5月30日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





"県立春和高等学校 第69回 体育祭"


五・六時間目を使った体育祭の前日準備もいよいよ大詰め。


校庭に架けられたアーチの文字を見上げて、俺は呟いた。


「いよいよ明日かあ……」


すると、一緒に作業をしていた森谷が「ああ」と頷く。


「体育祭(で丸一日ハーパンの立花が見れるなんて)本当に楽しみだな」


「うん!一緒に頑張ろうね、森谷」


「うひょぉ……ふへ……なあ、立花……ってぇ?!」


「立花で妙なことを考えるな、森谷」


と、そこに西山が現れた。

小石拾い用のトングで頭を小突かれた森谷が「何すんだよ!」と西山を睨むと、西山は肩を竦めて言った。


「瀬良に頼まれてんだ。立花と離れてる間、お前が立花に変なことをしないように見ててくれって」


「まだこれからだったぞ!」


「する気はあるんじゃねーか!全く、しょうがねえ奴だな……」


「えっと……」


「あ、いたいた!ばなさーん」


西山と森谷のやり取りについて行けず、ただ眺めていると、今度は向こうから舞原さんが、手を振りながら駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「みっくが広報用に、前日準備してるとこ、写真撮らせてほしいんだって!ばなさんも一緒に写ろ!」


「広報?」


見ると、舞原さんの後を追って、茅野さんが来た。茅野さんは「春和高新聞部」の腕章を付けて、首からカメラを提げている。


「茅野さん、新聞部だったの?」


「うん。ちょっと……お手伝いかな」


「へえ……」


「新聞部」──と聞くと、前に起きた「噂」の件が浮かぶけど……まあ、あの部も表向きは普通に活動してるみたいだし、部員が皆関わってるとは限らないよね。茅野さんみたいな真面目な人が関わってるなんて、到底信じられないし。


俺は二人に「いいよ」と言って、いつものピースを作る。すると舞原さんが「ちっちっち」と指を振った。


「ばなさん!それもいいけど……今流行ってるピースを教えてあげるよ。一緒にやろ?」


「流行ってるピース……?」


俺が首を傾げると、舞原さんがそのピースを見せてくれる。両腕を伸ばして、右手、左手、でピースを作って、手首を手のひら側に返す。それを前に出して──。


「ギャルピースだよ!」


「ぎゃるぴーす?」


オウムみたいに聞き返しながら、舞原さんの真似をしてみる。何だかちょっと恥ずかしいな……。


でも舞原さんも茅野さんも笑って、「いい感じ」と言ってくれた。そのまま、ぱちりと一枚撮ってもらって、茅野さんにお礼を言う。


「こちらこそ……いい写真を撮らせてもらいました」


「他の皆のも撮ってるの?」


「うん。瀬良くんにもさっき会ったよ」


「瀬良っちの写真、見せてあげてよ」


舞原さんに促されて、茅野さんがカメラを操作する。

「はい」と俺に見せてくれた写真には康太が写っていた。男子数人と組み立てる前のテントを運んでるところだ。


すると、俺と一緒にカメラを覗き込んでいた舞原さんが、感心したように言う。


「瀬良っちって、結構ムキムキなんだね」


「確かに……」


写真の康太は、半袖の体育着をさらに捲って、肩まで出してるから、意外とがっしりした腕周りの筋肉が露になっている。康太が前にちょっとだけハマってた筋トレ……効果あったのかもしれない。

それに、作業用に支給された軍手を嵌めてるのも、何だか色気があって……。


「ばなさん?」


「え……あ、何でもないよ」


舞原さんに呼ばれて我に返る。いけない、なんてことを考えているんだろう。


「……他にもあるよ」


茅野さんはそう言うと、もう一枚見せてくれた。今度は──。


「いい写真だねー」


「うん……皆、楽しそうなところが撮れてよかったよ」


「そうだね。康太、楽しそう」


さっきテントを運んでいた男子達と、近くで石拾いをしていた女子達で集まってる写真だ。皆思い思いのポーズを取っていて、康太は男子のうちの一人と肩を組んで、困惑気味だけど、ちょっと笑って、控えめにピースをしていた。康太なりに楽しんでる証だ。康太が楽しそうだと、俺も嬉しいけど……。


──たったこれだけなのに、分かりやすく、きゅっとなるんだもんなあ……。


硬い頬を無理やり押し上げるみたいに笑って、茅野さんに「ありがとう」と言う。


そのうちに放送が入って、前日準備はここまで、ということになった。





「あれ……?」


教室に戻ろうと廊下を歩いてる時だった。通りがかった三組の教室で、よく知った後ろ姿を見かける。


──康太……?


