1月24日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。


【☆ボーナスタイム実施中☆】


・1月22日〜1月28日23:59までの期間、立花瞬は瀬良康太を『恋人』と認識する。


・期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬に悟られた場合も、瀬良康太は即死する。





一日過ごして、いくつか分かったことがある。


俺と瞬の間に起きている「認識のズレ」──死を避けるために、俺はまず、その「ズレ」を洗い出すことにしたのだ。


そしてその結果、いくつかの「ズレ」が見つかった。


例えば──。


「康太。はい、あーん」


「……あーん」


俺と「恋人」の瞬は、毎日昼飯を一緒に食うことになっているらしい。そこまではまあ、今までと同じだ。

問題なのは、それが「二人きりで」「ピロティで」「瞬のあーん付き」であることだ。


俺の知っている「昼飯」は、大抵、俺と西山と瞬の三人で、どっちかの教室で、くだらない話をしながら普通に食うだけの時間だったはずだ。西山どこ行った。


「学食行くって言ってたよ」


「はい、あーん」と瞬が箸で掴んだ卵焼きを差し出してくる。ちなみに、「瞬の中での俺」は、瞬が俺に分ける分も込みで多めに作ってきてる弁当を貰ってることになってるらしい。完全にヒモだ。弁当ヒモだ。


「瞬……やっぱ、昼は自分で用意するからいいって。自分の分毎日作るだけでも大変だろ」


「そんなことないよ。俺は自分が作りたくて康太の分も作ってるし……食べてくれると嬉しいし……食べてほしいし」


まただ。

「恋人」の瞬が時々見せる、この顔。

いじらしくて、切ないような、ともすれば、潰れてしまうんじゃないかと思うような、そんな、見ていられない顔。


知らない瞬の顔を見る度に、俺は調子が狂って、いつもはなんてことない、瞬といる時間が苦しくなるのを感じる。


──こうじゃないだろ、俺と瞬は。


しかし、そんな「ズレ」は、まだある。


昼休みを終えた五時間目のことだった。


ポケットの中のスマホが振動するのに気づき、教師の目を盗んで開いてみれば、メッセージが届いていた。差し出し人は──瞬。


──授業中だろ?あの、絵に描いたような真面目で優等生の瞬が……?


よっぽど急を要することなのかと思って見れば、中身はなんてことない。



瞬:寝てない?_(:3 」∠)_


瞬:ちゃんと授業聞いてる?



「……」



康太:瞬だってちゃんと聞けよ


康太:受験生のくせに



送った瞬間、既読がつく。あいつ……まさか、授業中にスマホ開きっぱなしなのか?



瞬:ちゃんと聞いてるよー(`・ω・´)


瞬:今ね、机の中でこっそり打ってる


瞬:ドキドキする



──こんなこと、俺の知ってる瞬じゃ考えられないことだ。


付き合うと、人はこうも変わっちまうのか?

