1月21日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





【立花瞬のしゅんかん☆クッキング】



「いや、何だこれ」


思わずツッコミを入れると、瞬がはにかみながら答えた。


「1月21日は「料理番組の日」なんだよ。1937年の今日、イギリスで料理番組の元祖とされるテレビ番組の放送が始まったのが由来なんだって。だからまあ……雰囲気づくり?みたいな……」


なるほどな。……しかし、どうでもいいようなことまで、瞬は本当に物知りっていうか、なんていうかだ。


俺はそんな瞬に感心しつつ、訊いた。


「……で、今日は何にすんだ?」


「えっと……この卵を使い切っちゃいたいから、卵焼きかな。康太もいるしね」


「ちなみに、さっき言った料理番組の第一回のテーマは『オムレツの作り方』だったんだよ」と瞬が付け足す。へえ、だな。ボタンがあったら連打したい。


「じゃあできたら呼んでくれ。俺は向こうでテレビ見てるから」


そう言って、台所を後にしようとすると、瞬にシャツの襟を掴まれた。


「康太も一緒にやるからね」


「はあ?何でだよ」


「料理番組にはアシスタントが必要でしょ?」


「番組って……別に撮ってるわけじゃねえし、ただ自分ちで昼飯作るだけだろ」


「……実春さんに言われてるんだよね。『康太が昼飯たかりに来たら容赦なく使っていいから』って」


「チッ……さすがに読まれてるか」


悔しいが、母親の読み通りだ。


土曜日の昼。母親は朝から仕事に出かけ、「昼は勝手にしなさい」と言われていた俺は、自分で買いに行くのも、あり合わせのもので何か作るのも面倒くさくなり、気がつくと瞬の家に来ていたのだ。「たかった」とは失礼だな。


「たかってねえよ。ちょっと瞬の昼飯を見せてほしかっただけだ」


「じゃあ卵焼きはいらないね」


「それはめちゃくちゃいる」


「だったらお手伝いして」


「分かったよ……」


卵焼きを人質に取られては仕方ない。俺は渋々、瞬の卵焼き作りに付き合うことになった。



「はい。ではまず、材料のご紹介です」


瞬が料理番組さながら、材料を並べる。



【立花家の卵焼き】


卵 3個


だしの素 なんとなく


砂糖 いつもの感じ


醤油 大体


サラダ油 ノリで



「適当すぎるだろ」


「だって……母さんもこんな感じだったから、俺もなんとなくで覚えるしかなくて」


「まあいい……で、こいつらをどうすんだよ」


「あ、はい。それでは始めていきましょう。まずは……」



1 ボウルに水を入れ、その中でだしの素を溶く



「熱湯だとあんまり溶けないんだって」


「ふうん……」


瞬に言われるまま、だしの素を溶く。ある程度、いい感じになったところで、瞬が卵を手渡してきた。


「康太、卵ちゃんと割れる?」


「当たり前だろ。それくらいできる」


「殻入らないようにね」


「見てろ」


カウンターの角に卵を軽くぶつけ、割れ目に指をかけて、適当な力加減で殻を開ける。割けた隙間から卵黄と白身がぬるりとボウルに落ちた。殻は一欠片も入ってない。成功だ。

その調子で残りの二個も割って見せると、瞬はぱちぱちと拍手しながら言った。


「よくできましたー」


「うるせえ。大したことじゃねえだろ……ほら、次は?」


「次は……」



2 溶いただしの素、卵、醤油、砂糖をかき混ぜる



「かき混ぜる時は、気持ちを込めてね」


「ああ……『おいしくなあれ』みたいなやつか」


メイド喫茶とかでやってるイメージがある。アレをやんのか……瞬が?