三組に何の用事だろう。つい気になって、後ろの扉から中を覗くと、ちょうどこちらに背を向けている康太が、誰かと二人きりで教室にいて……あれは、丹羽?


しばらく見ていると、丹羽は何か……厚みのある白い袋のようなものを取り出して、康太に渡しながら言った。


『んっふう……瀬良氏……すっかり……ようですな』


『違えって言ってるだろ……ただ……だけで』



──よく聞こえないな……。


二人の会話は微かにしか聞き取れない。教室には二人以外誰もまだ戻ってきてないから、すごく静かなんだけど……それでも聞き取りづらいのは、あえて声を潜めて喋っているから?


『これが瀬良氏の……なら……ですが』


『ああ……から……には内緒で……からな』


──何か、言いづらい話なのかな……それなら、聞かない方がいいよね。


付き合いが長いからと言って、何でも話せるわけじゃない……と思う。むしろ、そんな俺だからこそ、言いづらいこともあるだろう。


そんな風に自分に言い聞かせて──とは言っても、やっぱり少し寂しいけど、俺は三組の教室を離れた。


『おやあ……あれは……』


『ん?どうした丹羽』


『いえいえ……んっふ。ただ瀬良氏……どうかお気をつけて』


『何だよ、どういうことだ?』


『悪いことはできないということですな』


『はあ……?』





「康太」


「おう、瞬」


教室に戻ると、それから間もなく、康太も戻ってきた。どうやら、俺達が一番乗りみたいだ。


「お疲れさま」


「ああ、お疲れ。暑かったな」


たわいもない話をしながらも、康太は手に持っていた袋──さっき丹羽に貰ってたやつだ──をさっと机の中に仕舞う。


──あんまり見られたくないものなのかな……すごく気になるけど。


一体、康太は丹羽から何を……なんて、つい考えていると、教室に俺しかいないのをいいことに、康太は体育着の上をがばっと脱いだ。


「何してるの」


「いや暑かったから」


「いや、じゃないよ。早く着替えなよ……汗が冷えて風邪引いちゃうよ」


「もうちょっとくらい、いいだろ」


俺の目のやり場に困るんだよ。


……と言いたかったけど、こういう時の康太には効果はないだろう。

それなら……と俺はリュックから「秘密兵器」を取り出す。


──シュー。


「うおっ!?冷てえっ!?」


康太の背中に制汗スプレーを思いきり吹きかけてやった。最近暑くなってきたからと思って買った、とびきり冷たいやつだ。


「あはは、いつまでも裸でいるからだよ」


「クッソ……」


康太は震えながら、渋々、制服のシャツを羽織った。皆が帰ってくる前に俺も着替えちゃおうかな。


「……」


ところが、康太は俺が着替えようとするのを、何故かじっと見つめている。


「ちょっと」


「……」


「な、何?」


「瞬が脱いだ瞬間、仕返ししてやろうと思って」


「あ、ちょっと!」


いつの間にか康太の手には、さっきまで俺が持っていた制汗スプレーが握られていた。ちょっと机に置いた隙に……やられた。


「やだよ。俺、着替えてるところ見られるの嫌って知ってるでしょ。あっち向いてて」


「分かったよ……」


康太が制汗スプレーを諦めて、向こうを向いてくれた。俺は「ありがとう」と言って、体育着を脱いで、制服に着替える。


「そういえば康太」


「ん?」


「さっき茅野さんに写真撮ってもらった?」


「ああ……撮りに来たな。新聞部だったんだな、茅野さん」


「ね、びっくりしたね。あ、それで、俺……康太の写真見せてもらった」


「何だよ……別にそんな、見るもんでもないだろ」


「えー……でもテント担いでる康太、ムキムキでかっこよかったよ」


「ふうん……」


顔は見えないけど、康太がちょっとだけ照れているのは分かる。


あの一件以来、俺はより自分の気持ちを自覚して……そのせいで、康太のことになると、本当にちょっとしたことでも、もやっとしたり、嬉しくなったり、好きになったりする。


康太の方も、何だか前よりも、こうやって照れたりすることが増えたような気はする。意識くらいはしてくれてるのかな……と思うと、それも嬉しい。考えすぎかもしれないけど。


俺はもう少し、康太を揶揄いたくなって、「ますます好きになった」って言ったら、さすがに「いい加減にしろ」って怒られた。でも、それすらも嬉しくて、俺は笑った。

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