1月22日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。




『明日、神様がお前のとこ来るから。頼んだで?ああ、条件の方はいつも通りな。神様、めっちゃ楽しみにしとるから。ロマンチックな告白見せたってな』


「チッ……」


目が覚めた瞬間、それを思い出して、舌打ちが出た。


──今日はあのクソ神が来る日なんだろ。


あいつらのことだ。もう俺のことを見ているに違いない。


俺は身体を起こし、叫んだ。


「いるんだろ……ッ!クソ神が!いるなら出て来い!出て来たらぶっ殺す!」


しかし、返事はない。あくまで出てこないつもりか?


「おいふざけんな!出て来い!!一発殴らせろ!わけ分かんねえ条件つけやがってッ!俺も瞬も迷惑してんだ!おい、出て来いッ!!」


部屋は静まり返っている。


「おいッ!出て来い!ぶちころ──」


「うるさいわよ、クソ息子!いい加減にしなさい!」


出て来たのはクソ神ではなく母親だった。

俺にとってはある意味、神よりも厄介で逆らえない存在だ。面倒だな。


頭を掻く俺に嘆息しながら、母親は言った。


「……まあ、ちょうどいいわ。あんた、瞬ちゃんにこれ持ってって」


「は?なんだよ……」


母親が渡してきたのは大きめのタッパーだった。開けてみたら、中はカレーだった。昨日の夕飯の残りだ。


「多めに作ったのよ。いつもあんたが世話になってるしね」


「ふうん……」


「ふうん、じゃないわよ。あんたも瞬ちゃんにちゃんとお礼言うのよ」


「分かってるよ」


母親に尻を叩かれるように家を出て、瞬の家に向かう。


一向に出てこないクソ神のことは気になるが──そう思いながら、瞬の家のドアをノックする。


「おい、瞬。俺だ、開けてくれるか?」


「ちょっと待ってー」


ドアの向こうから声がして、ばたばたと足音がする。足音が近くなってドアが開いた。中から出てきたのは当然、瞬で──


「──はなくて、ごめんなさいね。あなたが、瀬良康太さんですか?」


小学生くらいの少年だった。


浮世離れした虹色の瞳の、尋常じゃなく美しい少年──ひと目でこいつは神だと分かった。


分かった瞬間、反射的に身体が動く。


「てめえ……!何のつもりだ……どのツラ下げて出て来やがった……ッ!」


「さっきは出て来いと仰っていたじゃないですか」


胸倉を掴んで、小さな身体を揺らす。見た目はガキかもしれねえが、こいつらは人の価値観を超越した存在だ。見た目に騙されて怯む程、俺の怒りは小さくねえ。


「ふふ。やはり面白い方ですね。兄様から聞いていた通りだ。会いに来てよかった」


クソ神が、鈴のような声でけらけら笑う。ムカつく。やっぱり一発ぶん殴っておくか……と思って、気づく。


「触れてる……」


「今頃気づきましたか。ついでに言うと、今の私……『他の人にも』視えてるんです」


「は……?」


「康太?」


開いたドアの向こうから、今度は本当に瞬が近づいてくる気配がする。まずい──俺は咄嗟にクソ神の胸倉から手を離し、代わりに腰を掴んで持ち上げた。


「たかいたかーい」


「わあ、うふふ。たのしーい」


「な、何してるの?」


ドアから顔を出した瞬が、俺とクソ神を交互に見て、戸惑っている。

ていうか、クソ神って瞬の家にいたよな?どういう扱いなんだ?ここからどうしたらいいんだ?


考えながら、とりあえずクソ神を高い高いし続けていると、瞬が言った。


「『たくみくん』もう、康太と仲良くなったの?すごいね」


「うん。僕、こうたさん大好き!とっても面白いから」


「そっかあ」


たくみくん?

首を傾げる俺に気づいた瞬が答える。


「あ、えっとこの子はね……今日一日うちで預かってほしいって、父さんから言われてて。『たくみくん』っていうの。仕事で知り合った人の子って聞いてるんだけど」


「たくみくん」ってことになってるらしいそいつを床に降ろし、じっと見つめる。どういうことだよ、を視線に込めて。


『瞬さんの認識を少しばかり操作しています』


そう答えたクソ神の口は閉じたままだ。俺の頭に直接声を送ってきやがったらしい。


──なんでそんなことするんだよ。


『だってそうしないと、私、康太さんに何されるか分かりませんから。どうせ外に出るなら実体の方がいいでしょう?』


──てめえの都合で、瞬を盾にしたのか?


