6月18日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『おはよう(^-^)』
『康太なら絶対大丈夫!頑張ってね。いってらっしゃい('ω')ノ』
「ふっ……」
朝一番、瞬から来たメッセージに思わず、笑みが零れた。
──いよいよ、今日か……。
この二月弱、武川や瞬、母さんや……皆の協力の下、やってきた勉強の成果を見せる時が来た。
今日は資格試験の本番だ。
ここまで来たらもう、緊張も不安もねえし、とにかくやってきたことをやるだけ……とは思ってたんだが。
こうやって、この世で一番信頼できる幼馴染が「大丈夫」だと言ってくれたことで、俺はリラックスできて……そして、自分が意外と緊張していたことに気が付いた。
瞬には見抜かれていたのか?まさか……とは思うが、でも、瞬ならありえると思ってしまう。そのくらい、瞬は俺のことをよく見てくれているし、よく分かってくれている。
「試験の日の朝ご飯にいいらしいから」と母親が置いて行ったバナナを頬張りながら、俺は瞬になんて返そうか考える。
考えたところで、結局いつも通り、「おう、ありがとうな」と、短く返そうとして……ふと、俺は思いつく。
──なんか、会いてえな……。
メッセージを見た時から、ふつふつと心の底で思っていたことが顔を出す。
俺は今、無性に瞬に会いたかった。会ってどうするというわけでもないが、会いたかった。試験に行く前に、瞬の顔が見たかった。
──用もないのに、それだけで行ったら変か?
前は、用が無くても、ふらっと瞬の家に行ったこともあったが、今の俺にそれはできそうもなかった。
何でだかは分からないが、そうするのはすごく勇気がいるような気がした。
だから俺は何とかして、瞬に会いに行っても不自然じゃない理由を探そうとした。
何か瞬に借りたものとかなかったか?それか、母さんに渡すように頼まれてたものとか。どうしても今行く必要がある用事……理由がほしい。何でもいいから。
──何でも、何でも……といえば。
その時、俺は「あるもの」を思い出した。通学用のリュックの中から財布を出し、お札入れにいつも入れていたそれを取り出す。
『立花瞬がなんでもする券』
あれは……一月くらいのことだったか。細けえことは忘れたし、思い出そうとすると、こめかみが痛むからやめとくが、確か──瞬が風邪を引いて、俺がお見舞いに行った次の日だったかに、瞬がくれたものだ。
一応、お見舞いの「お礼」っていうつもりでくれたものだったんだが、あまりにも効力がデカすぎて、使いどころに迷い、今日までお守りのように財布に仕舞ったままになってたんだが……。
──これで……瞬のところに行ってもいいよな?
気が付くと、もうそろそろ家を出なければいけない時間だった。瞬の家に寄ることを考えると、あまりのんびりはしていられない。俺は荷物を掴んで、家を飛び出た。
☆
「あ、康太。確認票は持った?あと学生証も……あと、筆記用具とか。それから……」
「持ったよ、全部。昨日瞬とも確認したろ」
「そうだったね」
マンションを出て、駅までの道を瞬と並んで歩きながら、たわいもないやり取りをする。たったそれだけで、肩の力が抜けて、心が落ち着いていくんだから、改めて、俺にとっての瞬の存在の大きさを思い知る。
あれから──俺は「瞬券」を口実に、早速、瞬の家のドアをノックした。メッセージも送ってきたくらいだし、瞬は元々早起きなので、俺の期待通り、瞬はすぐに顔を見せてくれた。
『おはよう……どうしたの?試験に行くんじゃないの?』
『いや……なんていうか、その』
しかし、いざとなると、「瞬に会いたいから来た」なんて言えなかったし、ポケットの中で握りしめている「瞬券」も見せられなかった。だからと言って代わりに言えるようなことも思いつかず、自分でも「ダセえ」と思いつつ、口をもごもごさせていると、やがて、瞬の方からこう言ってきたのだ。
『これから行くんでしょ?だったら……駅まで一緒に行っていい?見送り』
