1月25日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。


【☆ボーナスタイム実施中☆】


・1月22日〜1月28日23:59までの期間、立花瞬は瀬良康太を『恋人』と認識する。


・期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬に悟られた場合も、瀬良康太は即死する。




" 最 強 寒 波 襲 来 "


数日前から列島を騒がせるそのフレーズに、正直なところ、俺は高揚していた。


明日の朝、目が覚めたら、窓の外には一体どんな銀世界が広がっているんだろう──脳裏にちらつく「休校」の二文字を期待しながら、昨夜の俺は布団を被った。


ところが、今朝、起きてみたらどうだろう。


澄んだ青い空。剥き出しのアスファルト。

雪?そんなん知らんわと言わんばかりの「通常通り」の景色がそこにはあった。


おい最強寒波どうした──と思わず言いたかったが、外に出れば最強寒波は確かに来ていた。


クッッッッッッソ寒い。


これには、日頃瞬に「もっと暖かくしなきゃダメ」と言われている俺も、今日ばかりはさすがに、ネックウォーマーと手袋を引っ張り出してきた。


瞬なんか、いつものコート・手袋・マフラーに加えて耳当てまでしてやがる。……まあ、瞬は寒いの苦手だからな。


だからこそ一昨日、「手繋ぎたい」って言ってきたとき、手袋してなかったのが、ちょっと驚きだったんだが。


「う〜……寒いよ康太」


「俺に言われても困る」


横断歩道の手前、信号待ちで止まると、刺すような冷たい風が剥き出しの肌に当たって痛い。

早く変わんねえかな──と何気なく、瞬を見ると、頬が微かに赤く腫れていて、ひどく冷たそうだった。


「……」


「わっ」


ふと、思い立って、瞬の両頬を手で挟むように包んでみる。手袋越しでも、瞬の頬の冷たさが伝わってきた。最強寒波恐るべしだ。


瞬はされるがままになりながらも、目をぱちぱちさせている。


「な、何?」


「……あったかいか」


「あったかいけど」


ぴよ、と信号が青に変わる合図が鳴った。

瞬の頬から手を離し、歩き始める。ちょっと遅れて、瞬が後を追ってきた。


昨日部屋で話してから、今朝会った瞬は、「俺が知ってる瞬」みたいだった。


もう「手を繋ぎたい」とも言わなかったし、話してる時の雰囲気も、別に「いつも」通りだった。


──どうだろうと、今ここにいる瞬が、瞬なのだ。


俺は瞬が辛かったり、ああいう思い詰めたみたいな顔をしてるのが、どうも耐えられない。


瞬の思う俺と、ここにいる俺が違っていても──俺も俺でしかないのだ。


俺のできる限りで、あと半分。

瞬と一緒にいようと思った。





「お前らさあ……」


昼休みのことだった。

昼飯も「いつも」通りになった俺達は、教室で西山と三人で食っていたのだが。


西山が眉を寄せて、俺と瞬を交互に見る。


「なんか……あったか?」


「えっ……?!」


「……」


隠し事ができない瞬が、真っ先に反応してしまう。西山相手にその反応は「YES」も同然だ。


西山の照準が、俺達二人から瞬に絞られる。


「立花、正直にゲロっていいぞ。瀬良に何された?」


「え、な、何もされてないよ!だって」


「何でもう俺が何かした前提なんだよ」


瞬がボロを出す前に、そう突っ込むと、西山がちっちっち、と指を振る。……人にやられると腹立つな。


「立花が瀬良にやらかすわけねーだろ。やるなら瀬良の方だ。吐け、クズ野郎が」


「何もねえよ……俺も瞬も別に、いつも通りだ。西山こそ、何か根拠があって言ってるのか?」


そう訊くと、西山は腕を組んで、自信たっぷりに言った。


「勘」


「じゃあ言いがかりじゃねえか。解散だ。俺達には何もない」


「そうか?本当に?」


西山が疑り深く、俺と瞬を窺う。

ゴシップの匂いを嗅ぎつけた西山はしぶとく、なかなかに面倒くさい。簡単には諦めてくれそうにないな、と嘆息すると、瞬が袖をくいくい、と引っ張ってきた。


「……ん?」


西山にバレないよう、机の下で隠し持っているスマホの画面を、瞬が俺に見せてくる。


『西山には話してもいいかなって思うんだけど』


開かれたメールの編集画面にはそう表示されている。なるほど……俺と相談したかったのか。


俺は少し考えてから、西山に悟られないよう、瞬に返事を打つ。


『少し考えさせてほしい』


画面を見た瞬が小さく顎を引いて頷く。了解、ってことだろう。そうと決まれば、ひとまず、やることは一つだ。


俺は西山と瞬に断って、教室を出た。





『お前か……急に呼び出しおって』


「繋がるもんだな……意外と」


人気のない場所を探して、教室棟から管理棟の端まで来た俺は、そこで「リモートワーク」中のクソ矢に連絡を取っていた。


『何や、偉いさんからの電話かと思って出てもうたやん……よう番号分かったな』


「着信履歴残ってたんだよ。俺もいけるとは思わなかったけど」


てか、神ってこんなんで繋がれていいのか?

