1月27日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。


【☆ボーナスタイム実施中☆】


・1月22日〜1月28日23:59までの期間、立花瞬は瀬良康太を『恋人』と認識する。


・期間中に限り、『恋人』という認識は誤りだと立花瞬に悟られた場合も、瀬良康太は即死する。





ジョン万次郎は本名ではない。


アメリカの「ジョン・ハウランド」号に助けられた際に船長が彼につけたニックネームが「ジョン・マン」だったとかで。


井伏鱒二の小説「ジョン萬次郎漂流記」を機に、「ジョン万次郎」の名前が世に広まってはいるものの、本人がそう呼ばれたことはないらしい。


「……康太」


日本最大の砂丘は「鳥取砂丘」ではなく、青森にある「猿ヶ森砂丘」らしい。


「康太ってば」


かぼちゃは英語で「スクワッシュ」といい、「パンプキン」はハロウィンの時なんかによく見るオレンジのかぼちゃだけをそう言うらしい。


「もう……康太!」


「おい……!何すんだよ」


思わず、立ち上がって声を上げてしまい、図書館中の視線を集めてしまう。

俺は軽く頭を下げ、椅子に座り直しながら、瞬によって奪われた「今すぐ誰かに言いたい!おもしろ雑学ブック〜これでクラスの人気者〜」を見つめる。……いいところだってのに。


「今日は勉強するって約束したでしょ?もうすぐ学年末テストがあるし」


「もうすぐって言ったって、まだ来月の話だろ。テスト勉強なんか前の日の夜で十分だ」


「来月なんてあっという間だよ?進級できなかったら大変だよ」


「恋人」であっても、こういうところは変わらないらしい。瞬のいつもの小言を聞き流しながら、俺はぼんやりと考える。


──あっという間、か。


あっという間、と言えば、この一週間もそうだ。


瞬が俺を「恋人」と認識し始めて数日。どうなることやらと思っていたが、気がつけば金曜日になっていた。


今日で、学校での「恋人ごっこ」はおしまいってわけだ。今はもう放課後だし、まあ……無事に終わったと言っていいだろう。


強いて言えば、西山が俺達のことを察してたような気はしたが……あいつはいつもあんな感じだったし、それほど影響はないか。


「聞いてるの?」


「チゲ鍋のチゲは鍋って意味らしいな」


「へえ……って、そうじゃなくて」


「マウスを動かした時の長さの単位はミッキーで、1ミッキーって数える」


「ええー!そうなの?……じゃなくて」


「ライターはマッチより先に発明されてる」


「え、じゃあ何でマッチってできたんだろ……」


瞬が首を傾げている。よし、すっかり雑学に夢中になったな。


と、思ったら。


「って、もう。康太はこんなことばっかり覚えて……もっと授業を真面目に聞きなよ」


「うるせえな。瞬だってこの前、授業中にスマホ弄ってただろ。ちゃんと聞けよ」


「あ、あれは……」


「不良」


「不良じゃない……」


「ふーりょう!不良!」


「……うぅ」


瞬が唇を尖らせて黙ってしまう。やっと静かになったな。


俺は瞬の手元から本を取り返そうとしたが、拗ねた瞬は本を返さなかった。むしろページをぱらぱら捲って読み始める。


「へー……パンダの指は七本あるんだ……」


「おい、返せよ」


瞬は憎たらしい顔で「不良だもん」と言った。ムカつくな。さらに瞬はページを捲る。


「ふーん……甘エビは人生の半分をオスとして過ごして、もう半分をメスとして過ごす」


「マジかよ。やべえな」


「シクラメンは漢字で豚饅頭」


「何でだよ」


「ピンからキリまでのピンキリはポルトガル語」


「じゃあピンとキリって何なんだろうな」


「さあ……?」


そんな調子で、俺と瞬は二人して、すっかり雑学の虜になっていた。

そのうちに瞬も機嫌を直したのか、気がつけば、額を寄せ合うように、俺達は一冊の本を読んでいる。何だか、幼稚園の頃に絵本を取り合って読んでた時みたいだ。


「あ、見て。この章、『毎日の雑学』だって」


「あー……今日は何の日的な」


瞬がページを捲ると、月ごとに1日から31日までがそれぞれ何の日に当たっているかが書いてある。どれ、今日……1月27日は──。


「求婚の日、だって」


「へえ」


求婚。要するにプロポーズか。プロポーズ……。


「プロポーズって失敗することあんのか?だってもう付き合ってんだろ」


「えー……?よく分かんないけど……付き合うならいいけど、結婚まではちょっと、みたいな。あるかもしれないじゃん」


「うわ、不良の発想だ」


「不良じゃないよ」


瞬がまた拗ねそうになったので、俺は話題を変えるつもりで訊いた。


「プロポーズって、どんな感じなんだろうな」


「ど、どんなって……普通に『結婚してください』みたいな?」


「へえ、瞬はそれが理想なのか?」


「理想って……理想とか、ないし……」


瞬の口調がもにょもにょと、歯切れの悪いものになる。何だ急に……って、ああ。


──「付き合ってる」んだもんな。俺と瞬。


こんな話したら、嫌でも意識……するか。


「康太はないの?理想のプロポーズ」


お返し、とばかりに瞬が訊いてくる。俺は少し考えてから答えた。


「『お前の味噌汁が毎朝飲みたい……』」


「味噌汁作れるの?康太」


「いや『毎日お前の卵焼きが食べたい』……か」


「卵焼きだって自分で作らないじゃん、康太」


そう言って笑う瞬に俺は言った。


「俺が瞬に言うとしたら、だからな」


「……へ?」


瞬が目をぱちくりさせている。俺はできるだけ軽い調子で付け足した。


「まあ、もしもな。もしも瞬にプロポーズするならって話」


「も、もしもね。うん……」


ほっと胸を撫で下ろすような瞬に、何故か恥ずかしくなる。いや別に、言われる側の理想が浮かばなかったから言っただけだってのに。


誤魔化すように俺は訊いた。


「瞬は?」


「な、何が?」


「俺にプロポーズするなら何て言う?」


瞬は宙を見つめながら言った。


「えー……『養ってあげるね』かな」


「ヒモ扱いじゃねえか」


でも瞬に言われたら普通にありがたいし、ラッキーって思うので、さすがだな、瞬は。俺の心を分かってる。


そんなことを思っていると、ポケットのスマホが振動した。


瞬の目を盗み、机の下でこっそり開いてみればクソ矢からのメールだ。


『月が綺麗ですね、みたいなもんやと思って、おまけしたるわ ○』


……俺は一応、今日の「条件」をクリアしたらしい。


あいつリモートワークになってから、こっちの仕事雑だよな──とか思いながら画面をスクロールすると、メールはこう続いていた。


『明日から現場復帰するから、宜しゅう』


とりあえず、俺はクソ矢に『一生来んな』と返信しておいた。

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