6月18日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『おはよう(^-^)』


『康太なら絶対大丈夫!頑張ってね。いってらっしゃい('ω')ノ』



「ふっ……」


朝一番、瞬から来たメッセージに思わず、笑みが零れた。


──いよいよ、今日か……。


この二月弱、武川や瞬、母さんや……皆の協力の下、やってきた勉強の成果を見せる時が来た。

今日は資格試験の本番だ。


ここまで来たらもう、緊張も不安もねえし、とにかくやってきたことをやるだけ……とは思ってたんだが。


こうやって、この世で一番信頼できる幼馴染が「大丈夫」だと言ってくれたことで、俺はリラックスできて……そして、自分が意外と緊張していたことに気が付いた。


瞬には見抜かれていたのか?まさか……とは思うが、でも、瞬ならありえると思ってしまう。そのくらい、瞬は俺のことをよく見てくれているし、よく分かってくれている。


「試験の日の朝ご飯にいいらしいから」と母親が置いて行ったバナナを頬張りながら、俺は瞬になんて返そうか考える。


考えたところで、結局いつも通り、「おう、ありがとうな」と、短く返そうとして……ふと、俺は思いつく。


──なんか、会いてえな……。


メッセージを見た時から、ふつふつと心の底で思っていたことが顔を出す。

俺は今、無性に瞬に会いたかった。会ってどうするというわけでもないが、会いたかった。試験に行く前に、瞬の顔が見たかった。


──用もないのに、それだけで行ったら変か?


前は、用が無くても、ふらっと瞬の家に行ったこともあったが、今の俺にそれはできそうもなかった。

何でだかは分からないが、そうするのはすごく勇気がいるような気がした。


だから俺は何とかして、瞬に会いに行っても不自然じゃない理由を探そうとした。

何か瞬に借りたものとかなかったか?それか、母さんに渡すように頼まれてたものとか。どうしても今行く必要がある用事……理由がほしい。何でもいいから。


──何でも、何でも……といえば。


その時、俺は「あるもの」を思い出した。通学用のリュックの中から財布を出し、お札入れにいつも入れていたそれを取り出す。


『立花瞬がなんでもする券』


あれは……一月くらいのことだったか。細けえことは忘れたし、思い出そうとすると、こめかみが痛むからやめとくが、確か──瞬が風邪を引いて、俺がお見舞いに行った次の日だったかに、瞬がくれたものだ。


一応、お見舞いの「お礼」っていうつもりでくれたものだったんだが、あまりにも効力がデカすぎて、使いどころに迷い、今日までお守りのように財布に仕舞ったままになってたんだが……。


──これで……瞬のところに行ってもいいよな?


気が付くと、もうそろそろ家を出なければいけない時間だった。瞬の家に寄ることを考えると、あまりのんびりはしていられない。俺は荷物を掴んで、家を飛び出た。





「あ、康太。確認票は持った?あと学生証も……あと、筆記用具とか。それから……」


「持ったよ、全部。昨日瞬とも確認したろ」


「そうだったね」


マンションを出て、駅までの道を瞬と並んで歩きながら、たわいもないやり取りをする。たったそれだけで、肩の力が抜けて、心が落ち着いていくんだから、改めて、俺にとっての瞬の存在の大きさを思い知る。


あれから──俺は「瞬券」を口実に、早速、瞬の家のドアをノックした。メッセージも送ってきたくらいだし、瞬は元々早起きなので、俺の期待通り、瞬はすぐに顔を見せてくれた。


『おはよう……どうしたの?試験に行くんじゃないの?』


『いや……なんていうか、その』


しかし、いざとなると、「瞬に会いたいから来た」なんて言えなかったし、ポケットの中で握りしめている「瞬券」も見せられなかった。だからと言って代わりに言えるようなことも思いつかず、自分でも「ダセえ」と思いつつ、口をもごもごさせていると、やがて、瞬の方からこう言ってきたのだ。