『ふふ。とにかく、今の私は瞬さんにとってそうなってますから……くれぐれも気をつけてくださいね。もしものことがあれば私──』


クソ神はにこりと笑って言った。


『瞬さんに【条件】のことをバラして、康太さんを死なせます』


「……っ」


考えつかなかったリスクに気づき、背中を冷や汗が伝う。


人の認識を操作できるなら、こいつが瞬に「条件」のことを信じさせるのは容易いことだろう。


こいつが俺を殺すのに銃器なんかいらないってことだ。


「こ、康太?どうしたの?」


俺の様子に気づいた瞬が顔を覗き込んでくる。俺は「何でもない」と首を振って、瞬にタッパーを渡した。


「これ、母さんから。瞬の分だって」


「え、いいの?」


「俺が瞬にいつも世話になってるからだってよ。カレー」


「そんな……でも、助かるよ。ありがとう」


すると、瞬が受け取ったタッパーを見て、「たくみくん」が言った。


「しゅんさん。僕、そのカレー、食べてみたいです」


「ふざけんな、クソガキ。それは瞬の分だろ」


思わずそう言うと、瞬がびっくりしたような顔をした。


「こ、康太?」


「あ、いや……つい」


何て言い訳しようか考えていると、「たくみくん」があざとい声で言った。


「こうたさん……怖ぁい……」


「ほざくなクソが」


「康太!」


瞬に咎められ、俺は内心舌打ちする。視線を下げて奴を見ると、にやにや笑っていた。クソ……。


すると、瞬は「たくみくん」に優しく微笑んで言った。


「いいよ。じゃあ、これをお昼ご飯にいただこっか。実春さんのカレーは美味しいんだ」


「やったあ!」


「……康太はどうする?今日は自分ちでお昼にする?」


一応、といった感じで訊く瞬に、俺より先に「たくみくん」が答えた。


「僕、こうたさんもいっしょにご飯が食べたいな……怖いけど」


「そ、そう?」


ちらりと瞬が俺を見る。クソ神も「当然来るでしょう」という顔だ。……こいつを瞬と二人きりにはできない。


「じゃあ、俺も」


そう返事すると、瞬は「たくみくん」と俺をドアの中へと招き入れた。





「改めて──はじめまして、康太さん。私は託弓たくみ。賽ー二五三地区の神社で神をしております」


居間でテーブルを挟み、「託弓」と向き合う。

瞬は「座って待ってて」と台所で昼飯の支度をしてくれていた。つまり、今は俺とこいつの二人きりだ。


「賽……って要するに、あそこの神社だろ。てめえはそこの神ってことだ」


「そうです」


「ぶち殺す……!」


「無理ですよ」


試しに顔をぶん殴ろうとしたが、あっさりと拳を受け止められてしまう。片手で。


「先程も言いましたが、乱暴事は控えた方がよろしいかと。ご自分の命に関わりますよ」


「……」


「康太さんは別に死にたいわけじゃないのでしょう?」


こいつの言う通りだった。

クソ神のことはムカつくし、ぶん殴ってやりたいが、命より優先してまでやることじゃない。


「お分かりいただけたなら何よりです」


「……聞きてえことは山ほどある」


こうなったら、俺はこの機会を利用することにした。……今後生きていくためにも、聞いておいた方がよさそうなことは多い。


「いいでしょう。瞬さんが来るまでの間に限りますが、質問を受けます」


クソ神もそれを承諾している。早速、俺はクソ神に訊いた。


「……何でこんなふざけた条件を俺に付けた?俺がてめえらに何かしたか?」


「胸に手を当てて考えてはいかがでしょう。因果応報かと思いますが」


「メダルを賽銭箱にぶち込んだのがそんなに嫌だったのか?金と似たようなもんだろ」


「康太さんもカレーにうんこをぶち込まれたら怒るでしょう?似てるんだから食え、と言われて食べられますか?それと同じです」


クソ神は俺を見据えて言った。


「……私達にとって投げられた賽銭は命も同然です。人々の私達への信仰の証ですから。それを汚した康太さんは相応の報いを受けるべきなのです」


クソ神の瞳からは強固な意志を感じた。

少し考えてから、俺は言った。


「……悪かった」


「詫びられても許す気はありません」


「それは俺も同じだ。俺もてめえらを許せねえ」


「私が『クソ神』だからですか?」


「ああ……忘れたとは言わせねえぞ、あの時のこと」


「では『記憶にございません』とでも言いましょうか」


怒りが込み上げる。なりふり構わず、今すぐこいつをぶん殴ってやりたい。どうにかしてやりたい。……だけどそれはダメだ。俺は息を吐いて、拳をぐっと堪えた。


代わりに訊く。


「……どういうことだ」


「言葉通りです。私にはあなたから信仰を受けた記憶はありません」


「それを忘れたって言うんじゃねえのか」


「忘れたとは違います。私達にとって記憶は、存在を巡る血液のようなものですから、簡単には失いません。つまり、あなたは私を一度たりとも信仰したことはないのです」


「……意味わかんねえ」


頭がごちゃごちゃしてきた。こんな時、俺にとって一番頼りになるのが瞬なんだよな。

だけど、これは瞬には頼れねえ。自分で何とか理解するしかねえか。


頭を捻っていると、クソ神が言った。


「……まあ、このあたりの話をあなたが理解する必要はないでしょう。『オブザーバー』が知っていればよいことです」


「オブザーバー?」


