1月26日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。


【☆ボーナスタイム実施中☆】


・1月22日〜1月28日23:59までの期間、立花瞬は瀬良康太を『恋人』と認識する。


・期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬に悟られた場合も、瀬良康太は即死する。





「ふんふーん……ふふん……♪」


「楽しそうだね。立花くん」


「え?あ、か、茅野さん……?!ごめん」


「どうして謝るの?」


「だって、俺音痴だし……うるさかったかなって」


「別に、うるさくなかったよ?誰かに言われたの?」


「うん、康太……あ、二組の瀬良にね。前言われたんだよー、音痴って。ひどいよね」


「ふふ……そうなんだ。でも、立花くんと瀬良くんって、仲良いよね」


「え……あ、うん。そうかな……?そう見える?」


「うん。休み時間とか、瀬良くんよく立花くんに会いに教室まで来てるし……」


「あれは……用があるからだよ。課題見せろとか、教科書貸せとか……」


「でも、前に立花くんがお休みした時、瀬良くん、わざわざ三組まで来て、立花くんのプリントとか持っていってくれたし……体育の時に立花くんにジャージ貸してたこともあったでしょ?立花くん、大事にされてるなあって思ったんだけど」


「だ、大事にって……大袈裟だよ。康太は優しいから、友達とかには皆、結構あんな感じだよ」


「そうかな……?」


「そうだよ!それに、康太と俺はべ、別に何もない、ただの、幼馴染だし……」


「へえ……でも、立花くん、鼻歌歌っちゃうくらい、瀬良くんと何かいいことあったんだね」


「え、え?……えー!何で分かったの?!」


「……今ので、分かったかな」


「さ、策士……!」


「それほどでも……」





「はぁー……」


スマホを片手にため息を吐く。スクロールとタップを繰り返して、あれこれ調べてはみてるが……どれもイマイチ、ピンとこない。


──まあ、単に疎いから、イメージできねえってのもあるけど。


しかし、学校に来てから放課後まで、かれこれ数時間近く、暇さえあればスマホを見ている。


いい加減放りたくなったが、そうもいかない。

これはある意味、命懸けなのだ。失敗は許されない──そう思いながら、またスマホをいじっていると。


「『はじめてカップルさん必見♡失敗しないデートプラン特集』……?」


「うお?!」


気がつくと、背後から森谷にスマホを覗かれていた。ついでに、森谷と一緒にいたニヤニヤ顔の西山までいる。


面倒くさいことになった……と思うやいなや、早速、森谷が騒ぎだす。


「何だよ瀬良!いつのまにリア充になってたんだよ、俺聞いてねえよ!」


「なっても言わねえよ、お前には」


「大体なーにが『はじめてカップルさん』だよ!瀬良なんかどうせはじめてじゃねえんだろ!初心者ぶりやがって」


「うるせえな、ねえよ!どうなってんだお前の中の俺は」


「まあ……瀬良は『天は二物を与えず』の好例だよな」


西山が腕を組んで頷いている。どういうことだ?


