1月22日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『明日、神様がお前のとこ来るから。頼んだで?ああ、条件の方はいつも通りな。神様、めっちゃ楽しみにしとるから。ロマンチックな告白見せたってな』
「チッ……」
目が覚めた瞬間、それを思い出して、舌打ちが出た。
──今日はあのクソ神が来る日なんだろ。
あいつらのことだ。もう俺のことを見ているに違いない。
俺は身体を起こし、叫んだ。
「いるんだろ……ッ!クソ神が!いるなら出て来い!出て来たらぶっ殺す!」
しかし、返事はない。あくまで出てこないつもりか?
「おいふざけんな!出て来い!!一発殴らせろ!わけ分かんねえ条件つけやがってッ!俺も瞬も迷惑してんだ!おい、出て来いッ!!」
部屋は静まり返っている。
「おいッ!出て来い!ぶちころ──」
「うるさいわよ、クソ息子!いい加減にしなさい!」
出て来たのはクソ神ではなく母親だった。
俺にとってはある意味、神よりも厄介で逆らえない存在だ。面倒だな。
頭を掻く俺に嘆息しながら、母親は言った。
「……まあ、ちょうどいいわ。あんた、瞬ちゃんにこれ持ってって」
「は?なんだよ……」
母親が渡してきたのは大きめのタッパーだった。開けてみたら、中はカレーだった。昨日の夕飯の残りだ。
「多めに作ったのよ。いつもあんたが世話になってるしね」
「ふうん……」
「ふうん、じゃないわよ。あんたも瞬ちゃんにちゃんとお礼言うのよ」
「分かってるよ」
母親に尻を叩かれるように家を出て、瞬の家に向かう。
一向に出てこないクソ神のことは気になるが──そう思いながら、瞬の家のドアをノックする。
「おい、瞬。俺だ、開けてくれるか?」
「ちょっと待ってー」
ドアの向こうから声がして、ばたばたと足音がする。足音が近くなってドアが開いた。中から出てきたのは当然、瞬で──
「──はなくて、ごめんなさいね。あなたが、瀬良康太さんですか?」
小学生くらいの少年だった。
浮世離れした虹色の瞳の、尋常じゃなく美しい少年──ひと目でこいつは神だと分かった。
分かった瞬間、反射的に身体が動く。
「てめえ……!何のつもりだ……どのツラ下げて出て来やがった……ッ!」
「さっきは出て来いと仰っていたじゃないですか」
胸倉を掴んで、小さな身体を揺らす。見た目はガキかもしれねえが、こいつらは人の価値観を超越した存在だ。見た目に騙されて怯む程、俺の怒りは小さくねえ。
「ふふ。やはり面白い方ですね。兄様から聞いていた通りだ。会いに来てよかった」
クソ神が、鈴のような声でけらけら笑う。ムカつく。やっぱり一発ぶん殴っておくか……と思って、気づく。
「触れてる……」
「今頃気づきましたか。ついでに言うと、今の私……『他の人にも』視えてるんです」
「は……?」
「康太?」
開いたドアの向こうから、今度は本当に瞬が近づいてくる気配がする。まずい──俺は咄嗟にクソ神の胸倉から手を離し、代わりに腰を掴んで持ち上げた。
「たかいたかーい」
「わあ、うふふ。たのしーい」
「な、何してるの?」
ドアから顔を出した瞬が、俺とクソ神を交互に見て、戸惑っている。
ていうか、クソ神って瞬の家にいたよな?どういう扱いなんだ?ここからどうしたらいいんだ?
考えながら、とりあえずクソ神を高い高いし続けていると、瞬が言った。
「『たくみくん』もう、康太と仲良くなったの?すごいね」
「うん。僕、こうたさん大好き!とっても面白いから」
「そっかあ」
たくみくん?
首を傾げる俺に気づいた瞬が答える。
「あ、えっとこの子はね……今日一日うちで預かってほしいって、父さんから言われてて。『たくみくん』っていうの。仕事で知り合った人の子って聞いてるんだけど」
「たくみくん」ってことになってるらしいそいつを床に降ろし、じっと見つめる。どういうことだよ、を視線に込めて。
『瞬さんの認識を少しばかり操作しています』
そう答えたクソ神の口は閉じたままだ。俺の頭に直接声を送ってきやがったらしい。
──なんでそんなことするんだよ。
『だってそうしないと、私、康太さんに何されるか分かりませんから。どうせ外に出るなら実体の方がいいでしょう?』
──てめえの都合で、瞬を盾にしたのか?
