処分する」


「あれは人間に扱えるもんちゃうわ……まあ、こいつがキモいんは同感やけど」


「おい、誰と話してんだよ……怖えな……」


「怖いんはお前の方や」


クソ矢でさえ、森谷を蔑んでいた。この二週間で、こいつと初めて気が合ったかもしれない。


前々から怪しいとは思ってたが、今後、森谷は要注意だな。


しかし、俺にはもう一人、気をつけるべき「変態」がいたのを思い出す。



「瀬良ぁあ〜〜〜〜〜〜あぁっ!!」



そいつとは、放課後──瞬のクラスである二年三組に向かう途中で遭ってしまった。


──この、馬鹿でかいよく通る声は……。


背後から近づいてくる軽快な足音を振り切るように、速足で歩く。しかし、次の瞬間には、俺は「奴」に羽交締めにされていた。


「やめろ……!離せっ……!」


「会いたかったよ瀬良……っ!会いたくて堪らなかった……久しぶりの瀬良だ……昨日までも今日からも可愛いね……瀬良は……すんすん……」


「肩口を嗅ぐな」


後ろから肩に顔を埋めてくる「奴」をなんとか引き剥がす。

振り返ると「生きてなければイケメン」と評される端正な顔がきょとん、と俺を見つめている。その顔のまま、奴は口を開いた。


「瀬良」


「……」


「愛してるよ」


「そうか。じゃあな……二年四組在籍、現・演劇部部長で、俺とは一年の時から一応知り合いで、自分が部長になった時に、俺を演劇部に誘ってきた奴の堂沢直哉どうざわなおやさん」


「今日はもう俺の出番を終わらせたいのかな、瀬良は」


「……」


バレたか。堂沢が王子様みたいに爽やかな笑みを浮かべている。

噂によると、こいつはどこかの国とのクォーターらしく、容姿に関しては、男から見ても「ガチのイケメン」なんだが、あとはお察しの通りである。


「二週間ぶりの再会だぞ。もっと喜んでほしいんだが」


「……の割には、新学期が始まってから大人しかったな」


「風邪を引いて冬休みが延びてしまったからな。昨日から学校に来たんだ。病み上がりだし、愛する瀬良に感染したら悪いかなと」


堂沢が腕を広げてみせたが、俺は無視した。

……こいつが何故、俺にこうも執着しているのかは謎だが、本当……「愛してる」とか、よく恥ずかしげもなく言えるもんだな。羨ましい限りだ。


「こいつに教わったらええんちゃう?」


死んでも断る。


「おや……瀬良から俺以外のイケメンの気配がするな……浮気かな?」


「何で分かるんだよ」


「霊感ある方なんだ、俺」


「霊ちゃうけど」


「まあ悪霊みたいなもんかもな」


「ぶち殺すぞクソガキ」


ムカつくが、クソ矢は気持ち悪いくらい整ったツラをしてるからな……何で俺の周りにはまともなイケメンがいないんだろうと思った。


さて、そんな非・まともイケメン堂沢からどうやって逃れようか考えていると、堂沢が切り出してきた。


「あ、そうだ瀬良。演劇部に入らないかって話は考えてくれたかな?」


「ああ……あれか。入るよ」


「え?」


「だから、入るって」


「……あ、そうだ瀬良。演劇部に入らないかって話は考えてくれたかな?」


「動揺しすぎだろ」


珍しく堂沢がオロオロしている。堂沢は胸の前でもじもじと落ち着きなく手を組みながら言った。


「……だ、だって瀬良が入るって……あんなに嫌がってたのに……」


「嫌がってるって分かってたのかよ……」


しかし、これはチャンスだ。俺は堂沢に「また明日ゆっくり話そうぜ」と言って、さっとその場を立ち去った。


「瀬良が……演劇部に……瀬良……瀬良……」


まだ、動揺しているのか堂沢は追いかけてこなかったし、あれなら、明日は休みだから学校はないことにも気づいていないだろう。


そして俺はようやく、瞬のクラスにたどり着く。ちょっと遅くなってしまったが、昼間、約束していた通り、「彼女」は待っていてくれた。


「茅野……さん、だっけか」


「あ……えっと、瀬良くん」


この前会った時みたいに、彼女はぺこりと俺に会釈した。俺も同じように返す。


「悪い。遅くなって……プリント、預かっていいか?」


「うん」


茅野さんがクリアファイルを俺に渡す。中身は、今日配布されたプリント類だ。俺はこれを瞬に届けるため、昼間、彼女に声をかけたのだ。


「でも、ごめんね。瀬良くんに頼んじゃって……本当は、私が先生に頼まれてたんだけど……」


「いいよ、別に。わざわざ行くの大変だろ。じゃあ俺……」


「あ、待って瀬良くん」


そう言うと、茅野さんはもう一つ、俺に手渡してきた。それは……何枚かに渡るノートのコピーだった。


「よかったらこれ……今日の授業のノートなんだけど……」


「マジか……」


俺は思わず声に出して驚く。

確かに、瞬なら休んだ時、真っ先に授業の遅れを気にしそうだ。休んだら、授業サボれてラッキーくらいにしか思わない俺に、この差し入れは絶対思いつかない。

これが優等生のお見舞いか……と思った。


「迷惑……かな?」


「いや、そんなことねえよ。瞬、助かると思う。茅野さんからって言っとくな」


「いいよ、そんなの」


恐縮する彼女にまた会釈して、教室を後にしようとした時──俺はふと思いついて、口に出した。


「もしかして……」


「え、何……?」



「茅野さんが、瞬の見舞い、行きたかった?」



「……えっと」


茅野さんが気まずそうに苦笑いする。


あれ、何かマズいこと言ったか?


「ほんま……デリカシーないな……」


重い沈黙に包まれた教室で、俺の耳だけにクソ矢の呟きが響いた。





「……ってな、感じだ。ほら、これ皆からの差し入れな」


「うん、ありがとう。康太」


かいつまんで話したここまでの成り行きに、ベッドに腰掛けた瞬が笑う。


額に冷却シートは貼ってるものの、顔色は良くなってるし、熱も下がったらしい。食欲も戻ったみたいだし、とりあえずひと安心だ。


「これが西山のジュースで……あ、これは茅野さんからで、今日配られたプリントと、授業のノートのコピーだって。すげーな、優等生って」


「うん……茅野さんはすごいよ。すごいけど……」


瞬が俺の顔をじっと見つめる。


「康太からは?」


「俺?何が?」


「お見舞い」


「……俺の存在」


「いいの?そんなこと言って……」


わざとらしく、瞬がむくれる。何だよ、病人だからってわがまま言いやがって。


「……冗談だよ。大したもんはねえけど」


観念して、俺はポケットから、それを出す。


「折り鶴だ」


「金ねえし、紙も西山に貰ったやつだけど。やるよ、千羽鶴だ」


「一羽しかいないけどね」


「気持ちは千羽ぐらいある」


「ふふ……何言ってるの?」


瞬が「開けていい?」と訊いてきた。

……やっぱり分かるか。俺は「いいぞ」と言って、瞬を促す。




折り鶴を開いた瞬が呟いた。


「……こんなところまで」


「今日の分っていうか……昔の瞬の真似」


「イジらないでよ、もう」


瞬が肩を揺らして笑った。


二人きりの穏やかな時間が流れる。


そのうちに、どこからか軽やかな電子正解音がぽつんと響いた。

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