「確かに。これで性格も良くて、頭も良かったら、無双だもんなー。このくらいクズで馬鹿な方がいいか」


「そうだそうだ」


西山と森谷で何やら同調し合いながら、近くの空いている席に陣取る。手に持っていたパックの飲み物にストローを挿したら、二人ともいつもの駄弁りモードになる。


ということはだ。


「で?瀬良は何でデート特集なんか見てんの?てか相手は?何組?」


「まあ相手は聞くまでもないとしても……どうして俺らに相談しなかったんだ。水くさいな」


「いっぺんに喋んな」


──まあ、尋問タイムになるわけだ。


逃げると余計に面倒なので、ここは諦めるしかないか。……実際、行き詰まってたとこだし。


「ちょっと……従兄弟と日曜に出かけることになっただけだ。この辺とかより、どっか他のとこに行った方がいいかと思って」


「ふうん……え、それでカップル向け特集?」


「あ、遊びに行くのにちょうどいいとこ探してたらたまたま出てきただけだ」


「ふうん……へえ〜〜〜〜?」


なおも俺を怪しむ森谷は置いて、今度は西山が訊いてくる。


「場所の検討はついたのか?」


「ついてねえ。まあ、最悪この辺で……カラオケとかゲーセンとか行けばいいかって思うけど」


「うわ」


森谷が露骨にドン引きしている。

うるせえな、俺だってこれが良いとは思ってねえよ。


──普通に瞬と遊びに行くのとは違うもんな……。


弾みではあるが、自分から言ってしまった以上、これは「デート」なのだ。


俺にとっての瞬はともかく、瞬にとっての俺は、今は「恋人」で、その恋人と出かけるのは「デート」になるだろう。


つまり、それなりに「デート」らしいプランを立てなければならない。

そうじゃないと、もしかしたら瞬が「あれ……俺達付き合ってるよね?」となりかねないのだ。

それだけは避けなければならない。


とはいえ、「デート」なんかしたことねえし。相談するって言っても、こいつらじゃな……。


「何でこの空間、童貞しかいねえんだよ……」


「おい瀬良やる気か?」


「落ち着け森谷。不毛だ」


立ち上がりかけた森谷を西山が抑える。それから、いつのまにか手にしていたスマホを見せながら言った。


「まあ、場所はどこにするにせよだ……瀬良。やっぱりこういうのは、ちゃんと事前に調べて行った方がよさそうだな」


「何だよ、何か見つけたのか?」


ほれ、と西山が画面を近づけてくる。

何かのサイトらしきページには、バリ風とか、やたらキツいピンク色の部屋の写真だとかが並んでいて……。


「男だけだと入れないところもあるみたいだしな」


「行かねえよ」


馬鹿言うな、と西山を一蹴する。西山はこういうとこがダメだ。本当にダメ。デリカシーがない。瞬がこの場にいなくてよかった。


西山が「なら」と次の提案をしてくる。


「開き直って家デートっていう手もあるんじゃないか?」


「それはいつもと変わんねえし……いや、あれはデートじゃねえ、違う」


「ほう……」


クソ。今のは失言だったかもな。得心いったという顔で俺を見てくる西山がムカつく。

……まあ、確信できるような証拠は与えてないから、たぶん大丈夫だろうけど。


「まあ、せっかく……?だから、どっかには行きてえけど……何がいいのかさっぱりだな」


「遊園地とかはどうだ?」


西山が提案するが、俺は首を振った。

いわゆるテーマパークみたいなとこは、まあ定番だけど、俺にそこまで行ける甲斐性がない。

それに混んでてダルいし。


「スパはどうだ?サウナとか。流行ってるだろ」


「土日って混んでて、結局疲れるだろ。それに金かかるし」


あと瞬って何故か、銭湯とか行きたがらねえんだよな。何回か誘ったことあるけど。


「お前……世界一デートに向いてねえ男だな」


西山が呆れ顔で肩をすくめる。……自分でも分かってるよ、それくらい。


「じゃあ映画は?」


唐突に森谷が言った。


「金かかるだろ」


西山がそう返したが……映画か。


「いや、アリだな……」


「……は?」


何で自分を差し置いて、と言いたげな西山。

森谷も何気なく言った案だったのか、驚いたような顔をしている。


「ちょっとベタじゃね?」


「ベタだけど……butterだろ」


「betterな」


「そのミスもベタだよな」


……まあいい。


「映画なら金かかるけど、学割利くだろ。遠出しなくていいし、新作でもなけりゃそんなに混んでねえし、でもどっか行ったなって感じあるし」


考えれば考えるほど悪くない気がする。映画なら、デートっぽさはありつつ、瞬とでも行きやすい。

デートって、レジャースポットとかを中心に考えてたから、その発想はちょっとなかったな。


「うん、映画にしよう。映画にするわ、よし」


善は急げだ。ちょうど、瞬が部活終わる時間だし。


俺は西山と森谷に礼を言って、教室を後にした。



「大丈夫かなー……瀬良。てか、従兄弟って絶対嘘だよな。だったら、あんな真剣な顔で悩まねーだろ」


「はは。まあ……瀬良があんな顔見せるような奴は、この世に一人しかいないさ」





「ってことで映画はどうだ」


日が落ちて、すっかり暗くなった帰り道を瞬と並んで歩く。今日も今日とて、「最強寒波」は健在だ。頬を切りつけていくような冷たい風が時折、吹いた。


俺の誘いに、瞬は「いいね」と頷く。


「何観る?」


「決めてねえ」


「えー……じゃあ、何やってるか知ってるの?」


「それも知らん」


「じゃあ何で映画にしようと思ったの……?」


瞬が呆れ混じりに笑う。俺は胸を張って答えた。


「デートっぽい」


「そ、それだけで?他にもデートっぽいのあるじゃん」


「何だよ、文句ばっかりうるせえな。じゃあ瞬は何かあんのかよ」


「ないけど……」


「ほらな。意外と奥が深えんだ、デートってのは」


俺がそう言うと、瞬が俯く。ややあってから、小さな声で俺に訊いてきた。


「こ、康太は……俺以外とデートしたこと、あったの?」


「ねえよ、そんなの」


だから、あんなに知恵を絞ってたんだろ──と言いかけて、言わなかった。なんか恥ずかしいから。


「じゃあ俺が最初なんだ?」


「……何だよ、揶揄ってんのか?まあ、そうなるけどよ」


これを俺の人生において、デートとカウントすべきかどうかはちょっと微妙だが。


──まあ、今の瞬にとっては間違いなく「デート」になるわけだから、それを数えないのは失礼だよな。


俺は当日を迎えたら、心の中の「デート回数カウンター」を「1」にしようと決める。


「そう言う瞬は初めてか?……まあ初めてだろうけど」


俺の記憶にある限り、瞬が誰かと付き合ってたってことはまだなかったはずだ。だからたぶんそうだとは思うが。そうだよな?


「……そうだよ」


「よし」


「何のよし、なの?それ」


「同じ土俵の上にいるってことだ」


「戦うの?俺達」


瞬がころころと笑う。釣られて俺も笑った。いっとき、俺達は寒さを忘れた。


ひとしきり笑ってから瞬は言った。


「じゃあ、当日映画館に行って決めよう。何時とか、分かんないから朝早く行って……あそこに入ってる映画館でいいよね?」


「あー、いんじゃね。でかいし。何か色々やってそうだし」


「俺、ポイントカード貯まってるから、それで無料になるかも。そしたら、康太の映画代、割り勘しよっか」


「サンキュー瞬。さすが。大好き」


「調子いいなあ……」


とても初デートに行こうとしてるカップルとは思えないほど、気安いやりとりが続く。いつもっぽいやつだ。やっぱり瞬とはこういう風なのがいい──そう思った時だった。



「……もっと、ちゃんと言ってよ」



ぴゅうぴゅういって吹いていた風が、その時に限って止んでしまった。だから、瞬のほんの小さな声でも聞こえてしまった。


「……」


鈍感な主人公になって「何て?」って聞き返そうか。だけど、そうしたら瞬はもう二度とそれを言わなくなるような気がした。


──今は、できる限りで付き合うって決めたよな。



「……好き」



最強寒波吹け、と思ったが、そうはいかず。


その言葉はしっかり届いて、瞬はマフラーに顔を埋めるように俯いて、ほんのちょっとだけ見える耳は真っ赤になっていた。

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