まるで、見透かしたような瞬の言葉に、俺は『ああ』と返すのがやっとで、でも内心では、すごくほっとしていた。
そして、まあ……今に至るんだが。
「そういえば康太」
「何だ?」
「さっきから何、ポケットの中で持ってるの?」
今日の瞬はエスパーか。察しがよすぎるだろ。
いっそ、透視能力とかに目覚めて、それでこの中身を見透かしてくれと思う。だけど、瞬は普通の人間で、俺の幼馴染なので……俺は観念して、ポケットの中で握りすぎて、くしゃくしゃになってしまった「瞬券」を瞬に見せた。瞬が目を丸くする。
「あ、それ……!まだ持ってたの?」
「あたりまえだろ。瞬に何してもらおうか考えて、考えすぎてここまで持ってたんだ」
「ってことは……それを今見せたってことは、何させるか決まったの?」
「……決まってた」
「過去形?」
「ほ、本当は……まあ、瞬にこうしてほしかったというか、ちょっと顔が見たくて、それを頼もうと思って、持ってた……」
「もったいな」
「え?」
瞬がくすくすと笑いながら言うので、俺は眉を寄せる。すると、瞬は「だって」と言った。
「お願いしなくても、いつでも来ていいのに。こんなことで使ったらもったいないよ」
「それは……そうなのか?」
「そうだよ。だから、これは無効ね。他のお願いを今度聞くよ」
瞬に券をそっと返されたので、俺はポケットに仕舞うしかなかった。そう言われても、他の願いなんか思いつかない。
「どういうことを頼めばいいんだよ」
「えー……課題写させてとか、教科書貸してとか……」
「それもいつも頼んでねえか?」
「じゃあこれからは、券がないとダメってことにする。もう三年生だもんね」
藪蛇だったな……言わなきゃよかったか、と思っていると、瞬が言った。
「でも康太はもうそんなこと俺に頼まないでしょ。試験の勉強始めてから、康太、他のことも自分で色々頑張ってたし……」
それはまあ、そうだ。一つ、頑張ることが見つかると、他のことも何となくやる気になるもんだな……というのは、俺自身も感じていることだ。
──でも、俺には瞬が必要だと思う。
どことなく、寂しげな顔をしたような気がする瞬にそう言いたかったが、それは喉につっかえて言えなかった。瞬の気持ちに応えられるかどうかに迷っている俺が、今、それを言う資格はないような気がして。
俺が何も言えずにいると、瞬が「でも」と言った。
「俺、康太が今日まで、試験勉強を一生懸命頑張ってたの、なんかね……すごく嬉しかったんだ」
「……瞬が?何で?」
そう訊くと、瞬は、はにかんだ。
「だって、俺……康太が自分のこと、よく、『俺は馬鹿だから』って言うの、いつも悔しかったんだよ。康太はそうじゃないのに、って思って。康太は俺のこと『優等生』って言うけど、俺が勉強を頑張ろうと思うのは、康太に憧れてたからなんだよ。頭が良い康太が格好よくて……好きだったから」
初めて聞く話だった。確かに、瞬は俺のことを怒って「馬鹿」と言うことはあったが、それ以外では決して、俺を「馬鹿」だなんて言わなかった。
──でも、まさか、瞬がそんな風に思ってたなんてな……。
俺は照れを誤魔化すみたいに言った。
「俺がいつ、そんな……瞬が憧れるほど、頭が良かったんだよ……」
「小学生の頃」
「だいぶ前だな」
「関数とか出てきてから、やらなくなったよね」
「まあ、ありがちな話だよな……」
中一ギャップは誰にでも起こりうる問題だからな。仕方ない。
「俺はずーっと、康太はやればできるのにって、思ってたけどね」
「そうだな」
瞬と顔を見合わせて笑う。いつの間にか、駅はもう目の前だった。
──やればできるってこと、見せてくるか。
「格好いい」とまで言ってくれた瞬のためにも。
「頑張れー」と手を振る瞬に手を上げ、俺は駅の改札へと向かった。
改札を潜った後、振り返ると、瞬はまだ俺に手を振っていた。
……これが、いつか瞬が言ってた「心がきゅぅーってなる」……ってやつか?
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