「他に聞きたいことはないのですか?」


ごちゃごちゃ考えても仕方ねえか。


納得はいかないが、俺はクソ神に促されるまま、他のことを訊いた。


「いつまで続くんだ、この『条件』は」


「あなたが私の許しを得られるまでです。兄様から聞いていませんか?」


「はあ?何だよそれ。聞いてねえ」


「おや。それはこちらの怠慢と認めざるをえませんね。失礼しました」


クソ神が軽く礼をする。

クソ矢の奴……説明不足もいいところだな、全く……って。


「待てよ。兄様って……まさか、クソ矢が?」


「ああ、あなたにはそう呼ばれているのでしたね。そうです、その『クソ矢』は私の兄です」


「マジかよ……」


今ので余計に聞きてえことが増えた。いや、どうでもいいか……あいつの家族構成とか。俺は興味ねえし。


「……少し兄様が可哀想に思えますね」


「じゃあ家に帰って勝手に労ってろ。それより、何でその不敬の罰が、こんなふざけた内容なんだ?」


「人の願いを『ふざけた内容』とは……失礼極まりない方ですね。ふざけてなどいませんよ。こちらはあくまでも真摯です」


「どう考えてもふざけてるだろ。俺が瞬に毎日告白とか……小学生みてえな罰ゲーム強制しやがって」


「罰のために多少大袈裟にしていることは否定しませんが、あなたが『ふざけてる』と感じることを本気で願っている人がいるのは確かです。それ以上はおやめなさい」


「……っ」


淡々と言葉を紡ぐ声に、思わず、怯んでしまうような圧を感じる。


黙るしかない俺に、クソ神はいくらか、声を和らげて続けた。


「しかし、その点に関しては、以前のあなたの推察通りです。この『条件』は『誰か』の願いがベースにあります。そしてその『誰か』が望む限り……この『条件』は続くとも言えます」


「誰かって……誰だよ」


「……それが分からないのはあなただけでしょうね。『オブザーバー』も含めて」


クソ神が呆れたように息を吐いた。何だよ、腹立つな。


まあ、逆を言えばだ。


「じゃあその『誰か』が、これを望まなくなれば、お前の許しがなくても、この『条件』を終わりにできるってことか?」


クソ神は瞳を閉じて、しばらく黙っていた。

それはまるで、何かを堪えているようだった。


ややあってから、クソ神が口を開く。


「……あなたにそれが、できるなら」


「できたよー」


その時だった。瞬が台所から皿を三人分、盆に載せて居間に入ってきた。……質問タイムはこれで終わりか。


「わあ。しゅんさん、ありがとう」


さっきまでのクソ神としての振る舞いはどこへやら。すっかり「たくみくん」になった「奴」は、無邪気に手を叩いて喜んでやがる。

瞬もそんな「たくみくん」の様子に目を細めた。


「へへ。遠慮しないでたくさん食べてね。えっと……康太は、こっちね」


瞬が俺の前に皿を置く。クソ神の分は普通のカレーライスだが、俺のは、チーズが載ったカレートーストだ。


「どうしたんだよ、これ」


「康太、たぶん昨日もカレーだったでしょ?大したアレンジはできないけど、どうかなーって」


どうりで、カレーを温めてるだけにしては時間がかかってるなと思った。……俺のためだったのか。


「いや、嬉しい。ありがとう」


「よかったー……へへ」


はにかみながら、瞬が自分のカレーライスをテーブルに置く……「たくみくん」の隣で食うのかと思ってたら、俺の隣に置いたので、俺は少し驚いた。


「何?」


「え、いや……何でもないけど」


瞬が不思議そうな顔をしている。俺の考えすぎか?まあいい。


「さあ、食べよう」


三人で「いただきます」と声を揃えたところで、瞬は俺の方を向いて言った。


「康太。あーん……しよっか」


「はあ?!何でだよ」


さすがにこれはおかしい。

反射的にクソ神を見たが、「うーん、おいしいですう」とカレーライスに夢中だ。


その間にも、瞬はさらに言う。


「だ、だって……いつも康太、『もう瞬の手からじゃないと飯は食いたくない』って」


「言ってねえよ!俺がいつそんなこと言った?!」


「つ……付き合った時に」


「はあ……?」


付き合った?誰が、誰と?いつ?


「お、覚えてないの?康太、俺に『好きだ』って言ってくれたよね?」


「いやそれは言ってるけど……」


その「好き」は、そういうことじゃない。

瞬だって別に気にしてなかっただろ?


しかし、目の前の瞬は不安そうな顔で俺に迫ってくる。


「もしかして、俺のこと嫌いになった……?」


「嫌いじゃない。どっちかと言えば、好きだ。けどそれは──」


「俺と康太は……付き合ってるんだよね?」


「待て待て待て待て待て待て待って?」


もう一度、クソ神を見る。クソ神は頬っぺたをぱんぱんに膨らませて、もぐもぐと咀嚼しながら俺を見つめ返した。頭の中に声が響く。


『今、瞬さんの中では、康太さんと自分は付き合っている……恋人同士という認識になっています』


認識って。まさか──。


『ええ。康太さんには私から【ボーナスタイム】を差し上げます。今日から一週間、瞬さんは康太さんのことを『恋人』として認識します。どうぞ、康太さんは何も気になさらず──瞬さんに『好き』と言ってくださいね』

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