1月23日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
【☆ボーナスタイム実施中☆】
・1月22日〜1月28日23:59までの期間、立花瞬は瀬良康太を『恋人』として認識する。
・期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬が悟った場合も、瀬良康太は即死する。
☆
「いや何か増えてる」
朝。例によってリモートワーク中のクソ矢からメールで送られてきた、新たな「条件」に思わず突っ込む。
『今、瞬さんの中では、康太さんと自分は付き合っている……恋人同士という認識になっています』
昨日──俺の前に現れたあのクソ神には、人間の「認識」を弄る力があるらしい。
そして何が目的かは知らんが、クソ神は瞬の「認識」を弄って、瞬が俺を「恋人」だと思うようにしやがったのだ。
期間は一週間。
その間は「恋人」ということになっている瞬相手に、何の恐れもリスクもなく、「好き」と言うことができる──これはいわば「ボーナスタイム」だと奴は言っていたのだが。
──しっかり、新しい「条件」つけやがって……これじゃ難易度は今までと変わんねえだろ。
一見、俺が有利になるような「ボーナスタイム」だが、よくよく考えて見れば、意外とそうでもないことに気づく。
『期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬が悟った場合も、瀬良康太は即死する』
瞬と俺の間には今まさに、「認識のズレ」が生じている。
俺は「瞬とは付き合ってない」と思っているが、瞬の方はそうじゃない。
さらに昨日、瞬は、俺の記憶にない発言のことまで言っていた。
と、いうことは──俺と瞬の「認識のズレ」は単に「付き合ってる・付き合ってない」以外にもあるということだ。
昨日は何とか話を合わせられたが、今後、こんなズレが明るみになっていけば、瞬と俺の話が噛み合わず、いずれ、瞬が「自分の認識は誤りだ」と感じてしまうかもしれない。そうなれば、俺は即死だ。
つまり。
俺は死を回避するために、瞬に毎日告白するだけではなく、一週間、瞬の思う「恋人」を演じきる必要があるのだ。
これはこれでとんでもなく神経を使う。
「何がボーナスタイムだ。クソ……」
誰にともなく、つい、そう呟く。
『よう、リア充。楽しんでるか?』
すると突然、枕元のスマートフォンから声がする。手も触れてないのに勝手に「通話中」になってるなんてありえないことが起こせるのは、奴らしかいない。
「誰がリア充だ、クソが。またふざけた条件増やしやがって」
そう悪態をつくと、スマホの向こうでクソ矢が笑った。
『そうか?ええやん、甘酸っぱいやん。楽しいこといっぱいやで』
「命がかかってなけりゃな」
『せや。神様なあ……えらい楽しかったみたいやで。カレーも美味いし、お前はおもろいし、ご機嫌やったわ』
聞けよ。いや、聞いてもらったからってどうにもならねえけど。
ちなみに昨日、クソ神はカレーライスだけはしっかり食って「後は若い二人でどうぞ」と消えていった。ふざけんな。
「マジで何しに来たんだよあいつ」
『さあな。お前が知ることやないわ……それより、早よ起きんとあかんのちゃう?』
「は?」
『可愛いお前の恋人が、外で震えて待ってんで』
ぶつ、と通話が切れる。すると部屋の外から「康太ぁー!早く起きなさいー!」と母親が呼ぶ声が聞こえた。
俺はおもむろに身体を起こし、ため息を吐くと、学校へ行く支度を始めた。
☆
クソ矢の言う通りだった。
家を出ると、階段の手前で鼻の頭を赤くした瞬が俺を待っていた。
「……寒くねえの?」
つい「おはよう」より先にそんな言葉が出た。
瞬が白い息を吐いて、笑う。
「一緒に行きたかったから」