『これから行くんでしょ?だったら……駅まで一緒に行っていい?見送り』


まるで、見透かしたような瞬の言葉に、俺は『ああ』と返すのがやっとで、でも内心では、すごくほっとしていた。


そして、まあ……今に至るんだが。


「そういえば康太」


「何だ?」


「さっきから何、ポケットの中で持ってるの?」


今日の瞬はエスパーか。察しがよすぎるだろ。


いっそ、透視能力とかに目覚めて、それでこの中身を見透かしてくれと思う。だけど、瞬は普通の人間で、俺の幼馴染なので……俺は観念して、ポケットの中で握りすぎて、くしゃくしゃになってしまった「瞬券」を瞬に見せた。瞬が目を丸くする。


「あ、それ……!まだ持ってたの?」


「あたりまえだろ。瞬に何してもらおうか考えて、考えすぎてここまで持ってたんだ」


「ってことは……それを今見せたってことは、何させるか決まったの?」


「……決まってた」


「過去形?」


「ほ、本当は……まあ、瞬にこうしてほしかったというか、ちょっと顔が見たくて、それを頼もうと思って、持ってた……」


「もったいな」


「え?」


瞬がくすくすと笑いながら言うので、俺は眉を寄せる。すると、瞬は「だって」と言った。


「お願いしなくても、いつでも来ていいのに。こんなことで使ったらもったいないよ」


「それは……そうなのか?」


「そうだよ。だから、これは無効ね。他のお願いを今度聞くよ」


瞬に券をそっと返されたので、俺はポケットに仕舞うしかなかった。そう言われても、他の願いなんか思いつかない。


「どういうことを頼めばいいんだよ」


「えー……課題写させてとか、教科書貸してとか……」


「それもいつも頼んでねえか?」


「じゃあこれからは、券がないとダメってことにする。もう三年生だもんね」


藪蛇だったな……言わなきゃよかったか、と思っていると、瞬が言った。


「でも康太はもうそんなこと俺に頼まないでしょ。試験の勉強始めてから、康太、他のことも自分で色々頑張ってたし……」


それはまあ、そうだ。一つ、頑張ることが見つかると、他のことも何となくやる気になるもんだな……というのは、俺自身も感じていることだ。


──でも、俺には瞬が必要だと思う。


どことなく、寂しげな顔をしたような気がする瞬にそう言いたかったが、それは喉につっかえて言えなかった。瞬の気持ちに応えられるかどうかに迷っている俺が、今、それを言う資格はないような気がして。


俺が何も言えずにいると、瞬が「でも」と言った。


「俺、康太が今日まで、試験勉強を一生懸命頑張ってたの、なんかね……すごく嬉しかったんだ」


「……瞬が?何で?」


そう訊くと、瞬は、はにかんだ。


「だって、俺……康太が自分のこと、よく、『俺は馬鹿だから』って言うの、いつも悔しかったんだよ。康太はそうじゃないのに、って思って。康太は俺のこと『優等生』って言うけど、俺が勉強を頑張ろうと思うのは、康太に憧れてたからなんだよ。頭が良い康太が格好よくて……好きだったから」


初めて聞く話だった。確かに、瞬は俺のことを怒って「馬鹿」と言うことはあったが、それ以外では決して、俺を「馬鹿」だなんて言わなかった。


──でも、まさか、瞬がそんな風に思ってたなんてな……。


俺は照れを誤魔化すみたいに言った。


「俺がいつ、そんな……瞬が憧れるほど、頭が良かったんだよ……」


「小学生の頃」


「だいぶ前だな」


「関数とか出てきてから、やらなくなったよね」


「まあ、ありがちな話だよな……」


中一ギャップは誰にでも起こりうる問題だからな。仕方ない。


「俺はずーっと、康太はやればできるのにって、思ってたけどね」


「そうだな」


瞬と顔を見合わせて笑う。いつの間にか、駅はもう目の前だった。


──やればできるってこと、見せてくるか。


「格好いい」とまで言ってくれた瞬のためにも。


「頑張れー」と手を振る瞬に手を上げ、俺は駅の改札へと向かった。


改札を潜った後、振り返ると、瞬はまだ俺に手を振っていた。


……これが、いつか瞬が言ってた「心がきゅぅーってなる」……ってやつか?

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