『ふふ。とにかく、今の私は瞬さんにとってそうなってますから……くれぐれも気をつけてくださいね。もしものことがあれば私──』
クソ神はにこりと笑って言った。
『瞬さんに【条件】のことをバラして、康太さんを死なせます』
「……っ」
考えつかなかったリスクに気づき、背中を冷や汗が伝う。
人の認識を操作できるなら、こいつが瞬に「条件」のことを信じさせるのは容易いことだろう。
こいつが俺を殺すのに銃器なんかいらないってことだ。
「こ、康太?どうしたの?」
俺の様子に気づいた瞬が顔を覗き込んでくる。俺は「何でもない」と首を振って、瞬にタッパーを渡した。
「これ、母さんから。瞬の分だって」
「え、いいの?」
「俺が瞬にいつも世話になってるからだってよ。カレー」
「そんな……でも、助かるよ。ありがとう」
すると、瞬が受け取ったタッパーを見て、「たくみくん」が言った。
「しゅんさん。僕、そのカレー、食べてみたいです」
「ふざけんな、クソガキ。それは瞬の分だろ」
思わずそう言うと、瞬がびっくりしたような顔をした。
「こ、康太?」
「あ、いや……つい」
何て言い訳しようか考えていると、「たくみくん」があざとい声で言った。
「こうたさん……怖ぁい……」
「ほざくなクソが」
「康太!」
瞬に咎められ、俺は内心舌打ちする。視線を下げて奴を見ると、にやにや笑っていた。クソ……。
すると、瞬は「たくみくん」に優しく微笑んで言った。
「いいよ。じゃあ、これをお昼ご飯にいただこっか。実春さんのカレーは美味しいんだ」
「やったあ!」
「……康太はどうする?今日は自分ちでお昼にする?」
一応、といった感じで訊く瞬に、俺より先に「たくみくん」が答えた。
「僕、こうたさんもいっしょにご飯が食べたいな……怖いけど」
「そ、そう?」
ちらりと瞬が俺を見る。クソ神も「当然来るでしょう」という顔だ。……こいつを瞬と二人きりにはできない。
「じゃあ、俺も」
そう返事すると、瞬は「たくみくん」と俺をドアの中へと招き入れた。
☆
「改めて──はじめまして、康太さん。私は
居間でテーブルを挟み、「託弓」と向き合う。
瞬は「座って待ってて」と台所で昼飯の支度をしてくれていた。つまり、今は俺とこいつの二人きりだ。
「賽……って要するに、あそこの神社だろ。てめえはそこの神ってことだ」
「そうです」
「ぶち殺す……!」
「無理ですよ」
試しに顔をぶん殴ろうとしたが、あっさりと拳を受け止められてしまう。片手で。
「先程も言いましたが、乱暴事は控えた方がよろしいかと。ご自分の命に関わりますよ」
「……」
「康太さんは別に死にたいわけじゃないのでしょう?」
こいつの言う通りだった。
クソ神のことはムカつくし、ぶん殴ってやりたいが、命より優先してまでやることじゃない。
「お分かりいただけたなら何よりです」
「……聞きてえことは山ほどある」
こうなったら、俺はこの機会を利用することにした。……今後生きていくためにも、聞いておいた方がよさそうなことは多い。
「いいでしょう。瞬さんが来るまでの間に限りますが、質問を受けます」
クソ神もそれを承諾している。早速、俺はクソ神に訊いた。
「……何でこんなふざけた条件を俺に付けた?俺がてめえらに何かしたか?」
「胸に手を当てて考えてはいかがでしょう。因果応報かと思いますが」
「メダルを賽銭箱にぶち込んだのがそんなに嫌だったのか?金と似たようなもんだろ」
「康太さんもカレーにうんこをぶち込まれたら怒るでしょう?似てるんだから食え、と言われて食べられますか?それと同じです」
クソ神は俺を見据えて言った。
「……私達にとって投げられた賽銭は命も同然です。人々の私達への信仰の証ですから。それを汚した康太さんは相応の報いを受けるべきなのです」
クソ神の瞳からは強固な意志を感じた。
少し考えてから、俺は言った。
「……悪かった」
「詫びられても許す気はありません」
「それは俺も同じだ。俺もてめえらを許せねえ」
「私が『クソ神』だからですか?」
「ああ……忘れたとは言わせねえぞ、あの時のこと」
「では『記憶にございません』とでも言いましょうか」
怒りが込み上げる。なりふり構わず、今すぐこいつをぶん殴ってやりたい。どうにかしてやりたい。……だけどそれはダメだ。俺は息を吐いて、拳をぐっと堪えた。
代わりに訊く。
「……どういうことだ」
「言葉通りです。私にはあなたから信仰を受けた記憶はありません」
「それを忘れたって言うんじゃねえのか」
「忘れたとは違います。私達にとって記憶は、存在を巡る血液のようなものですから、簡単には失いません。つまり、あなたは私を一度たりとも信仰したことはないのです」
「……意味わかんねえ」
頭がごちゃごちゃしてきた。こんな時、俺にとって一番頼りになるのが瞬なんだよな。
だけど、これは瞬には頼れねえ。自分で何とか理解するしかねえか。
頭を捻っていると、クソ神が言った。
「……まあ、このあたりの話をあなたが理解する必要はないでしょう。『オブザーバー』が知っていればよいことです」
「オブザーバー?」
「他に聞きたいことはないのですか?」