まあ、これはさっきみたいなのよりは……瞬も楽しそうだし、いいかって思うけど。


結局、何だか俺の方が心配になってしまい、瞬に「不良。慣れてねーことすんな」とだけ返信し、その後はスマホを見なかった。


と、まあ、こんな感じで──たった一日だけでも、俺と瞬のズレはかなり大きいことが分かったのだが。


ここまで来て、俺には最も心配していることがある。


「なあ、西山──」


「何だ?瀬良」


放課後、クラス委員の仕事をしている瞬を待っている間。俺は西山に思い切って「それ」を相談してみた。


「どうしたら『既成事実』があるかもしれない相手に、俺がクズ野郎だと思われずに、本当に事が起きたのかどうか確かめられる?」


「安心しろ。お前はもう十分クズ野郎だ」


大抵のことは笑って茶化す西山に、軽蔑を込めた目で見られた。クソ……違うってのに。


「瀬良……お前のことは前々からクズだとは思ってたが、そこまでとは思わなかったぞ。相手は誰だ?立花か?」


「何で第一候補が瞬なんだよ。ちげえよ」


……まあ、違くないんだけど。


これこそが、俺と瞬の「ズレ」を確認していく上での、俺にとって最大の心配事だった。


俺と瞬が付き合う。

つまり、恋人同士になってるってなら、まあ……「そういうこと」も既に済ましたことになってる可能性もなきにしろあらず。


正直、幼馴染で、家族みたいな──ある意味、歳の近い兄弟みたいな存在の瞬と、そうなるのは全く想像がつかないし、やれと言われてもできない。やりたくない。


こればっかりは、例え命がかかったとしてもかなりキツいだろう。


だが、それはあくまでも俺サイドの話であって、「恋人」として俺を認識させられてる瞬からしたら、そうではないかもしれないのだ。


実際には誓って何も起きてないのだが、瞬の中では「既成事実」になってるかもしれない。


しかし、それを確認するのは至難の業なのだ。


聞き方を間違えれば最悪、俺は瞬から見て「やったくせにそのことを覚えてないクソ野郎」になってしまう。


かと言って、上手いことそれを調べる方法も思いつかない。どうしたもんか、と悩んだ末に、西山に聞いてみたのだが。


「西山、よく聞いてくれ。さっきのは俺のことじゃない。俺の……友達の話なんだ。俺の友達が、友達と、もしかしたらやっちまったかもしれないけど、その記憶がないらしいんだよ。どうしたらいいと思う」


「なら、今すぐそいつとは縁を切れ。関わるな」


はあ、と大きなため息を吐いた西山が首を振る。


俺は途方に暮れた。



「いつもありがとう、いっぱい持ってもらって……ごめんね」


「別に。弁当食わしてもらってんだから、これくらい……」


「もう、それはいいよ……付き合ってるんだから」


言いながら、瞬が照れたように笑う。


俺と瞬は下校途中、いつものように、スーパーの火曜市に行って、日用品をしこたま買い込み、家へと帰るところだった。


──それにしても「付き合ってる」って。本当、何度聞いても慣れねえな。


何て考えているうちに、マンションまで来てしまう。「いつも」なら、瞬の家に荷物を運んだら別れるところだが、今の「いつも」はそうじゃないらしい。


「はい、お茶でいい?」


「おう……ありがとう」


「ふふ……ご苦労様」


そのまま、瞬の部屋に上がり、お茶を飲んで二人でまったりするのが「いつも」だ。


マジかよ。もう何度目か分かんねえが、マジかよ。


別に、部屋で二人でいるのも、お茶を飲むのも、初めてじゃない。ずっとやってきたことだ。


ただ、今の俺と瞬は恋人なのだ。

幼馴染の二人きりと、恋人の二人きりは……なんか、わけが違うだろ。


──恋人同士が部屋で二人きりで、何もないって、アリ……なのか?


つい、なんとなく、ベッドの方が気になってしまう。いや、何もしねえけど。起きねえけど。


──瞬は、そういうこと考えてたり、すんのか?


ちら、と瞬を窺う。すると、瞬も俺の方を見ていて、目が合ってしまう。でもすぐに、さっと逸らされた。


視線を背ける、瞬の横顔が赤い。


──やっぱり違うよな。「いつも」とは。


俺はため息を吐いた。どうすりゃいいんだよ。


その時、瞬が口を開いた。


「やっぱり……つまんない?」


「つまんないって……何がだよ」


そう聞き返すと、瞬が俯きがちに言った。



「その、俺と……そういうこと、できないの」



「は……?」


瞬は続ける。


「付き合った時、俺言ったよね。康太とそういうことするの、たぶん、嫌じゃないけど……まだ気持ちに整理がつかないから……それに、学生の間は、早い気がするし、待ってほしいって」


「でも」と、震える声で瞬が言った。


「やっぱり、付き合ってるのにそういうことしないのって……変だよね……?だから、康太が、俺を嫌に、なったりするんじゃないかって、俺、不安で……」


そこまで聞いて、俺は居ても立っても居られなくなって、色々な、ズレとか、何もかもを置いて、とにかく今は、今だけは、目の前の瞬が耐えられなくて──気がつくと俺は瞬を抱きしめていた。


──俺は、瞬の中の俺と違うけど。


「好きだ、瞬」


今はただ、瞬は瞬でいいと、ただそれだけ思った。

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