元々こいつらに神秘性も何も感じてはなかったが、こうも俗っぽいと逆にいいのか?と思ってしまうが。


『……まあええわ。何か用あったんちゃう?じゃなきゃ、お前がわざわざかけてなんか来ないやろ』


「そうだ。どっちかっていうとお前のクソ弟の方にだがな」


『阿保ぬかせ。そう簡単に神様出せるかって──』


『おや、康太さん。二日ぶりですね。調子はどうですか?』


言ってたそばから、クソ神の声がスマホの向こうから聞こえた。同時に、クソ矢のため息も。ざまあみろだ。


「どうもこうもねえよ。てめえの増やしたクソ条件のせいで迷惑してんだ。今もそのことでてめえを呼び出してたとこだ」


『なるほど……まあ、何にせよ、求められれば応えるのが神の勤めです。言ってみなさい』


じゃあ遠慮なく、とばかりに俺は訊いた。


「一週間経って、てめえが弄った瞬の認識が元に戻ったら……その間にやったことってのはどうなるんだ?」


『何も影響ありませんよ。認識が元に戻れば、ただ認識が正されるだけです。すでに起こした事や言ってしまったことは決して消えません。魔法とは違いますから』


「記憶は?」


『残ります。ただ──まさか自分が認識を弄られていたなんて思わないでしょうから、かなり混乱はするでしょうね』


やっぱりな、と思った。


つまり、西山に「俺と瞬が付き合ってる」と話せば、それは、西山が忘れない限り一生残るということなのだ。


今の瞬ならいいかもしれないが、元に戻った瞬は、何故俺と瞬がそんなことになっているのか、きっと混乱するし、怖いだろう。それなら、この一連の出来事を知っている人間は最小限に留めるべきだ。


西山には言えない。


「……分かった」


『おい、待てや。そんだけのことで神さ──』


クソ矢の声は遮るように、聞きたかったことを聞いた俺は、ぶつ、と通話を切った。


──瞬に伝えよう。


俺はスマホをポケットにしまって、教室へと急いだ。





「……そっか」


放課後。西山にも内緒にしよう──理由は伏せたまま、そう伝えると、瞬は頷いて「いいよ」と言ってくれた。


「瞬は……隠してるの、辛かったか?」


つい、そんなことを訊くと、瞬は首を横に振って言った。


「ううん……ただ、西山は友達だし、信頼できるから……無理に隠したりするより、いっそいいかなって、ちょっと思っただけ」


「ああ……」


それは一理ある。西山はゴシップ好きだが、それ以前に俺と瞬の友達だ。簡単に人にバラしたりするような奴じゃないのは分かってるし、いざって時は頼りにもなると思う。


──でも、それは俺と瞬が本当に付き合ってるならって話だ。


本当に付き合ってたなら、俺はたぶん西山に話しただろう。だが、そうじゃない。


いわば、これは夢なのだ。いずれ覚めて、なかったことになる夢。でも、起きたことは全部きっちり、現実に積み上げられてしまう。


だからこれでいい──そう思う一方で、何か……本当にそうなのかという気持ちもある。


瞬のあの顔を思い出すと。


「瞬」


「何?」


瞬が俺を真っ直ぐに見つめる。全然、いつもの瞬だ。今この瞬間も、瞬だけが「俺と付き合ってる」って思ってる以外は。


「……なあ、俺達は」


気がつくと、俺はそんなことを切り出していた。


だけど言ってから、マズい、これは一歩間違えたら死ぬ、と踏み留まる。代わりに──俺は絞り出すように、こう言った。


「デートとか……行ったりするのか?」


「え?」


瞬が目を見開いて固まる。

しばらくそうしているので、何かやらかしたか、と焦ったが、次第に瞬が肩を揺らして笑い始めたので、少しほっとした。


……ほっとしたけど。


「何だよ……そんな笑うことか」


「だって……自分達のことなのに、『デートとか行ったりするのか』って。変なの」


あははは、と瞬は目に薄く涙まで浮かべて笑っている。クソ……と思いつつ、こんなことになってからたぶん、初めて瞬が大笑いしてるのを見て、なんだか懐かしい気持ちになった。


「で、どうなんだよ。……行くのか?」


「行くんじゃない?たぶん」


こうなったら、とやけっぱち気味に訊いてみたら、瞬も笑いながら、それに乗っかってきた。そうか。


「俺……瞬のそういうところ、結構好きだわ」


「何、急に……そう?」


瞬が照れてるのか、もぞもぞと居住まいを正す。


──まあ、とにかく言ってしまったし。


「じゃあ、行くか……日曜?」


「うん、いいよ。行こう」



そんなわけで、俺と瞬は日曜日に「デート」をするらしい。

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