「ちょっと……何か恥ずかしいこと考えてない?そこまではやらなくていいから……」


「じゃあどうやってるんだ?」


「え?普通に……康太、これ本当好きだよなー……とか……考えながら……」


言いながら、少しずつ声が小さくなっていく。そのうちに「いや、何でもない!」と瞬は首を振った。もう遅いだろ。


「要するに食う奴のことを考えながらやるってことか」


「うん。まあ、そんな感じ」


「なるほどな」


つまり今の俺にとっては瞬か。瞬、瞬、瞬……。


「頭がいい、飯を食わせてくれる、家事ができる、運動は苦手、めちゃくちゃ食う、ちょっと鈍臭い、負けず嫌い、小言が多い、細かい」


「ちょっと!」


隣で瞬が膨れている。それから、忘れちゃいけない、いつものやつも言った。


「好き」


「……」


瞬を見遣ると微妙な顔をしていた。眉間に少し皺を寄せて、唇を尖らせている。それから、ボソリと言った。


「……変なもの混ぜないでよ」


気を取り直して。


「じゃあ卵を焼くよ」と瞬が四角いフライパンを取り出す。



4 フライパンにサラダ油を敷き、卵液を流し入れ、奥から手前に向かって巻く。巻いたら奥に寄せて、手前側にまた卵液を流し入れる。卵液がなくなるまで繰り返す。



「へえ、やっぱり上手いもんだな」


「へへ……そうかな」


慣れた手つきで瞬が卵を巻くのを見守る。いつもののんびりした瞬と違って、てきぱきしてるし、やっぱり料理になると瞬はすげえな。


あっという間に綺麗な卵焼きができる。俺は皿を取り出し、瞬がそこに卵焼きを移した。


「ちょっと冷ましたら完成だよ」


「おー……」


皿の上の卵焼きを見る。湯気が立っていて美味そうだが、瞬が冷ました方がいいって言うなら、そうなんだろう。確かに、弁当に入っているやつは熱くない。


でも、もういい加減、腹が減ってきてる。


「料理番組みてえに、こちらが冷ました後の卵焼きです、とかねえのか?」


「康太、せっかちすぎ。……その間におにぎり作るから、康太も手伝って」


「へい」


それから瞬に従って、鮭ふりかけをまぶしたおにぎりを四つ作った。ようやく昼飯の完成だ。


瞬が冷ました卵焼きに包丁を入れる。


すると、切り分けられた卵焼きのうち、端っこのやつに、瞬は爪楊枝を刺して、俺に差し出した。


「はい、つまみ食い」


「いいのか?」


「うん」


瞬が差し出してきたまま、俺は卵焼きを口に入れる。美味い。俺の好きな立花家の卵焼きだ。


卵焼きを味わっていると、瞬がくすりと笑って言った。


「本当に好きだね」


「ん……美味いからな」


瞬が「そっか」と言って、続ける。


「……小さい頃、母さんがお弁当作ってる時にね、よくこうやってつまみ食いさせてくれたんだ」


「……なんだよ、俺はガキだって言いてえのか」


「まあ……そうかもね」


「食べよっか」と瞬に促され、おにぎりと卵焼きをテーブルに運ぶ。


その時、ポケットに入れたスマホが振動した。


「瞬、ちょっと」


「あ、うん。いいよ、出て」


俺はスマホを取り出しながら、一旦、部屋の外に出る。電話だ。


スマホの画面には発信元が──表示されていない。だが、それで相手に察しがつく。


「何だよ」


『おう、クソガキ。儂や』


「詐欺か?」


『切ったらぶち殺すで。儂はお前に用があんねん』


「チッ……」


電話の相手はクソ矢だった。

あのクソ金髪ときたら、昨日から姿がないなと思っていたら「しばらくリモートワークや」とのことだ。


昨日、学校で条件をクリアした後に、わざわざメールで連絡を寄越してきて、俺はそれを知った。……連絡先を何で知ってるのかとか、神のくせに現代機器に馴染みすぎじゃないかとか、そういうのは敢えて突っ込まない。


まあ、俺の監視は変わらず、しっかりされてるみたいだけど。


「用ってなんだよ。今日のクリアのことなら、昨日みてえにメールで報告でいいだろ」


『ああ、まあ今日のクリアはクリアやけど。用は他にあんねん……お前、明日なんか用あるんか?』


「ねえよ」


『じゃあ、ええわ。明日な、儂の代わりのもんがお前の監視役に来るから。そいつのこと頼むな』


「はあ?何で俺がそんなこと……」


『前に言うたやん。神様がお前に直接会うてみてもええかなあって』


「それが?」


『明日、神様がお前のとこ来るから。頼んだで?ああ、条件の方はいつも通りな。神様、めっちゃ楽しみにしとるから。ロマンチックな告白見せたってな』


『ほな』と電話が切れる。


「……はあ?!」


ほな、じゃねえだろ。


──神様って。あのクソ神が来るってことか?



『神さま、お願いです。どうか──』



嫌でもあの記憶が蘇る。

俺は真っ暗になったスマホの画面を見つめながら、拳を握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る