「いつもみたいに先に降りてりゃいいのに」
言ってから、しまったと思った。
今の瞬にとっての「いつも」と俺の「いつも」は違うかもしれないのに。迂闊だった。
だが、瞬は気にしなかった。
「康太」
首を振り、俺のブレザーの袖を掴むと、瞬はこう言った。
「下降りるまで……手、繋ぎたい……」
「……っ!」
俺はぎょっとした。驚きのあまり手を引っ込めそうになったが、そうしなかったのは、よくやったと思う。
──これが、「恋人」になった瞬なのか……。
瞬は人懐っこい奴だが、いわゆる「甘えた」じゃない。普段の瞬はこんなことを言う奴じゃないのだ。
これは、瞬がこういう間柄の人間にだけ出す一面なんだろう、きっと。
「ダメ?」
「いや……」
それはそれとして、上目遣いに訊いてくる瞬に、何て答えるか迷う。
俺にとっての瞬は幼馴染で、まあ、家族みたいなもんだ。だが、今の瞬にとって、俺は……そういう色々は差し置いて、とにかく「恋人」なのだ。
俺も今は──色々なことは全部置いて、「恋人」として振る舞わなければならない。
そんなの、どうすりゃいいのか分かんねえけど。
「ん……」
とりあえず俺は、求められるまま、瞬に右手を差し出した。すると、瞬が嬉しそうに、きゅっと柔らかく手を握ってくる。
幼稚園の頃とか、瞬と手を繋いだことはいくらでもある。けどこれは、そのどれとも違う感触だった。知らない人間と手を繋いでるみたいに、違和感がすごい。
瞬のペースに合わせて、階段をゆっくり降りていると、ふいに、瞬が口を開く。
「康太、手あったかい」
「……瞬はずっと外にいたからだろ。俺はギリギリまで布団にいたからな」
「ずるい」
俺を咎めるような瞬の視線も、いつもよりどこか柔らかいというか、何というか……奥に甘いものを感じる。これが「恋人」補正なのか?
調子が狂う。
「あ、そうだ。康太、今日は部活あるの?」
「え?ああ……」
急に、俺の知ってる「いつもの」トーンで話しかけてくるので反応が遅れる。戸惑いながら、俺は答えた。
「部長に聞かねえと分かんねえな……瞬は今日部活だろ?」
「うん。だから、その」
瞬が足を止めて、そわそわしだす。
何だよ、早く言えって。いつもなら、すぐにそう言えるが、何故か今はできなかった。
ややあってから、瞬が小さな声で言った。
「……待っててほしいなって」
マジか。
瞬は今までこんなことを言ったことはない。
そもそも、俺と瞬は一緒に帰る約束をしてるわけじゃない。ただなんとなく合流して、同じ場所に向かって一緒に歩いてるというのが、感覚的には近いくらいだ。
だから、瞬が部活の日も、俺は基本、先に帰ってることが多いし、瞬の方も俺に「待ってて」なんて、言わない。
ほとんどカルチャーショックのようなものを受けている俺に、瞬はさらに言った。
「……部活がなくても、康太は待っててくれる?」
「いや、別にいいけど……そんなことわざわざ聞かなくても」
「い、言わないと康太帰っちゃうかなって……学校だとクラスも違うし、皆いるし……部活あると、行きと帰りくらいしかあんまり会えないから……」
俯いてそう答える瞬。声は消え入りそうなくらい小さいし、不安そうだし、なんか……今の瞬は、思い詰めてるようでさえある。
「恋人」がいるのに?
そんな瞬は見ていて、苛つくっていうか、居ても立っても居られなくなるみたいな──何だこれ。
気がつくと俺は、瞬の手をぎゅっと握り返して、その言葉を口にしていた。
「好きだよ、瞬」
顔を上げた瞬が、瞬きをする。しばらく、俺を見つめてから、ふっと、安心したみたいに笑って呟いた。
「そっか……」
どうしてだろう。
もうひと月近く、何度も瞬に言ってきたはずのその言葉が──今、初めて瞬に届いた気がした。
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