1月20日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。




「……。」


腕を組んで自販機を睨む。

冬限定ホワイトチョコレートか、コーヒー牛乳か、調整豆乳か──昼飯にどれを合わせるか、俺は決めかねていた。


──パンだし、普通にコーヒー牛乳にするか……。


そう思って、ボタンに指をかけたその時。


「だーれだ」


「うぉっ?!」


突然、視界を塞がれ、訳もわからず指に触れたボタンを押してしまう。がこん、と音がして何かが出てきた……何だろう。

ていうか誰だ──なんて、聞くまでもないか。


「やあ、瀬良。奇遇だね」


「堂沢か……」


振り向けば、爽やかな笑顔のイケメンがいた。


「はい、青汁」


手のひらに載せられたそれは、さっきの答え合わせだった。最悪だ……俺は青汁が死ぬほど嫌いだってのに。


「……おい、どう責任とってくれんだ」


「結婚しよう」


「重すぎる」


俺はため息を吐いて、堂沢に青汁を返したが、堂沢は首を横に振った。


「それは好きじゃないね」


「ふざけんな、お前が飲め」


「それならお金を返すよ」


堂沢は片手で青汁を拒み、もう片方の手でポケットをまさぐった。


「うーん……今はこれしかないな」


差し出してきたのは五百円玉だった。


「こんなにいらねえよ。青汁が七本は買えちまう」


「それもそうだ。それに、これは大事なものだからね」


そう言って、堂沢は五百円玉をしまった。


「もういい。教室帰ったら瞬にでも飲ませる」


「瞬?」


堂沢が首を傾げる。

ああ、そっか。堂沢は瞬のこと、知らねえか。そういえばこいつ、いつも俺が一人の時にしか話しかけてこねえからな……。


「てか、お前……何か用があって来たんじゃねえのか」


「ああ。今日は演劇部の活動をするから、瀬良にそれを伝えようと思って」


「活動って……」


俺は月曜日のことを思い出す。あれは活動でも何でもなかっただろ。


「何する気なんだよ。大体、演劇部っていつ活動してんだ」


「瀬良と遊ぶ。活動は、俺が瀬良に会いたい時、随時だ」


「じゃあな、堂沢。俺は今日、瞬と勉強するって決めたんだ」


「瀬良に勉強より嫌なものがあるとは思わなかったよ」


その場を去ろうとするが、「どこに行くんだい」と堂沢に羽交締めにされてしまう。


「離せ堂沢……そうだ。俺は演劇部に入るって、まだ正式に手続きしたわけじゃねえぞ……」


「ああ、それなら大丈夫。瀬良の入部届は俺が作って顧問に渡したら、無事に受理されたよ。前は本人の押印が必要だったけど、今年からいらなくなったからね。代筆し放題なんだ」


「くっ……押印廃止の闇……」


どうやら、俺はこいつと二人きりの自称・演劇部に正式加入しちまったらしい。堂沢はさらに言った。


「今日は瀬良と面白そうなゲームをやろうと思ってたんだ。『愛してるゲーム』っていうんだけど……」


「それもう飽きた……っていうか、俺とお前じゃ永久に勝負つかねえぞ」


「ずっとお互いに愛してるって言い合ってられるじゃないか」


「怖」


とにかく早くこいつから逃れよう──どうするか考えていると、俺の救世主が現れた。


「康太」


「瞬」


廊下の向こうから瞬が速足でやってくる。

すると、堂沢が腕の力を緩め、俺の背に隠れる。


「どうしたの?全然帰ってこないから気になって……」


瞬の視線が、背後の堂沢で止まる。堂沢も瞬を見つめ、二人の間にしばし沈黙が流れる。


「こ、こんにちは?」


「ああ、どうも……」


結局、二人ともぎこちなく挨拶をして、ぺこりと会釈を交わすだけにとどまった。

俺は頭を掻いてから、二人に言った。


「瞬、こいつは堂沢。演劇部の部長だ。で、堂沢。こいつが瞬。俺の幼馴染だ」


「はじめまして……」


「え、あ、うん。はじめまして……」


瞬はそんなに人見知りしない方だと思う。

だが、俺の背後に隠れるような堂沢の態度に、明らかに戸惑っていた。それほどに、堂沢が緊張していたのだ。


おい、いつものノリはどこに行ったんだ?意外と人見知りなのか?


すると、堂沢が俺に小声でこう言った。


「瀬良、俺はもう行くよ。今日は来られないと言うなら、また誘う。その時は来てくれたら嬉しい。じゃあね……大好きだよ」


それから堂沢は逃げるようにいなくなってしまった。


「何だったんだろう……」


小さくなっていく堂沢の背中を見つめて、瞬が呟く。俺は瞬の肩を叩いて言った。


「……気にすんな」


「う、うん。あ、でも部長なんだよね?ちゃんと挨拶すればよかったかな……?」


「いやいい大丈夫だ。瞬はあいつに関わらなくていい。それより──」


俺は手に持っていた青汁を瞬に差し出した。


「瞬、俺の代わりにこれ飲め」


「あ、青汁?いいの?」


「いいよ。間違って買っちまったんだ」


遠慮気味の瞬に、半ば押し付けるように青汁を渡す。それでもまだ「いや……」とか「でも……」とか言ってるので、俺はストローをパックに挿して、瞬の口に突っ込んだ。


「むぐ」


「美味いか?」


「うん……まあ、飲めるけど……」


「じゃあいい」


瞬を連れて教室に戻る。途中、瞬が俺に訊いてきた。


「あのさ」


「何だよ」


「あの、さっきの人……康太に好きって言ってたのって……」


聞かれてたのか。


「あれはまあ……だから、気にすんな。変な挨拶みたいなもんだ」


「康太が毎日、俺に言ってるみたいな?」


俺は足を止めて、半歩後ろを歩いていた瞬を振り返る。


「好き」


瞬が俺をじっと見つめている。俺は言った。


「ほら、何でもないだろ。こんなもんだ」


「そっか」


瞬が頷く。俺は「早く戻ろう」と瞬を促して、教室へと急いだ。


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