ごちゃごちゃ考えても仕方ねえか。
納得はいかないが、俺はクソ神に促されるまま、他のことを訊いた。
「いつまで続くんだ、この『条件』は」
「あなたが私の許しを得られるまでです。兄様から聞いていませんか?」
「はあ?何だよそれ。聞いてねえ」
「おや。それはこちらの怠慢と認めざるをえませんね。失礼しました」
クソ神が軽く礼をする。
クソ矢の奴……説明不足もいいところだな、全く……って。
「待てよ。兄様って……まさか、クソ矢が?」
「ああ、あなたにはそう呼ばれているのでしたね。そうです、その『クソ矢』は私の兄です」
「マジかよ……」
今ので余計に聞きてえことが増えた。いや、どうでもいいか……あいつの家族構成とか。俺は興味ねえし。
「……少し兄様が可哀想に思えますね」
「じゃあ家に帰って勝手に労ってろ。それより、何でその不敬の罰が、こんなふざけた内容なんだ?」
「人の願いを『ふざけた内容』とは……失礼極まりない方ですね。ふざけてなどいませんよ。こちらはあくまでも真摯です」
「どう考えてもふざけてるだろ。俺が瞬に毎日告白とか……小学生みてえな罰ゲーム強制しやがって」
「罰のために多少大袈裟にしていることは否定しませんが、あなたが『ふざけてる』と感じることを本気で願っている人がいるのは確かです。それ以上はおやめなさい」
「……っ」
淡々と言葉を紡ぐ声に、思わず、怯んでしまうような圧を感じる。
黙るしかない俺に、クソ神はいくらか、声を和らげて続けた。
「しかし、その点に関しては、以前のあなたの推察通りです。この『条件』は『誰か』の願いがベースにあります。そしてその『誰か』が望む限り……この『条件』は続くとも言えます」
「誰かって……誰だよ」
「……それが分からないのはあなただけでしょうね。『オブザーバー』も含めて」
クソ神が呆れたように息を吐いた。何だよ、腹立つな。
まあ、逆を言えばだ。
「じゃあその『誰か』が、これを望まなくなれば、お前の許しがなくても、この『条件』を終わりにできるってことか?」
クソ神は瞳を閉じて、しばらく黙っていた。
それはまるで、何かを堪えているようだった。
ややあってから、クソ神が口を開く。
「……あなたにそれが、できるなら」
「できたよー」
その時だった。瞬が台所から皿を三人分、盆に載せて居間に入ってきた。……質問タイムはこれで終わりか。
「わあ。しゅんさん、ありがとう」
さっきまでのクソ神としての振る舞いはどこへやら。すっかり「たくみくん」になった「奴」は、無邪気に手を叩いて喜んでやがる。
瞬もそんな「たくみくん」の様子に目を細めた。
「へへ。遠慮しないでたくさん食べてね。えっと……康太は、こっちね」
瞬が俺の前に皿を置く。クソ神の分は普通のカレーライスだが、俺のは、チーズが載ったカレートーストだ。
「どうしたんだよ、これ」
「康太、たぶん昨日もカレーだったでしょ?大したアレンジはできないけど、どうかなーって」
どうりで、カレーを温めてるだけにしては時間がかかってるなと思った。……俺のためだったのか。
「いや、嬉しい。ありがとう」
「よかったー……へへ」
はにかみながら、瞬が自分のカレーライスをテーブルに置く……「たくみくん」の隣で食うのかと思ってたら、俺の隣に置いたので、俺は少し驚いた。
「何?」
「え、いや……何でもないけど」
瞬が不思議そうな顔をしている。俺の考えすぎか?まあいい。
「さあ、食べよう」
三人で「いただきます」と声を揃えたところで、瞬は俺の方を向いて言った。
「康太。あーん……しよっか」
「はあ?!何でだよ」
さすがにこれはおかしい。
反射的にクソ神を見たが、「うーん、おいしいですう」とカレーライスに夢中だ。
その間にも、瞬はさらに言う。
「だ、だって……いつも康太、『もう瞬の手からじゃないと飯は食いたくない』って」
「言ってねえよ!俺がいつそんなこと言った?!」
「つ……付き合った時に」
「はあ……?」
付き合った?誰が、誰と?いつ?
「お、覚えてないの?康太、俺に『好きだ』って言ってくれたよね?」
「いやそれは言ってるけど……」
その「好き」は、そういうことじゃない。
瞬だって別に気にしてなかっただろ?
しかし、目の前の瞬は不安そうな顔で俺に迫ってくる。
「もしかして、俺のこと嫌いになった……?」
「嫌いじゃない。どっちかと言えば、好きだ。けどそれは──」
「俺と康太は……付き合ってるんだよね?」
「待て待て待て待て待て待て待って?」
もう一度、クソ神を見る。クソ神は頬っぺたをぱんぱんに膨らませて、もぐもぐと咀嚼しながら俺を見つめ返した。頭の中に声が響く。
『今、瞬さんの中では、康太さんと自分は付き合っている……恋人同士という認識になっています』
認識って。まさか──。
『ええ。康太さんには私から【ボーナスタイム】を差し上げます。今日から一週間、瞬さんは康太さんのことを『恋人』として認識します。どうぞ、康太さんは何も気になさらず──瞬さんに『好き』と言ってくださいね』
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